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コドクな巫女様

 赤いドレスのフランス人形の少女は、満足そうににっこり笑って御札の中へ消えた。

 

「お疲れさまでした」

 

「お疲れ様っす。いつもありがとうございます」

 

 今回沖田さんが持ってきたのは、アンティークドール。持ち主の子供に怪我が相次いだということで呪いの人形認定され、たらい回しにされてきた彼女。同じ日に作られた姉妹と離れ離れなのが嫌だったと彼女は語ったのだが、その姉妹人形はなんとネットオークションに出品されていた。

 

 沖田さんが頑張って競り落としてくれ、しかも出品者は同じ県内で、すぐの発送に快く応じてくれた。朝頼んで、その日の夕方に届くなんて良い時代。

 

「沖田さん、今回も大変でしたね」

 

ほぼ沖田さんの力で解決してもらっちゃったなと彼に向くと、大の字で横になっていた。オークションでかなり気をもんでいたので、それは疲れているはずだ。


「そうだ、疲れた時は糖分ですよ。チョコレートが届いてるんです」


「あらちょうどいいですね。紅茶がいいかしら」


「緑茶でお願いします」


段ボールを片付けてくれていた家政婦の瑠璃子さんが台所に消えて、沖田さんがのっそり起きてきた。


「チョコっすか」

 

「四人で頂いちゃいましょう。時間平気ですか?」

 

「今日は直帰して良いって、さっき店長から聞きました」

 

「ではさっそく」

 

 頭の中で一柱の神をイメージして胸の前で手をたたく。畳に落ちた私の影が、もぞりと動いた。

 

「……おはよう史人」

 

 影の中から黒い髪、黒い装束のうちの神様が立ちあがった。

 

「おはようございます、紫栖(しす)


「おはようございます紫栖さん」

 

 長身の紫栖と並んでいると、沖田さんも子供みたいに見える。でも沖田さんも一七八だって前に言っていたから、決して負けてはいないけれど。私は……初めて会った時は女の子だって言われたし、でもまだ成長期は終わっていないはず。きっと。私だって、髪を除けばそんなにひどい外見じゃないし。

 

 紫栖が切れ長目の美形なのは神様だから当然として、沖田さんもなかなか負けていない。ちょっとつり目で目つき鋭いけど、笑ったらすごいイケメンなんだよな。店長さんの話だと、彼目当ての常連さんもいるらしいし、でも彼女はなかなかできない。

 

 特に呪われてるわけでもないみたいだけど、なんでだろう?ともかくこの二人にはさまれるとそういうものを毎回刺激されるのだ。これは、イタリア土産の高級チョコレートにすべて癒してもらうしかない。お父さんありがとう、今頃飛行機の中だろうから天井に向かって感謝します。


 赤いラッピングに手を伸ばしたところでインターホンが鳴ったので出ようとすると、紫栖に腕をつかまれた。

 

「この時間なら、大体決まってるでしょ」

 

「だからだ」

 

 仕方がないからそのまま出ていくと、控え目な少女の声が私の名前を呼んだ。紫栖が無言で引き戸を開ける。

 

「おはよう。最近暑くなってきたね、扇風機出そうと思ったのはいいけど、去年どこにどこにしまったか忘れちゃってさ、結局どこにあったかっていうとね、二階だったの」

 

「二階の神主さんの部屋ね」

 

「そう、物置何度探してもなくって、もしかして捨てちゃった? とか思ってたら、しれっとこっちにある、って言うんだもの。笑っちゃったよ」

 

「もう最高気温三十度超えたところもあるんだっけ」

 

「早いよね。去年、こんなに暑かったかな。去年も同じこと言ってた気もするけど」

 

「クーラーもいいけど、長いこといると体調崩すからほどほどにしなきゃ。そうはいってみるけど結局クーラー無しじゃ生きていけなさそう」

 

「そうそう、いつでも涼みにおいでよ。あそこなら外の人は来ないし安心だよ」

 

「楽しみにしてるね」

 

「それじゃ、また」

 

 彼女は言いたいことだけ言ってしまうと、さっさと行ってしまった。


 引き戸を閉めても、紫栖は腕を離してくれない。


「紫栖、紫栖ったら」

 

「あいつには重々気をつけろよ。わかってるとは思うが」

 

「うん……」

 

 あいつ、と紫栖が呼ぶ彼女は隣の神社の娘で、私とは幼馴染でもある。

 

泉羽(みわ)と外で会ったことは無いし、大丈夫。水辺には近付かないからさ」

 

 そこまで言って、ようやく腕をはなしてもらえた。うすく跡になっている腕をさすりながら、鳥肌が立った全身を見てやっぱり茅野泉羽(かやのみわ)と元通りの関係にはなれないんだな、と内心ため息をついた。

 

 それを知ってか知らずか、紫栖が一言。

 

「あいつの目に、おまえはどう映ってるんだろうな」

 

