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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
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5-9 絡み合う業因

 -西暦2079年7月19日11時25分-


 環の視界内に現れたレティクルの数は二十と七。

 通常の視神経でこの光景を視界に収めれば、レティクルが発生した瞬間に情報量の過多で脳疲労により昏倒を起こすレベルの数だろう。

 動作テストの為にそれらを平然と一つ一つ動作させる環。

 動かしていく側からモーターの音が鳴り、彼の聴覚を刺激する。


 現在彼の周囲で稼働している兵装は数種類に及ぶ。

 普段携行している68式改は手元に。

 それ以外には据置きされた71式改、自動給弾装置を傍らに置きHEAT弾を装填された76式無反動砲。

 そしてミニガンの形式に再構築された、連射式の粘着硬化弾発射装置であった。


 それらの兵装が射角調整用のモーターを積んだ杭打ち型の固定台に乗せられ、環を中心として扇状に展開している。

 片山が去り際に指示した通り、大量の71式改と粘着硬化弾で足止め、76式の火力で押し切ろうという腹なのだろう。


 現在の環の見つめる先には、防衛ラインとなっている整備場へ繋がる唯一のゲートがあった。

 敵性EOと思しき姿が認識された瞬間に、この場にある火砲によって蜂の巣となるだろう。


(通用するかは別だけどな……)


