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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
93/164

5-12 その男、……につき

 -西暦2079年7月19日12時05分-


 郁朗達が倉橋と合流し、直通エレベーターへ向かおうとする直前。

 逃走者と追跡者の攻防は佳境に入る。


 晃一達はその生命を賭けて、いよいよ側壁を破壊しようという段に入っていた。

 まず晃一の腕力によって、破壊すべき側壁の中心に僅かではあるが損傷が与えられる。

 彼の腕力では人の通り抜けられるサイズの破砕は望めない。

 だが足がかりとなる傷をつける程度であれば可能であった。

 その損傷箇所をパテで埋める様に、しっかりと練られた携帯爆薬が詰め込まれていく。


 しかしこのまま爆破させたのでは問題が発生する。

 安全面は当然として、爆薬の生み出すエネルギーを逃さず、一欠片も無駄にせず有効に使わなければならないのだ。

 その為に排気ダクトの脇にあった、直径五十cm程の排気パイプを晃一に捻じり取って貰った。

 パイプの尻を塞ぎ、爆薬を詰めた箇所を完全にカバーする形で固定したのである。

 その工夫には少しでも逃走の可能性を上げようという気概が込められていた。


 十五秒用の信管に火が入る。

 晃一はその身体の頑強さを利用し、パイプの固定役を買って出た。

 せめてそれくらいは自分がやって役に立ちたいとの想いが、彼の言葉から深く感じられたのだ。

 晃一は自身の事を、今の様な鉄火場では何も出来ない子供であると自己分析してしまっている。

 戦闘班員の様に爆薬の知識がある訳でも無ければ、鹿嶋の様に通信技術に長けている訳でも無いと。


 その生身より遥かに高い身体能力と、複合センサーによる感知能力。

 更には側壁の破壊の切っ掛けとなる傷をつけただけでも十分以上の仕事であると、同行している皆は思っている。

 だが晃一自身は自身のそんな部分に価値を見出せずにいたからだ。


 ゴッ!

     ゴッ!


 隔壁の方向へ耳を澄ますと、壁面を殴打する音が断続的に響いてくる。

 あと何枚の隔壁が残っているのかの確認する術は、今は無い。


 そして……。


 ゴウッ!


