進展
早朝、僕は借家でこの世界についての情報を聞いていた。
まず、転生者は現実世界で失ったモノや知識は引き継げないということ。僕は異例中の異例だったようだ。そして、赤子から始まるものもいれば、不確定だが現実世界と同じ年齢で転生してくるもの、またはそれ以下の年齢であること。これは20代以上でこの世界に召喚された存在を知らない、という彼女の知識から推測した。
次に、僕が一番知りたかった情報も彼女は知っていた。この世界で強くなる方法だ。答えは簡単、魔族を倒せばよいらしい。武術の練習や魔法の行使でも上がるには上がるらしいのだが上昇値は少ない。
急にゲーム臭くなる異世界生活にちょっとだけ残念さがわく。
ただ、レベルと言っても理解できない数値らしくゲームのような「1レベルあがったぜ!」という会話はない、とのこと。
次に、この世界で注意していなければならない存在。それは魔神教と呼ばれる組織だ。彼らは魔族の長、魔王よりも邪悪とされている魔神を崇拝する者達で日々暗躍している。それだけなら倒すだけで解決するのだが他国の中枢部まで根を張り詰めているらしく迂闊には手が出せない状態らしい。
とりあえずその他もろもろを教えてもらったところで、僕は満足した。
「——でね、って聞いてる?」
「あぁ、もう十分わかったよ」
まぁまだ分からないことだらけなのだが。
ある程度生活していけば自然と身につく知識ばかりだろう彼女の話は、途中で頭に残していない。
「本当かな。
——ありがとね、ユーリ」
急に彼女の口から出た言葉にたじろいだ。
「ああ、力になれたか不安だったけど。役に立てて俺も嬉しいよ、アリス」
この空気も名残惜しいが、もう1つだけ彼女に聞きたいことがあった。
「あと1つだけ聞かせてくれ。勇者になることはアリスにとってどうなんだ?」
「...どうって。現実世界に戻るためには当たり前でしょ?勇者になることは前提条件だわ」
違う、俺が聞きたかったのはそれじゃなく——。
「勇者になって戦うことを強要されるのは嫌なのか?」
「っ」
これだ。きっと彼女は戦いたくないんだ。最初は現実世界に戻ろうと覚悟を決めて強くなろうとした。しかし、それは時間を重ねこの世界に浸っていくに連れ、段々と薄れていった。最終的には帰りたくないとも思っていたのではないか?
が、それを本人にぶつけられるはずもない。
「答えたくなければ答えなくていいんだ」
話はここで終わるはずだった。だが、彼女は勇気を振り絞り——聞こえないような小ささでこぼれた。
「怖いから。怖いから戦いたくなかった。最初の頃はすっごく弱虫で泣き虫でたくさん痛い思いをさせられて。戦うことが怖かった。でも、」
彼女は涙目でユーリをまっすぐ見つめ、宣言するかのように告げる。
「でも、今は1人じゃない。あなたがいるから怖くない。だから私はもう逃げない」
「あぁ、でも」
今も泣き虫だけどね。それに戦いから恐れを無くせば武人は死ぬってよく言われるから危ないよ。それにあまり僕を過信されても困るんだけど...。たぶんレベル1だし。
そういえば怖さを消したいって言ったから、この『賜物》になったんだっけ。神様も遠回りなことするなぁ。
そこであることに僕は気づいた。
「いいムードのところ悪いんだけど、これから城下に戻るわよ?昨日はずる休みしてたんだから今日は前衛で働いてもらうわ」
ふぇっとアリスは顔を真っ赤にして玄関にいるフェルを見る。彼女はいつもこういうことをしてるんだろう。タイミングが良すぎる。
「熱烈ねぇ、まさか戦闘狂勇者と名高いアリス様ともあろうお方が人を愛するなんて——」
にやにやと口角を上げ不敵に笑うフェル。
戦闘狂?
アリスが?
「うるさい!だめなの!?私が恋しちゃだめなの!?」
顔を真っ赤にしてフェルに駆け寄るアリス。
僕は今の今まで確証がとりずらかった案件が解決したことに心の中でフェルに感謝する。
アリスといえばアニメなんかである、フェルに頭を手で抑えられ腕をぐるぐると回しながら空虚を攻撃している。端から見れば見苦しい。でも僕からすると可愛くて仕方がない。
「アリス、その人には関わらないほうが身のためだよ?」
僕は笑いながら彼女の元へ近づいていく。
「ゆぅりぃ」
泣きながら僕の胸へと飛び込んでくるアリス。
「あまりからかわないであげてください。昨夜は色々あったんで」
言ってから気付いたがそれは不安定な爆弾みたいな言葉だ。それをこの人が拾わないはずないのだが。
「ふふ、わかったわ」
そう言うと彼女はもう少しで村を出るので準備しなさいという趣旨を述べて村長宅へと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
計画よりも落ちるのが早かった。一体彼は何をしたんだろうか。
「むー」
他から見れば今にも魔王が侵攻してくるかのような深刻な顔でフェルは頭を使う。
彼の行動は昨夜から見ていなかったため、推測するにしても情報が少なすぎる。
あのまま無理やりに押し倒したのか?いや、相手はアリスだ。どんな強者でもアレを押し倒せはしないはず。仮にアリスが彼のことを気にしていたにしては暴走尻触り事件で好感度は最低だったはず...ありえないわ。一先ず、ユーリに聞いてみることにするか。
「いやー!若人たちの成長ほど興奮することはないわねぇー!」
彼女の肌は前よりもツヤツヤになっていた。
後日、城下でへろへろになっているカインが発見されたのは言うまでもない。