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異世界と僕と女王様  作者: 晴れた
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異世界転移

空気が冷え込んでいる。近くを流れる水の音が聞こえる。通りを挟んで左には高い壁があり、右には、ぎゅうぎゅうに家がつまっている。壁の大部分は白く、ところどころ黒く汚れていて、獣が傷つけたような爪痕があった。

「神はもどらない」

壁の傷はところどころかすれていて、少年はかろうじてそう読んだ。

時間は早朝であり、人通りの無さが、なおいっそう寒々しさを感じさせた。しかし、少年は寒くはなかった。それは、身体中に生えている体毛のせいである。つまり、少年の頭の上には尖った耳ががあり、顔はまるで黒い犬のよう、全身の毛には、ところどころ血が混じった汚れがあり、痩せ細った身体をみると、野良犬が立ったような姿をしている。

大混雑となっている家々というと、壁は積み立てられた石や岩でできており、木材を数本並べた屋根の上にも重しだろうか、石が数個のっている。

そのうちの一つに少年は入る。少年は疲れていた。なにぶん、少年は朝早くから一仕事終えてきたのだ。

「おかえり。今日も朝からお疲れ様。」

横に二畳、縦に二畳、計四畳ほどの広さの部屋には雌犬が二人いた。一人は弱くも暖かさをまとった雰囲気の母犬、もう一人は庇護欲をかきたてるような愛くるしい妹犬である。

「うん。ただいま。」

疲れのため、それだけ母に返すと、少年は寝ている妹の横に、地べたに寝転がった。

少年は、家業として解体業を生業としていた。つまり、冒険者ギルドから獣を受け取り、皮と肉に解体する仕事だ。

母と妹と自分の生活を守るためだ。幼いながらも少年は、一家の大黒柱としての覚悟を決めていた。



次の日は、雨だった。少年は雨が嫌いだった。

「がはっ」

転がりうずくまる少年の毛に、泥がこびりつく。少年をその状態に陥れたのは、誰か男の足であった。その足は少年と違いきちんと靴を履き、ズボンを履いている。上半身をみると、細身だが筋肉質であり、白いTシャツが濡れて身体に張り付いている。露出している手は毛がさほど生えておらず、少年の持つ獣のそれとは違っていた。

「どうだ?痛いだろう!苦しめ、苦しめぇ!苦痛により主は救う人をお選びになるんだよ!」

思いのままに男は蹴りを入れる。悦にひたり、その顔は口角が醜く上がっていた。

「ただし!お前らみたいな獣風情が目にとまることはないだろうがな!この汚い毛!醜い顔!卑しい目!見ているだけで不快になる。」

少年はひたすら耐えた。男に喧嘩を挑んで勝てないのはわかっていた。頭に浮かぶのは、母と妹の姿。二人がいれば耐えられる、そう思い込まないと、少年は世の不幸に押しつぶされてしまいそうだった。

しばらくして、飽きたのか、それとも気持ちが晴れたのか、男は去っていった。目の前には麻の袋の中に入った獣肉。ざあざあと降る雨が少年を打ち、地面にはねたしぶきが少年の顔に泥をつける。少年は仕事に戻った。

解体後、肉を渡す時には男からのいびりはなく、少年は少しホッとした。

帰り道、異変を感じたのは、壁の前の通りに戻ってきたころだった。

(水の音が近い)

ごおおっという低く響く音が聞こえる。少年は痛みに顔をしかめながらも、少し駆け足で家を目指した。

轟音に混じる高い悲鳴。男衆の叫び声。

「逃げろぉ!高いところへ上がれ!」

「川の近くはもうダメだ!引き返せ!」

少年の顔から血の気が引いていく。痛みも忘れ、少年は我が家に向かって全力で走る。

家が見えた。その時だった。ドォンッという音が聞こえたかと思うと、大粒の茶色い水しぶきが少年の頭に降り注いだ。

「母さん!ヌイ!」

家の奥の壁に大きな穴がぽっかり空いていた。その先には泥色の水がごうごうと流れている。

少年の目が見開かれる。穴の端にしがみつく手を見つけたからだ。

「母さん!」

少年の声は裏返っていてかすれていた。

「・・・グード!ヌイの手を掴んで!はやく!」

母が叫ぶのが聞こえる。流れに逆らい、壁にしがみつく母のもう一方の手が妹を掴んでいた。母が妹を引き寄せる。少年、グードは必死に手を伸ばし、妹、ヌイを地面に引っ張り抱き寄せた。

「母さん!母さんもはやく上に!」

グードが手を伸ばす。母も手を伸ばしグードと手を握る。しかしグードが踏ん張るが、なかなか水の勢いのためか母を引き寄せることができない。不幸か、水の勢いは増していく。すると、母が笑った。優しさの中に悲しみを隠した、そのような笑顔であった。

