虹彩のゆるみ
気が付いたら僕は意識を失っていた。あれからどのくらいたったのだろうか。蠟燭は溶けきったのか部屋の室内は薄暗い闇で満たされていた。空間に多少の光をもたらしてくれるのは窓から差し込む月光だ。
あの瞬間、僕は悪夢を見た気がする。
何を見たのかは覚えていない。それが何であったのかさえ、思い出そうとしてもぽっかりと穴が空いたようでそこへたどり着こうとしても足が止まる。
そうだ、アリスは。
彼女を探そうと起き上がると身体が少し抑えられる感触がした。毛布?なぜ。
毛布の伸びる先には気持ちよさそうに寝ているアリスがいた。
まずは彼女の無事を確認できて一安心だ。だか、彼女の目は治ったのだろうか。それだけが気になる。しかし、先ほどまであれだけ心を乱していた彼女を起こせるはずもなくそっと借家をあとにする。
外へ出ると玄関の右にフェルが壁に掛かりながら立っていた。
「やぁ、少年。卒業した気分はどうだい?」
クスクスと笑う。
僕は彼女の戯言よりもクエストがどうなったのか、気がかりだった。
「ごめん、少し寝てたみたいで。——クエストはどうなった?」
「流さないでよ。まぁ滞りなく終わらせたとこ」
「そうだったんですか。迷惑をかけてすみませんでした」
「いや、こちらとしては面白いものが見れたから満足だわ」
?
何かあったのだろうか。
そんなことを考えていると彼女は歩き去っていく。
早朝、僕は凍えそうになる身体を丸めアリスの寝ている家の前で座っていた。あの後、よくよく考えてみれば女性が1人寝ている家にお邪魔するなんて論外だ、という結論に至ったのだ。だからと言って外で待つのは決していい案ではなく、山林の朝の寒さは体に堪えた。これならフェルにカインとバンの借家に泊まらせてもらうべきだったか。
まぁ、後から聞いた話だが彼らはこの村の外で私用をすませていたらしいのでどちらにせよ野宿を選択せざるおえない。
「っくしゅ」
風邪でも引いたかのような頭痛に見舞われながらも、やっと日の出を迎えられ微かな温もりに安堵の気持ちがわく。それと共に生まれた思考の猶予により、また僕は不安という泥沼に足を突っ込ませる。
彼女は未だに起きてこない。もし起きたのであればどちらかの行動にでるはずだ。感謝の意を述べるか、治らなかったことによる悲しみと希望を持たせたことによる怒りを含んだ罵声を浴びせるのか。
でも、仮に治っていなくても彼女は僕に罵声を浴びせたりしない。昨日今日出会ったから何がわかるのかと問われたら何も言い返せないが。心の中のアリスは自分が傷ついても決して他人を恨まない。
まるで新興宗教の神様みたいに都合のいい存在だ。
僕は苦笑をこぼす。
そんなことを考えていると借家の扉が開く。靄を含んだ静まり返った空気の中に、ぎぃと音が響く。
朝日が僕らをより一層強くてらした気がした。光線を集めるような金色の髪を揺らし、その白く透明な肌は自身が輝いているようにも思えた。
「おはよう。まぶしすぎて起きちゃった。——初めまして、ユーリ」
眩しそうに開けきっていない瞳で僕に告げた。
僕も陽の光が眩しくて——瞳は開けきれていない。
そうか。僕は彼女を助けられたんだ。
「おはよう。アリス」
これが僕らの初めての出会いだった。