道中の珍劇
昨夜の賑やかさが嘘のように静まり返った冒険者ギルドの建物には、数個のグループだけが打ち合わせや、人員募集などの多くない会話が聞こえる。ユーリたちは玄関口から離れたスペースにいた。ここは作戦や相談など個人仕様の簡単な会議室で、四方は覗きにくいように敷居がある。そこでユーリを含めた5人の男女が話を続けていた。
「まさか本当にあなたがきてくれるとは。このカイン、一度でもあなたとチームを組めるとは光栄です。」
「やめてください、私は一個人の用であなた方に同行する。ただそれだけです。」
先ほどからカインが熱弁している内容は、アリスが優れた剣技を持っているだの、伝説の竜を撃退しただの、アリスを神のように崇拝しそれを布教している信者のようであった。彼は熱くなりすぎると周りが見えなくなるタイプなんだろう。現にフェルやバンに関しては愛想をつかして魔法具を磨いたり、この世界の新聞に値する情報誌らしきものを読んでいる。
「あの、そろそろ冒険にでかけませんか?このままだと野宿ですよ。」
今回のクエストはニールン村の狼退治だ。村まで徒歩で1日かかるので、今朝は早く起きたつもりだった。なのに、カインせいで数時間は無駄にしただろう。
「そうですね。そろそろ向かわなければ日が暮れますか。」
誉めちぎることに満足したのか、カインはやっと正気に戻り号令をカウンターに出しに席をたつ。
よくぞ、助け舟をだした、と言わんばかりにぐっと親指を立てる魔法使いフェル。まぁ、彼女の場合は恋人であるカインが他の女に熱くなっていることに関してよく思わなかったことからの意思表示であるのだろうが。
北の城門を抜け、僕らは目的地のニールン村に出発した。道中、なんとかしてアリスにしゃべりかけようとしたのだが、アリスは集団の後ろを一定の距離を保ちながらついてくる。これでは話す機会がない。
村についてからでも、彼女に昨日のことについて弁解しよう。
と、考えてはいるものの、彼女の機嫌を損ねてしまった原因がわからない。八方塞だ。
半日歩いた。道中は盗賊に襲われることも魔族にはちあうこともなく、無事にここまでこれた。
「おっ、もうすぐ村が見えるんやないか?」
バンは木製の看板を目にし、横目でカインを見ながら続ける。
「しっかし、なんでワイらのクエストに嬢ちゃんのお守りが入っとんねん。」
「...アリス殿に不信感を抱くのは不敬だが、何かあるだろうね。私用があるといっても彼女の場合、こんな小金を稼ぐ必要はないはずだ。」
カインは後方にいるアリスに聞こえないよう静かに話す。
やはり、といった顔でバンはカインをにらみつける。
「誰も護衛任務を受けたがらない危険な案件っちゅーことはないんか?」
「そこまで大きなものであるならば、私や、君の耳にも入るだろ?」
「そりゃそうだが...。第一に今回のクエストは異例や。あんな変わった服装した初心者をお願いしたいってギルドから言われ、そこにまさか、勇者候補がくるってことは。あの小僧、貴族なんか?」
ユーリの身体は今まで苦労を経験してこなかった貴族のそれに近い。もっとも貴族の連中は子供でも、もっと肥えていてわがままだ。さっきまでの対応を見るに、貴族である可能性は低い。隠し子って線は考えたのだが、国一番の護衛がつくことからそれもないとみた。
「様子見するしかないっちゅーことか。おい、気は抜くなよ。」
「わかってる。」
前線で情報戦が始まってることは露知らず、フェルとユーリは彼らから少し離れ後を追う。
「ねぇー、あなたって彼女いるの?」
「いないですよ?いたら大事な人をおいて旅なんてでてません。」
「ほんとぉー?」
さっきからこの話ばかりだ。最初は彼女みたいな女性に質問攻めにされるのは悪い気分ではなかったが、時間が経つにつれ内容は恋愛系に発展し、僕の好意を寄せる人を何としてでもあぶりだそうとしている。
すぐ後ろにその人はいるのに。
「あっ、今、アリスちゃんのこと考えてたね?」
「そ、そんなことっ。」
いきなりそんな真意をついてきたフェルに、驚きと恥ずかしさで大げさに首を振ってしまう。
「そんなんじゃあ、ばればれ~。ギルド館でアリスと顔合わせした時、顔真っ赤だったし。まっ、今回はお姉さんが相談に乗ってやるよ?」
そういうフェルは僕と同い年なくせに。
この道中、フェルもそうだが、カインやバンとも話をかわした。内容はただの自己紹介や職業、今までの戦歴。情報は戦況を左右するんや、だからお前の出身地を教えろ、なんて無茶な理由で迫られたときは、どうかわそうかハラハラしたが、そこにフェルが割り込んできて今に至る。あの時はありがたく思ったのだが、こう質問攻めにされると感謝なんかするんじゃなかったと後悔がたつ。
「わかったよ。まぁそろそろ礼儀正しいキャラも飽きてきたし、腹割って話そうか。」
「お姉さんは気にしないわよ?どんなあなたでも受け入れちゃう!」
きゃぴっと今にも星を出しそうな仕草に少し苛立ちを覚えるが押しとどめる。
「勇者ってのは選ばれてたらうれしいものじゃないのか?」
きょとんとしたフェル。
彼女の考えんとしていることはわかる。この国周辺の者たちからみれば、勇者候補に選ばれるということは偉大な成果であり、誰もが欲しがる称号であるのだ。近年では魔王の侵攻もなく、平和な暮らしが続く人間勢力は平和ボケとも言える怠惰に浸っていた。勇者の選定は人間の命運をかけたものから、一種のお祭り騒ぎに変化していった。