「・・・グード、幼いあなたに私は助けられてばかりだった。ありがとう。そしてごめんね。ヌイと二人強く生きて欲しい。グードならできる。母さんはいつも見守ってるから!」

握っていた母の手から力が抜けていく。グードは焦り、よりいっそう力を入れ引っ張る。

「母さん、ダメだ!死なないで!母さんがいないと僕は、僕は!」

大きな水の塊が母にぶち当たった。グードの手が母の手を離してしまう。再度伸ばした手は、母の指先をかすめた。

地べたにこてんっとへたり込む。母はもういない。喪失感に苛まれ、気絶している妹を抱きしめグードは泣き叫んだ。意識が薄れていくのを感じる。何も考えられず、何もする気が起きなかった。

「大丈夫か!?」

獣人の男がグードとヌイを見つける。茫然自失となったグードと、気絶したヌイはやってきた獣人の男により運ばれた。消えていく意識の端で、グードは担がれ運ばれるのを感じていた。そして、意識を失った。



机の上にあるiPhoneが鳴る。僕は電話をとって耳に当てた。すると、

「はやく迎えに来て~。十秒以内にね~。来ないと別れるから。」

耳にあてたiPhoneから聞こえてくる、酔っ払った女の声。僕は、ため息を吐く。まったく女王様は無茶苦茶だ。

「十秒は無理だよ!僕には、一秒で地球を七周半するような特殊能力はないんだ。」

「は?なにそれ?面白くないよ。」

くすくすと笑う女王様。

「笑ってるじゃん。」

「違うよ。これはつまらないことを言った晴夜を無様だなあと冷笑しているんだよ。」

僕は電話による酔っ払いとの会話は無駄だと判断した。

「はいはい。たしか、〇〇で飲んでるんだよね?今から行くよ。。」

家でくつろいでいた僕は、玄関で靴を履きながらそう答える。

「私今、笑いたい気分なの。後で笑わせてくれないと怒るから。」

電話口から恐ろしい事が聞こえた気がした。どうせ酔ってるし忘れるだろうと僕は気にも留めなかった。そして電話が切れた。

「あら?どこかでかけるの?」

「うん。ちょっと瑠佳を迎えに言ってくる。ちょっと車借りるね。」

母にそう返し、ドアを閉めて外に出る。おそらく母の顔はニヤニヤしていたことだろう。

僕の名前は、鈴木晴夜。そして女王様の名前は橋本瑠佳。僕と瑠佳はいわゆる幼なじみの間柄であり、お互い地方の大学に通う二年生である。昨年、大学生になって焦った僕が告白して、付き合うことになった。今でも時々その告白ネタでいじられる。瑠佳の両親にもだ。僕の事を少し話すと、周りからはよくドMだとか、いじられキャラとか、お人好しとか言われるけど、僕は断固否定している。そんな人間だ。

