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If you go back...

いい子たちだ。国を、世界を守るために彼女らはきっと現実世界で生きる人間の何倍も苦労したのだろう。元の世界でなら今頃、高校生ぐらいなのかな。学校帰りにカラオケに寄ったりファミレスで愛しい人の話で盛り上がったり、いろんな楽しさがあったはずなのに。


僕は常に思う。永遠を望まないから、元の世界に戻って一世を尽くしたいって。


「ユ~リ~」


物思いに熱中していると猫族の子が話かけてきた。

さきほどの一件から僕は勇者セルンの仲間になるということを伝え、戦場を見渡せるこの岸壁まで戻ってきた。


「どうしてここがわかったんだい?」


腕を組み、考えるしぐさをしてから猫族の女の子は言った。

「ニャンコ、鼻は犬より聞くの~」


「そっか。君は...ニャンコはセルンたちの欠かせない仲間なんだね。」


「あたりまえだ~」


僕らは今にも始まってしまいそうな未来の戦場をみながら何も話すこともせず、ただぼうっと眺めていた。イル王国の軍の先頭にたつ兵士は今、何を思うのだろうか。彼らは一般兵、圧倒的な魔力もなければ、剣技があるわけでもない、ただの一般兵だ。そんな彼らの感情が流れてくる。


生きたい。逃げたい。死にたくない。怖い。明日を迎えたい。彼らの感情は大まかだが僕の身体にリンクする。

しかし、それらは決まりごとであるかのように必ずある一点に収束する。それは、『諦め』だ。どんな人間も失敗を恐れ生きていく。それらはみな自分の身が第一だから。だから、失敗したことに関してどうやってそれを償えばよいか考える。が、確実な死を目の前にした人間はいつも『諦め』の感情で飽和する。彼らはここに立たされたことが失敗なんだ。


これはどんな武人でも賢者でもそうだ。

人間には長くとも短くともいえない寿命がある。それをこの世界でまっとうすることは魔王討伐よりも難しいことなのだ。どんなに魔族を斬り捨て屠ってきた強者たちでも、今度は人間に殺される。

世界のルールなんだ。『諦め』ることが。



鋭い眼光で僕は戦場を見つめる。


「怖い顔してんぞ~。そんな時は猫じゃらしであそぶといいんだよ~。ニャンコはさびしいときは自分の尻尾で遊んで楽しんでたぁ~。」


くるくると回りながら半永久的な機関を楽しむニャンコ。彼女の笑い声は僕を現実へと引き戻すには十分だった。


「ごめんね。ボクちょっと考え事してたみたい。お願いがあるんだ。セルンを連れてきてくれないかな?」


「にゃ~い」


そこでにゃん属性を使うんだね。僕は久しぶりに笑った気がする。





「で、何の用?先に言っておきますけど、敬語は使わないわよ。...こっちにきてからの報酬は厚顔無恥になったぐらいだわ。転生ってのは嫌になるわね。」


「来てくれてありがと。さっきはボクのせいで迷惑をかけてごめんね。」


「許すわよ、あれはレインの暴発だもの。それにさっきやっとお父様の説得もあって、レインもみんな、あなたが勇者の仲間になることは納得したわ。まぁこれを狙ってレインに襲わせた~って腹じゃない限りね。」


ボクは彼女の考えを否定しようと首を大げさに数回振った。




「さて、本題にはいろう。君は...セレンは元の世界に帰りたくない?」


静かな間があく。木々の音や小鳥の鳴き声、眼下には兵士たちが発する騒音。音は入り混じっているが、個々の純粋な音源がはっきりと聞こえた。


「二つの世界がほしいわ。私ってこれでも欲張りなの。」

彼女はそう言い笑うと、足早に防衛拠点の方へ歩いて行った。






本拠地へもどると謁見の間、外延部にある建物の中で作戦会議を行っていた。僕の担当は勇者一行と先陣で特攻するとのことだった。過剰戦力を温存して兵士たちが先に全滅してしまっては元も子もないからだ。

「作戦はこうだ、どーんっ!といこう!以上!」


「えっ?」


指揮官である勇者セレンは攻撃順序などの作戦すら立てず、敵陣へと突撃しようと言うのだ。


「さすがに上級魔法をうちこんでからの方がいいんじゃないかなぁ?」


「無理ですよ。私は中級魔法しか使えませんし、魔力もそんなにありません。」


リーンの発言に絶句する。勇者の一行で中級魔法より上の魔法は使えないらしい。スキルの振り分けを間違えていないのかな、この子たちは...。

「じゃあ、回復魔法持ちなの?」

この世界で実用的な回復魔法というものは大賢者レベルでないと獲得できない。その必要レベルは65。しかし、神器級のアイテムを所持していればレベルは無関係で扱うことはできる。