 狭い空間に集中するには過剰な火力である事は間違い無い。

 特殊燃料を届けにいった兵員の話では敵は少数。

 だがあの片山が徹底抗戦ではなく、即時撤退を選択したのだ。

 上層にいる戦力がまともなものでは無いという事は自明の理である。


 あまり難しい事を考えない環にも、その事だけは理解出来た。


 コツリ


 コツリ


 地下駐車場から聞こえて来る硬質な足音を認識する。

 環の待ち構える場所にまで聞こえてくるという事は、目視に至るまで大した時間はかからないという事であった。


 コツリ


 コツリ


 ゆったりとしたその足音に環は少し苛立つ。

 ありがちな侵入者としての、こそこそと静かに隠れる様子は欠片も無い。

 消音もせずに大きく響かせながら歩くそれから、何者にも自分達を止められないであろうという余裕を感じられたからだ。


 ウィン……ウィン……ウィウィン


 視界内のレティクルが僅かに暴れだし、各砲座の射角調整用モーターが右往左往している。

 いくら環の視神経が並のものでは無いとは言え、元々彼一人で制御するには手数が多過ぎるのだ。

 ちょっとした感情のブレに対しても、火砲の群れは敏感に反応してしまうのである。


 小さな頭痛の襲われながら、環はレティクル群を押さえつける。

 後ほんの少しの時間だけ辛抱すればいい。

 そう萎えそうな心に言い聞かせて、暴威を解き放つタイミングをじっと待つ。



 ゲート内、目標火線上に現われた二つの黒い巨体。

 形状は勿論、その動きがこれまでのEOと明らかに違っている事は環にも見て取れた。

 視認から判別、射撃開始まで僅かにコンマ五秒。

 整備場内には様々な兵装の射撃音が一斉に鳴り出し、轟音のアンサンブルを奏でる。



 環の背中に背負われた試作装備。

 名称も何もつけられていないそれは、環専用に作られたと言っていい物だった。


 背部マウントから環の神経回路に接続されたそれは、複数のV-A-L-SYSを統括する為の管制回路として機能している。

 環への脳負担は段違いに跳ね上がるものの、ケーブルで繋いだ大量の重火器の運用が可能となる。

 彼の視界内に入ったものに即応射撃を加える事が出来るこのシステム。

 現在の環にとってそのメリットは大きい。


 数回のテストの際、環は五百メートル程の至近から飛んでくる76式の弾頭を迎撃してみせた。

 その時に取れたデータを見る限り、最速のケースで視認から30ミリ秒で射撃が開始されていたそうだ。


 あまりにも反応がピーキー過ぎる為、味方が混在する様な戦場では使い物にならないだろうという判断、片山や新見はこれの使用に対して難色を示した。

 そして実戦で運用される事無く、この窮地に至るまで文字通りお蔵入りしていたのである。

 だが今回のケースの様な拠点防衛、それも極狭いエリアへの火線を構築するのであれば話は別だ。

 申し分無いどころか、十数人の人間で運用するよりも精度の高い弾幕を生み出し、火器の性能を十全に発揮する事が出来る。

 手数も足りていない今の片山達にとっては、実験段階とはいえ製造しておいて良かったと言える装備なのだろう。


 数発のHEAT弾の爆発によって発生した粉塵がゆっくりと晴れていく。

 そこには元々の巨体をさらに膨張させた敵EOが、ゆらりと身体を揺らして立ち上がる姿があった。


「危ないなぁ。ボク達じゃなかったら死んでる所だったよ」


「本当だね。六号みたいな脳筋だったら反応できずに死んでたんじゃないか?」


「ハハハッ。死んでくれた方が実験材料が増えて嬉しいんだけどね」


 彼等の身体が一段と肥大化して見えるのは、背面の緩衝素材を前面に移動、防御の為に集中させているからだろう。

 体表の均一化を始めたのか、徐々にではあるが体型が元の人の形に戻りつつあるのが判る。


(嘘だろ…………あんだけの集中砲火だったんだぞ?)


 環は平然と佇んでいる二体のEOを見て唖然とする。

 彼等の体表を覆っている物が身体を構成する物では無く、緩衝材であるという情報は環の耳には当然入っていない。

 その事を彼が知らない以上、この様な反応が生まれてしまうのも仕方が無いのだろう。

 救いと言えば大量に射出された粘着硬化弾によって、敵性EOがその場に固定化されている事だろうか。

 そして彼等の会話が環の耳に届かなかった事もそうだろう。

 もし聞こえていたとすれば、環は一層の混乱に見舞われたに違い無い。


 クリアブラックのEOの体表が蠢きだす。

 その動きを見ていた環はある事に気付く。

 彼等の体内には12.7mm弾は勿論、環が自ら発砲した68式改の25mm徹甲弾、76式のHEAT弾の破片等、先程火器から撃ち出されたあらゆる弾頭がその体内に存在している事に。


 チャリチャリチャリチャリ


 床面に金属質の物体が落とされる音が小さく聞こえてくる。

 それらを内包したままでは機体が重くなるのか、彼等は器用にそれらの鉄片を体外に排出し始めていた。

 環はその作業を一通り見た事で、彼等の身体を覆っている物質が衝撃や物理エネルギーを緩衝するものなのだと初めて理解する。


(こりゃあ団長さんが逃げろってのも当然じゃねぇか……居残りは早まっちまったか? いや、硬化弾は効いてるんだ。やり様はあるかもな)


 どうやら粘着硬化弾で固められた部分に関しては、緩衝素材の移動が小さいながらも阻害されるのだろう。

 環は68式改をガッチリと構えると、膝から下を硬化弾で固定されたままで移動の出来無い敵EOへと射撃を開始した。

 勿論その発砲に追従する様に、連動している他の火器群も発砲を開始する。


 視界の妨げになる為、76式は決め手のタイミングまで温存している。

 一番旺盛に弾薬を吐き出しているのは粘着硬化弾の発射装置であった。

 どうにかして緩衝素材の移動を妨げようと、身体の各所へと紫色の溶剤を浴びせ続けている。


「これはちょっと厄介だね」


「中に取り込んで排除するにも何割かは捨てなくちゃならないか」


「それにさっきからチョロチョロとボクを撃ってきてるアイツ、うざいな」


「潰しちゃおうか。解体してみたいしさ」


「キャハハハハハハハ! いいな! あいつを解体したらボク達、もっと強くなれるかも知れない。いつまでも一号にデカい顔させとくのは嫌だったんだ」


 二人は大きな声で笑い出すと拡声機能を使ったのか、よく通る声で環に話しかけてきた。


『聞こえるかー、そこの雑魚。いくら撃ったってボク達には通用しないから諦めなよ』


(喋った!? なんでEOが喋ってんだよ……まさか俺達と同じ(・・)って事か……?)


