5-4 開かれる戦端
-西暦2079年7月19日05時25分-
Nブロック南東とWブロック北西。
両ブロックの境界線に設定された防衛ラインの朝は早い。
二個連隊の人員で二勤一休。
その交代時間が午前六時となっているからだ。
各連隊ごとの担当区域の境界に近い場所には、特に練度の高い部隊が割り当てられている。
状況によっては、すぐ隣に置かれている他連隊と中隊や小隊とやり取りをし、連携しなければならない可能性もある事が大きいのだろう。
現在交代作業に追われている第四連隊のとある大隊も、そういう性質の部隊であるからして、人員の士気は総じて高い。
だが一晩を越える夜間警戒を間も無く終えて、ようやく交代出来るという状況のせいか、今朝の彼等は僅かにだが弛緩していた。
「反応は無いか?」
「動体と熱源、どっちのセンサーにも反応はありませんね……隊長、こんなんであのEOってやつの動向が本当に判るんですか?」
「対策が立てられて無ければ……な。身体が大きくて動きが緩慢な分、人間よりも簡単に動体センサーに引っ掛かるそうだ。それと熱源についても連中は、人体よりも機体内部の温度が高いらしい。俺達がうなされるレベルの温度を感知出来る様に設定しておけば、監視の第一段階としては問題無いとの事だ」
「じゃあもしもですよ? 高熱の兵員がここに集団で突撃でもしてきたらどうするんです?」
「……そもそもフラフラな人間なんざ、取り押さえるのに苦労なんかしないだろうが。馬鹿な事言ってないでちゃんと警戒してろ」
「ウッス。スンマセン」
そんな愚にもつかない平和なやりとりをしている彼等の心境を写す様に、センサーにも反応が無いまま時間は少しづづ経過していく。
今日も何の反応も無く勤務が終わる。
そう彼等が思った頃に事態は動き出した。
「第二十八番センサー群に感あり! EOと思われる集団が通過しようとしています!」
複数箇所に設けられたセンサー群の一つに反応があった事で、弛緩しつつあった現場は騒然としだす。
「来たぞッ! 警戒レベルを3から4に移行! 装填急げッ!」
各員、各車両へ何時でも発砲が可能な状態へ移行する様、各部隊長から命令が下された。
交代として到着しつつあった部隊も、彼等の後方で応戦の為の体制を整え始めている。
「支援機の準備! あちらさんから回してもらった新型機とアレ、試してみるぞ!」
学生拉致事件の時に試験運用された支援機。
それが東明重工の協力によって、幾つかあった問題点を改修される事となった。
そしてこの内戦の手札の一つとして、第二師団内で正式に稼働する運びとなったのである。
従来型よりも小型だが翼数が多く、より高速になった上、僅かではあるがペイロードの積載量も増加している。
一個中隊に一機が配備されており、腹部のペイロードに様々な装備を積み込む事でその役割を変える事が出来る。
運用の構想は79式歩兵戦闘車両と近いものがあるそうだ。
その中の一種を積んで、一個大隊分の支援機四機が駐機エリアから離陸を開始した。
明け方の薄暗い中で僅かに灯る都市照明の光を受け、ローターを唸らせながら飛び上がって行く。
現時点での陣地構成において、警戒しなければならないエリアと部隊規模の整合性が取れていない事は、師団トップ達の間でも早々から問題として取り上げられていた。
警戒に従事しているのはEOと違い人間なのだ。
生身の肉体を持つ者として、彼等は何れかのタイミングで摩耗した神経と疲弊した身体を休めなければならない。
仮に自立性の高いオートンによる警戒を合わせたとしても、結局は人の手でそれを確認して判断を行うのだ。
現在の警戒体制は足りない人員と疲労の兼ね合いを、その限界まで摺り合わせを行った末の結果だと言える。
大量のセンサー類を境界10km圏内に設置、敵性反応があれば支援機を飛ばす。
