1-8 命という覚悟
-西暦2078年12月9日11時30分-
郁朗が勝ち筋として思い出した要素とは一体何なのか。
テーザーワイヤーに使われている導電性のワイヤーは、カーボンナノチューブにFeCo合金を練り込んだ素材で出来ている。
『このワイヤーの素材は少し変わってるのよ。こうすると……ね? 面白いでしょう?』
千豊から教えられていたその特性を思い出し、試してみたい事が出来たのだ。
(上手くやれば団長を驚かす事ぐらいの事は出来るはずだ……)
郁朗はワイヤーを一本、真上に撃ち出した。
片山は相も変わらず微動だにせず、油断無く郁朗を注視している。
今から行う作業には酷く集中力が必要なのだろう。
郁朗の脳裏にはスタート台に乗っている自分のイメージがあった。
都市大会決勝、そのスタートの時のギリギリの緊張感を思い出し、自身の集中力を出来得る限り捻り出す。
初弾発射からコンマ数秒。
残り四本を更なる時間差で打ち出し、今度は前腕部を回し始めた。
回転運動により最初に撃ち出した一発に残りのワイヤーが綺麗に巻かれていく。
巻き上げが終了したと同時に郁朗は放電を始め、それを無造作に振り下ろした。
放電量が今までの訓練と変わらないのであれば、かすった途端にでもとんでもない事になるだろう。
ならば避けてしまえば済む事ではあるのだ。
あるのだが……。
(こりゃあ……下手に貰ったら……死ねるな……)
そんな未来図が見えてしまった片山は、少しだけ覚悟を決めた。
そんな悲壮な決意をサラッと無視する様に、ワイヤーは避けるまでも無く片山の横を素通りする。
小さく安堵する片山を横目に、素通りしたはずのワイヤーに想定外の変化が起こった。
先程射出して既に切り捨てたはずの幾つものワイヤーが、郁朗が放電を続けているワイヤーへと吸いつけらているのだ。
次々と呼び込まれる様に吸い寄せられたワイヤー達は、不規則で無茶苦茶な形状で繋がってしまった。
(よしッ! 繋がったッ!)
目論見通りに事が運んだ郁朗は、その心中で快哉を上げる。
郁朗は腕を振り上げる事によりソレを再び宙へ持ち上げる。
するとワイヤーは力の波を経由して浮き上がった。
それを確認した郁朗の腕が、今度は横向きに薙ぎ払われる。
その薙がれる先に居るのは、全く事態を飲み込めていない片山であった。
「いけッ!」
郁朗の懇願とも取れるその声が響くと、ワイヤー群は片山へと襲いかかった。
もしも彼に表情が存在したのであれば、頭の回転が追いつかずに唖然としたそれを晒していただろう。
郁朗の細工により巻かれたワイヤーが大元の軸となり、吸い寄せられた廃棄ワイヤーが指の様な配置で繋がっている。
さながら掌の様なそれが、巨大なビンタとして片山の身体を大きく横薙ぎにしようとしていた。
掌の形状になったのは郁朗の意図では無くたまたまなのだろう。
だが線を組み合わせ、この様に面の攻撃として使う発想を片山は素直に褒めたかった。
彼の脳裏に転化前の……拉致された時のトラウマが少しだけ蘇る。
片山は即座に対応を考えるが、しゃがむと一番下のワイヤーに絡め取られる。
かと言ってジャンプしたとしても、最上部のワイヤーに無防備な身体をもっていかれる事は間違い無い。
後ろに下がろうにも今から動ける範囲ではワイヤーの掌握圏内であり、前に進めば大本の太いワイヤーに絡め取られる。
巨大なワイヤーの掌に襲われた時点で詰んだのだ、そう思った片山はとにかく移動の阻害だけはされない為の動作で凌ぐ事にした。
郁朗は片山に接触する直前という所でワイヤーへの放電を止める。
ワイヤー群はその結合力をほとんどを失ったものの、その慣性の赴くままに片山へと向かい、多方向から彼の身体へ拘束を仕掛けた。
片山は開き直って足元に絡みつきそうなワイヤーだけを選んで回避、残りは放置して上半身はワイヤーの巻き付くままにしている。
郁朗のこの攻撃により、片山の腰から上の自由を完全に奪う事に成功した。
だが彼の脚部の可動……その両足は健在である。
愉快だと笑いながらも、片山は言葉の端々には剣呑な空気が色濃く漂い始めている。
