5-8 怨讐の標的
-西暦2079年7月19日11時15分-
「あんた何言ってんの? 意思があるから殺しまくるんじゃないか。あんたもボク達の同類じゃないのかい?」
「そうだね。とても戦場で人の脳を嬉々として吹き飛ばしてる人間の台詞とは思えないよ」
コンビを組んでる様に見える二体がクスクスと笑いながら片山にそう告げた。
本気で言っているのか、それとも片山を煽りたいだけなのか。
間違い無いのは彼を小馬鹿にしているという事だろう。
「まぁ、気にすんな。こいつらは元々常識ってもんをどこかに置き忘れてきてるからよ。こんな気狂いなんざ放っといて次は俺とやろうじゃねぇか。お前みたいな強い相手なら申し分ねぇよ」
「待て。まだ俺がやり合ってる最中だ。横から手を出すな、ガキが」
「なんでぇ、やんのか? 別にお前をプチッと殺してからよ、こいつの相手をしたっていいんだぜ?」
馴れ馴れしく声をかけてきた個体と、片山と戦闘を行った個体が睨み合っている。
そんな彼等の様子を見て、精神のどこかに欠損を抱えた人間達が被験者になっているという事が片山にも理解出来た。
だが彼等の思考回路までは理解出来無い片山は、その場で僅かに身じろぎした。
生身の身体であったなら、理解出来無い存在への恐怖で唾を飲んでいた事だろう。
彼等は野獣と同じなのだ。
いや、それよりタチの悪いものかも知れない。
気紛れに笑い、戯れに殺す。
不折の心を持つ片山が、その場から一歩だけ後ずさりをした。
その事実に彼自身も気づいていない。
「ねぇねぇ、遊んでくれるんでしょ? 鬼ごっこがいい? それとも隠れんぼがいい?」
いきなり聞こえた声に振り向くと、片山は何時の間にか後ろを取られていた。
その状況に至るまで、その気配すら感じ無かった事に戦慄を覚える。
巨体を器用に屈ませしゃがんでいるそのEOは、片山を見上げながら彼の返事を待っている様だ。
「女……?」
声の主は女だった。
片山はその事に違和感を覚え、思わず呟いてしまう。
「そうだよ~。女の子だよ~」
そのEOは落ち着きなく身体を揺すりながらそう言った。
「はいはい、七号さん。こっちに戻っておいで。遊んでるんじゃないんだからね」
片山を取り囲んでいる内の一体が手を叩いて、屈んでいるEOを呼んで自身の元へ戻ってくるように促した。
「え~……三号ちゃんは意地悪だよね。わたし遊びたいのに……」
「あんまり我儘言うと一号さんに叱って貰いますよ?」
「う~」
七号と呼ばれたそれはのそりと立ち上がると片山を無視し、三号と呼ばれたEOの元へテクテクと歩いて行った。
「快楽殺人者にバトルジャンキー、幼女にロリコン……曰く付きの人間ばっかり寄せ集めて転化したんかよ……」
「失礼な、私はロリコンじゃありませんよ。彼女の保護者なだけです。それに彼女、十二歳ですよ? 立派なレディじゃないですか」
「ロリコンだな」
「ロリコンだよね」
「ペドじゃなくて良かった」
「三号ちゃん、変態だもんね。あははははーッ!」
EO達は三号と呼ばれたそれを扱き下ろすと、七号の笑い声に釣られる様に再び大声で笑った。
ここが既に戦場である事を忘れさせる笑いっぷりであった事が、片山の判断を僅かに狂わせる。
会話が成立するのならばと、彼等との対話を試みたのである。
「なぁ……そこの快楽殺人者二人はしょうがねぇとしてよ。お前ら全員が納得してここを襲撃してんのか? 頭を弄くられて強要され――」
「ごちゃごちゃ煩せぇな。俺達は別に洗脳なんてされてねぇよ。全員、自分の意思でEOになったんだ。EOになれば強い連中と戦えるって言われたからよォ、俺なんか即決だったぜ?」
