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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
97/164

5-16 雷音と共に

 -西暦2079年7月19日12時40分-


 アジトを飛び出しフルドライブ状態のままで十分程の移動を行った郁朗は、プランD決行の際の合流地点に到着した。

 そこには倉橋、そして引っ越し作業からそのまま郁朗達に追従して来た戦闘班の面々が、油断無く周辺の警戒をしているのが見える。

 アジトの外に出た事で支援機を通しての通信も可能ではあったのだが、敵勢力による傍受が万が一の可能性で存在する為に見送られていたのだ。


 プランD……アジトの破壊という、最終手段とも呼べる手を打たなければならない程の状況の悪化。

 待機を強いられた彼等にとって、状況を正確に知る事の出来無いこの待機時間は、苦痛以外の何物でもなかっただろう。


『ハンチョー! 緊急メンテを! いや、生命維持の準備をお願いします!』


 甲高いモーター音と共に聞こえてきた郁朗の、それも拡声機能を通した叫びに倉橋はビクリと身体を震わせた。

 自分が必要な程の緊急性であるという事がどれ程の事態なのか、倉橋はしっかりと理解していた。

 問題は誰がという事なのだが……。


「どうした藤代! 何があった!?」


 運搬車両の荷台から飛び降りるとドスドスと地を鳴らし、片山を抱え佇む郁朗の元へと長く無い足をフル回転させて駆け寄って来た。


「これは……片山か……?」


「ハンチョー早く! このままだと――」


「慌てるな、物事には順序ってもんがある! お前がそうやって騒いだ所で、直ぐ様に片山が助かる訳でも無いって事が何で判らん! とっとと荷台の仮設ベッドに運べ! お前の身体も借りるからこっちに来い!」


 運搬車両の荷台に仮設の整備ベッドを用意している辺りは、さすがに倉橋と言える。

 何が起きてもおかしくないと備えていたのは、やはり彼の性分なのだろう。

 EOの巨体がギリギリ寝転がれるだけのベッドに片山の頭部をそっと寝かせると、郁朗は倉橋の指示を待った。


「お前もそこに寝ろ。お前の循環機構からバイパスを出して片山の脳の維持を行う。新しいアジトに到着するまでそこでジッとしてろ」


 倉橋は手早く片山の頭部へと外部循環用のケーブルを接続する。

 そして郁朗の腹部のメンテナンスハッチを開放し、循環機構の緊急用バイパスへとケーブルのもう片方を繋いだ。

 言われるがままジッとしている郁朗は、頭部パーツと脊髄だけになった片山へと目を向ける。


(これはもう大破なんてもんじゃない……団長は……生きてるのか……?)


 カメラアイからも光が失われ、休眠状態なのか、それとも死亡しているのか。

 そんな彼の様子に郁朗は居た堪れない気持ちとなり、それを紛らわせる為に倉橋へ話し掛ける事しか出来無かった。


「ハンチョー……団長は無事なんですよね? 助かるんですよね?」


 倉橋は数秒沈黙したものの、答えをはぐらかす真似だけはしなかった。


「…………今の所は五分五分だ。脳波が消えていない以上、死んではいない。だが脳がどれだけダメージを受けているか、という判断まではここで出来んからな。最悪の場合だが……二度と身体を動かせん所までいっとるかも知れん」


「そんな……」


「戦争をやっとるんだ……この位の覚悟はしとらんかったとは言わせんぞ? それに今ゴチャゴチャ言った所で、この状況の何が変わる訳でも無い。万が一の場合は……お前が残ったみんなを引っ張っていく事になる。萎えている暇があったら、少しはコイツの図太さを見習え」


