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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
95/164

5-14 崩れ落ちた鬼腕

 -西暦2079年7月19日12時25分-


 アキラと双子が晃一の救援にかろうじて間に合った頃。

 郁朗と大葉は別の戦場へと介入する為のルートを辿り、整備場へと向かっていた。


 大葉の生体レーダーによる味方勢力の反応は大きく分けて四つ。

 まず非常用の地下脱出口の周辺に、逃げ落ちたスタッフのPPSと思しき反応があった。

 続いて晃一の反応のあった袋小路、整備場、そしてメインゲートからの直通スロープで戦闘を行っている形跡がある。


 整備場の現在の様子を大葉が精査しようとして、彼はミリ波の発生量を増やした。

 と同時に怪訝な声を上げる事となる。


「なんだろう……これ……」


「どうしたんです? 大葉さん?」


「そっちのバイザーにデータを送るよ。これ……EOなのかな?」


 郁朗の頭部増加装甲のバイザーに、3Dモデリングされた物体の姿が投射される。

 ずんぐりむっくりとした巨体ではあるが、恐らくはEOなのだろうと郁朗は首を縦に振った。


「新型……なんですかね。同じ反応が幾つくらいありますか?」


「アキラ君達が向かったコーちゃんの居る方向に二つ。整備場、スロープ、正面ゲートに二つずつ。いや、正面ゲートは三つかも知れない。先に進みながら精査してみるよ」


「お願いします。でも……それだけの少数のEOで団長達の足止めが出来るって事は……」


「……そういう事なんだろうね。団長さんもタマキ君も普通のEO相手なら……苦戦どころか素手だけで片付けられるだけの力はあるもの。とんでもない性能なんだっていうのは、何となくは判るかな」


「整備場に居るのはタマキなんですよね?」


「そうだね。敵の動きが無いって事は完封はしてるんだろうけど……スロープの方は精査するにはもっと近づかないと厳しいかな。ただ……そっちは悪い方向で戦いが終わっているかも知れない」


「な……団長がマズい事になってるって事ですか?」


「…………考えたくは無いんだけどね」


「…………」


 大葉の懸念はもっともだった。

 何故なら生体レーダーでの動きを見る限り、スロープでの戦闘はほぼ終了していると思われるからだ。

 片山と認識されている反応は既に動きを止めている。

 これだけの非常事態なのだ。

 片山の勝利で戦闘が終了しているのであれば、彼の気性からして分散した敵を放置してのほほんとしている訳が無い。


「とにかく今は整備場に急がないとね。タマキ君にも手助けは必要だと思うし……状況から考えるとハンチョーさんの立てた一番最悪のプランも……下手をすれば実行しなくちゃならないと思うから」


「……そうですね。まずはタマキに状況を聞きましょう」


 二人がローダーの出力を一段階上げると、モーターは甲高い唸り声を上げ始める。

 倉橋と合流した際にローダー自体を新しい物と交換しているので、モーターの負荷の心配は無い。

 彼等は狭い通路を整備場へ向けてまっしぐらに進んで行った。




 整備場におけるタマキと八号・九号による戦闘は、互いに距離を詰める事無く平行線を辿っていた。

 怒りに身を任せ戦闘を継続してきた環ではあるが、手元の弾薬が心許なくなり僅かではあるが焦りを感じていた。


 戦闘開始からおよそ一時間。

 いくら整備場という兵装倉庫で戦端が開かれたとはいえ、これほどの長時間、それも二体の新型EOを足止めしているのだ。

 新型の火器管制システムによる脳負担も、相手が停止している状態とはいえ馬鹿には出来ないレベルの負担になりつつある。


(こんだけ撃ち込んで決定打無しってなると……さすがにお手上げだな。今回はトンズラするしかねぇか……団長さんは何やってんだ?)


 68式改のマガジンも徹甲弾が二つ、榴弾が一つ。

 そして虎の子の高速徹甲弾が一つ。


 その中でも高速徹甲弾は皮一枚ではあるのだが、緩衝素材を貫き新型EOにダメージらしいダメージを与えられた唯一の弾頭だった。

 使用用途が限られていた事もあり、大量に備蓄されていない事が今は残念でならない。

 これを一点に対して三連射して弾頭を押し込む事で、ようやく内骨格とも呼べる本体の装甲に小さな傷を負わせられる程度である。

 

 だがそれは八号と九号の神経を逆撫でするには十分な傷であった。


『ガキがッ! 調子に乗ってんじゃねぇぞッ!』


『待てよ八号、落ち着け。少しづつ弾幕が薄くなってる。弾がもう無いんだろ。あいつが攻撃出来なくなってから瞬殺してやればいいんだ。あいつの使っている火器管制システムには興味がある。あのガキはくれてやるから、あれは俺に寄越せ』


『ああ、いいぜ。頭だけ持ち帰って中身を調べてやる。そうすりゃババアの居所も判るだろ――』


 チリッ


 言葉遣いが荒くなったままの八号へ、弾幕に紛れて高速徹甲弾が撃ち込まれた。

 粘着硬化弾によって動作を封じられた彼にそれを回避する術は無い。

 頭部を狙った三筋の弾道は正確にその額へ進んだ。

 その額にほんの僅か……人で言うならば、爪で引っ掻いて皮が一枚めくれた程度の痕跡を残す。


(チッ、やっぱダメか。高速徹甲弾もラス1……いよいよってやつだな)