この事情を知れば俺だって、フェルのその顔は理解できる。
「昨日、彼女...アリスと話してたんだが、勇者の話題になった途端、態度が急変してさ。そのまま逃げられちまったんだ。」
「うーん、難しい議題だね。で?」
「へ?」
「続きはないの?」
それが分かると、まるでそれだけかよ、って感じの溜息を吐かれた。
瞑った目あけて、キリッとした目でユーリを睨む。
「女の子は心の中で男の子に追いかけてもらいたいって思ってるもんよ?そんなこともわからないのかぁ?」
フェルは持っていた杖でユーリの頭を軽く殴る。
それはユーリよりも高レベルであろうフェルの一撃故、結構痛い。
「さすがにあの状態で追いかけたって嫌われるだけだろ。」
さっきより深いため息を吐くフェル。やれやれ、これだから貞操を守り続ける若造はダメなんだ、とわざとユーリに聞こえるようにつぶやく。
「あのねぇ、昨日のことで悩むなら今を大事にしなさい。昨日別れた彼女に次の日、また会えたんだぞ?これは運命の出会いってやつだな、うん。」
「悩んだって考えたって意味はないわ。あなたは彼女のこと好きなんでしょ?今、その一歩が届く機会が目の前にある。なら、迷う必要なんてないんじゃない?結局、恋路ってやつは正解を見つけるんじゃなくて、切り開くもんよ?」
彼女の言葉を何度も咀嚼する。趣向が見え隠れするのだが、彼女の言葉は今の自分のなよなよしい心を射ているのは理解できた。理解はできるのだが...。
「ね?」
ウィンクをしてこちらに星を飛ばしてくる。
台無しだよほんと。これがなければ彼女を賢者として尊敬できるんだけど。
なにやら彼女は杖を持ちだし、悪人面でこちらを覗き込む。
「そんな君に私からの素敵なプレゼントだぞ〜。受け取りたまえ、返品わぁ!受け付けんっ!」
にやにやと不敵な笑いをうかべるフェル。
突然、体が後方へふっとんだ。
なにが起きたのか知っているものは、それを実行した本人のみ。慣性を無視したユーリの身体はアリスの元へと飛んでいく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アリスは一人物思いにふけっていた。昨日、ユーリと別れてから自宅のベッドで横になっていると、知人の役人からのお願いで冒険者証明書の発行を手伝ってほしいとの連絡があった。冒険者はそれなりに実力のあるものが多く、下手な衛士よりも強いため、そんな彼らを抑えられる者が必要であると国が決めた。証明書には剣技、または魔法、どちらかをある程度極め、国に忠誠を誓ったものが印を押さないとならない。指定された者は印持ちと称され、彼らの実力を把握、圧倒できると判断した場合のみ印を押す。
私はこれが他人を見下しているようで、大っ嫌いだ。
書類が届くと彼女は表にある二枚だけを手に取り指で追う。一枚には魔法《複写》の応用で紙にレベルと顔、性別が記録されている。もう一枚は直筆のサインと履歴等を書く項目があるものだ。
「あの子、レベル1だったんだ。名前は...ユーリっ」
息が止まった気がした。
冒険者は意外と堅実な職業とされているが、強き者こそ生き残れる弱肉強食の世界であるために、軽犯罪履歴を持つものも少なからずいる。ユーリの登録証は彼女以外が見れば、出身地や履歴が空白なため、危険分子として処理される恐れもあった。だが、彼女はそれ以上に場違いなモノを発見したのだ。
カタカナでユーリと記されていることに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まさか、私以外にも転生者がいるなんて。
昨夜はあの後、登録証を届けにきた知人と合流し、彼のクエストに同行できるようにお願いした。1つ返事で承諾してもらい今に至る。
同郷の人間がいることは心の支えにはなるのだが、彼は一体どんな人物であるのか不明なため、様子を伺うためにはこういうことも致し方ない。
「うぇっ!?」
ユーリとフェルの喋り声が聞こえていた方向から、気の抜けた叫びが聞こえた。顔を上げると男の背中が急速に迫っていた。
これが野盗であったなら彼女が所持している長剣を抜き取り、柄の部分で地面に叩きつける。
しかし、飛来する男はユーリであったため一瞬の油断が生まれ。
「——いててて。」
なにが起こったのかわからなかった。魔法を一度も経験したことのないユーリからすると、その原因にたどり着くまでには時間がかかる。だが、思考を開始すると同時に後頭部に何やら柔らかい感触があるのに気づく。次に、他人の身体の感触が。
「どいて。」
その声を聞くと心拍が数倍に跳ね上がった。
とっさに跳びのき土下座を敢行する。
「す、す、す、すいません!」
「君のせいじゃないから怒ってないし、髪が乱れたとか土がついたとか胸に当たったからとか気にしなくていいわ。別に怒ってないから。」
僕はこの状況を打破するために事故後の混乱している頭をフル回転させて彼女が立ち上がるとある行動に出た。
それは彼女の尻に付着した土埃を手で払うこと。
「——————っ!?」
顔を真っ赤にしたアリスはユーリを驚きの目で見る。思考が停止した彼女はユーリが土を払い退けるまで(数秒だが)硬直していた。
一仕事終えた僕は満足した顔で冷や汗を袖で拭い、何事もなかったかのように彼女の前に立ち上がった瞬間。
「——この変態っ!!」
彼女の声は綺麗な音響を作りながら森林を駆け巡った。