「普通に会話してるとおもってるんでしょ」

 

 泉羽は一人で話して、一人で答えて、言ってしまった。

 

 泉羽とは、もう六年言葉を交わしたことがない。

 

 そのまま二人で黙りこくっていると、足音がこちらに向かってきた。瑠璃子さんが脱いだエプロンを握りしめていた。

 

「またですか」

 

「ええ……あ、お待たせしてすみません」

 

 今はチョコレートだ。戻ってくると、瑠璃子さんが冷めてしまったお茶を淹れ直してくれたところだった。


 フレーバーも形もそれぞれちがうチョコレートをうっとり食べていて、ふと沖田さんの視線に気がついた。

 

 黒い瞳がじっとこっちを、多分、手を見ている。

 それだけで何が言いたいのか分かってしまったけれど、このまま机をはさんでにらめっこするのもなんなのでラスクを皿に置いた。ああ名残惜しい。


「泉羽のことですか」

 

「いや、何度も聞いたけどもやっぱり、治せないのかな、とか考えてしまって」

 

「現代の精神医学なら、たいてい治療はできるんでしょうけどね」

 

「あるんだよなあ、範囲外も」


「それに、泉羽も自覚はないままでしょうし。私と会話する以外の行動が正常なら、なおさら」

 

「そういえば、今朝も少し話しましたよ。もうすぐ祭の準備がありますねって」

 

 瑠璃子さんがそう教えてくれる。

 

「身体はともかく、精神はどうしようもないからな。あれだけで済んでよかったと思っとけ」

 

「うん。泉羽ん家の洞窟で溺れてから一カ月間、何があったのは知らないし聞かない。私も泉羽も生きてるし」

 

 両手にはまった黒い手袋。私と紫栖が繋がっている証であり、私が呪われたものである証。


 沖田さんは眉間にしわをよせている。吹田さんと紫栖は無表情でこちらを見ている。

なんとなく自分の黒い両手を見て、黒い手袋を外してみた。

 

「私は神である紫栖と繋がったことで、手に触れた生きたものを狂死させてしまう、か」

 

 泉羽と洞窟に肝試しに行って、そして、洞窟内の湖に落ちて紫栖に引き上げられた。

 

 これがどういうことなのか知ったのは意識を取り戻した後のことで、父親があれほど激怒したところを見たのはあれっきりのことだ。

 

 久樹家が「神様」と契約したのは今から四百年ほど前、江戸初期の頃にイギリスの商人からとある写本を入手したのが始まりだった。

 

 写本のタイトルは「キタブ・アル=アジフ」といった。


「おや、反応がおありでない、と」

 

「そんな本初めて聞きましたよ」

 

 なんだそちら方面は初心者か。何も知らない者を染めていくほど面白いものはないともいうし。 

 

 「では、ネクロノミコンはご存じですか?」

 

 やや間があって、沖田さんは合点がいったように口を開いた。

 

「クトゥルフ神話の魔道書ですね。そういえば前に、人皮の本とかありましたよね。あんな本」

 

 あの時は本よりも憑いてきたものが大量で大変だったなあと走馬灯がよぎりつつ、頷いた。記憶力が良いので助かります。

 

「ネクロノミコンの中には、神の召喚方法や印が示されていました。ご先祖はそのひとつを実行したのですよ」

 

「召喚というと、黒魔術のイメージしかないんですが……」

 

 生贄とか。と沖田さんの顔から血の気が引いていくのが面白い。もう沖田さんが来て一年になるんだったか。そろそろ話してもいいかな、と思っていたから迷いはないし、良い反応してくれて楽しくなりそうだ。

 

「生贄といえば、やっぱり紫栖ですね。ねえ」

 

「な」

 

 紫栖と二人でにっこりわらってあげると、びくっと沖田さんの肩がゆれた。

 

「別に取って食うわけじゃなし、安心しろ」

 

 紫栖がけけけ、とわざと歯を見せて笑っている。さらに長い手をのばして、肩をつかんでる。

 

「分かってても、心臓にくる……」

 

「そうかい」

 

 ……うらやましくなんか、ない。あんなふうに触れあいたいなんて。

 

 それより説明説明。 

 

「シュブ=ニグラスという神性がいます。主に豊穣の神として崇められてきた邪神です」

 

「しゅぶにぐらす」

 

「シュブ=ニグラスは自分が行きたいところにはどんな所でも、どんな時にも現れ、また、いろいろな場所に同時に姿を現すことができるのです」

 

「そうして好き勝手に去っていく……そう思ってたんだが」

 

「あぁ」

 

 なるほど、という顔になった沖田さんだが、次の瞬間には首をかしげていた。

 

「こういっちゃあなんですけど、ずいぶん安直なお名前で」

 

「最初と最後の文字に漢字あてただけだ。ずいぶんな待遇だよなぁ」

 

