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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
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5-7 激突する力

 -西暦2079年7月19日11時10分-


 整備場に入って来た所を迎撃出来る様に火砲で陣を張れと環に指示を出し、片山は地下駐車場を通過して地上へ向かうスロープを全速で移動していた。

 大きな螺旋状のスロープの中程まで進んだ所で、下層へと向かって歩いてくる集団を発見する。

 走る訳でもなく、見つかる事を恐れる様子も無い。

 集団の足取りは見た通りゆっくりとしたものだった。


 その外観をチラリと目にしただけで、これまで相対してきたEOとは一線を画する機体である、そう片山には判断出来た。

 数は九体。

 一体を除き、八体はほぼ同じ形状をしていた。


 これまで遭遇してきたEOとは違って、その機体のサイズは大柄と言う言葉で片付けられない程に肥大化している。

 透過する表面装甲はとても薄く柔らかそうで、箱型に組んだ骨格に貼り付けられている風にしか見え無い。

 その薄い外装の下に存在する物はアクチュエーターではなく、黒色の液体。

 循環液にも見えるのだが、それは流動していなかった。

 身体各部の骨にあたる部分には、片山の身体と同サイズの極太い内骨格の様な物が透けてかろうじて見える。


 従来のEOの身体を大きくみせる為にハリボテで覆った物。


 ただのEOでは無いという直感はある。

 だが片山には目の前のEOが、そんな出来の悪い着ぐるみの様な物にしか見えなかった。


 そしてたった一体いる細身のEO。

 こちらの放っている存在感もまた、異彩であるとしか言えなかった。

 サイズとしては晃一の身体と似た様な大きさと線の細さ。

 身体のラインも女性的であり、傍目には強さを感じさせない機体であった。

 逆にそれが片山の警戒を大きく誘う。


 立ち位置を見るからに恐らくは指揮個体なのだろうが、これらのEOと従来型のEOと明確に違う点があった。


 動作に緩慢さが無いのだ。


 他の八体にも言える事なのだが、動作、そしてそれに付随する関節部のレスポンスが人間のそれに非常に近いのだ。

 従来型のEOというものは、プログラムで動作している事がはっきりと判っている。

 人の脳を積んでいるとはいえ、脳自体は思考しないのだ。

 それから出される動作命令は、身体の反応速度に対して早いものとは言えない。

 故に動きの流れに片山達よりも滞りが出るのである。

 今目の前にいる機体にはその違和感が無い。


 やはり油断の出来ない相手なのだろう。


 片山の動物的な本能は目の前のEOに対し、大きな根拠は無いのだがそう警鐘を鳴らした。


(こりゃあ……押さえきれるか……? 燃料(・・)もねぇしな……一体も通さねぇってのは無理だよなぁ……)


 片山は兵装倉庫にも寄らず稚速を良しとして、取るものもとりあえず最速でこの場所に向かった。

 ライアットレプリカやローダーは勿論、粘着硬化弾すら手元には無い。

 当然ながらブラッドドラフト用の特殊燃料もである。


(マズったのは違い無いが……中に入り込まれてもやり辛かったのは確かだ。この身体だけで何とかするしかあるめぇよ)


 兵装の事はすっぱり諦めると、片山は相手の戦力を双子九体分とまず仮想した。

 間違い無く改良型のEOなのだが、従来型を隔絶する程の性能を獲得するには時間が足りないと彼は断じた。

 ならば自分達の中で一番フラットな性能を持つ双子が九人いる事を想定すれば、少なくとも過小な見積りにはならないだろうと考えたのだ。


(それにしたってあいつらが九人かよ……一人で片付けるのが無理なのは確定だ。足止めに徹してもせいぜい半分……残りは素通しするしかねぇな)