 片山の頭部に軽く手を添えながら、倉橋はそう言った。


「まぁ、お前が偉そうにしてる所を見れば……コイツだってあっさりと起きるだろうさ。イクローの癖に生意気だってな」


「…………ホントに起きてきそうで怖いですよ」


 倉橋が僅かに相好を崩して言った一言は、郁朗の張り詰めた神経を少しだけ楽にさせた。

 本当に片山ならば、そんな下らない理由で何事も無かった様に復活しそうだったからだ。


「アジトはどうだった?」


 郁朗が落ち着いたのを確認すると片山の容態をモニタリングしつつ、倉橋は今後の指針とする為にアジトの現状の情報を求めた。


「新型のEOが九体……生体反応の数を聞く限り、生存者は僅かだと思います……大葉さん達と合流しないと正確な数字は出ないでしょうけど……」


「…………」


「僕らの今の装備じゃ、連中にはとても太刀打ち出来そうに無いですね……まともにやりあえるのは、アキラの糸くらいだけな気がします。それ以外の手段が通用するとは思えません。正攻法で勝てない、そして対策が見つかるか判断出来無い以上……アジトを吹き飛ばしてでも、今の段階でどうにかしておかないとマズいと思います」


「……そうか」


「あの新型のEO達は僕達を同じで意思を持ち、疎通も可能でした。ただ……人格的にどうかと聞かれれば……」


「何だ?」


「恐らくは……人として必要なモノ(・・)が欠落した人間が被験者になってるんじゃないでしょうか? 前に僕が……僕がこの手を掛けた男が言っていた事が本当なら、EOの狂気に呑まれない、元々何かの欠落している人間達を転化したんじゃないかって……そう思えるんですよ」


「どうしてそう思った?」


「アジトに戻って血に染まった通路を見た時に……まともな意思を持つ人間なら、人をあんな風に破壊する事に躊躇しない訳が無い。EOの破壊衝動とやらに呑まれているのなら、もっと無差別に……こちらの言葉に耳も傾けずに暴れ続けるだけだじゃないかなって」


「…………」


「僕が話したEOは……団長を殺す事だけに執着していたんです。それだけが自分の目的かのような物言いでした。でも……会話は成立していたんです」


「狂気に狂気をぶつけるか……機構のやりそうな事ではあるな……」


 片山の脳波の測定音が響く荷台で、郁朗と倉橋は何か苦い物でも噛んでしまったかのような沈黙の中に居た。

 今はまだ九体だけの、理性を持った凶獣。

 自分達の様な遺伝的な適合性をものともせず、ただその欠落した人間性のみが適合基準なのだとしたら。


 時間を与えれば与える程。

 データを収集する余裕を与えれば与える程。

 この凶獣は加速度的に増えていく事となるだろう。


 最後に待っているのは機構側の望んでいる、彼等に必要とされる人間以外は、全て血と肉の海に沈む世界が待っているに違い無い。

 嫌な想像をしてしまった郁朗は、自身の気持ちを切り替える為にも話題の転換を図った。


「ところでハンチョー……プランDなんですけどね……水名神への連絡は済んでるんですよね?」


「水名神にはレーザー通信設備があるからな。本当ならお前ら一人一人にも持たせたい所なんだが、あれを小型化する目処は立っとらん。ここに持ってきたのですらあのサイズだからな」


 倉橋が顎を向けた先には、大型の棚にしか見えない最新式のレーザー通信設備が見える。

 一昔前の桐の箪笥、二つ分程の大きさだろうか。

 倉橋がもしもの時の為にと、運搬車両に無理をさせて積んできたのだそうだ。


「……決行が決まってからは早かったぞ。古関さんは渋々とだったがな、近江さんはあれを使う事に躊躇は無いんだろう。必要な事なんだとしっかり認識してくれていると思いたい」