そして間も無く支援機から散布される物こそが、現状の足りない情報網の範囲をリカバーする為の切り札であった。
「支援機、間も無く現着します。支援機一号機、所定の位置へ。モニタリングを開始して下さい。二号、三号、四号の各機は設定されている散布位置へ」
大隊の情報統括オペレーターからの指示が、各中隊の支援機オペレート担当者へと届く。
効果範囲が広いとはいえ、下手な位置に散布すれば無意味な物になってしまう。
担当者達は慎重に操作を開始する。
「急げよ! うちの手に入れた情報は全部隊に共有されるんだからな! チンタラやってるのがバレると後で小松のオヤジに説教されっぞ!」
大隊長である人物の恐れる通り、第四連隊連隊長である小松という人物もまた、植木や高野の例に漏れないだけの人物であった。
普段はそこいらにいるくたびれたサラリーマン程の覇気しか無い様に見えるのだが、訓練や有事になると苛烈な性格が顔を覗かせるのだ。
その説教の質と内容もお察し通りであり、普段が大人しい分だけ反動が大きいと部隊員達は心得ている。
「各機所定位置へ配置、散布開始します」
支援機の機体下部ペイロードに設置されたコンテナから、筒状の物がほうぼうへ撃ち出される。
パラシュートにより落下速度を抑えられたその筒は、圧搾空気で極小の何かを撃ち出し続けると、そのままゆっくりと地面へと向かって行った。
最後にはゴトリという音を立て地面に転がると、何かに焼かれた様に白い煙を上げてその役目を終える。
「散布完了。データ収集、モニタリングを開始します。散布終了した支援機は対地支援攻撃装備へ換装しますので帰投を」
モニタリング用の一機を残して、作業を終えた支援機が大隊本部へ帰投して行く。
散布された極小の物体は、倉橋謹製の散布型マルチプロープであった。
一辺10mmの直方体のそれは、これまで彼の培ってきた情報収集機器技術の集大成と呼んでいい物である。
マイクロCCDカメラによる映像情報取得と3Dスキャニング、動体・熱源センサーは勿論の事、音響センサーまで備えている。
これを大量にバラ撒く事で、大葉のレーダーとは違った形式で、戦場の全景を逐一把握する事が可能となった。
当然ではあるが万能な物では無く、欠点もある。
一つは稼働時間の問題。
サイズ的に大容量のバッテリーを積む事は不可能であり、筒型のディスペンサーから放出された時点で放電を開始、数時間でその機能を停止。
機能停止後は機密保持の為、内部の隙間を埋めている緩衝剤を兼ねた燃焼剤により自壊する仕様となっている。
そして耐久性。
超小型である代わりに耐久性は皆無と言って良かった。
空中から散布され落下する程度での衝撃では破損する事は無いが、強く踏まれると機能を損なう程度には脆い物なのだ。
最後にコスト。
これだけの高性能な情報収集装置を超小型化して一つにまとめる。
その時点で常識外のコストがかかる事は当然と言えた。
更に言えばこのプロープは使い捨てを前提とされている。
その事も運用時のコストの高騰に拍車をかけているのだ。
これらの欠点を考慮すると投入条件は限られ、有事以外の常時展開などもっての外であると、隊費を預かる係官から各隊長陣は口酸っぱく言われ続けていたのである。
「敵影確認。モニターに出します」
情報統括オペレーターの操作により、大隊本部に設置されたモニター群に情報が次々と表示され始めた。
かつて郁朗達も見た、黒い甲殻による行進の状況が映し出される。
「これが……」
「なんて数だ……」
誰かの出した声はモニターを見ていた人間全員の心境そのものだったのだろう。
隙間無く並び境界線へと侵攻を続けるEOの集団の映像は、彼等にも壮観に見えるものであった。
だが数瞬もすればこの一団が自身達を襲う脅威である事を思い出し、大隊長の怒声によって彼等は行動を再開する。