「あたしも~。壊れない玩具くれるって言うんだもん。人間のお友達ってすぐに壊れちゃうもんね~」
全員の思惑を聞いた訳では無いものの、片山の自身の目論見が的外れであった事を認識する。
望んでEOとなり望んでその暴威を振るっている事が、彼等の口振りからは理解出来た。
「別に機構の理念どうこうなんてのは俺達には関係無い。好きにやっていいというから取引をしているだけだ。問答が済んだのなら、続きを始めよう」
「……どうあってもこの襲撃を止める気は無いんだな?」
最初に相対したEOのその言葉を聞き、片山は再び戦う為の構えを取る。
全機の足止めは恐らく不可能だろう。
だが彼等の中には好戦的な者や物見高い者も居る。
当初の予定通りに出来る限り多い数の行動をここでの戦闘に巻き込み、間に合うか判らないが郁朗達の到着する時間を稼ぐつもりだ。
「おお! やる気になってんじゃねぇか! 俺とやろうぜ! なぁ!」
先程から片山を挑発し続けていた個体が、満を持したかの様に片山を囲む包囲から飛び出して来た。
地面を蹴ったベクトルを使って身体を僅かに浮かせると、片山の左斜め上から袈裟斬りになる様な打ち下ろしのハイキックを放つ。
「にゃろう!」
斧の様に自身に襲いかかってくる相手の右足の動き。
そしてその変化の流れを、片山は悪態をつきながらも見過ごさ無かった。
新型EOの緩衝素材が硬質化する時に、ほぼ透明であったそれが半透明まで透過率を落としたのだ。
そして硬質化までのタイムラグが、ほんの僅かではあるが存在する事も確認出来た。
ギャリリリリリィィ!!
片山は左腕前腕の生体装甲と引き換えに、その一撃をどうにかいなす。
剥がれた生体装甲の跡からは、循環液が漏れ始めている。
勢いを別方向に流された相手は、そのまま付近の壁へと足から突っ込んでいった。
その様子を見て、七号と呼ばれた少女が大笑いしている。
(クソッ! ジリ貧だなッ!)
傷つきながらではあるが時間はどうにか稼げている。
しかし片山の巡る思考と戦場に対する本能が、この時間稼ぎが無意味なのではと警鐘を鳴らしている事も自覚していた。
弾き飛ばしたEOの様子を窺いながら、彼は別のアプローチによる状況の整理を試みる。
このまま粘りに粘って増援を待った所で、今の自分達の装備や戦力で立ち向かう事が出来るのかを考えれば分が悪い。
これ以上の人的損害を出さずに、敵性EOを振り切ってアジトからどうにか立ち去れないか。
つまりは如何に上手くこの場からトンズラ出来るかを必死に思考していたのである。
そして……撤退するならば殿軍として誰が残るのか、その事が不意に頭に思い浮かんだ。
(まぁ……俺しか居ねぇんだろうな。畜生……こんな事なら鉢合わせるのを遅らせてでも、倉庫に寄って燃料を持って来るんだったぜ)
進退の決断を迫られ歯噛みする片山を他所に、バラバラと壁を崩しながら先程のEOが壁面から姿を見せる。
「すげぇな……あれを受け流すか……あんた面白いな! さぁ続きを――」
その台詞が言い切られる前に、下層から上がってくる車両のモーター音がスロープに響く。
モーター音から察するに全力走行なのだろう。
上り坂で大型の輸送車両が通れるだけの道幅があるとはいえ、閉塞されたスロープでそれをやるというのはある意味で自殺行為である。
喜びのオーラを纏いながら片山に近寄ろうとするEOを遮る様に二人の間に入り、79式歩兵戦闘車両は急停車した。
「これを!」
車両の側面ハッチが開くと、中に乗っていた戦闘班員が二人がかりで筒状の物体を片山に放り投げた。
物体のクリアパーツ部分から覗くのは赤い色の液体。
片山待望のブラッドドラフト用の特殊燃料であった。
