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異世界と僕と女王様  作者: 晴れた
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瑠佳の冒険

物心ついた時には、いつも隣にいた。どこに行くにも何をするにも一緒だった。弟、子分、下っ端、そんな感じの奴で、いつもヘラヘラ、おどおどしていたのを覚えている。

まだ肌寒い朝を、瑠佳は一人学校へ歩く。件の男のことを考えるとつい眉間にシワがよる。ムカつく、ムカつく、ムカつく。今までずっと私の言うことを聞いてきたのに。今までずっと私に付き従ってきたくせに。今までずっと私に助けられてきたのを忘れたのか。

セーラー服を着て歩く女王様は、周りから見ても明らかに不機嫌だった。昨日の自分の失態が、相手の不可解な行動が、頭の中をぐるぐると回る。

とりあえず学校には、あいつは来るだろう。そしたら今度ははっきりと問い詰めてやるんだ。

「おはよ!瑠佳!」

肩を叩かれ振り向くと、二人の女子が笑っていた。茶色の巻き髪を長く伸ばした女テニ部員A、茶髪のボブカットの女テニ部員B。二人は同じクラスで同じ部活に入っている、よく学校で一緒にいる女子だった。

「今日は一人なんだね?」

「なんでなんで?いつもの地味太郎は?」

案の定、二人は瑠佳に質問した。聞かれるだろうと思っていたので、瑠佳はぶっきらぼうに答えた。

「知らないわよ。そういう日もあるでしょ。」

二人は顔を見合わせ、空気を察すると、すぐさま話を変えた。

「もうすぐ中学三年生だよ!」

「あっという間だね~。」

気を使われているのがわかったが、瑠佳はこの謎の不機嫌を封じ込めることができなかった。



歩きながら二人の会話を話半分に聞く。物思いにふける瑠佳の耳には、それは雑音にしか聞こえなかった。瑠佳の脳内で時が少し過去に戻る。かつての日常の光景を思い浮かべる。

今、大学生の自分が考えると、中学生、この時はやはり調子に乗っていたのだと思う。周りからチヤホヤされることに慣れ、幼い頃から思い通りに動く、持ち駒のような男子もいる。瑠佳の鼻は高く高く伸びていた。

「晴夜。黒板消しといて。」

椅子に座り、教室の隅の男の子に命令する。今日の日直は瑠佳だった。

「うん。わかった。」

黒髪の地味な男の子はにこりと笑うと、黙って従った。幼少期から共に育ったこの小さな男子は、下部らしく私の言うことに逆らわない。女王様はご機嫌だった。

「いいなぁ。私も晴夜君みたいな男の子欲しい~。」

「まじ便利じゃん。」

クラスの女子の言葉に、瑠佳は思わずにっこりとした。

「いいでしょ。あげないから。」

瑠佳は得意げに、晴夜に声をかける。

「ありがとう。晴夜。後でジュースあげるよ。」

気分はすっかり女王様、否、お姫様だった。仕事を働いた部下には何か報償を与える。これでますますこの男の子は、私の虜になるだろう。中学生の瑠佳はそう信じて疑わなかった。

「ありがと。」

晴夜が静かに笑う。この笑顔はずっと私のものだと思っていた。晴夜は私のために存在していると思っていた。



「おはよう、晴夜。ちょっと来なさいよ。」

学校に二人の取り巻きを従えて凱旋した瑠佳は、教室に着くと、隅の男の子目掛けてズカズカと歩み寄った。

机に座り俯く晴夜の学ランの袖を引っ張ると、教室の外へと連れて行く。クラスメイト達が瑠佳の剣幕に、知らず知らず道を開ける。

そのまま散歩嫌いの飼い犬を無理やりと外に連れ出すように、瑠佳は晴夜を、普段使われていない別棟の三階の女子トイレまで引きずって行った。

トイレに着くと、

「ちょっと。昨日のことについてなんだけど。」

瑠佳が胸に腕を組み、晴夜を見下ろした。晴夜は下を向き何も喋らない。瑠佳は足で地面を規則的に叩き、イライラを表現した。誰もいないトイレに、重苦しい空気が流れる。瑠佳の足のタップ音が晴夜を追い詰めていた。