「ボーっとするな! 連隊本部に連絡! オペレーターは各車両へのデータ連動を急げ! 許可があり次第砲撃を開始する!」
始めての実戦に向けて兵員達が準備を進める中、大隊長の耳には聞き慣れた声が届く。
「朝っぱらから大事だねぇ。俺がジジイじゃなかったらまだ寝てたよ」
連隊本部と通信が繋がり、モニターには緊張感の無いどこかほやんとした表情の小松が映し出された。
「お疲れ様です。状況は送信しているデータの通りですが、勧告は出しますか?」
大隊長の言う勧告とは降伏、そして武装解除の勧告の事である。
戦闘行為を行う以上、ルールとして必要な物であると彼等は認識している。
「止めときなって、意味無いからさ。相手は自己判断の出来るシロモノじゃないんだし。有効射程内に入ったら即殲滅で構わないよ。お隣さん達にも要請は出しといたから。データはちゃんと送ってやってね?」
「了解しました。発砲のタイミングは我々で。こちらに来られますか?」
「うーん……やめとくわ。実は侵攻開始されてんの、そこだけじゃないからさ。他の連隊との摺り合わせで師団本部に行かなきゃならんもんだから、そっちに行くのは厳しいね。横の連絡だけ密に取ってくれたらいいから。後の判断は任せるよ。それと……」
侵攻が開始されたのはこのエリアだけで無いという事を知らされ、大隊長の心は俄に重くなったが、表情には一切出さずに小松の言葉を待った。
「元人間とはいえ今はただの機械だ。そんなもん相手にチンタラやって、みっともねぇ無様は晒すんじゃねぇぞ? 判ってんな?」
何かのスイッチが入った様に変化した小松の表情に、彼と大きな接点の無い兵員達はざわめき始める。
だが大隊長はその変貌に慣れているのか、動じる事無く命令を復唱した。
「了解しました。全力を以って敵集団を殲滅します」
「ん。それでよろしく。じゃあ俺は急ぐから」
通信が切られ、一瞬の沈黙が大隊本部を襲う。
「何をボヤッとしとるか! 何遍も同じ事を言わせるんじゃないッ! 隣接する大隊への敵位置データ転送急げ! 滑腔砲装備の歩兵戦闘車はデータ連動が完了次第、新型榴弾による射撃を開始、敵集団を殲滅する!」
大隊長の命令で兵員達は再びせわしなく動き始めた。
マルチプロープの持つメリットの一つとして、79式歩兵戦闘車両の火器管制コンピューターとの連動が可能である事が挙げられる。
大葉の生体レーダー程の即応性は無い。
支援機を通すという条件がつく為、プロープによる感知から情報の整合まで3~5秒程のタイムラグがあるのだ。
だが砲撃に必要なリアルタイム情報が、全ての部隊に提示されるというメリットは小さくはない。
プロープにより収集された位置情報を使い、V-A-L-SYSに積まれている物と同型のプロセッサが敵の移動方向を予測、理想的な着弾地点を提示してくれる。
しかも複数の車両のプロセッサを連動させる事で、密度の濃い砲撃が可能となった事も大きい。
ほとんどのプロープが砲撃の爆風で吹き飛ぶ為、散布エリアへの最有効で確実な砲撃は一度きりであると想定された。
その後の観測は生き残ったプロープと、データ収集の為に上空に残した支援機が行う事となっている。
「隣接する部隊とのデータリンク、開始されました。転送状況、良好です」
「隣接大隊にはこちらの発砲後、着弾地点周辺への砲撃を要請しろ。発砲タイミングはこちらの着弾から三秒。大掃除にかかるぞッ!」
歩兵戦闘車両に乗せられた滑腔砲の回転砲塔が、次々と音立てて回り出す。
送られてきたデータを基に、自動で射撃する方角に固定し仰角の調整を行っている。
「六番車両、データの補正が効いていません。マニュアルモードからオートへの切り替えを急いで下さい」
「何をやっとるか! 攻撃終了後出頭しろ!」