「ハハハッ。お前は本当に面白いなぁ……イクロー。あれは電磁石か?」
急拵えの手段ではあったものの、手元にある材料のみでこの発想に至った郁朗のセンスも悪くないものなのだろう。
だがそれをたった一手で電磁石だと看破してしまえるあたり、片山という人物の引き出しの多さと底の深さは並では無い。
導電性ワイヤーの中に練り込まれているFeCo合金とは、パーメンデュールと呼ばれる鉄とコバルトを一対一で混ぜて作られた合金である。
これが練り込まれたカーボンナノチューブはなかなかの強磁性を獲得する。
かつで千豊に実演でそれを見せて貰っていた郁朗は、この磁性に着目したのだ。
中心にある一本のワイヤーを鉄心に見立て、残りの四本をコイルとして巻き放電する事で、簡易電磁石として運用したのだ。
磁化したワイヤーは片山の側を素通りして、床に破棄されていたワイヤーと接触し結合。
巨大な掌の形の投網として襲いかかったのである。
(くっ、ダメだったか……)
ほとんど運任せの手段ではあった。
故に結果がどうなるかは判らなかったが、片山の下半身が動作可能な以上、とてもではないが郁朗が勝ちを拾えたとは言えない。
ここから勝てる手があるとすれば、この状態から放電することだ。
だがコントロールの覚束ない今の郁朗がそれをやれば……片山は間違いなく死ぬだろう。
「さぁ、王手だがどうする? まだ打てる手があるのに諦めて勝負を投げる様なら……お前は俺の部隊にはもう必要無い。そのまま脳髄引きずり出して……ここの研究施設の展示場に飾ってやるよ。そのまま家族が殺される夢でもゆっくり眠って見てろッ!」
片山は物騒な物言いをしながらゆっくりと郁朗に近づいてきた。
上半身のワイヤーを振りほどく気は無い様だ。
どうしてこうなったのか……郁朗はこの身体で動ける様になってからの自分を思い返す。
これから先の現実を見据えての、他者の生命を奪う為の訓練であると言いながら……どこかゲーム感覚ではなかっただろうかと自問する。
相手も死なない、自分も壊れない。
そんな訓練をしていて自身や他者の生命に対しての危機感が生まれる訳も無いのだ。
痛みを感じず、死ぬという概念も無いオートン相手に対し、郁朗にそれを意識しろというのも酷な話ではある。
あるのだが……それに甘えて生命を奪うというどこか舐めてかかる認識をしていなかったかと言えばその否定も出来無い。
そして今……そんな甘えが通る世界では無いという事を、片山が身を挺して教えてくれている。
自分がこれから歩こうとしている戦場は、そんなやり取りが成される場所なのだと再認識せざる得なかった。
そして片山達周りの人間が……そんな大きすぎる郁朗の力を持て余す事をせず、どうにかしてコントロールさせてやろうと尽力してくれていた事を……郁朗は今更ながらに理解する。
(クソッ! クソッ……これじゃあ僕は本当にダメダメじゃないかッ!)
戦場に出て奪う必要の無い命を無駄に奪う様な後悔させない為に。
彼等がそんな強い想いでこれまで自身に訓練を強いてきたのだと考えると……郁朗は謝罪しても謝罪に成り得ないのだろうと結論づけた。
ならば……今はもうただ勝ちたいという話ではなく、どうにかして片山達を納得させたい。
そんな一心で自身を奮い起こすしか無かった。
郁朗はコントロールされた放電してみせようと再度意識を集中する。
近づいてくる片山を無視する様に、カメラアイへの意識を切り……感覚を左腕のマウントラッチに集中させる。
放電量のコントロールはマウント部にある神経回路で行うからだ。
細く弱く。
いつもの自分の放電の感覚を濁流とするならば、今は水道から垂れる一本の細く弱い水の流れをイメージする。
もっと……細く弱く。
郁朗の双眸から光が消えたのを見た片山は、彼がどちらを選んだのか判断できなかった。
「なんだ? 諦めるか? それとも……」
「団長……放電するよ。死なないでね?」
「ハハッ! いいぞ、来いッ! 早くしねぇと俺がそっちに着いちまうぞ!?」
片山は歩調を速めると一息に郁朗との距離を詰める。
(次は壊さないッ!)