 排水パイプと側壁の接触面が瞬間的に明るくなる。

 パイプは爆風により膨れ、弾け飛ぶ一歩手前であった。

 爆薬の起爆には成功、だが問題は脱出に必要な穴が開いたか否かである。


 パイプをそっと外し破砕部を見ると、爆薬を埋めた傷口を中心にして花が開いたかの様に外側へとめくれ上がっていた。

 そこには隣の通路へ続く、直径五十cm程の穴が開いている事が確認された。


「やった!」


 小さく歓声を上げる晃一達。

 追ってくるEOから逃走する為にも、一刻も早く隣の通路に移らなければならない。


 晃一が爆破で脆くなった壁面を丁寧に押し広げ、自身のサイズが楽に通過出来る事を確認し、皆へと脱出を促した。


「これで大丈夫だよ。急いで!」


 彼のその声に一同は気を引き締め直し、一人、また一人と側壁を通過して行った。

 ある者は安堵の息を吐き、ある者は先に続く経路の確認をしている。

 誰もがどうにか危険を乗り越えたという顔をしていた。


 一番最後に晃一が穴をくぐり皆の側に来た事を確認すると、一団はその場からの離脱を急ぐ。


「下のみんなと合流するぞ! そこまで逃げき――」


 追跡者から逃げ果せた事に意気の上がった戦闘班員の声は、そこで途切れる。

 静かになった通路には側壁越しに響いてくる殴打音、そして硬質な物が打ち合わされる拍手の音だけが響いていた。


「いやいや、予想通りとはいえ自分を褒めてあげたいですね。まさか本当に隣の通路に出てくるなんて。皆さん、なんかアリっぽいですよ?」


 晃一達の進行方向、今や唯一となった脱出経路には……彼等と同じく側壁を破壊した三号が、道を塞ぐ様に立っていたのである。

 何が嬉しいのかしきりに首と肩を小刻みに揺らし、笑っている様にも見えた。


「喋るEO……一体じゃなかったのか……」


 誰かの乾いた声がその場にいた全員の耳を突いた。

 その声に我に返った晃一が、皆を庇う為に先頭に立つ。


「喋るEOが二体もいるなんて……僕達みたいなのが……」


「おや……? 君は我々と同類ですか……随分と可愛らしい声をしていますが……まだ少年なんですね。七号さんが至高であるとしても……君もなかなかそそります」


 少し興奮しているのか、三号の肩の揺れが大きくなる。


「あんたも俺達を殺そうっていうのか?」


 戦闘班の一人が小銃を構えながら、三号に恨みがましい目を向けてそう言った。


「まさか! 私が手を出す訳が無いでしょう。そんな事をしたら七号さん……あなた達を追いかけている彼女に私が殺されてしまいます」


「ならこのまま見逃してくれるってのか?」


「……それも違います。私は何もしません。ですがね、あなた達にはここに留まって貰いたいんですよ。あなた達は彼女の遊び相手に選ばれたのですから」


「……遊びだと? あんだけの返り血だ……ここに来るまでに何人殺したんだッ!」


「答える義務はありませんね。私達は戦争をやっているんでしょう? 誰が何人殺したか、なんて事は些細な事じゃありませんか? それに彼女は自分のルールに則って遊んでいるんです。私と一緒に側壁破りをやらない分だけ有り難いと思って頂かないと」