「話してくれないとわかんないんだけど?」

瑠佳がトイレの個室のドアをバンッと叩いた。晴夜の肩がビクッと上下した。しかし、一向に目の前の男子は喋る気も、ましてや瑠佳と目を合わせる気も無さそうだった。ますます瑠佳のイライラメーターが上昇する。

「私のどこがウザいって!?」

唐突に、目の前の晴夜が、瑠佳の横を俯いたまますり抜けた。そして、そのまま走って逃げ去って行った。

「ちょっと!!」

瑠佳が、晴夜の小さくなっていく背中に向かって怒るが、晴夜は振り向かなかった。

無視されたことによる不満、子分が逆らったことによる苛立ち、思い通りにいかない鬱憤、それだけでは言い表せない何か別の原因が、瑠佳を苛立たせていた。

頭が、胸が、もやもや、ずきずきする。瑠佳はこの謎の不機嫌さを体中からゆらゆらと漂わせて、教室へと戻った。



その時からというもの、晴夜は私を明らかに避けるようになった。

教室で、マンションの前で、登校中に。晴夜は私を見かけたいかなる時も、必ず小走りで私の前からいなくなった。

今、私は学校の廊下を一人歩いている。堂々と廊下の中央を歩きながら、周りのモブ達がこそこそと何か言うのが目に入った。以前より、持ち前の顔と傍若無人な性格が種となり、周りが、何かしら私を意識しているのは知っていたし、どうでもよかった。しかし何故か今は、無性にイライラする。彼らの話している内容がとても気になる。

教室に入ると、談笑していたクラスメイト達の声が静まった。それがなおいっそう、瑠佳の心をささくれ立たせた。瑠佳は自分の机まで歩き、どすんっと座った。

すぐに仲の良い二人組の女の子が近寄ってきた。

「ねーねー、瑠佳、噂になってるよ。」

「地味太郎にフラれたんだって?大丈夫?」

二人は、笑顔だけれども、ちゃんと瑠佳のことを心配している素振りを見せた。

「そんなわけないじゃん!」

すぐさま瑠佳は否定した。そもそも私はあんな男の事好きだと思ってなかったし、なんなら向こうの方が私を好いていたはずだ。私はあいつの事を弟とか子分、その程度にしか思っていなかったし、あんな奴に無視されたからってどうってことない。瑠佳はもやもやした頭の中で、そう自分に言い聞かせる。

「やっぱり瑠佳と晴夜君は合わないよね。もっと別の人がいいって。」

「そうだ!今度合コン、セッティングしてあげるよ。瑠佳がいるなら、結構イケメン集めれるかも。」

このテニス部の女子二人の提案が、瑠佳には有難いものに思えた。そうだ、あいつのことなんて気にする事ない。私はモテるんだから。もっとふさわしい男がたくさんいるんだから。私にかっこいい彼氏ができて、それから後悔したって遅いんだ。何故か頭に浮かぶのは、合コンで出会うだろうイケメン達のことではなく、チビで地味なあいつのことばかりだったが、瑠佳には訳が分からず、止めることはできなかった。どんなルートでも良い、あいつに、私が合コンに参加することが伝わらないだろうかと考えた。