腹を括った郁朗は先程構築したイメージのままに、左腕のマウントから放電した。
刹那。
片山の上半身に巻かれたワイヤーのヘッド部分の電極が小さくスパークする。
カメラアイを再び点灯させた郁朗が見たものは……踏み出した一歩そのまま、前のめりに倒れる片山の姿であった。
ズシン……
地から発せられた重たい音が、静かになった演習場に響く。
片山は倒れたまま……微動だにしない。
郁朗は焦る。
失敗したのかと片山の元に向かおうとしたのだが、片足がへし折られている事を完全に忘れていた。
前に進もうとして郁朗もまた、地に伏せる形で倒れる。
動かない左足を引きずり、片腕だけで這いずって側に寄ると、そのまま片山に縋りついた。
「団長! 団長ってば! 起きてよ! お願いだから!」
肩を大きく揺すりながら大声で呼びかける郁朗に、片山が何かしらの応えを返す事は無かった。
「……ごめん、団長。僕がちゃんとやれなかったから……体を張ってまで教えてくれたっていうのにッ……僕はッ!」
郁朗は拳のパーツが壊れんばかりに地面を叩いて悔しがり、天井を仰いだ。
(そうだ、整備班だッ! あの人達ならまだ間に合うかもしれないッ!)
郁朗が整備班の事を端と思い出したその時。
「はい、カットォ! オペ班どうよォー!? いい絵撮れたァー!?」
脳天気な大きい声が演習場の脇の方から聞こえてきた。
声の方へ振り返った郁朗のカメラアイに映った人物は、整備班の副班長である山中だった。
『チェックOK。イクローさんお疲れ様、カッコ良かったですよ』
スピーカーから大きい声が響いたので、山中の細い糸目の先にある演習場のモニター室を郁朗も見る。
誰がいるのか識別は出来ないのだが、そこに居る人物が腕を上げて大きく丸のサインを出していた。
「はっ? えっ?」
オロオロする郁朗に山中が何事も無かったかの様に説明を開始する。
「ああ、イクローちゃんお疲れさん。いやぁ、いい話だったなぁ。俺……なんか感動しちゃったよ。ほんともう、泣けてきちゃうよね。それにしたって……団長さんもよくやるよね。死ぬかもしれないのに」
「ど、どういう事なの山中さん? そ、それよりも早く団長を……」
未だ状況を理解できず狼狽えている郁朗の言葉を遮り、山中が説明を続けた。
「昨日さ、団長さんが来てね。外部装甲と生体装甲全部外せって言うんだもん。ハンチョーは馬鹿言うなーって、カンカンに怒って無視したんだけどさ。俺とか他の連中がそれに乗っかったんだわ。こいつは面白そうだって」
悪びれる様子も一切無く、山中は喋り続ける。
「なんでもイクローちゃんの今後のためだって言うじゃない? みんなでバカみたいに盛り上がっちゃってさぁ。あ、これね、死んでる様に見えるけど大丈夫だから。装甲全部外すついでに団長さんに内緒でいじっといたんよ」
「へ?」
してやったりという山中の表情に、郁朗は素っ頓狂な声を返すしか無かった。
「外部から一定数値の通電があったらね、脊髄との接続と通電が切れるようにサーキットブレーカーをこっそり付けといたんだわ。あれだよ、こんな事もあろうか、ってやつ? それが原因で今動けなくなってるだけだから。そのうち勝手に接続も戻るし、意識も問題無くあるから心配しなくてもいいよ」
郁朗はそう聞いた安心感と精神的疲労がピークに達しただろう。
寝返りをうって仰向けに寝転がってしまった。
『イクローさん報告です。団長さんの体内に放電された電流の強さをモニターしていましたが……流れたのは人体を無力化出来る程度の電流でした! 良かったですね、成果出たじゃないですか!』
モニター室に居るであろう女性からの賞賛の声に、一山越えた実感が少しづつ湧いてきたのだろう。
弱々しくはあるが、郁朗からは小さな歓喜の声が漏れる。
「良かったぁ……団長が無事で……そうかぁ、やれたんだ……」
その様子を見て山中はウンウンと頷いている。
良かった良かったとでも思っているのだろう。
「んー……それはいいとして山中さんちょっといいかな?」
郁朗の声音が少し変わったのを察したのだろう。
『どうしたん?』という顔で山中は郁朗の方へ近づいていった。
「あのー……面白そうだってなんだろう? いい絵ってなんだろう? って聞いていいかな? 大体想像はつくんだけど」
郁朗の言葉の意味を理解したのだろう。
成人としては小柄な体を縮こまらせ、脂汗をかきながら返答に少し困る山中。
モニター室にいた人影は既にその場から姿を消していた。
「いやぁ、あれだよ、ほら……こんなドラマチックなシーンってなかなか遭遇出来そうに無いじゃない? ちゃんと記録しといて後で団長さんに――」