「お前ら……すぐ下に戻れ。そんでタマキに伝えろ。迎撃じゃねぇ、撤収だってな。殿は俺がやる。一人でも多く逃がせ、いいな?」
駆け寄った片山は班員にそう言うと、ハッチを無理矢理閉じて発車を促した。
事態を把握したのか戦闘班員達は、去り際に拡声器を使って片山を激励する。
『あんまり無茶はしないで下さいよ。片山さんも状況を見てどうにか』
「おう……行け!」
歩兵戦闘車は全速で後進するとブレーキターンで方向転換し、素早く下層へと下って行った。
敵集団を睨みつけていた片山は、一つの変化に気付く。
今までの状況のほとんどに反応を示さなかった指揮個体が、片山を執拗に見つめている。
小さく震えながら彼から目を逸そうとしなかったのである。
指揮個体のそんな気配を感じたのか、他のEO達は口を開く事は勿論、身じろぎ一つしなかった。
「片山……淳也……?」
歩兵戦闘車がその場から消え、すっかり静かになった現場に細い女性の声が響く。
(また女かよ……)
機体の形状からそんな予感はしていた。
だが改めて発せられたその声は片山の戦意を薄く剥ぎ取る。
片山は返事をするのも億劫だったが、何か状況を動かせるかも知れないと考えると、その問いに答えてしまった。
「だったらなんだ? 俺の知り合いなんだったら誰子ちゃんだ?」
特殊燃料を腰のマウントに接続しながら本当に、そう軽く答えてしまったのだ。
「…………たやまぁ…………片山ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
返って来た言葉は怒りと憎悪に溢れたものだった。
あまりの空気の変貌に片山は唖然とするしかなかった。
「見つけたァ! とうとう見つけたァ! わたしの! 仇を見つけたァ!!」
(仇だと?)
彼女は感情の昂ぶりを隠さなかった。
周りのEO達は静かにそれが収まるのを待っていた。
三十秒程経過しただろうか、歓喜に震えていた彼女は落ち着きを取り戻し、残りのEO達に指示を与え始めた。
「二号、四号、五号、六号。この場に待機してあいつを囲め。逃げ出そうとしたら捕まえてわたしの前に引き摺り戻せ。だがそれ以上の手は出すな」
どうやら片山との一対一での戦闘に拘っている様だ。
「三号、七号、八号、九号。お前らはこの施設にいる人間を全部殺してこい。逃した人間の数だけ、後でお前らの身体に傷をつける。死にたくなければ全滅させろ……行け」
指揮個体の指示に一体を除いて、EO達は嬉々として従った。
「分解は?」
「してもいいんだよね?」
「好きになさい」
満足気に頷いて歩き出す快楽殺人者と思しき八号と九号。
「久しぶりだなぁ、人間のお友達と遊ぶの~。ねぇねぇ、三号ちゃん。隠れんぼがいいかなぁ? 鬼ごっこがいいかなぁ?」
「おやおや、嬉しそうですねぇ。どっちもやればいいんじゃないですか? 私がお手伝いしますよ?」
「やった~! じゃあじゃあ隠れんぼしよ~!」
ナチュラルボーンキラーとしか思えない少女である七号、そして彼女の行いをほぼ無条件で肯定する三号。
四体のEOは喜びの感情を隠す事無く、下の階層へゆっくりと歩き去って行った。
片山にはそれを止める事など出来無い。
正面に見据えている指揮個体。
少しでも目を離し背中を見せれば、即座に狩られてしまうだろうこの状況である。
後を追うなど不可能な事でしかなかった。
一方で残ったEOの中に、新たに動きが生まれる。
「一号さんよ、そりゃあねぇんじゃねぇか? 折角気持ち良くやり合ってたのに、美味しい所だけを持っていかれたらこっちがたまんねぇよ」
「六号!」
「二号は黙ってろよ! テメェだって横から獲物を掻っ攫われて面白くねぇんじゃねぇのか? なぁ?」
「…………俺は彼女に従うまでだ。それが敗北者としての挟持だからな」