 こいつは何を言っているんだという侮蔑の視線を兵員達に向け、三号は簡単にそう言い放った。


「……だったら押し通るまでだ、撃ち方用意ッ!」


「無駄なんですけどねぇ……」


 晃一を押しのけ射線を確保した十挺の73式自動小銃改から、強装填された5.56mm弾が大量に吐き出される。

 至近距離から撃たれたその全ての弾頭は、三号の身体を確実に蹂躙するルートに乗った。

 並のEOであれば装甲を抜き、少なくとも行動不能に出来るだけの鉄量である。

 だが彼の体内の緩衝素材に、弾頭の群れはあっさりと捕獲されてしまった。


 自分達の攻撃が一切通用していない。


 その事実は戦闘班員達を折る(・・)のに十分な内容だっただろう。

 しかしそういう物(・・・・・)なのだと認識した彼等は、驚きを表に出さず、即座に次の手を打つ。

 彼等もここまでの戦場で、伊達に対EO戦を経験してきた訳ではないのだ。

 片山達身内EOの規格外の性能を見てきたという事も相まって、埒外の存在への対応の切り替えは慣れたものであった。


 数人の兵員が射撃の合間を縫って、虎の子の手榴弾を三号に投げつける。

 三号の身体に取り込まれてから排除される事を想定してピンを抜いて二秒経過後、つまり投擲直後に起爆するタイミングで投げつけるという丁寧な仕事ぶりであった。

 手榴弾は小銃弾と共に三号の緩衝素材へと吸い込まれる。


「コウ! カバー!」


「うんッ!」


 発砲音が騒音として鳴り響く中、兵員の一声を聞き逃さなかった晃一が彼等の前に防壁として立つ。

 体内で起爆するようにギリギリで投げつけはしたものの、万が一の為の処置だ。


 五秒信管の手榴弾は、三号の体内から吐き出される前に無事に起爆した。

 相手の身体が一瞬だけ膨らんだのを見て、その効果を一同は期待する。

 だがその期待自体が徒労に終わった事を、直後に知る事となった。


 三号の身体が膨らんで見えたのは、彼の緩衝素材が手榴弾を中心に偏っただけであった。

 手榴弾を体外に排出出来ないと判断した三号は、そうする事で本体へのダメージを避けたのだ。


「……驚きましたね。なかなか上手い手を考えつくものです。咄嗟にこれだけの事が出来るなんて……生きのいい相手で彼女も喜びますよ」


 その驚きは、彼の嘘偽り無い心情であった。

 まさかただの人間相手にダメージを受けそうになるなどど、彼は想定すらしていなかったのだから。


「もう抵抗は終わりですか? 残された時間はほんの僅かですよ? もう彼女はそこまで来ています」


 その一言と同時に、何かが破砕される音が晃一達の後方から響いて来た。

 恐らく最後の隔壁が破られたのだろう。


「僕に……出来る事……僕に……」


 別れる際に言われた片山の言葉を反芻させた晃一は、ギリリと拳を握る。


 この場にいる誰よりも強い力。

 この場にいる誰よりも早く動ける足。

 この場にいる誰よりも頑丈な身体。


 自分が道を開かなければならないという使命感が晃一を満たす。

 たとえそれが相手との力量差を正確に判断出来ていないものであったとしても、この状況を打破出来る可能性があるのは晃一しか居ないのは事実なのである。


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 緩衝素材で身体を膨らませ、経路を塞いでいる三号へ向けて晃一はその身を躍らせた。


 片山との訓練でも垣間見られた、晃一の即応性。

 一見何も考えずに三号へ突進しているだけの様にも見えるが、晃一は晃一なりに彼の性能はしっかりと観察把握しているのだ。


 銃弾や爆発物が通用しない、という事は衝撃に滅法強いのだろうと考える。

 晃一は祖父である門倉によって、十一歳の少年が学ぶには早いランクの知識を得ている。

 身体を動かす事が出来なかった分、晃一自身も祖父との学習に高い意欲を見せていたという事も大きい。


 祖父から教わった物理と、アキラや片山から教わった実戦体術。

 その二つを混ぜ合わせる事で、この現状を彼なりに打破しようというのだ。


 緩衝素材の少ない部分へと狙いをつける。

 ここまでは片山と同じである。

 違う点は、三号が晃一の存在を警戒するべき存在として見ていなかった事だろう。


 あっさりと彼の左手首を掴み、走ってきた勢いをそのままベクトルに変え、三号の稼働可能域を越える負荷を瞬時に掛ける事に成功する。


「!」


 その瞬時の挙動に更なる驚きを見せた三号の左手首は、見るからにあらぬ方向を向いてしまっていた。


「…………す」


 黙る三号。

 そして後方から聞こえてくる、晃一達の破った側壁を抉じ開ける音。

 一瞬の沈黙がその場にいる全員を襲う。


「素晴らしいッ! トレビアンッ! エクセレントッ! ブンバダーッ! ああ……君は素晴らしいよ、少年ッ! そんな小さい身体で私の身体に傷を負わせるなんて!」


 三号は歓喜に震えていた。

 今の彼に表情という物が存在するのであれば、恐らくは恍惚とした表情を浮かべているのだろう。


「七号さんとは違うベクトルで君は素敵だッ! 仲間の為に勝てないと思える相手に挑む姿勢も素敵だッ! ああ……君も私のモノにしたい……敵同士という事がこれ程悲しいと思える事は無いッ……」


 晃一は三号の変態性に少し怯える。

 それはそうだろう。

 今まで彼が接触した事の無いタイプの人格なのだから。


 その怯えを晃一は攻撃性に転化した。

 その得体の知れない気持ち悪さを嫌悪したからだ。

 格上に先手を打てたという自信も大きい。

 彼は再び三号の弱いと思われる箇所を狙いにかかった。


 しかし三号の足首を取ろうとした刹那、晃一は片腕を無造作に掴まれ、そのまま壁にひどく打ち付けられていた。


「ウッ!」


「コーちゃん!」


 打ち付けられた姿勢のままにズルズルと地面に崩れ落ちる晃一を見て、鹿嶋が悲鳴を上げながら飛び出して彼に覆い被さる。

 壁には晃一のめり込んだ型が残った事から、受けた衝撃は相当なものだったのだろう。

 ショックで彼は神経回路は機能不全を起こし、意識はあるものの即座に身体を動かせる状況では無くなってしまっていた。


「……一度通用したからといって同じ手口というのは感心しませんね、少年。先程言ったでしょう? 勝てない相手だと。そんな相手に挑むのなら手も品も心構えですら……一手毎に変える位の工夫は必要なんですよ」