「ないです。」

即答。

この子は一体どうやって戦いぬいてきたんだろう。


「リーンは私たちの誰よりも格闘戦にむいているわ。いつも先陣きって戦ってくれるのよ!」


がーはっはっ、という擬音がふさわしい笑い方だ。

僕らはそんなお話しかせず、戦場へと駆り出された。




すごい。異世界に現れる未知の存在はある程度の無双ができるほど、強いのは知っていた。しかし、まさかこれほどまでとは思わなかった。

レベル40の小人族コボルド500体の大群に対し、初級魔法《炎壁ファイアー・ウォール》で殲滅するなど。

私たちも負けてはいられない。



「全軍、突撃!」

私は場違いにも彼の功績を頂こうとしてしまった。

まず、一番最初に殺されたのは先陣をきっていた魔法使いリーンだ。彼女は魔族の部隊長らしき悪霊憑ゴーストに体を乗っ取られ、首に剣を突き立てられ自害する形で殺された。これを機に私たちの歯車は狂っていった。次はレインだ。レインは狼と虎の配合種キメラとして作られた狼虎ウルフ・タイガーに右腕と足を食いちぎられ、私が手を伸ばす先で頭を食いちぎられた。彼女であったものは膝をついた状態で痙攣を繰り返し、動かなくなった。

ニャンコは私が手を引き、逃げようとしている最中、後ろから衝撃を受け、手を放してしまった。そこから先は覚えていない。思い出したくもない。







セルン、彼女は未だ戦闘が続けられている戦場で横たわっていた。腹部からは血が溢れ、左腕はどこかにいっていた。どうして、こんな終わり方なんだろう。私が勇者として、お姫様として、そして美しく生まれ変わって。これ以上は望まない。そんな気持ちを抱いたからなのだろうか。


転生される前。真っ暗な部屋。虚無といえばいいのだろうか。現実世界で私はどんな人間だったのかも覚えていない。ただあるのは誰かに、何でも願い事はかなえてあげる、と言われたことだ。その時点では現実世界の記憶があったんだろう。なんとなくだけどそれだけはわかる。だが、記憶を消された今となってはなぜ、みんなを振り向かせたい、という願いにしたのかわからない。ひどい身なりだったのか、それとも、孤独を感じていたからなのか。

何度も考え、思い出そうとした。けど心の中になにか壁のようなものにいつも邪魔される。


でも、もう終わり。これで何もかも終わりなんだ。私は死ぬ。無茶な作戦をたて仲間を死に追いやり、私は死ぬ。


ああ、天空から舞い降りる輝かしい手が見える。あれが、私を召喚した神様なのだろうか。

これでやっと楽になれる。世界を守るという重圧からも解放される。でも、ここで死ねば現実世界には帰れない。それは神様がいっていた。今、死んだら二つの世界を失う。元の世界と、今の世界を。


舞い降りた手に私は無意識で右手を伸ばしていることに気付いた。


顔を動かす。

彼女のそばには、もう動かなくなったニャンコ、リーン、レインだったモノが。悲しい。でも、涙がでない。悔しい。でも拳を握りしめられない。あきらめたくない。けど、もう身体は動かない。


憎い。こんな想いをさせた神様が憎い。にくい、ニクイニクイニクイニクイニクイニクイ...


暗闇でもがき続ける。思考は誰かに乗っ取られたように憎悪でいっぱいになる。違う。私はそんなこと思ってない。やめて。私を私でいさせて。


風鈴の音色が聞こえた。風鈴?私はこれを知らないはず。



「さぁ、ここで選択の時間だ。」


「勇者は常に残酷な選択を迫られ、残酷な終わり方をする。」


「どんな世界でも常にそれは付きまとい、結局、勇者がなしたことは全体的な目からしたら解決でも、個人からしたらそれはただの綺麗ごとなんだ。」


私は選択なんてしたくない。


「じゃあ、このまま無に身を落とすかい?」


「どちらか片方を選ぶか。両方捨てるのか。」


「って、いつもは質問してたけど、君には違う選択を迫らせてもらうよ。」


「君の意思は誰よりも強い。それは君の贈物ギフトが証明している。」


「君は今、両方の世界を、可能性を捨てようとしている。」



真夏の暑さを感じる。りーんと優しい音色。木造家屋の縁側に座る私と、隣にいるのは...だれ?優しい気持ちがする。知りたい。あなたを知りたい。

思考が逆流する。レイン、ニャンコ、リーナ。戦うことがすべてではなかった。私たちは楽しく家族として旅を続けていた。どんなに辛いときでも支えあって生きてきた。



「さぁ、時間の猶予はもうない。君はすでに心の中で選択しているはずだ。」


どっちも...


「君は強欲だね。」


「じゃあ、どうする?」


戦う。


「戦うだけじゃこの世界の決まりは変えられない。」


でも、戦う。


「だから、言ってるじゃないか。戦うだけじゃ世界の決まりは変えられないって。」


だから、戦う。戦うことしかできない私は、戦って戦って、世界の決まりを...壊す。


「...! 今なら君にこれを授けても問題はなさそうだ。」


突然、輝いていた手はどす黒いものとなって彼女へ襲いかかろうと鋭利な形になり降り注ぐ。


「お前らはまだこんなことを続ける気か。今日は記念パーティーもあるんだから帰ってくれない?600年間、僕はこの時を待っていたんだから。」


パチンッと指を鳴らす音が聞こえると空が割れ、そこにあったどす黒い物体は散り散りに砕けた。周りからは魔族の断末魔が聞こえた気がした。







静かになった戦場には一人の純白に身を包んだユーリがいた。

静かに空を眺める。はたからみたらこの血みどろの戦場に真っ白な姿は、逆に芸術的に見え美しく思うものもいるだろう。しかし、ユーリにとってはそんな気概にはなれない。


これで僕らの望みは叶うのだろうか。僕は正しいことをしているのだろうか。僕は不安で張り裂けそうだ。

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