飲屋街の通りの路肩に車を止める。LINEで着いたことを伝えようとした時に、ちょうど助手席と後部座席のドアが同時に開いた。

「おっそ~い。タクシーは呼ばれて五分以内には来なさい。」

「瑠佳~、それはめちゃくちゃだよ。わざわざ迎えに来てくれるとかいい彼氏じゃん!」

「は?来るのが当たり前だから!」

助手席に座った瑠佳と後部座席に座ったその友達、真央。僕と瑠佳と真央は大学の同級生だ。

「晴夜。ありがとね。私まで送ってくれて。」

「そう言いながらもう車に乗ってるじゃん。」

僕は笑いながらそう真央に返す。真央も笑って、

「いやいや~晴夜は優しいから送ってくれるって私、信じてた!」

呆れたジェスチャーをして、僕は車を出した。

「どう?楽しかった?」

運転しながら横の瑠佳にそう尋ねる。

「それはもう。やっぱり晴夜がいないと盛り上がるわ~。」

「そんなこと言って~。晴夜~、瑠佳ったら晴夜のこと惚気てばっかだったよ~。」

得意げだった瑠佳が、真央の横やり告白により狼狽した。

「は?そんなこと言ってないし!」

瑠佳が僕の肩を殴った。

「危ない、危ないって。」

僕は喜びのあまり、ニヤニヤしていた。それを見て瑠佳がぶすっとする。

そんなこんなでなんとか真央を送った後、家に帰って来た。僕の家と瑠佳の家はマンション10階にあり、隣同士だ。

「ねえ、さっき言ったこと覚えてる?」

「え?瑠佳何か言ったっけ?」

瑠佳が家の前で瑠佳が急に口を開いた。

「ふふふ・・・。はやく一発芸やりなさいよ。」

「え?」

瑠佳は、してやったりといわん顔だ。

「別にスベらない話でもいいよ。電話で約束したよね?面白いことしてくれるって。」

本当に無茶苦茶だ。そんな約束はしていない。僕は深いため息を吐くと、

「三歩進んで、・・・二歩、ん、人!!」

無理やり上げたテンションで、オリジナルギャグを披露した。引きつった笑顔の僕は、両手の親指で自分の顔を指差している。

瑠佳は呆れた顔のまま固まっていた。

「ごめん。それ自分で面白いと思った?採点するなら、三点ね。」

「うわぁ、厳しい。」

「まぁ、優しい私はこの辺でやめといてあげるわ。」

「うわぁ、優しい。」

僕と瑠佳は少し黙った。空気をしらけさせてしまったことによる罪悪感とか、これはキスするタイミングじゃないよな?とかいろいろ僕は考えた。付き合って六ヶ月、いまだにキスもできていない。

「そういえば、瑠佳覚えてる?明日午前中△△先生に呼び出されてたの。」

沈黙に耐え兼ね、結局僕は話題を変えた。

「覚えてるよ。私と晴夜だけよね、呼び出されたの。絶対、晴夜が私のレポート写したせいでしょ。」

ぶっきらぼうに瑠佳は言う。

「いやいやちゃんと文章ちょこっと変えたって!」

「はぁ・・・もういいよ。じゃあ、明日朝十時に私の家の前集合ね。おやすみ。」

そう言うと、瑠佳はさっさと家に帰ってしまった。

「おやすみ・・・。」

なんて情緒不安定なんだ。僕はモヤモヤしたまま家に帰ると、風呂に入って寝た。



「△△先生の部屋ってここでよかったよね?」

翌日、僕と瑠佳は大学構内をさまよっていた。瑠佳は昨日のことをさして覚えていないようだ。

「やっぱりもう一度戻って確認しようよ。」

僕は、大学の棟の正面口に書かれている案内図を確認しに戻ろうと提案する。しかし、

「嫌よ。面倒くさい。絶対ここよ。」

予想通り、一蹴された。なら、聞くなよ。

「失礼します。△△先生、いらっしゃいますか。」

ノックの後に、瑠夏の女子としては少し低いけどハリのある声が、誰もいない廊下に響く。しかし、返答はない。

「やっぱり部屋間違えてたのかも。それか先生、部屋にいないのかも。一旦戻ろう。」

僕の提案は瑠佳のドアを開ける音で、断られた。

「ちょっと待って。部屋に勝手に入るのはまずいよ。」

「だって開いてたし、先生寝てるのかなと思って。」

部屋の中に瑠佳につられて入ると、薄暗い部屋の中に人の気配はなかった。入って左側には一面に本が並べてあり、中央には机、右側にはいろいろな骨董品が棚に置かれていた。光は、部屋の奥の窓からのみ差し込む様式らしく、ブラインドが下がっている状況では暗いのは当たり前だ。少しほこりが舞っていて、におう。

「え?なにこれ?綺麗!」

瑠佳が僕の肩をたたく。見ると、瑠佳が赤く光る宝石のついたペンダントを持っていた。金のチェーンに宝石がぶら下がっている。ペンダントも他の骨董品の例に漏れず、少しほこりをかぶっていた。

「本当だ、綺麗だね。けど、ほこりかぶっているし、部屋間違っているみたいだよ。」

「えー?それだけ?」

僕はほこりのかぶった骨董品が多いこの部屋は当分人には使われていないのだろうと推理した。

「はやく出て、先生のところ行こうよ。」

と、僕が言った時だった。

「ちょっと待って!手が、手がペンダントから離れない!」

瑠佳の焦った声が背後で聞こえた。振り返ると、瑠佳がペンダントを振り回している。

「ちょっと!そんなふうにして壊したらまずいって!落ち着いて!」

「だって、本当にペンダントがとれないの!」

僕は、瑠佳の手首を持ち、手からペンダントを引き離そうとしたが、確かに、離れなかった。

「接着剤とか触った?」

「触ってないし!もし触ってたとしてもネバネバしたらさすがに気づくよ。」

僕には目の前の現象がなぜなのか全くわからず混乱した。

泣きっ面に蜂、さらに次に起こった出来事に僕はますます混乱した。ペンダントを中心に、目の前が回転し始めたのだ。頭がグラグラする。

「うわぁ!」

横の瑠佳と共に地面に倒れそうになる。瞬間、闇に包まれた。

一転、ほこりっぽい空気から爽やかなものに変わる。投げ出された体や手に、コンクリートの上ではありえない、さわさわしたものが当たる。そして、何よりも信じられないのは、

「いい天気だね。」

そう瑠佳の言う通り、空が晴れている。と、そうではなくて、部屋の中なら上を見たら見えるはずの天井がなかった。

僕と僕の女王様はこうして突然に、異世界に迷い込んだのだった。

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