表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

三章

 自宅に帰る前に、江洲虎吾はコンビニに立ち寄った。まずは店舗の奥にある端末に直行し、国民番号カードを挿入して国民番号と連動した銀行の預金残高を確認する。国民番号カードで支払いする際、残高がマイナスになると一律に三五〇〇円もの貸付金が発生してしまう。公正減税の対象でない、人工臓器を利用する者にしてみれば、それは死ねと言われるに等しい。


 何とか問題無さそうだった。江洲虎吾は目的を達成するだけの金額が残されているのを確認すると、端末からカードを取り出し、夜食と翌日の朝食を買うために、歩いて数歩の冷凍食品の売り場へ向かった。


 ここでもフェアな商品とアンフェアな商品とでは売場が区切られている。そもそも、商品の見た目からして全然違う。アンフェアな商品のパッケージには学校にも行けない幼い子供達が工場で必死に働いている写真が印刷されているのに対して、フェアブランドの商品には笑顔で学校給食を食べる子供達の姿が映されている。どちらも如何にも貧しい地域の子供達といった感じだ。更にフェアブランドの商品には決まり切った文句が並ぶ。


〈大東亜食品は途上国の労働力を不正に搾取することなく、あらゆる流通の過程で公正な取引を行っています。〉


〈この商品は全て国産の材料を使い、国内の工場で公正な労働によって作られています。世界給食支援に協力しています。〉


 五〇〇円の冷凍餃子、フェアポイント五点。一〇〇〇円の冷凍炒飯、フェアポイント一〇点。年間でフェアポイントが二万点付与されれば減税措置が受けられる。公正市民の仲間入りだ。一〇万点を集めれば九〇パーセントの減税になる。夢のまた夢だ。公正な取引をしない人間に公正な賃金は払われない。最低賃金の適用が甘いのだ。全く言葉の意味が解らないが、必ずそういった言い方がされる。適用が甘いと。


 健常臓器税の基礎税額は原則一六歳以降で二年毎に五五万円、最高減額なら五・五万円になる。フェアポイント二万点でも三三万円だ。これは少なくとも、月額二万円で人工臓器を使うよりも安く済む。だから税金を払えなくなった貧乏人の健康な内臓は取り除かれて、公正な金持ち達の腐った腹綿と入れ替えられる。


 浦路美衣の幼い内臓も、誰かが公正な対価を受け取ったんじゃないのか。


 浦路美衣は尋常学校までしか行けなかった。


 それでも、と江洲虎吾は思った。生まれてから一度も学校に行けずに働いている子供達がいる。掌に痩せこけた黒人の少年の肖像があった。真剣な眼差しで、額から汗を流している。一〇〇円の冷凍グラタンに、一〇〇円の冷凍ピラフ。フェアポイントは付かない。それらを手にレジへと向かった。


 俺達は、搾取する側から抜け出せない。




 コンビニを後にした江洲虎吾の姿は夢切符の販売所にあった。浦路美衣への誕生日プレゼントは夢切符にしようと決めていた。毎週買っているウィークニューズ誌を二週間我慢すれば良い。誰もがやっている事だ。誰もが何かを我慢して、夢切符を買っている。


 深夜だというのに、意外にも販売員は江洲虎吾と同年代くらいの若い女性だった。一目でフェアブランドと判る高級そうな制服に身を包んでいる。


「ミラクルアクアが一枚欲しいのですが」


「はい、番号にお好みはございますか」


 強化ガラスで固められた、駅の売店ほどのスペースの売り場には二〇〇枚ほどの束になった夢切符が整然と並べられている。江洲虎吾は最初に目に付いた奥の方の束の一番上の番号を読み上げた。


「じゃあ、その鶴の一〇〇〇八四五番を」


「かしこまりました。では、こちらでお支払いをお願いします」


 江洲虎吾が読み取り機に国民番号カードをかざすと、領収を告げる間抜けな音が静かに響き、彼の口座から一八〇〇円が自動的に引き落とされる。フェアポイント一八点。販売員は専用の封筒に丁寧に夢切符を一枚入れると、強化ガラスに開いた小さな窓から差し出した。そして全ての顧客に同様に言っているのか、どうか当たりますように、と呟いた。


 どうか当たりますように。江洲虎吾も心の中で祈った。五万円でも良いから。本当に、どうか当たりますように。




 その後、江洲虎吾はコンビニへと引き返していた。日付が変わり、雑誌売り場には早くも本日発売の雑誌が陳列されている。買えなくなったウィークニューズ誌の表紙に並ぶ見出しだけでも確かめる。


〈終焉の始まり 共和国崩壊〉

〈独占取材 ペラリ元長官インタビュー〉

〈写真報告 世界一〇億人飢餓の現状〉


 どうやら特集記事は共和国の経済ものらしい。毎号の最終ページにある写真報告の内容だけは気になったが、基本的には余り興味の無い内容だ。そう思うと少し安心した。そして隣に並べられた週刊次世代の表紙に大きく印刷された見出しが不意に江洲虎吾の視線を捉えた。


〈独自予想 夢切符当選番号〉




 自宅に戻った江洲虎吾は、インターネットで週刊次世代の予想記事を検索した。大抵こういった記事は誰かが勝手にインターネット上に公開している。


 そして案の定、発売されたばかりの雑誌の目玉記事は早々と何者かの手によって無料開放されていた。江洲虎吾は番号を確かめるなり苦笑した。そこにある一等予想の番号は鶴の一〇〇〇五四八番だった。購入した番号は鶴の一〇〇〇八四五番。


 惜しいな、と江洲虎吾は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