仲直りのしるし
村につくと村長らしき人物から軽い挨拶をされ、今回のクエストの内容を確認するためにカインは一軒の家の中に案内される。僕らはそこに用はないので村を散策することになった。提案したのはフェル。彼女の性格からただの散策目的ではないだろう。
先ほどの件からアリスとの間には更に大きな壁ができた。なぜ尻を手で触るという非常識な行動に走ったのか、過去の馬鹿な自分を殴りたい。あの状況にまた戻ったとして、正常に頭を使えたかと言われると難しいが、最低でもアレはやらないようにはする。そう心に決めた辺りで村の散策はおわってしまった。
ニールン村は50人ほど人のみで構成された小さな村らしい。これはフェルから聞いた。どうもフェルはここに来たことがあるのか、村人から「あら、フェルちゃんじゃないの」「フェルねぇちゃんだ!」と大人から子供まで人気がある。
村の家々は場内のレンガ造りなどの西洋風な雰囲気とは異なり、木造で出来たみずぼらしいもので生活感があって僕は好きだ。
その後、私的な用事ということでフェルとバンがカインに呼びだされた為、僕らは村長の家の前でカインらの話が終えるのを待つことになった。
フェルが扉に入ろうとするときふふっと笑っていったのは許さない。
あれから数時間たっただろうか。——いや、実際は数分なのだが。
無言で無感情で立つアリスを横目で確認すると何かしなければならないと思うのだが、なかなか良い話掛け方が見つからない。こんな時、恋心を知る男はどんな話し方をするのか。まず、条件としてはさきほどの行為に対しての彼女が抱く感情を払拭せねばならない。だが、そういった男は第一にこんな事態を招くほど馬鹿ではない。招いていればその男は恋心を知らない男と烙印を押される。つまりは失敗は許されない、と。
この事象を起こしてしまったことは既に取り返しのつかないこと、と何処かで聞いたセリフが頭の中で反芻される。
すると、1人の茶髪の少女がアリスに近寄ってきた。
「おねぇちゃんたちは悪い狼を退治しに来てくれたの?」
アリスはそんな少女にしゃがんで目線の高さを合わせてからさっきまでの態度が嘘のように笑顔で応える。
「うん、悪〜い狼は私たちが倒してきてあげるね。あなたの名前を教えてくれる?」
何故か「悪〜い」の部分からダメージをくらう。
「ルン!」
「ルンちゃん、かわいらしいお名前ね」
「えへへ、ありがとー!きてきて!」
そう言うと少女はアリスの手をとり村と森に接する境界の方へ連れて行く。アリスはルンに理由を聞くが「内緒っ!」と答えるだけのようだ。
1人になったことでようやく落ち着いて考えられる、と思っていたのだが、ルンは途中で何かを忘れたかのようにこちらに一直線で走ってくる。
「お姉ちゃんもほら!」
ルンは純粋そうな目をこちらへ向けてくる。
まず女ではないのだが...。しかも、その手をとるなと言いたげなアリスがこちらを睨んだ気がした。した気が、うん、気のせいだと思いたい。気のせいだよね?
ルンに連れられアリスとユーリは村の外れまで来ていた。ルンはそこで待っていた友達4人の方へと走っていく。どうやら彼ら彼女らがルンが言っていたニールン警護団5人組のルン、フィー、テン、ライ、ケレル。
「はい!アリスお姉ちゃんこれ!」
ルンはアリスへ、赤色の花で紡がれた冠を渡す。
「ユーリお姉ちゃんはこれ!」
僕の場合は白色だった。...お姉ちゃんじゃないって言ったのに信じてくれないのね。
アリスはまるで「純粋な子供を騙し続けてるとか最低ね」と言った顔を子供たちに気づかれないようにルンの背後で僕に向ける。
慌てて僕は子供たちに弁解をしたのだが、それは余計な一言だった。
男の子らは「ならカップルだー!」「ひゅーひゅー」「お熱いですね」と、騒ぎ立て始めた。
「ふぇっ」
顔を真っ赤にするアリス可愛いなぁと考えながら必死に弁解する彼女に、少し傷つきながら収まるまで見守っていた。
「もう!なんで黙ってたのよ!」
子供たちと別れて歩いているとアリスは僕に悪態をついてきた。
「そ、そんなこと言われてもしょうがないじゃないですか」
「いつのネタよ!!!いいから、次にあの子達にあったらしっかり説明してもらうんだから!」
「わ、わかりました」
「——ところで、さっきはごめんなさい。悪気はなかったんです...」
さっきというのは、尻を手ではらったことだ。
「あぁ、もういいわ。あれは彼女が勝手にやったことだしね。ずっと気にしてたでしょ?顔に出やすいタイプなのね、あなたって。それにあの子たちが親ってたってことは、あなたは悪い人じゃないってことだもん」
「...なんか納得できない判断材料」
「そう?なら、悪い人ってことでもいい?」
「やめてください!そのままでいいです!!」
「素直でよろしいっ」
アリスの、僕に向けた笑顔は昨日と見たのだが、でも、なにかこう温もりを感じる笑顔だった。
村長の話では、夜になると山から狼がおりてきて村はずれにある畑を荒らすらしい。よって、僕らは日が暮れ村の活気がなくなったころに行動を開始するとのことだったので、それまでの時間、カインに剣の裁き方を教えてもらうことにした。
「君は初めて剣を握ると聞いてはいたのだが、本当のようだな」
まずは素振りをしてみろ、と言われたのでやってみたが意外と難しい。最初は剣の重さに我慢して振ることはできたのだが腕が疲れるにつれ身体の重心を剣にもっていかれる。
「まず、力任せにふっていてはだめだ。それなら鉄の棍棒でも握った方がましだぞ」
最初は異世界ファンタジーならただモンスターを倒しレベルをあげ力任せでどうにかなるもんだと考えていた。この世界では、現実と同じように走れば疲れるし筋肉痛にだってなる。甘かった。
精神力でなんとか続けられていたがそれも残量がなくなると限界値を迎え寝転んだ。
だめだ、もう無理。
息はあがり、腕は筋を少し痛めた。これではこの後に狼退治は無理だ。
「ん?もうバテてたのか。情けないな〜」
「うっせー...さっきのダメージが残ってんだよ.....」
「なんのこと?」ととぼけた顔をする彼女。フェルだ。いつからカイルの横に立っていたのだろうか、ユーリが倒れる前はいなかったはずだ。
「君が上達するまで何年かかることやら...。まずは剣の型を習得する必要がある。城下に戻ったら一応指南してあげるよ?」
「そうしてくれると助かるよ...」
カインは僕に手のひらを差し出し起き上がらせる。その手は彼の顔つきとは似つかわしくない皮の厚い手だった。
——これだけやらなきゃ強くなれない。
ここはファンタジーの世界でも「現実」なんだ。
——強くなりたい。
脱ぎすてられた上着の上に置かれた花が、煌めいて見えた。