少女と歌を愛する女性
どこがいいだろう。そう思いながら歩いているとひとつの家からひどく濁った醜い歌声が聴こえてきた。
立派なお屋敷。その家を通り過ぎる人々はみんな、顔をしかめながら耳をふさいで走っていく。
一体どんな人が歌っているんだろう。気になってそっと窓の向こうをのぞいてみると、灯の下、金色の髪をした女性が歌っていた。
キラキラと輝く胸下まである髪。華奢な身体に空色のドレスを着たその人は見惚れてしまうほど綺麗な人だった。
両手で胸を押さえながら気持ち良さそうに歌う女性。でも、その表情とは反対に聴こえてくる歌声はやはりひどいものだった。
立派なお屋敷に住む美しいその人はきっと歌っていなければ、たくさんの誉め言葉をもらえるに違いない。私にないたくさんのものを持っている羨ましい人。それなのに、わざわざ自分が持っていないものを選んで、歌っているばかりに耳をふさがれ顔をしかめられてしまう。
どうしてこの人は歌うんだろう。もしかして、自分の歌声がわかっていないんだろうか。
そんなことを思っていると気持ち良さそうな表情が歪み、その目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
私はびっくりした。美しい女性はそのまま両手で顔を覆い泣き崩れてしまう。泣きながら言う。
「ああ、醜い、醜い。どうして私の歌声はこんなに醜いんだろう。私はこんなに歌を愛しているのに。どうして歌は私を愛してくれないんだろう」
私は理解した。この人は誉められたいからじゃない。愛しているから歌っているんだ。自分の歌の醜さをよく分かっていながら、自分が持っていないものだと分かっていながら、それでも歌いたいと願っているんだ。
「ひと時でいい。美しい声で歌いたい。両想いになれたらどんなに幸せだろう」
この女性に両想いの歌を歌わせてあげたい。私はかごの中のマッチを見た。このマッチがあれば――。そうして、女性を思い、マッチを一本、擦りつけた。
すると、炎の中から音が生まれた。
鼓膜を震わす透き通った歌声。それは窓の向こうの女性から聴こえてきていた。
大きく目を見開く女性の喉からその歌声はあふれてくる。
女性は立ち上がり、両手で胸を押さえながら歌った。
先ほどと違い、どこまでもどこまでも見渡せるような澄み切った歌声。
耳をふさぎ走って通り過ぎていた街の人々も聞き惚れて、うっとりと女性の家を見つめていた。
もっと歌いたい。そう思い、大きく息を吸った時、炎は消え、歌声も消えてしまう。
自分の歌声に戻った女性は呆然と喉を押さえていた。
聴いていた人々からパチパチと拍手が湧き上がる。私も拍手をした。その音に気付いた女性が振り返った。私はぺこりと頭を下げると慌てて去って行った。