「子供が相手と判っていて何て事をするんですか!」


「あなた方が頼りないから彼がこうするしか無かった、という事を認識してからそういう台詞は言って頂きたいものです。自分の不甲斐無さを私にぶつけるのは……愚にも程がありますよ、レディ?」


 鹿嶋が震える心を押さえつけながら叫んだ言葉は、あっさりと三号によって返される。

 彼の言った事は正論なのだろう。

 そう思ってしまった彼女達は、三号に対して言い返す言葉を持たなかった。


「ギアッ!」


 一団の最後尾から上がった悲鳴に、鹿嶋達は自分達の置かれている状況をハッと思い出した。


「つ~かま~えた~」


 そこには兵員の一人を無造作に掴み上げる七号の姿があった。


「随分と時間がかかりましたね、七号さん。壁破りは大変でしたか?」


「そうだね~。でもこういうしげき(・・・)っていうの? そんなんでもないと、みんな直ぐに捕まっちゃって面白くないんだもん。苦労して逃げる人を捕まえる隠れんぼはたまらないね~、格別だよ~」


 そう言いながら掴みあげた兵員の身体のパーツを、その規格外の力で文字通りに潰していく。

 苦痛による小さい悲鳴が二度三度その口から発せられたが、四度目の声が出る事は無かった。


「あ~……もう潰れちゃったぁ……次は誰にしようかな~」


 七号は兵員だったモノを真後ろに投げ捨てる。

 ソレはビシャリという耳障りな音を立てて、通路を滑る様に転がっていった。

 彼女の返り血による化粧は増え、身体の半分は赤黒く染まっている。


「鹿嶋さん……コウを頼みます……」


 その場に居た兵員達はどうにか鹿嶋とコウだけでも、という覚悟を決めたのだろう。

 三号に構う事無く後方から襲いかかる七号に対して、晃一達の壁になるべく立ち塞がった。


「何を……」


 鹿嶋のか細い声を打ち消す様に怒声を上げ、七号へと向かって行く。

 七号が自分達で遊んでいる(・・・・・)内に、誰か助けが来れば……最早賭けとも呼べない判断ではあったが、手持ちの兵装の何もかもが通用しない状況では、彼等に取れる手段など数える程も無かったのだ。


「あはは~何? 何? プロレスごっこ? お相撲さん? 遊んでくれるんならなんだっていいや~」


 七号は自分に纏わり付く兵員達を嬉々として解体し始めた。


 悲鳴。

 血飛沫。

 水音。

 錆びた匂い。


 生物が機械により解体される際に出るあらゆるものをその場に生み出し、血の饗宴は続く。

 最後の一人が頭部を割られ脳漿を撒き散らすと、嘔吐感に襲われていた鹿嶋も覚悟を決めたのか、コウに寄り添って諦めとも取れる言葉を発した。


「コーちゃん……ごめんね。私達、大人なのに……あなたを守ってあげられなかった。門倉さんに何て言っていいか判らない……あのね、コーちゃん。もしもコーちゃんだけでも生き残れたら……間崎さんに……ごめんなさいって……伝えてくれるかなぁ……?」


 最後には涙を流しながらそう言うと立ち上がり、ガクガクと震えながらコウの姿を七号から遮る様に立ちはだかった。


「わ~。お姉さんカッコイイッ! わたしもそういうのやってみたいッ! ねぇねぇ、三号ちゃん。今からピンチになってくんない?」


「七号さん、あんまり無茶を言わないで下さいよ。この左手を見てそういう事を言えるあなたも素敵なんですけどね」


 血化粧の増えた七号の姿を見て、三号は破損した腕をプラプラと見せつけ、更なる愉悦の感情を露わにした。


「じゃあじゃあ、お姉さんで遊んじゃおうかなぁ~。ソレっ!」


 七号にしては慎重に慎重に、身体を握り潰さない様に鹿嶋を持ち上げた。


「ヒッ!」


 鹿嶋の上げた悲鳴を嬉しそうに聞くと、七号はその身体を弄り始める。


 その様子の一部始終を見ていた晃一の身体が、ほんの僅か……小さく動いた事を彼等は気づいていない。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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