肆
飄舞目線です
5/11、訂正しました。
「えっ!?イクト、ただの虎じゃなくて白虎っていう種類なの?」
「しー!声大きいよ、飄舞…!」
「あ、ごめん…。」
一晩でイクトと仲良くなり、義兄が留守の間、長屋地区の隣にある商業地区に二人で買い物に来ていた。
朝早くに計画的に使うようにと義兄からお金を渡されており、尚且つ自分より年下だったイクトが外行きたいなぁ…。と呟いたことから今日は学校を休んだ。
長年貯めていたお小遣いも少し崩して持ってきた。
そうして商業地区のひとつで出店や屋台などが多く出店している区画へとやって来た。
常に美味しい匂いが漂い、閉鎖的でほとんど国内のものを他国に出荷しないアリオクレイアの特産品の数々はイクトの興味を大いに刺激したらしい。
気になったものはその度に一緒にお店の人の説明を聞き、本当に欲しいものだけを自分に申し訳なさそうにしながらも買ってもらい、受け取れば年相応の笑顔を見せたイクトにつられて自分もいつの間にか笑っていた。
そして、昨日までの警戒は何処へいったのやら、もうすっかりイクトは自分になついてしまったようだ。
最後にお互いに好きな食べ物などをまた買い、道の端にあるベンチに並んで座るとイクトは安心しきったように買ったものを美味しそうに頬張っている。
余程美味しいのか耳がピクピクと動き、尻尾が機嫌良く揺れている。
そんなときに改めてお互いの種族について話すことになり、現在に至ったのだ。
「普通の虎かと思ってた…。」
「他国に行くとそう思われることが多いし、あんまり知られるのはあんまり良くないから誤解させたままでいるんだけどね。」
「え、でも、俺にバラして良かったの…?」
「飄舞はいいの!」
「お、おう。」
相手の勢いに驚きながらも頷きつつ、改めてイクトを見る。
アリオクレイアからあまり出たことのなかった自分にとってあまり虎の獣人には詳しくないが、“白虎”“黒虎”“金虎”については義兄から話は聞いていた。
しかし、それを指摘してイクトを困らせるのはなんだか嫌だったため、はぐらかすことしようと内心で思い、イクトを見る。
頭にある耳をピョコピョコと動かしながら信じてくれた?という視線を向けると飄舞は頷いた。
ふわふわな耳を触りたいという衝動に襲われたがなんとか耐える。
「まぁ、驚いたけど、白虎ってどういうのかはよく分からないし、それでも虎人なら結構裕福な家の生まれなんだろ?イクトって。」
「え?あー…うん、そうだね。」
「ふーん。」
歯切れの悪くなる相手にあぁ、やっぱり指摘しなくて良かったと内心で安堵しながらも表情には出さずに買った食べ物を頬張る。
自分にもいろいろと事情があるため踏み込んでほしくないという相手の気持ちはなんとなく分かるのだ。
「まあ、イクトはイクトだし、今は義兄様が滞在許可書を取ってきてくれるのを待つしかないし楽しも?」
「そうだね。楽し…。」
「イクト!やっと見つけたー!」
イクトの言葉を阻むように響く高い少女の声。
体を強張らせるイクトに対して声がした方を自分が見る。
そこには金糸のような美しい金の長い髪と青灰色の瞳のクリクリとしつつも少しつり上がった大きな眼。
髪と同じ毛並みに茶色の縞模様の耳と尻尾をもつ虎の国の衣装を身に纏ったイクトによく似た少女がビシッとこちらを指差していた。
「リル…。ど、どうしてここに…。」
「貴方を追いかけてきたに決まってるじゃない。一人で抜け駆けなんて許さないんだから!」
そう大きな声で言ったリルと呼ばれた少女のお腹が鳴る。
一瞬で顔を真っ赤にした少女はお腹をおさえた。
多分元々お腹は空いていたところにここいら一帯を漂う美味しそうな匂いが彼女の体が空腹を強め、音で知らせてきたのだろう。
「…良かったら、これ。」
「へ?」
まだ手をつけていなかった食べ物のひとつを彼女の前に差し出す。
香ばしい匂いを放つパンに生クリームとたくさんのフルーツが挟まれたサンドイッチは自分が好きなものの一つだが、差し出された少女は目を輝かせ、唾を飲み込む。
だが、見知らぬ人から貰ってはいけないと言われているのか手を出さずただじっと見つめているだけだ。
「えっと…。」
「リル、彼は僕の親友だから食べても大丈夫だよ。」
「ほんとに!?」
どうして良いのか分からずイクトを見るとそう助け舟を出してくれた。
そして彼女の言葉に勿論というように頷く。
するとすぐさま受け取り、女の子らしからぬ豪快な食べ方で一口目を口に入れた。
…しかし、自分はいつの間にイクトの親友の地位になっていたのだろう、初耳である。
「!!!」
一方、少女は余程美味しかったのか驚いたような表情を浮かべた後にペロリとそれを食べ、残っていた二人が買っていた他の食べ物までも全て完食してしまったのだ。
「あー美味しかったぁぁぁぁ。」
「よ、良かったね、リル。」
「あの量を…全部…。」
ベンチに座っていた自分の間に座り満足気な彼女に対してイクトと自分は完全に引いていた。
義兄へのお土産も含めて大量にあった食べ物は全て今では彼女の胃の中にある。
イクトは見慣れているのかすぐに元に戻ったようだが自分は相変わらず引いたままである。
その食べる早さの衝撃は凄まじい。
「あ、紹介するね、飄舞。この子は僕の双子の妹の…リル。で、リル。この人は僕の親友の飄舞。昨日から彼と彼のお兄さんにお世話になってるんだ。…それにしてもリル、君は本当ならここにいるはずないんだけど…。」
「イクトが置いていくのが悪いのよっ!兵を撒くの大変だったんだから!」
「ご、ごめんって…。でも、置いていったんじゃなくて、僕は間違ってはぐれただけで…。」
「言い訳は聞かない!」
強気なリルに対して弱気なイクト。
この双子はどうやらリルが優位にいるようだ。
しかし、そんなことより飄舞は内心でいいのかなぁなんて思いながらある言葉が気になった。
「ねぇ、兵を撒いたってどういうこと?」
「えっ!?えっと…その…。」
「護衛の兵を撒いてきたのよ。だってずっと側で見張られてて窮屈だったんだもの。」
「リ、リル!!」
「何よ…、まさか…。」
焦るイクトを見てリルは自分の失言に気づいたのか顔を青くする。
あーやっぱりまだまだ子供なんだなぁと内心で思いつつも、顔には出さない。
リルはバッと飄舞を見れば一瞬のうちに近づいた。
「今私が言ったことは忘れなさい!!良いわね!!絶対よ!」
大きな声で言う彼女に一気に視線が集まる。
賑やかな場所とはいえ大きな声を出せば響くし目立つのだ。
「っ!?」
たくさんの視線を感じ、ビクッと肩を揺らしたリルがまたしまったという表情を浮かべる。
反対にイクトは泣きそうな顔をしていた。
このままだと状況が悪くなる一方だと考え、立ち上がるとゴミを近くのゴミ箱に捨て、二人の手を掴んで近くの裏路地へと入りながら足を止めることなく歩く。
「ちょっ!?何処に連れていく気よ!」
「僕の家。それと少し黙って、目立つのは二人にとって部が悪いんでしょ?」
「っ…。」
「ごめん、飄舞…。」
あからさまに落ち込む二人。
あの場から去ったのはどうやら正解だったらしい。
それから長屋地区の家に着くまで二人は自分と手を繋ぎながら大人しく後ろをついてきたのだった。