合コンは、中学三年生の一歩手前の春休みに行われた。まだ外は寒く、マフラーが手放せない。瑠佳は待ち合わせ場所の駅前に急いだ。

集合場所には瑠佳以外はもう揃っていた。

「ごめん、遅れて!」

「いいよー、みんな今揃ったところだから。」

女テニ部員A、改め、舞花が、小走りで駆け寄ってくる瑠佳に向け、親指を立てた。

「みんな揃ったね。それじゃまず、ご飯でも食べに行きますか。自己紹介はその時にでもいいよね。」

女テニ部員B、改め、彩香が、合コンの幹事としての任務を遂行しようと、進んで場を取り仕切った。男子三人がそれぞれ歓声をあげた。

「彩香、かっこいいね~!」

「よ!頼れる女!」

「僕らにもカッコつけさせてよ。」

彩香は男子達にニヤリと笑うと、前方を、右手で指差した。

「よーし。私についてこい!」

彩香が歩き、それに男衆がついていく。舞花が瑠佳に笑顔を向けた。

「どう?楽しくなりそう?」

一思案する。正直、全然楽しみにしていなかった。だけど、この頭のモヤモヤが、今回解決できるのなら、楽になれるのなら、今日を楽しもうと思った。

「まあまあね。」

瑠佳がそう言うと、舞花は、親が子供を見守る時のような笑みを見せた。



彩香の目的地は、おしゃれなカフェだった。いつも女子三人で話すのは、だいたいファミレスかマクドナルドであったので、瑠佳は彩香のことを少し尊敬した。

彩香が、小綺麗な制服を着た店員に、人数が六人であることを伝え、私達は案内されたテーブル席に、女子サイドと男子サイドに分かれて座った。

着ていたコートを椅子にかけ、座る。そして、目の前の男を見てみた。

赤と黒のボーダーのシャツ、その上に黒のMA-1を着た黒い短髪の男の子、黒のパーカーの上にボアジャケットを着た茶髪のパーマの男の子、白シャツの上にネイビーのニットを着た黒髪をアップバングさせた男の子。みなそれぞれ雑誌の表紙を飾れるような容姿、格好をしていて、あいつはこんなおしゃれできなくてむしろダサかったとか、ちんちくりんだからキャラクターもののシャツが似合うんだよなとか思って、瑠佳は思わずクスッと笑った。

「どうしたの?いきなり笑って。何か面白いことあった?」

茶パーマが微笑みながら話しかけてきた。まるでCMにでも使われていそうだなと思った。

「いえ、別に。」

瑠佳がぶっきらぼうに答える。あいつのことを思い出していたことに気づかされたため、少しイラっとした。それに、よく考えると私は晴夜以外の男子とあまり喋ったことがなかったから、緊張していたのかもしれない。

「・・・そっか。えーと、じゃあ。ドリンクとランチ頼んでから、自己紹介しようか。」

茶パーマの男は、塩対応されるのに慣れていないのだろう。引きつった笑みを浮かべたものの、すぐさま立て直して場をリードした男に、瑠佳は賞賛の念を禁じえなかった。

順番に左から男たちが、続いてこちら側が自己紹介をした。三人しかいないにもかかわらず、男らの名前は一度では覚えられなかった。

量よりも質を体現したような見た目の良い料理を、上の空でただ黙々と食べる。楽しげな会話の中、瑠佳はうまく馴染めないのを感じていた。

それゆえ、茶パーマの男がじっと瑠佳のことを見つめ、怪しげに微笑んでいるのに、瑠佳は気づくことができなかった。




べちゃ、べちゃと足で踏んだ泥が、降ってきて顔に当たった。瑠佳はその顔の泥を、荒々しく拭う。

不機嫌なのには訳がある。晴夜の容体が悪いせいで焦っていたのもある。しかし何よりも許せなかったのは、晴夜が体がきついことを我慢して、私に何も助けを求めなかったことだ。昔、小学生の頃はよく、晴夜のことをいじめているやつを懲らしめてやっていた。しかし、だんだんとあいつは我慢をして、私に弱いところを見せないようになった。

「ちょっと!まだ着かないの!?」

踏み下ろした足により泥が跳ね、また顔に当たった。ますます頭に血がのぼる。いや、血はすでにのぼっている。なぜなら、瑠佳は今、地面を上として逆さまに歩いているからだ。周りは洞窟で、滝が下から上に登り、ちょうど真横に川を作っている。