『聞こえてるなら返事しなよー。君みたいに隠れてチマチマとしか攻撃出来ないチンピラにさ、ボク達が直々に声をかけてやってるんだからさ』


『『ギャハハハハハハハハハハ!!!!』』


 ドンッ!


 彼等に対する環の返答は発砲だった。

 自分の事をチンピラと言ったEOの顔半分ずらした所を射線とし、かすめる様に徹甲弾を撃ち込んだのだ。

 その仕打ちにEO達は発砲音の鳴った方向を向くと、明らかに苛ついた声で吠え出した。


『チンピラどころか三下か! コソコソと隠れてないで――』


 EO達の態度は余裕のあった先程とは打って変わり、大きな怒りを含んでいた。

 元々沸点が低いのだろう。


 ドンッ!


 環は先程の射撃地点から、既に移動を完了していた。

 先程の挑発的な射撃に輪をかけ、今度は二人の鼻先をなぞった射線を選択しての発砲である。

 相手にストレスを与えて平常心を奪っていく。

 郁朗やアキラが格闘訓練で常套手段として使う手を無意識に使っている辺り、環もこの部隊に相当染まっていると言えるのだろう。


『俺がチンピラだったらテメェらは何だっての。人様んチに土足で入り込みやがってよ。ただの盗人じゃねぇか』


 居場所を知らせない為に、バリケード代わりにしている戦闘車両のスピーカーを使い、次は言葉での挑発を始める。

 彼の歯に衣着せぬ物言いは、その人間性に慣れない人間を苛立たせるには十分な口振りだった。


『大体よォ、祖母ちゃんも言ってたぞ。『人は礼を以ってして初めて人になる』ってな。人間じゃねぇケダモノみてぇな押し込み強盗相手に持ち合わせる礼なんざ、ミジンコ程にもねぇけどな』


 環の挑発が癇に障ったのか、彼等は身を震わせている。


(もうちょいか? 怒らせ過ぎるとマズいってアキラは言ってたかんな)


 相手の冷静な判断力を奪える塩梅というものが、環にはもう一つ判っていなかったのだろう。

 怒りは時折、とんでもない力を生み出すという事がある。

 アキラの言う事はある意味正しかった。


『……古傷抉ってんじゃねぇぞォ! クソガキがァ!』


雪村(・・)のババアみたいな事ぬかしやがってッ! テメェもあのババアと同じだ! バラバラに解体してやるッ!』


 環のその挑発に、言葉遣いが変わる程の激昂を彼等は見せた。

 異常ともとれる過敏な反応であったが、彼にとって聞き捨てならない台詞がその言葉には含まれていたのだ。

 彼等の怒りになど、環は構っていられなかった。


「オイ……今、なんつった? 俺の聴覚回路がおかしくなけりゃ、雪村のババアっつったな? そのババアの名前は志津乃ってのか?」


 二人に68式改の砲口を向けながら、これまで静かに身を隠していた場所から環が姿を見せる。

 祖母の名を口にしたEOの声も、先程よりも低いドスの効いたものに変わっている。


『ハァ? だとしてもテメェには関係ねぇだろうがッ! テメェはここでネジ一本までバラしてやるんだからな!』


『なんだ? お前……あのババアの関係者か? 丁度いい、ババアの居場所を聞き出してやる! そんな旧式の身体で俺達に勝てると思うなよ!』


 環は弾倉を入れ替え、ボルトハンドルを引き薬室に弾体を装填。

 そうする事で急激に頭が冷え込んで行くのを彼は感じていた。

 片山に叩きこまれた狙撃時のメンタルコントロールは、環がトリガーに指を掛けるだけで発露する程、彼に馴染んでいる。


「そうかそうか。人様の祖母ちゃんを殺すだ? それも解体するとか何とかよ? テメェら何様だ? 何企んでるか知らねぇが……祖母ちゃんに手ェ出すってんならな……この先一切、そんな気になれねぇくらいボッコボコにしてやるよッ!」


