肆
神位を受け継いだことにより、この身を流れる神の血が強くなった。
それに伴い、食事も睡眠も必要となくなりただ災厄の種を見つけるために歩き続けた。
途中でシオンとしての人格も修復され、表に出てきていたが、帰るという選択肢はシオンにもなく、目的のものを探し続けた。
父への気持ちはあの時味わった絶望によりまったくといっていいほど良い感情などはなく、ただ黙って出てきたことによる母と紅玉、瑪瑙に対する罪悪感には悩まされ続けた。
災厄の種を探す旅の途中でシオンとしての人格に従い、人を助けたり、破壊神としての定めにより面倒なことに意図せずに巻き込まれたりといろいろあったが人脈が増え、様々な知識を得たのは良かったと思う。
「旅をしていることは間違いではなかったかな。」
そう呟く頃にはシオンの人格と破壊神としての本能の人格は融合し、ひとつの人格を形成していた。
主体はシオンだったが時折破壊神としての本能が顔を出す。
それでも、うまい具合に使い分けており、旅自体はとても快適であった。
英雄、そう呼ばれ始めたのもその頃。
災厄の王による被害が増え始め、ひとつひとつ手がかりになるのではと潰していったのがきっかけ。
名を聞かれシオンと名乗ったのも噂になっている英雄の容姿をと名前を聞けば母や紅玉に自分のことを知らせられると思ったから。
瑪瑙は亡くなったという話は少し前に風の噂で聞き、その時は涙が止まらなくなって焦った。
もう一人の母のような人がこの地上にもういなくて、会えないのだということがただただ悲しかった。
長い月日をかけ、漸く災厄の王を見つけたときには世界は混乱を極めていた。
今代の災厄の王が魔族の王だったというのもここまで被害が大きくなった原因であろう。
対峙した黒髪赤目だった魔王は左の瞳が災厄の王を示す紫の色をしていた。
「殺してくれ…もう、こんなことはしたくはない…。」
まだ災厄の種に意識を全てのまれていなかった魔王は対峙した自分にそう願った。
まだ若い王だった。
子供がいるのだという。
亡くなった妻が残してくれた子が。
未来ある息子のためにもこの世界を壊したくない、と。
「大丈夫だ、もう終わる。」
安心させるようにそう言えば武器を構える。
魔王は反撃はしてこなかった。
愛用の武器がその胸を貫いた時、ありがとうと涙を流し、微笑みながら死んだ。
「終わった…のか…。」
ポツリと呟く。
目的だった災厄の種も魔王を殺したことにより自分の中に戻ってきた感覚が分かる。
目標は達成した。
満足感などはなかった。
目標のためにひとりで行動してきた。
手伝うと言ってくれた者達も旅の途中で出会ったりした。
気持ちは嬉しかったがそれを断り、ただひとりで頑張ってきた。
「……。」
溢れてきたのは…涙。
今まで一度も泣けなかった。
泣いてしまったらそこで心が折れてしまう気がしたから。
立ち止まってしまう気がしたから、悲しみに蓋をして気づかない振りをしてきた。
だが、終わってしまって自分の中で常に張りつめていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。
涙は止まることはなく、嗚咽も殺さず泣き続けた。
もう、心も体もボロボロだった。
月日が経ち、体も心も成長したが、それでも一度壊れかけてしまった心は脆い。
「ごめっ…なさい…。」
謝ったのは自分の手で殺めてしまった者達へと今殺してしまった優しき王に。
魔王もこんなことにならなければ子供と幸せに暮らせたのだろうと。
目の前に倒れる優しい魔王の亡骸にシオンはずっと謝り続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気づいたとき、自分は見知らぬ場所に寝かされていた。
側にいたのは父の側近を名乗った転生を司っているという女神。
父が自分に会いたいと望んでいると言付けを受けたというその女神は死んだように眠っていた自分を見つけると誰にも邪魔されない世界の東の端にある無人島に運んで目覚めるまで看病をしてくれていたらしい。
そして、自分の側には黒髪の赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。
「その赤子の魂の主は本来であれば死ねば転生の環に自然に戻っていくのが理なのですが、泣いていた貴方を放ってはおけないと側を離れずにいましたので…。」
「え…魔王、ですか…?」
「はい、自分を救ってくれた貴方を今度は自分が助けたいとおっしゃられましたので、主に内緒で転生と……後は私と他数名の神々の祝福が与えられていますよ。」
「は…?」
祝福とは神の一部を与えられるということ。
しかも滅多に与えられる者がいないというのにこの赤ん坊にはそれが複数与えられているという。
どういうことだか訳が分からない。
「祝福は我々から謝罪の意味と感謝の気持ちから与えたものです。」
「謝罪と感謝、ですか…?」
「はい…。まだ子供であった貴方に破壊神という力は大きすぎるにも関わらずあの馬鹿…失礼。我が主は勝手に与えてしまった。…我々にも言わずに勝手に。」
「…すみません。父が…。」
なんとなく相手の表情から苦労させられているのだろうと感じて謝れば女神は苦笑を浮かべた。
そっとこちらに手をのばし、頭を撫でられれば突然のことに固まってしまう。
「貴方が謝ることではありませんよ?それに、本当にあの馬鹿主に似なくて良かった…。本当に…。」
どうやら素を隠すのをやめたらしい。
普通に父を馬鹿と言っているし。
そして、父が部下である神々にどう思われているのか無性に気になった。
「父のことを天上の神々はどう思っているんですか?」
「子供のまま大人になった馬鹿、というのが我々の認識ですね。この世界と我々神の創造主として“だけ”は尊敬はしていますが…それ以外は問題ばかり起こし、こちらにいろいろ被害をよこす馬鹿様です。」
父よ、一体何をしているんですか…。
本気で申し訳なくなってきた…一応親だし。
「ですので貴方に破壊神の神位を与えられた時には我々一同がお仕置きは致しましたが…。まったく反省の色がなかったので全員でもう殺してしまおうかと。」
「えっ!?」
「それをすると異界の巫女様…貴方のお母様に今回のことを話さなければいけなくなるのでやめてはおきましたが…。」
「っ!?じゃあ、僕に起こったことは…。」
「話していません。…貴方を溺愛していた巫女様にお教えしてしまうと多分……昔のように天上が大変なことになるので…。」
そう言って女神は怯えたように体を震わせる。
…母よ、貴方も一体何をしたんですか。
とても気になったが、聞くのはやめておいた。
“あの”母ならなんでもありな気がするから。