「もうちょっと。もうちょっと。♧」

「ファーブニルの財宝山への出口はもう少しさ。♢」

「あなたたちはいいよね。何せ飛べるんだもんね。」

瑠佳が思わず悪態を吐く。自分は逆さまで辛い思いをしながら歩いているのに、頭の近くをピクシー達はぶんぶんと楽しそうに飛んでやがる。

「まぁまぁ。瑠佳は晴夜を助けたいんでしょ?我慢、我慢。♢」

ダイヤが逆さまになっている瑠佳の頭をポンポンと叩く。そう、今、私がこのような目にあいながらも頑張っているのは、晴夜を助けるためだった。

ピクシー族のマザーの言葉を思い出す。

『男を救いたい?良いことを教えてあげようか。』

『無数にある妖精郷の出口の一つに、ファーブニルの財宝山に繋がる道がある。』

『そこには、ファーブニルという竜がこれまでに集めた財宝を抱えて眠っている。』

『その財宝の中に、あらゆる怪我を治すと言われる魔道具があるらしいわよ。』

見た目は少女のくせに、人を試して手のひらで転がすのを楽しんでいるかのような、高圧的な人、いやピクシーだなと瑠佳は思った。だけれど、それが気に障りはしなかった。なぜなら、態度とかそんなものよりも、木にいばらで磔にされている姿に痛々しさや同情を覚えたからだ。

すると突然、ぼうっとしていた瑠佳の足元が無くなった。どういう原理かわからないが、瑠佳は穴に落ちたようだ。しかし感覚的には、逆さまに空に昇っていくように感じる。

「お!ようやく出口を見つけたね!瑠佳!♧」

「ちょっと!どういうことよ、これ!」

逆さまに昇っていく瑠佳の両手にクローバーとダイヤが捕まる。瑠佳が歯を食いしばり耐える。

そして、そのままスポンっと、穴から飛び出た。すると瑠佳の体に重力が急に戻ってきたように、頭が上に足が下になった。

続いて、ねちゃ、という音とともに、瑠佳はお尻から着地した。その後ピクシーの二人も、ねちゃ、ねちゃと両脇に尻餅をついた。下を見ると、ネバネバした白い網に体がくっついていた。

「次は何よ!」

「これは僕たちもわからない。だけど、どこかで見たことあるような・・・♢」

「なんだろう。なんだろう。なんだっけ。なんだっけ。♧」

三人で首をかしげる。するとガチンッ、ガチンッとハサミを閉じたり開いたりするような音が背後からした。三人同時に振り向く。

するとそこには、黒を基調とした体色の、蜘蛛の体の上にカマキリの上半身を取って付けたような生物がいた。大きさは瑠佳の体の二倍ほど。刹那、瑠佳が悲鳴をあげる。

「早く!なんとかして!早く!早く!」

「おお!ブラックマンティスだ!♧」

「そうだった!これはブラックマンティスの巣だ!♢」

「何、呑気に喋ってるのよ!」

巣の網は地面から十メートルほどの高さに、真ん中の岩を中心としてその周りを囲むように、張られていた。下は岩肌が、背の低い草の間からチラチラと見え、落ちると無傷では済まないだろうことが予想できた。

「きゃあぁぁぁ!早く!」

蜘蛛カマキリが、鎌を構えて徐々に近づいてくる。口元のハサミがガキンッと鳴った。

「そうは言われてもねぇ。♧」

「見てよ、これ。♢」

そう言われ両隣を涙目で見ると、ピクシー達は羽や体が蜘蛛の巣でネバネバになっていた。

「僕たちの種族特異能力[惑乱]はね、歌うことで発動するんだ。そして、歌うためには羽が必要。♧」

「つまりね。♢」

ダイヤが笑って降参のポーズをとる。

「僕たちは今何もできない。♢」

瑠佳は思わず叫んだ。

「この!役立たず!!」



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