 地下駐車場には環や残留している戦闘班員達が居る。

 迎撃の準備そろそろ終わっている頃である。

 71式改で武装した車両を持つ部隊が、為す術もなく壊滅した。

 その事を考慮した武装の選択と陣地の構築してくれている、そう彼等を信じる他無い。

 片山は仕方無いとはいえ郁朗達の不在を呪いたくなったが、その苛つきを八つ当たりとして敵EOの集団へ暴言として向けた。

 彼等に意思が内包されている事を認識しないままに、である。


「くそったれが。随分な真似をしてくれるもんだな。何人殺した? そんでこれから何人殺せば気が済むんだ?」


 敵集団は怨嗟の込もった彼の言葉を聞いて足を止めた。

 従来のEOには見られなかったであろうその反応を、片山は訝しむ。

 目の前の者達がコミニュケーションの取れる存在である事を知らない以上、その感じ方はは当然と言えた。


 集団は停止したまま片山をジッと見つめている。

 三十秒程の睨み合いが続いた後。

 集団は何も起きなかったかの様に侵攻を再開した。


 動き出した相手を見て、片山は少しだけホッとする。

 あのまま睨み合っている事は彼の精神衛生上、あまりよろしく無い事だったからだ。


「動いてんじゃねぇよッ!」


 片山は当然の策として、まず指揮個体らしき機体を狙った。

 命令系統を潰すという戦争の基本を忠実になぞる辺り、戦う場における片山はやはり軍人なのだろう。


 溜めに溜めたアクチュエーターの反発力が、敵集団へと一足飛びで片山を運んで行く。

 無造作に振り上げられた右腕が、突進の勢いも乗せて真っ直ぐに振り下ろされた。


 片山の全開の膂力は、同型機と呼べる郁朗達が相手であったとしても、その身体の破損を免れない程の破壊力を持っている。

 郁朗は勿論、晃一を除いた面々で彼の手にかからなかった者はいない。


 過去に一度だけ、フルドライブ状態の郁朗とブラッドドラフト状態の片山が模擬戦闘を行った事がある。

 片山の破損は速度に翻弄された結果として、関節部への蓄積ダメージが多かったのに対し、郁朗のダメージはほとんどが一撃として大きいもの、それも殴打によって発生したものだった。

 二人の機体の惨状を見かねた結果として、倉橋から彼等へ特殊駆動状態での模擬戦は二度とやるな、とのお達しが出てしまう。


 話を戻そう。

 片山の膂力による物理的な破壊能力は尋常では無い。


 その尋常でないはずの片山の右腕の一撃が。



 指揮個体をカバーする為に片山の前に立ちはだかり、そのまま壁となった大型EOの腕にめり込んで完全に勢いを殺されていたのである。



 自分の振り下ろした一撃に手応えを全く感じなかった片山は、柔らかい何かに飲み込まれつつあった自身の腕を慌てて引き抜くと、即座にその場から離脱する。

 幸い粘着質の素材では無く、スルリと腕が外れてくれた事に彼は安堵した。

 あのまま腕を飲まれたままでいたとすれば、どうなったかは想像に難くなかったからだ。


 掌を開き、閉じる。

 何が起こったのか、そして自身が腕に受けた感覚は何だったのか。

 片山はその掌を動かす事で分析を始めた。


 肥大化したEO達の循環液に見えたそれは、衝撃吸収素材で出来たジェル状の緩衝材なのだろう。


(なるほど、12.7mm程度じゃどうにもなんねぇ訳だぜ。内骨格に見える部分が、機体の本体って事だな。しっかし……あの手応えはちっとばかしショックじゃねぇか。俺の腕力で抜けねぇってのは、色々と致命的だぞ……) 


 恐らく破砕・衝撃系の攻撃はほぼ無効化、貫通系の攻撃にしても勢いを殺され、ジェルの途中で勢いを止められるに違いないと片山は考える。

 環の68式改の25mm弾でも恐らくは有効打には成り得ないだろう。


 現時点で即応対抗策に成り得ると思えるのは、切断系の兵装……アキラのマルチプルストリングスのワイヤーソーだけであった。

 それを持つアキラも今はこのアジトには居ない。


(腕力と火力で押し切ってきたツケってやつだな……これまでどうにかそれで押し切れちまってたってのが……考えてみりゃあ、凄え事だったんだろうよ)


 この場で反省してもどうにもならない以上、手持ちの札だけで戦うしか片山に方策は無かった。


 可動の関係か、緩衝材の薄い箇所がある。

 両肩、両肘、股関節、両膝。

 そして両足首。

 機体の直接破壊を目論むのならば、この辺りを狙うしかないと片山は算段をつける。


 頭部は首周りと後頭部から側頭部にかけて保護されており、一見無防備に見える顔面を狙った所で他の箇所による防御をされる事が容易に想像出来た。


(指揮個体を狙っても邪魔は入るし、先にでっかいのを片付けねぇと戦わせても貰えねぇのは確実だ。タイマンだったら関節狙いでいくんだが……そんな悠長な事させて貰える訳もねぇしな)


 仕掛けなければ始まらないと、片山は目についた一体の足首を取りにかかる。

 狙われた相手は特に回避する訳でも無く、やっても無駄だとばかりに好き勝手にさせた。


 片山は取った足首を腋に抱えると、そのまま力任せに捻じり始める。

 その瞬間、腕の中にある物の触感が大きく変わった。


 衝撃を受け止められるだけの靭やかな感触だったはずの黒いジェルが、恐ろしく硬い手触りに変わったのだ。


「なッ!?」


 相手のEOは片足を片山に預けたまま、地面に残した足の力のみで重い身体を跳ね上げると、蹴り上げた力を利用して浮かせた自由な足で彼の頭部を刈り取りにかかった。

 足を掴まれた状態からの延髄蹴りというやつである。


 片山の本能はその行動に反応し、掴んでいたEOの脚部を離す。

 首を刈り取る鎌の様な相手の蹴りから身を守る為に、両腕でどうにか頭部のガードを形成した。


 ミシリ


 片山の両腕はその一撃を受け止めた。

 しかし、鈍い音を立てた下腕部の外装甲材は半ばひしゃげてしまっている。


「グッ……」


 その勢いは片山の装甲材にダメージを与えただけでなく、彼の身体そのものをその場から大きくずらした。

 距離にして三メートル程だろうか。

 片山は自身の質量がこれほど簡単に移動させられた事に苛立ち、彼の心情は舌を打つ。


 それだけではない。

 苛立ちを覚えたのは相手の身体に充填されている緩衝素材に対してもだ。

 片山の打撃を受け止めた時とは間違い無くその硬さが違う。

 恐らくは通電か神経回路からの命令で硬度が変わるのだろう。

 硬軟自在、攻撃にも防御にも使える自由度は脅威であった。

 