 環を含んだ重火器群が再度射撃を開始する。


 環自身の知らない祖母の秘密というものもあるのだろう。

 人目を避ける様に廃棄地区で暮らしていたのだ。

 その程度の事は環も理解していた。


 だが身内を殺すとはっきり言われて、それを冗談と聞き流せる程に環は老成していない。

 目の前にいる傲慢不遜な押し込み強盗達と祖母の間に何があったのか。

 そんな事は環にとっては既にどうでもよかった。

 どんな関係性があった所で環は祖母を守るだけである。



 想像もしていなかった妙な因縁により、環の頭の中からは撤退という文字は消え失せてしまい、そのまま目の前の戦闘に引き込まれてしまう。

 アジト内にはまだ幾つかの火種が複数存在している事も忘れて。

 そこに目を向ける事が出来ていたならば、後の惨劇の一部分、あるいは全てを避けられたのかも知れない。

 戦場に"たられば"が存在しない以上、誰も環を責める事は出来ないだろう。




 その頃、オペレート室近辺では引っ越しの居残りの作業をしていたオペレート班数名が、青い顔をして次にどう動くべきかを彼女達なりに相談していた。

 そして片山の命令通りこの場に向かった晃一は、その場を守る様に通路を睨みつけていた。


「コーちゃん、私達がどう動くかって団長さんからは聞いてないよね?」


 この場に居る全員の安全をどうにか確保しなければならない。

 そう考えるオペレート班班長の鹿嶋は、藁にもすがる想いで晃一にそう尋ねた。


「うん……ごめんなさい。団長さんも急いでたみたいだから……」


「あー……そんなに落ち込まないで。コーちゃんは何も悪くないんだから。でも……これからどうすればいいんだろう……」


 現状、間違い無く戦闘状態に入っている片山達のフォローをするにも、人も機材も足りていない。

 オペレート室の通信機材や端末は移転の為にほとんどが持ちだされており、彼女達にはどうする事も出来ないのだ。


「…………! 誰か来るよ……足音が一杯聞こえてくる」


 その場に大きな緊張が走る。

 味方ならば良い。

 もしも敵であれば……戦闘能力の無い自分達など、即座に肉塊にされるだろう。


 そう思った鹿嶋は小さく震えながら、心の中である人物の名前を呼んでいた。

 既に彼女の中で小さくないその存在に縋るくらいしか、彼女に出来る事は無かった。


「コウ!」


 その声が廊下に響き渡った事で、一同は弛緩する。

 どうやら味方だった様だ。

 戦闘班の兵員達が十数名、晃一達のいる場所へ駆け込んで来た。 


「無事だったか……良かった。片山さんからの通達だ。アジト内の人員は非常用の経路を使って総員撤収。放送はまだ使えるか? みんなに知らせてやらなきゃいけないんだ」


「こっちです」


 オペレート班の一人が兵員を案内する。


「団長さんやタマキ兄ちゃんは……?」


「……戦闘中だ。相手は今までにないタイプのEOで……苦戦している。二人が足止めしてくれている内に俺達はここを出るぞ」


「そんな! 団長さん達を置いていくの!?」


「……置いていくんだ。俺達が残った所で何の役にも立たない。なら片山さん達の負担にならない様に、この場から居なくなる事が俺達に出来る事だ。判るな?」


 コウは片山の言葉を思い出すと、小さく頷いた。


「いい子だ……放送終了後、俺達も非常用の経路に向けて出発する。どこかで敵と鉢合わせて戦闘になるかも知れない。覚悟だけはしておいてくれ」


 兵員はそう皆に宣言すると、経路入り口までの道程を確認し始めた。

 

 晃一を含めた二十名程の脱出行。

 その道行が穏やかに終わらないだろう事だけは、彼等の心中でもはっきりとしていた。

 そして……その予測は悲しいまでに現実のものとなる……。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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