「負けたって言ったって実力じゃねぇだろうがッ! 機体のスペックの差で負けて何が勝負だ! 俺は――」
片山に絡み続けた六号と呼ばれたEOの激昂は、そこで完全にストップした。
一号という名の指揮個体により、首を人口脊椎ごと真後ろに捻じられ機能停止していたからだ。
「……四号、五号。命令変更。六号を連れて地上へ。ここから逃げ出そうとする人間がいたら上で潰せ」
四号と五号は黙って頷くと、六号を抱え上げスロープを上がって行った。
「二人だけで楽勝だと思われるってのは……状況を考えりゃあ有り難い事なんだが……複雑だぜ」
片山は肩をグルグルと回してそう言いながらも、逃げ出す算段を立てていた。
どうやら一号と呼ばれる彼女こそが、この集団の中では一番の実力者なのだろう。
簡単に勝たせて貰えないのは明確だった。
だが片山にはまだブラッドドラフトという手札が残っている。
限界時間ギリギリまで粘ってから逃げ出すつもりである。
(後はタマキ達がどんだけ早く逃げ出してくれるかだな……)
赤い燃料が徐々に身体に浸透していく。
片山に残された最強の手札が今、切られようとしている。
「ブラッドドラフトッ!」
薄紅色に発光しながら、片山は一号へとその絶大な膂力を向けた。
彼女と自分にどの様な因縁があるのか。
片山はこれからの戦闘の最中に知る事となる。
片山に特殊燃料を届けた車両が、地下整備場に構築されつつある防衛ラインに戻る。
慌ててハッチを開けた兵員が環の元へ駆け寄り、片山からの言伝を彼に伝えた。
「逃げろって言ったんだな? あの団長さんがよ」
「ああ。状況は相当ヤバいみたいだ。あの片山さんがそう言ったって事はそうなんだろう。俺達の半分は非常用の経路確保に向かう。残りは人員の検索だ」
「だったらオペ班の所に真っ先に行ってやってくんねぇか? あそこが非常経路から一番遠いからよ。ついでに放送も流してきてくれ」
「判った。雪村はどうする?」
「団長さんがトンズラするにも、足と火力支援がいるってもんだろ? ここの火力は俺一人でも運用出来るからよ。ギリギリまで粘ってから、団長さんと一緒にローダーでオサラバするわ」
「片山さんはお前にも逃げろって言ってたんだが……」
「テメェは好き勝手にしてんのに、俺にだけ命令守れなんて言わせねぇよ。あんたらとは身体の作りが違うんだ。せいぜい生き残ってみせるっての。さぁ、とっとと行ってくれ」
「……雪村、死ぬなよ? 今月の闘券、お前に賭けてるんだからな?」
環はその言葉に手をヒラヒラと振って答えるだけだった。
防衛ラインの構築を放棄した戦闘班と、残留していた整備班の面々は直ぐ様移動を開始した。
静かになったその場所で、環は背中にマウントしている試作装備へと複数のケーブルを繋ぎ始める。
その作業を終えると、68式改を担ぎ見通しの良い場所へ移動した。
地下駐車場から整備場へと繋がるゲートをキルゾーンに設定。
意識を集中させると、彼の周囲にある陣地から複数のモーター音が鳴り響いた。
試作装備の稼働状況は上々な様だ。
(団長さんがこんな短時間で逃げる事を選ぶってよ……明日は天井から機械油でも降るんじゃねぇか? 畜生……面倒くせぇ相手なんだろうなぁ……)
環は戦うべき相手の到着を静かに待つ。
そして数十秒後。
キルゾーンに侵入した二つの黒い影に環の意識が運ばれた時。
彼の戦闘が開始された。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.07.06 改稿版に差し替え
第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。