便宜上そう怒鳴ったものの、大隊長は現状をやむ無しと見ている。
これまでの手動での火器運用に慣れきっている上に、これまで極東で運用された実績の無い回転砲塔をいきなり使えと言われるのだ。
慣熟の為の時間もそう多く無い以上、この程度のミスは起きるものだと織り込んでもいる。
叱責を受けた車両の照準システムが切り替わったのか、他の車両に遅れて砲塔がせわしなく動き始めた。
「隣接する大隊の全車両とのリンク完了しました。着弾予想地点への発砲まで二十秒」
「各車、砲撃後次弾装填して待機。間も無くカウントに入る」
「十五……」
オペレーターの声が各車両の通信モニターから響く。
「十……」
隣接する部隊の車両内にもその声は響き、乗員は自分達の発砲タイミングに気を配っている。
「五……四……三……二…………テッ!」
車両の群れからゴウという音と共に、88mmセラミクス榴弾が撃ち出された。
近隣大隊の為に観測しているオペレーターから、着弾の確認と周辺部隊へのカウントが続けられる。
「…………着弾……今っ! 二…………テッ!」
発砲音は聞こえないものの、周辺の車両からも発砲があった様だ。
「着弾……今っ!」
プロープの集めたデータで構成されていたマップに穴が開き始める。
着弾地点周辺のプロープは勿論、その周辺にあった物も当初の予定通り吹き飛んだ様だ。
「支援機ッ! 観測急げッ! 帰投した支援機の換装作業はまだかッ!」
「換装、間も無く終わります!」
「支援機一番機から着弾エリアの観測データ来ました……動体センサー……反応ナシ。熱源センサー……反応ナシ。殲滅完了です」
大隊本部内に意気の上がる歓声が漏れ始めていた。
「無様を晒すなと言われた事をもう忘れたのかッ! ただの第一陣かも知れんのだッ! 気を抜いていい場面じゃないぞッ!」
大隊長は大きな空白地帯の目立つマップデータを睨みつけると、部下に新たな命令を出す。
「各中隊から一個小隊を現地へ偵察に出せ。プロープは放置で構わん。常設してあるセンサー類のチェックを最優先。対地攻撃支援装備に換装した支援機を随伴させろ。万が一生き残りのEOがいたら頭部への集中射撃で止めを刺せ。あんな姿のままってのは忍びないからな。せめて俺達で供養してやらんといかん」
本部から各中隊へ伝令が送られ、偵察小隊と支援機が派遣された。
「……今回の砲撃で取れたデータは東明にフィードバックしておきます」
「そうしてくれ。新型プロープの初めての実戦データだ。あちらさんも色々と蓄積する為には必要な物だろう。次の機会があれば支援機からの観測データのみでの射撃をやってみる…………余裕があれば、の話だがな」
「……そうですね。事前に聞いている話だと……この侵攻の程度の戦力は、捨て駒の可能性が高いって話ですしね……」
「うむ……だが捨て駒クラスの相手ならば、撃退どころかどうにか殲滅出来ているんだ。慎重にならなければならんが、必要以上に怯える事も無い……そう思いたいもんだな」
「全くで――! 二ブロック隣の大隊から支援要請! データリンク開始します!」
「各車聞いたな!? 砲塔回せッ!」
とうに交代時刻は過ぎ去っていたのだが、彼等の戦闘はしばらく終了する事は無かった。
早朝にいきなり始まった侵攻により開かれた戦端。
その内容は侵攻とは名ばかり散発的なもので、第二師団側の死傷者は今の所出ていない。
波状攻撃と呼べる規模でも無い、戦力の逐次投入という愚策を何故機構側が始めたのか?
その真意に気づいている者は、現時点では一人もいなかった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.07.06 改稿版に差し替え
第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。