「僕の方でもハンチョーに言われた通りのコードは……エレベーターの端末から送っておきましたけど……」


「ああ、よくやってくれた。底の深い施設だからな。あれをやっておかんと、天井が崩落した所で施設の上っぺらが崩れるだけだ」


 倉橋が千豊、そして鹿嶋と構築したアジトのシステム。

 その中には当然ながら非常時、それも一番最悪の事態を想定した自壊プログラムの様な物も用意されている。

 必要なコードを特定の端末から入力し、一定時間内に解除用コードを入力しなければ作動するという徹底ぶりだ。

 当人もまさか使う事になるとは思ってもいなかったそうなのだが、用意周到なのは流石と言うしかなかった。


「ハンチョーの言ってた通りだと……あと五分もありませんね」


「そうだな……穴蔵ではあったが、それなりに暮らした場所だ。放置して連中に好き勝手に荒らされるのも偲びない。まさかの時の為に用意したシステムだが、こうなる様になっとったんだろうな……」


「…………」


 郁朗達が慣れ親しんだ巣が壊される感傷、そしてその巣で生を奪われてしまった仲間達への哀悼。

 そんな感情に身を任せたつつあったその時、彼等の耳を裂く様な音が辺り一帯に響き渡った。

 倉橋が荷台から顔を出し、その雷音の正体を確かめる。

 その目に入った物は、地下都市の低い空に残った十数条の軌跡であった。


「始まったんですね……」


「そうみたいだな……」


 予定通りならもう一度この音を聞く事となるだろう。

 郁朗は得も言われぬ悔恨に包まれ……その掌をぎゅうと握り締めるしか無かった。




 アジトからおよそ百五十kmの位置。

 環状大河に浮上してプランDの第一射を終えた水名神では、全てのクルーが第二射の準備の為に精力的に働いていた。

 ブリッジに居る古関を近江を除いた話ではある。


「なぁ、近江ちゃんよ。いくら要請があったからってよ……あれを全弾、それも二斉射だぜ? 必要なのも判らなくもねぇが……やり過ぎなんじゃねぇのか?」


「あのですね……艦長。君は倉橋さんの話の一体何を聞いて、データの何を見ていたんですか? あれだけの規模の地下施設を破壊するんです。一発や二発のあれで破壊し切れる訳が無いでしょう。倉橋さんが最後に何と言ったか憶えてますか?」


「徹底的にやってくれ、ってヤツだろ? ちゃんと聞いてたっての。耄碌してるみたいに言うんじゃねぇよ」


「……てっきり耳が遠くなってよく聞こえなかったあげく、その脳からその要望が抹消されてるのかと思いましたよ、ボケ老人」


「なにおう!」


 相変わらずの二人ではあったが、水名神の切り札とも言える兵装をこれだけの規模でいきなり使用したのだ。

 正直な所、彼等にしても何事なのだというのが本音であった。


「詳細は未だ届きませんが……これだけの飽和攻撃をしなければならない理由がちゃんとあるのでしょう……でなければ倉橋さんの声が、あれ程滲んで聞こえる事も無かったと思いますよ」


 近江は手元にある端末を操作し、ブリッジ正面にある大型モニターに第二射に向けた装填状況を確認する。


 前甲板に設置された十八にも及ぶ発射管。

 そこには水名神での運用の為にだけ開発された対地巡航ミサイルが、作業員に見守られながら再装填されつつあった。


 火力支援用対地巡航ミサイル二号・雷振(らいじん)


