プロローグ
子どもの頃、大好きな絵本があった。
『マッチ売りの少女』
眠る時になると「これ、よんで」とおねだりをして、いつも母を困らせた。
読み聞かせが嫌だったんじゃない。母はそのお話を読んでしまうと私が眠るどころか、泣いてしまうことを知っていた。
大好きなお話の主人公。その主人公はいつも死んでしまう。
何度読んでもその結末は同じに決まっているのに。
私は今日こそはと期待して読み始めては、変わるはずのない結末に泣いている子どもだった。
――と、そんなことを思い出したのは今の状態のせいだ。
雪が降りしきる大みそかの夜。
みすぼらしい格好。ぶどう色に変色した足で震えながら、今、私は街に立っている。腕にはマッチがいっぱい入ったかごが。
「マッチは、マッチはいかがですか。だれか、マッチを買ってください。一本でも一本でもいいですから」
一束のマッチを持って懸命に話しかけるが、誰一人立ち止まってくれない。
お話通りである。
仕事の帰り道。横断歩道を渡っている時に居眠り運転の車が突っ込んだところまでは覚えている。目を覚ますとここでマッチを売っていた。どうやら私は死んだらしい。そうして、マッチ売りの少女に生まれ変わってしまったらしい。
大きくため息を吐くと手の中のマッチを見つめる。
これから自分がどうすればいいかはよく分かっている。たくさん売れ残ったマッチを家の壁に擦りつけてひと時の夢を叶えればいい。
勢いよく燃える温かなストーブ。おいしそうなごちそう。たくさんのろうそくが輝くクリスマスツリー。そして、大好きなおばあちゃんと――
物語がそう簡単に変わらないことはとっくの昔に知っている。
私は強く唇を噛むと覚悟を決めて歩き始めた。
自分の死に場所を探すために。