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少女と一組の夫婦

 どこがいいだろう。そう思いながら歩いているとひとつの家から「お誕生日おめでとう」という言葉が聞こえてきた。

 窓の向こうを覗いてみると食卓に一組の夫婦が並んで座っていた。その前には生クリームたっぷりの素朴だけれど、たくさんの心が込められた手作りケーキがあった。

 私は思った。

 生まれた日を喜んでくれる人がいる。それはなんて幸せなことなのだろう。 

「帰ろう」と思うと思い浮かぶ父親の怒鳴り声とぶたれた頬の痛み。

 今の私には自分が生まれたことを喜んでくれる人など、この世界のどこにもいないのに。

 うらやましく思いながら見つめていると私はびっくりした。夫婦が肩を震わせて泣き始めたからだ。

 奥さんが悲しそうに言う。

「こうやってあの子のいない誕生日がひとつふたつと増えていくのね……」

 旦那さんがその背中を優しくさすりながら言う。

「一目でいいからあの子に会いたいね。永遠じゃなく、ひと時でいい。あの子に会いたい……」

 私は理解した。今、2人が祝っているのは亡くなった子どもの誕生日。どんなに祝っても喜んでくれる今日の主役はここにはいないんだ。

 この夫婦にちゃんと誕生日を祝わせてあげたい。私はかごの中のマッチを見た。このマッチがあれば――。そうして、夫婦のことを思い、マッチを一本、壁に擦りつけた。

 すると、炎の中から5歳ほどの幼い男の子が現れた。不思議そうにきょろきょろと周りを見回すと窓の向こうを覗き、とても嬉しそうに顔を綻ばせる。

 とんとんと無邪気にたたく窓。顔を上げた夫婦は瞳に映る光景に大きく目を見開き、慌てて駆け寄ってきた。

「ああ……」

 窓が開かれ、言葉にならない声が奥さんの口から漏れる。

 旦那さんは食卓の上のケーキを持ってくると一口フォークに刺して、男の子に向かって差し出した。

「お前の好きな母さんのケーキだよ。さあ、お食べ」

 男の子は口を開けるといきおいよくフォークにかぶりついた。そうして、言った。

『お誕生日、お祝いしてくれてありがとう』

 たまらず抱き締めようとした奥さんの両腕。しかし、途端に炎は消え、男の子も消えてしまった。

 消えてしまった空間を呆然と見つめる夫婦。雪降りしきるその場所には男の子に差し出されたケーキが一口落ちていた。

 雪上のそれを見ていた夫婦は傍らに立つ私に気付いた。私はぺこりと頭を下げると慌てて去って行った。


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