 地表にある建造物や敵部隊を吹き飛ばす為の一号ミサイルとは違い、地下建造物への先制打撃を与える為に用意された物である。

 所謂、長距離大型バンカーバスターとでも呼べば良いのだろうか。


 目標地点までジェットエンジンで飛来。

 到達後はプログラム制御により風防とメイン推進部がパージされ、小型のロケットモーターにより姿勢制御と落下を伴った加速を行う。

 一度だけテストで使用された際、試験用に用意された地下施設の深さ四十メートル付近まで貫通し作動したそうだ。


 古関が艦長席から立ち上がりブリッジの窓へ向かう。

 そこから見える前甲板のミサイル発射管は大きくその口を開けていた。

 水名神の再設計の際に水中発射式も考慮されていたそうだが、安全性の確保が不十分だとの理由で浮上発射式で落ち着いたそうだ。


「これを今直ぐによ、機構の本部に撃ち込んだらあっさり勝っちまうんじゃねぇの? そうじゃねぇの、水ノ江ちゃんよ?」


 火器管制長の水ノ江はチラリと古関を一瞥すると、無言で作業に戻った。

 その冷たい目線には、『何言ってんだ、この徘徊老人は?』といった明らかに馬鹿にしたものが含まれていた。


「艦長、いい加減にしなさい。君は発射命令を出すだけの退屈な仕事なんでしょうけど、水ノ江君はそれどころじゃないんです。人の作業の邪魔をするくらいなら、士官食堂で皿でも洗ってくるといいんです」


「近江ちゃん……もうちょっと艦長って職を敬う必要ってのがあるんじゃねぇか? 副長がそんな態度だとよ、ホラ、何だ。下に示しがつかねぇって……そうなんねぇ?」


「なりませんね。あんまりしつこいと本当に皿洗いをやらせますよ? 第二射準備完了まで僅かです。大人しくその尻で椅子でも磨いていなさい」


「……はい」


 古関はそのいかつい肩を小さくすると、大人しく艦長席へ戻った。

 そんな老人達のコミュニケーションの間にも、発射管へは次々と雷振が装填されていく。


「十七番、十八番発射管、間も無く装填完了します……全発射管、発射準備完了。第二射、いつでもいけます」


 火器管制オペレーターの通りのいい声が、第二射の準備完了を告げる。


「……艦長、お待ちかねの仕事ですよ。さっさと働いて下さい」


「もう…………ほんとに俺ここに居ていいのかって気分になってんだけど……」


 艦長席で体育座りをしながら虚空を見つめる古関がそこに居た。


「何言ってるんですか、ここからが君の見せ場でしょうに。ほら、さっさと景気良くいって下さい」


「だってよぉ……だってよぉ……」


「では奥方に報告を。旦那が仕事も全う出来無い人間と知ったら――」


「総員、部署につけ。甲板作業員は退避エリアへ。発射まで一分!」


「総員、発射まで一分!」


 妻への密告に怯え、背骨に物差しでも差し込まれた様な古関の大きな発令に倣い、管制オペレーターの復唱が続く。


「チョロいもんですねぇ」


 近江は腕を組むと前甲板へと視線を向けた。


「目標設定、セーフティ最終確認。安全装置解除」


「……最終確認完了。安全装置解除します」


「カウントは十五から」


「間も無くカウントに入ります」


 第一射の時と同じ緊張がブリッジを覆う。


「十五…………十…………五……四……三……二……」


「ぶちかませッ!」


「零ッ」


 音も無く押された発射ボタンと連動し、発射管からは雷振が次々と撃ち出されていく。

 倉橋が見た数条の痕跡と同じ物を水名神の上空に残し、それらは真っ直ぐに目標地点へ向かって行った。


「着弾まで約十分」


「確認してる時間はねぇからな。ズラかるぞ」


「発射口閉じ。装填作業班は発射管各部のチェックを急げ」


「発射口閉じます」


「出港用意。倉橋さん達を回収します」


「出港用意。メインモーターへ動力接続」


 水ノ江と近江の命令を受け、オペレーター達は迅速に行動を開始する。


「荷物の回収が済んだらSブロックの新しいヤサにご招待だ。怪我人もいるかもしんねぇからな。急げよ!」


 古関の号令の元、水名神は回収予定地点へとその船体を走らせる事となる。




 水名神クルー達には距離がある為に確認出来無かったが、第二射の発射完了後の直ぐ後に第一射の着弾が倉橋達によって観測されていた。

 十数km離れたその位置からもその轟音は響き、大きく巻き上がる粉塵の柱がはっきりと見て取れたのだ。


 倉橋はその砂塵の中に何かを聞いた気がした。

 それは恐らく……彼等の過ごした巣の末期の声だったのだろう。

 倉橋は僅かな時間その砂塵を見つめると、車両の出発命令を下した。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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