弐
短いです。
5/11、情報屋目線に訂正しました。
「義兄様、目を覚ましたよ!」
夕方、学舎から帰ってきた飄舞に少年の様子見を頼み、隣の家で食事を作っていた時そんな声が薄い壁の向こうから聞こえてきた。
ちょうど料理の仕上げも終わっていたため火を止めれば1度外に出て隣の家へと入る。
そこでは目を覚ました少年が自分の置かれている状況が分からないために部屋の隅で飄舞や自分に警戒しながら青い瞳をさ迷わせ、頭にある黒と白の縞模様の耳がピクピクと動いていた。
「現状が把握できていないようだね。」
「っ!?」
入ってきてた自分に声をかけられ少年は肩を大きく震わせた。
ゆっくりと顔をこちらに向ける少年の瞳は不安の色が濃い。
「僕は…。ここは…。」
「ここは私達の家で君はここの近くで倒れていたんだ。…体調はどうだい?」
「へいき、です。」
そう言いながら少年は一瞬泣きそうな顔になるがすぐに元の表情になった。
ほんの一瞬のことで飄舞は気づいていない。
「服装からして虎の国の子だよね?観光でアリオクレイアに来たの?」
相手の顔を覗き込むようにしながら飄舞は問う。
一拍おいて少年は頷く。
「…えっと…観光していたら迷子になって、そしたら知らない人にいきなり襲われて…、荷物を…。慌てて逃げたんですけど…お腹がすいて…それで…。」
「えっ!?それじゃあこの国へ入ったときに貰った滞在許可書ももしかして…。」
「…うん…。」
滞在許可書。アリオクレイアは他国からの入国、出国に特に厳しい。
様々な審査をクリアしなければ中へ入ることも出ることも出来ないのだ。
故に国内でそれを持っていない国民ではない者は基本的に非滞在人と呼ばれ厳しい罰則が課せられる。
「義兄様…。」
「…明日知人の城の者と証明書を発行しているギルドに相談してくるからそんな泣きそうな顔しないの。…まずは目を覚ましたのだから共に食事にしようじゃないか。」
「っ!!僕ご飯持ってきます!」
嬉しそうな笑みを浮かべながら飄舞は三人分の食事を取りに隣の部屋へと行ってしまう。
二人きりになると静かに少年を改めて見た。
「…一人で観光に来たのかい?」
「っ…いえ、何人かと一緒に…。狐人の国に…アリオクレイアに興味があったので。」
「こんな閉鎖的な国に興味があるとは、若いのに。…名前はなんと言うんだい?」
「…イクト、です。」
「イクトか。ではイクト、暫くはこの家でゆっくりとするといい。友人が泊まりに来たときしか使わないし、それに許可書が再発行されるまでは時間がかかるだろうからね。君の同行者も探してみるよ。…きっと君のことを心配して探しているだろうしね。」
「はい…ありがとうございます。」
深々とその場で頭をさげるイクトと名乗る少年。
困っているときはお互い様だよと言っていると飄舞が隣から器用に三人分の食事を運んでくる。
それぞれの前に質素ながらも栄養がしっかりと摂取できるように考えられた料理が並ぶとイクトのお腹が鳴った。
「あっ…。」
真っ赤になってお腹をおさえるのを見て、全く食べていないのだろうと察する。
「気にすることはないよ、イクト。では、いただきます。」
「いただきます!!」
「い、いただきます…。」
それぞれが手を合わせてから料理を口に運ぶ。
「あ、美味しい…。」
「義兄様の料理はとっても美味しいよね!」
美味しいと言われ、まるで自分のことのように嬉しそうに食べる飄舞にイクトも目を輝かせながら料理を口にたくさん運んでいく。
「急がなくても誰も取らないし、おかわりもあるからね。」
「ありがとう、ございます。」
それでも食べる速さは変わらず、仕方ないなと思いながらも好きにさせる。
「暖かいご飯なんて…初めて食べた…。」
無意識であろう小さく呟かれたイクトの言葉にあえて追求はせず、飄舞も首を傾げるだけで何も言わない。
久しぶりの来客との食事は思いの外楽しく、イクトの緊張が解けてからは穏やかな会話が夜遅くまで続いていた。