伍
女神との会話から数週間が経った。
あれから悪戦苦闘しながらも例の赤子の世話を始めながら穏やかな日々を送っている。
子供の世話などしたことがないため、最初はどうしようかと焦ったが、安産と子育てを見守る女神が降臨していろいろ事なきを得た。
更に豊穣の神がやって来た時は生活しやすいようにと住んでいた無人島の資源を豊かにしてくれたり。
何故そこまでしてくれるのか、そんなに簡単に地上にやって来て良いのかと、一緒に暮らすことになった天上人――天上界に住まうことを神によって認められ、仙籍に入った者達の総称、種族は様々で皆長寿の命を得る――のミコトという少女に尋ねてみた。
「神々の皆様はシオン様のことを気に入ってらっしゃるのですよ。それにあの創造主様のお子様であり、神位を受け継いだことによって自分達の後輩になったからと構いたいのかと。」
そう言いつつ微笑むミコトは元々人間の神官であったが仕えていた神殿の神に気に入られ天上人になったのだという。
翠色の長い髪を三つ編みにしてひとつにまとめ、橙色の瞳はタレ目で愛嬌があり大きめの丸メガネをかけている。
服装は白を基調とした青の刺繍がされた神官服で彼女によく合っていた。
仙籍に入っているため、見た目は今のシオンよりは幼く見えるが年上である。
「でも、神ってそんなに簡単に降臨できないって子供の頃に習ったんだが…。」
「えぇ、普通は無理ですが、シオン様とクー――赤子の幼名、現飄舞――ちゃんがいらっしゃいますから。」
「えっ?」
「神の降臨は確かに制約が多く簡単には出来ませんが、自らの加護又は祝福を与えた者、神位を持つものへの降臨はそういう制約があまり関わらないということで簡単にやって来れるんですよ。」
「面倒くさいんだな、神って。」
「シオン様もそうじゃないですか。」
「これは子供ながらの過ちだから。」
ため息をつきながらクーをあやすととても嬉しそうに笑う。
自分が殺してしまった相手を自分が育てるというなんとも不思議な生活に最初は戸惑った。
だが、今ではこの時間が幸せで、旅をしている時とは違って自分も随分と表情が増えたと思う。
男の子だと思ってクロと名付けた後の排泄物処理でこの子が実は女の子だと気づいた時は本当に申し訳なく思ったが。
「それより、シオン様。今日も何人かの地上の者達がこの島にやって来て一緒に暮らしたいとおっしゃっていますが、いつも通りの返答でよろしいですか?」
「うん、任せるよ。しばらくは誰ともか関わりたくないし。」
「分かりました。では、少しお側を離れますね。」
一礼してミコトは話にあった者達のところへ行くためにこの場を去る。
何処で自分がここにいるという情報を知ったかは分からない。
だが、数日前辺りから旅の途中で出会った者達がこの島を訪れたのだ。
島の東側に簡易的な住居を築き、クーと一緒に家とその周囲からほとんど移動しないが、西側に上陸した何かの気配には気づいた。
代わりにミコトが様子を見に行き――見た目に似合わず強く、愛用武器はモーニングスター――戻ってきたときに聞いた上陸した者達の名前を聞いて思い出したのだ。
しかし、関わるつもりはなかったため好きさせていいとミコトに頼んでからもしもこちらにやって来てしまった場合を考えて、会わないように結界を施した。
それから少しずつこの島に住むものは増えていたが決して会うことはなく、伝言はミコトに頼む生活を続けていた。
降臨してやって来る神達との会話やクーの成長など退屈のしない毎日を続けていると気づいたら結構な月日が経っていた。
途中、結界を破ってまで会いに来るという御仁もいたが、その話は後々話そう。
「義兄さま、今日もみんなが義兄さまに王さまになってほしいって言ってやって来てましたよ?」
「興味ないから放っておきなさい。」
「はーい。」
神の祝福のお陰か、クーは元気に育ち成長も早かった。
どうやら前世の魔王の記憶は残っているらしいが、本人曰く前は前、今は今ということで気にしないようにしているらしい。
名前も本人の希望で男っぽいのが良いという要望に悩んだ末、祝福のお陰で適正の高い風の魔力から飄舞――母が好きだった話の小説に出てくる風を操る天狗からとった――になった。
最近はよく島にやって来た者達が作った島の中の新規国フェクロードに遊びに行っていたりしている。
ミコトはそんな国の運営を自分から手伝うようになり、現在では宰相の地位についているらしい。
大丈夫なのか?と一度聞いてみたが結構楽しいらしく、仙籍に入れ加護まで与えてくれている神にも許可をもらっているとか。
楽しいなら別にどうこういうつもりもない。
…フェクロードの民衆と一緒に自分に王になってほしいなんて言ってくるのさえやめてくれれば。
「飄舞、もしさ、シオンっていう俺の存在を示す名前も英雄っていう地位も全部隠して生活したいって言ったらお前はついてくるか?」
「何当たり前のこと言ってるんですか?ついていきますよ!前世の魔王の自分の言葉を借りるなら義兄さまはひとりにするとなんか危なっかしいですからね!」
「危なっかしいって…お前。」
「何か間違ってますか?僕やミコトさんが何か言わないとずーっと何するわけでもなくボーッとしてるくせに。」
「うっ…。」
「なので、絶対ついていきますからね!」
「…うん、よろしくな、飄舞。」
「任せてくださいよ、義兄さま。」
それから数日後、飄舞と一緒に誰にも気づかれないように島を出た。
自分の居場所が誰にも、神にさえ分からないようにするための半狐面を被り、姿さえも偽って。
数年の放浪ののち、アリオクレイアに戻ってくた。
ひとりではなく、飄舞と共に、
義理の兄弟として、“狐面の情報屋”という新たな身分で静かに暮らすために。