 ジリジリと何かに追われる様に高速徹甲弾の最後のマガジンに換装していると、環の背後から小さなモーター音が耳に届いた。

 ようやくかと、環は呼気も出ないにも関わらずはぁと声を漏らす。

 この戦場が間も無く破綻していたのだと考えれば、彼等に遅いと文句の一つも言いたいのだろう。


『タマキッ! 状況ッ!』


 環の耳に聞き慣れた声が短距離通信が飛び込んできた。


『遅ぇっての、イクローさん。他のみんながどうなってっかは判んねぇけど、状況は最悪。勝ち目がねぇから逃げ出そうって思ってたとこだ』


 急停止のスキール音と共にローダーを停止し、環の元へ郁朗と大葉の二人が到着した。


『あれは……本当に新型なんだね。タマキ、戦ってみてどうだった?』


 環の無事を喜んでいる時間は無いとばかりに、郁朗の彼への問いは続いた。


『どうもこうもねぇよ。俺達を同じ、意識を持ったEOって奴だな。動作も俺達と変わらないどころか……ヘタすりゃ俺なんかよりは動きが早いかもな。それとあの透明なブヨブヨ。こいつの徹甲弾どころか、76式のHEAT弾すら通用しねぇってどんだけだよって話だぜ』


 68式改をペシペシと叩きながら答える環の声は、いつも以上に不機嫌であった。


『それは……また。タマキ君、あのゼリーみたいなのがエアバッグみたいに衝撃を吸ってるって事でいいのかな?』


『いいんだろうよ。厚みも自由に変えられるみたいだぜ? 粘着硬化弾が無かったらたぶん俺は殺されてたさ。今の俺達の装備じゃあ、勝てる要素を探す方が難しいんじゃねぇか?』


『…………』


『イクロー君?』


『……大葉さん。スロープの精査を。その状況次第でプランDの要請をハンチョーに。タマキ、残ってる火力であのゲートの天井は潰せそうかい?』


『そりゃあ……トンズラすっ時に連中を生き埋めにしてやろうと思って、76式の弾薬は幾つか残してっけどよ……何するつもりだ?』


『残念だけど、一番最悪の選択肢を選ばなきゃならないかもって事さ』


 淡々と吐いた郁朗のその言葉に、環は息を呑んだ。


『…………イクロー君。君の予想通りになりそうだ……これを』


 大葉の構築した3Dモデルが郁朗と環のバイザーにも転送された。

 そこに映っていたものは……。


『……ッ! 団長……』


『オイ……嘘だろ……』


 両腕と片足をもぎ取られ、今この瞬間……胴体をEOと思しき敵の手刀によって貫かれている片山の姿だった。


『大葉さん、プランDの申請を。アキラにもアレを使って知らせて下さい。タマキ、大葉さんと一緒に地下の脱出経路へ向かって欲しい。生き残ってる人達と一緒に……出来ればアキラ達とも合流して、アジトから少しでもいいから距離を取るんだ』


『なぁ、イクローさん。ちゃんと説明してくんねぇと判んねぇよ。アジトはどうなんだよ?』


 郁朗の態度から、彼の言う行動が急を要する事は環にも理解出来た。

 だがこれから何が起きるのか、郁朗達が何を起こそうとしているのかを知らずにはいられなかったのだろう。


『……僕達で敵勢力の排除、アジトの奪還が不可能だって状況になっていたら……アジトごと封殺する手筈になってるんだ』


『マジかよ……』


『ハンチョーさんが千豊さんに許可を貰ってたから間違い無いよ……アキラ君達には信号を送った。上手くコーちゃん達を確保してくれていればいいんだけど……』


『そうだ! コウは!? どうなってんだ!?』


『アキラと双子が向かってるから数の上での不利は無いと思う。それにアキラはワイヤーソーを持ってる。僕達の中で唯一の切断出来る兵装があるんだ。あれならあのエアバッグにも通用するかも知れない。それに……今はコウの心配よりも自分の心配をした方がいい』


『…………判った。そんじゃあ、こいつらは固めてここに放置しとくのか?』


『まさか。僕がスロープに飛び出したら、残ってる兵装で天井を崩して連中ごと道を塞いで欲しいんだ。僕はフルドライブを使って団長を回収して、そのままメインゲートから逃げ出すよ。二人はさっき言った通り、地下経路にいるみんなを誘導してやって欲しい』


 郁朗はそう言うとローダーユニットをパージし、強制駆動燃料を回収する為に兵装倉庫へと足を向けた。


『だったら俺も――』


『タマキ……気持ちは解かるけど足手まといだよ。フルドライブで全速走行している僕について来れるなら構わない。でもそれが出来ないんなら、大人しくみんなと合流してくれないか?』