「とんでもねぇバケモンだな……それにしたって……」


 思わず声に出してしまったのだが、現状に対する違和感がそうさせたのだろう。

 片山と相対している一体を除いて、他の機体は一向に手を出してこない。

 戦っている二人を見物するかの様に、緩やかに取り囲みつつあるのだけなのだ。


「中学生が体育館裏で下級生をリンチしてんじゃねぇんだ……」


 取り囲んでいるEO達からは、明らかに悪意のある視線を向けられていると片山は感じた。

 睨みつける類の視線ではなく、小馬鹿にした様な……格下を見下ろしている視線をだ。

 自分達の圧倒的優位の元、相手を蔑む色を感じたのだ。


「ナメてんじゃねぇぞッ!」


 かろうじて上回っている機動性に望みをかけ、片山は怒声を発しながら相手の背に回る。

 そんな彼を目掛けて、相対している敵性EOの左腕が裏拳として音を立てて向かって来た。

 片山は手刀を作るとそれを刀の刃に見立てて、相手の力ごとその腕を受け流す。


 ギャリリッ


 硬質な物体同士がせめぎ合う音がその場に響いた。

 いくら衝撃を吸収出来る素材で構成されているとはいえ、打撃を与えようとする際にそのままでは十全に力を伝達する事は出来無い。

 となればジェルの硬度を上げてくるのは確実と考え、受け流す事を選択したのだ。


 流される事で振り回した力の行き場を失った敵EOは、殴った時の勢いのまま片山へと無防備な半身を晒す。

 その隙を見流す片山では無い。

 彼は目の前に素通りしそうになる敵の右腕を無造作に掴むと、慣性に任せそのまま背負い投げた。

 それも背中から地面に落とす受け身の取れる背負いではなく、頭頂部から突き刺す様に投げたのだ。


 敵EOはコンクリートで舗装されたスロープに、投げられた勢いと自重で頭部をめりこませる。

 片山は突き刺さった首を支柱に自立しているEOの腕を踏みつけ、機体そのものを捻ってそのまま首を刈りにかかった。

 だが落ちる際に首を保護していた緩衝素材を硬化させたのだろう。

 首を捻じり切る事は出来無かった。


「畜生めッ!」


 片山は悪態をつくと、地面に突き刺さったままのEOの背中に蹴りを浴びせ、再び距離を取った。

 戦っていた両者が動きを止めた事で、その場には静寂に訪れる。


 取り囲む様にしてその戦いを見ていた他の敵性EO達は、未だに沈黙を守っている。

 元々手を出すつもりも無いのだろうが、ある機体は今の攻防を見て何やら頷いている様なのだ。

 どうも片山の戦い方を見て感心している節がある。


 実際、彼等は片山の対応力を見て驚いていた。

 機体自体の性能はともかく、装備の面で明らかに差があったはずだ。


 一手ごとに手の内を剥かれていく。


 陳腐な表現ではあるが、彼等の内の数名はそう感じていた。

 戦う人間としての片山淳也という男の何が恐ろしいのか。

 膂力に溢れる身体スペック、格闘を中心とした戦闘の為の技術、折れない闘争本能。

 様々な要因はあるだろう。

 だが何より恐ろしいのは脅威を目の前にした時の判断力、分析力。

 そしてその二つにより得た対策を実現化する対応力だろう。


「経験則というのはやはり恐ろしいものだな……まさかこんな形で地面に突き立てられるとは思いもしなかったぞ……」


 地面に刺さっていた頭を抜き、身体の調子を確かめる様に首をゴキリと動かしながらそのEOはそう喋った(・・・)


「…………なるほどねぇ……そういう事かよ」


 驚きで僅かに身体を揺らしたものの、片山は何もかもに合点がいったという心象をそのまま吐露した。


「ほう、驚きもしないか……俺達が喋るという意味は解かっているという事か」


「いや……十分に驚いているとも。ただ何となくそんな気もしてたんだ。テメェらの動きは自然過ぎる。ただのEOじゃねぇってのは判ってたさ」


「そうか」


 片山の返事にその個体も満足したのか、短い言葉を返しただけだった。


「で、お前らは意思があるにも関わらずだ。人を殺して回ってるって事でいいのか?」


 片山の言葉は遮られる事無く、その場に響いた。

 だが返答として戻ってきたものは、指揮個体を除く敵性EO達の嘲る様な大きい笑い声だった。



 その対応で自分達とは相容れない存在なのだ、そう片山は静かに悟る。

 だがここまで手に掛けられた戦闘班員達の事を考えれば、その悟りは別の感情のベクトルへと変わる。

 そう……彼の握った拳は今、強い怒りで震えていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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