 そう、紫栖こそ外なる神の一柱、シュブ=ニグラス。

 

「今は完全に分離しちゃってますよね」

 

 やっぱり、沖田さんの頭上には疑問符がたくさんだ。

 

「俺、いや俺たちはあらゆる場所に存在できるが、それは本体ではなく、本体からはがれ落ちた仔なんだよ」

 

「と、いうことは人間との、ハーフ?」

 

 最後の一つを沖田さんがさらっていった。

 

「いや、本体から産まれた瞬間、よばれたんだよ。タイミングがたまたまあっただけなんだな」

 

「じゃあ、召喚は一発で成功したんですか」

 

「そうらしい。よばれるなり御札で動けなくされて、ずっとこの家に居ないか、だからな」

 

「へー」

 

「つまらん反応だな」

 

「素人になにを期待してるんですか」

 

 今度は両手で肩をもんだ。沖田さんも気持ちよさそうに目つむってるし。たしかに人形の件で疲れてるんだろうけど、ちょっと。

 

「ん?」

 

 紫栖がこちらを振り返って、目を細める。

 

「おまえもしてほしいなら、してやるぞ? いくら目は口ほどにと言ってもなあ」

 

「は? なんです」

 

 か、と言い終わると同時に軽い衝撃がきた。紫栖の左手が、私の頭にのって盛大に髪をぐちゃぐちゃしている。右手は、沖田さんの肩の上。にやにやしながら私たちをいじっている紫栖の体はテーブルの上で、膝から下は透きとおっていて。瑠璃子さんはその間静かにお茶を飲んでいた。


「……そうですね。私と貴方は、死ぬまで一緒です」

 

 いままでの宿主よりも強く。身体そのものが混ざっているのだから。

無言で手を差し伸べる紫栖のひんやりした黒い腕に、思わず両手ですがった。


 日も落ちたので沖田さんを見送って、静かになった家の中を歩く。なんとなく和室をぬけて縁側を歩いてみる。吹いてくる風はまだ生温かくて、見上げてみるとまだほのかに紅い山の縁から黒い夜空へとグラデーションが出来ていた。

 

 視線を中庭にもどすと、黄色い灯りが並んで二つ。たまにやってくるこのお客様は、おとなしく縁側に上がってきてにゃおにゃお鳴いた。

 

「ちょっとまっててね」

 

 台所にいくと、瑠璃子さんはすでに待っていた。

 

「今日もきてくれたのね。はいこれ」

 

「ありがとうございます」

 

 小皿に載ったかつおぶしを受け取って、二人で縁側に戻ると白い尻尾をゆらして返事をしてくれる。

 

「さ、お食べ」

 

 白黒ぶちの野良猫がかつおぶしを食べている姿を、しゃがんで見守る。見守るだけ。

 

「また痩せた?」

 

「ちょうど毛の生え換わり時期ですからねえ、そう見えるだけでしょう」

 

「そっか」

 

 きれいな白黒の毛並みに、真っ白な尻尾がとってもかわいい。せっかくこうして慣れてくれたので撫で撫でしたいけど、すっごくしたいけど、そうするとこの子は死んでしまうので見守るだけだ。また一人になって、自室に戻る気もおきないまましばらく中庭の松の木やハナミズキを眺める。

 

「眠れないなら一緒に寝てやろうか」

 

「紫栖か、びっくりした……」

 

 左肩に重みがのしかかって、あたたかい息が耳にかかった。紫栖の頭だけが肩に乗っているのだと確認しなくても分かる。

 

「赤い髪が映える刻限だなあ。薄い闇に浮かんでい具合だ」

 

「何、急に」

 

「なんとなくだ」

 

 伸ばしなさいと言われて、切りたいと言うと叱られるから腰まで届いてしまっている赤い髪。勝手にこれと装束で勘違いするお客も多いし、それはそれでやりやすいからいいのだけど。手入れも大変だし、長髪の女性は皆こんな苦労をしているのだな、ってそんなの知らなくていいし。

 

「紫栖、どうしたの?」

 

 もっとうるさく話しかけてくるかと思ったのに。ちらっと左を向いて、紫栖が見ている方を見ると白い火の玉のようなものがひとつ浮かんでいた。

 

 それは二つに分裂して、四つになって、どんどん増えていく。

 

「え、あれは、攻撃でもないし、何?」

 

 ただ見ているしかできなくて、紫栖もなにも言わなくて、そうするうちに火の玉は庭中に広がっていく。あれは……魔法陣?

 

「ねえ、あれって見覚え……あるような……ねえ」

 

「…………召喚の魔法陣」

 

「なんでこんなところに」

 

「何を言う。力を持つ者は力を呼びよせる、力を持つ者ほどかのモノ共を呼びよせる。いつも言っているだろうが」

 

「で、あれは呼ぶものなの、送るものなの」

 

 答えを聞く前に、私たちは魔法陣と白い光に飲み込まれていた。

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