『…………それを言われたらついてなんて行けねえじゃねぇか……ッ!』


 環は何が悔しいのか判らず、感情が揺さぶられたままにバリケードとなっている車両を殴りつけた。


『適材適所ってヤツだよ。団長には今月の負けも払わせないといけないんだからさ。僕が責任を持って回収してくるよ。それでいいね?』


『…………』


 兵装倉庫から全身のマウントに強制駆動燃料を装備した郁朗が、ゆっくりと歩き出して来る。


『イクロー君……こんな事は言いたくないんだけどね……もしも団長さんの救出が無理なら……判ってるとは思うけど……』


『……そのつもりです。相性が最悪の相手に粘るつもりはありませんよ』


 大葉の言いたい事は判らなくも無い。

 もし片山に自分の手が届かなければ……それは郁朗も考えていた事ではあったからだ。

 自身に言い聞かせる様にそう言った郁朗の循環液の色が淡く、そして薄く発光し始める。


『それじゃあ行ってくるよ。後は頼むね、タマキ、大葉さん』


『うん。地下のみんなは任せておいて。無事を祈ってる』


『…………』


 何も言わない環の背中をポンポンと叩くと、郁朗は片山救出の為に動き始める。


「フルドライブッ!」


 その一言を発した郁朗はエメラルドグリーンの疾風となり、地下駐機場へと超高速移動を開始する。

 新型EOを足止めしている弾幕の邪魔にならぬ様に、壁を蹴り天井を蹴り、破砕音だけを残して二体のEOの頭上を飛び越えて行った。


『なんだァ!?』


『ほっとけ、一号が何とかするだろ。俺達の相手はあのガキだ』


 スロープへの救援戦力の投入を平然とスルーする辺り、新型EO達の実情も一枚岩では無いのだと大葉は感じ取る。


『タマキ君、急ごう。もうハンチョーさんは動き出してるはずだ。時間が無いよ』


『……いつだってこうなんだからよ……イクローさんや団長さんばっかしアブねぇとこに行っちまって。俺ァ……いつだってお留守番ってやつだ……』


 環の自分への苛立ちを隠さないその声を聞いて、大葉は彼の肩を掴んだ。


『イクロー君も言ってただろう? 適材適所だよ。君じゃなければあの二体をここに釘付けに出来なかった様にね。今のタマキ君に出来る事は、ここをぶっ飛ばして連中の動きを止める事だよ。さぁ、急ごう!』


『……わーったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ』


 二体のEOへ向けられていた弾幕が止む。

 複数の砲座達は最後の仕事の為に小さくモーター音を鳴らすと、惜別の咆哮をあげる為にその射線を天井へ向けた。


『とうとう弾切れかァ、クソガキ! 今直ぐそっちに行って首をヘシ折ってやる!』


『結局俺達をボッコボコには出来無かったなァ! お前のそのシステム、俺達が有効活用してやるよ!』


 二体はようやく訪れた攻勢の機を逃す訳にはいかないとばかりに意気を上げる。

 その言葉を聞いた環は、地面より高い場所にある狙撃位置に姿を見せると、彼等を見下ろす様にして逃げ口上をぶち上げた。


『五月蝿ェなぁ。テメェらが何考えてようが知ったこっちゃねぇ! 俺の八つ当たりの餌食になれってんだ! どうせテメェらの事だから生き残るに違いねぇだろ! 次だ次! 次の機会には祖母ちゃんの代わりに、俺がテメェらに引導をくれてやらァ! じゃあなッ!』


 温存していた76式の最後の弾頭を含め、総動員された残存火力の弾頭達が一斉に二体のEOの頭上へと走り出した。

 天井の構造物のみならず吊られているクレーンのレール、剥き出しになった鉄骨等が二体へと降り注ぐ。

 何やら環を謗っている様だが、最後の咆哮とばかりに鳴り続ける砲声と崩落の騒音によって、彼等の罵声は環の耳には届きはしなかった。


『……行こうぜ、大葉さん。コウ達も心配だ』


『そうだね』


 大葉は短く返事をすると、生体レーダーを稼働させた。

 地下に居る生存者達の元へ急ぐ為に。




 スロープを最高速度で登っていく郁朗は正直な所、途方に暮れていた。

 環達の手前、冷静な自分を演じる事が出来たのは幸いだったと思っている。

 だが心情としては、当然ながら穏やかでは無かった。


 自分の先達。

 常に行く道を示してくれた片山の敗北。

 そればかりかその肉体すら擱坐寸前まで追い込まれているのだ。


 3Dモデリングによって映し出された相手は華奢な身体をしていた。

 それも損傷している様子は一切無い。

 あの片山をあそこまで一方的に破壊出来る存在。

 そんな者を相手にして、果たして片山を連れて逃げ切る事が出来るのか?

 不安材料しか無い道を郁朗は進んで行く。


 該当地点まであと僅か。

 巨大な新型のEOが一体、彼の視界には既に入っている。

 そしてわずか数秒後、片山と相対していたEOが視界に入った瞬間……郁朗の感情は激昂の域へと突入する。


 郁朗が目にしたモノ。

 それは本体から脊髄ごと頭部を抜き取られた……片山淳也の姿であった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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