「山中ァ……」
山中の舌がこの場を乗り切ろうと回転し始めた瞬間、地の底から文字通り這うような声が聞こえてきた。
「そうか……そういう事か。納得したぜ……ハンチョーが絶対に縦に振らなかった首をだ、お前らがあんなにあっさりと振るのにはなんか裏があると思ってたんだが……で、後でそれをなんだって?」
地獄の番犬も腹を見せて鳴き出しそうなその声の正体は、訓練時でも滅多に聞けない本気で怒った片山の声だった。
「いや、その、ね? 違うんです、違うんですよ? 次に備品を破損したら、この映像百回ループさせて悶絶させようとか……イクローちゃんと団長さんのファン層へね、秘密裏に映像媒体を販売してウッハウハとか……違うんですッ!!」
「フンガッ!」
片山は体に巻かれたワイヤーを、その怒りに任せ引き千切った。
ヘッドへの通電が生きている物を一本だけ手でたぐると、逃走を図った山中へと投げつける。
「はふんッ!」
ヘッド部分が綺麗な円を描き、ワイヤーが山中を拘束する。
「さて、もっと詳しい話を伺おうじゃないか……関係した人間の名前をキリキリ吐け。いや、その前にお仕置きだ。イクロー、さっきの成果を俺にも見せてみろ……やれッ!」
「そうだね……さすがに僕もさっきのあの映像の自分を他人には見られたくないかな。山中さん……ごめんね」
「うそんッ! イクローちゃんッ! ちょっと待とうッ!? ねッ!? 落ち着い――」
パリッっと小さく音がしたかと思うと、山中は声も上げずにドサリとその場に崩れ落ちた。
実に安らかな寝顔であった。
「おう……大丈夫みたいだな。よくやった。約束通り訓練メニューは通常のもんに戻してやる……全く、アホタレが。余計な気を使ってくれやがって」
山中に巻かれたワイヤーを外すと、そのまま倒れた彼を肩に担ぎあげる。
「イクロー、お前はしばらくそこで休んでていい。どうせ動けないだろうしな。直ぐにハンチョーを呼んできてやる。そこで寝転がって……ここまで追い込まれないと腹が括れなかった事をしばらく反省してろ」
「団長」
「なんだ? こいつらの処理があるから俺は忙しいんだがな?」
「ありがとね……あんな命懸けで人に何かを諭された、なんて僕にとっては初めての事でさ。人を傷つける覚悟を教えてくれてありがとう、団長」
片山がぐるりと振り向いて横柄に応えた。
「お前何か勘違いしてねぇか? 俺がそんな覚悟とか高尚な事なんか考える訳ねぇだろうが」
「へ?」
「お前の物覚えの悪さと態度が余りにも酷かったからな。単に俺が頭にきてどうにか仕返ししたかっただけだ」
「…………」
「大体だな、ちょっと考えてみろよ? 対人戦闘で本気で簡単に人間を無力化させたかったらな、あんな電流なんかよりも射出型のネットを使わせてる。こんなんで感謝するってよ……やっぱりお前の頭の中身は呑気で平和な構造してんだな」
「……マジで?」
「マジも大マジm天国の課長に誓ってもいい」
ついきょとんとして聞いてしまったが、彼の憧れの一人である……あの不世出の名優に誓われたなら、本当にそうなのかも知れないと郁朗は思えてしまった。
「ああ……あの時脳に直接ワイヤー撃ち込んで焼いておくんだった……」
郁朗は自身があれだけ悩んだ結果がこれなのかと思うと、悲しくなるより恥ずかしくて堪らなかった。
「物騒な事言ってんじゃねぇよ。勝手に勘違いしといて何だ? その物言いは?」
「……ほんとさ……さっきので何で死んでないの!? 僕が本気でした感謝が台無しじゃないかッ! 今すぐ死んでくれッ! 畜生ッ!」
負け惜しみにしか聞こえなかったのだろう。
ガハハと大笑いながら、片山は片手を上げて演習場からノッシノッシと去っていった。
うなだれて色々な事を反省している郁朗を残して。
後日であるが本件に関わった整備班、オペレート班の数名が一ヶ月十パーセントの減給となる。
特に計画を主導した山中は整備班長により半日にも及ぶ……それも肉体言語による説教をお見舞いされる事となり、心に大きく傷を残した。
そして新人の説得を終え、数日ぶりにこの拠点に戻ってきた千豊がこの訓練映像を目にしてしまい……それはもう烈火のごとく怒り狂ったのである。
郁朗と片山も彼女に涙目で説教されるという、山中とは違う意味での拷問を味わう事となった。
この出来事以降、この拠点においてリスクの高い無謀な訓練メニューが行われなくなったのは言うまでも無い。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え