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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
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5-2 コミュニケーション

 -西暦2079年7月18日18時35分-


「よし、コーちゃん。整備終わったから、起きても構わないよ」


 無事にオートン見学を終えた晃一は郁朗に連れられ、彼と共に整備班の元で日課のメンテナンスを受けていた。


「ありがとう、山中さん。でも、もう終わったの? さっき始めたばかりなのに」


「コーちゃんはイクローちゃん達みたいに身体を酷使してないかんね。関節周りの負荷チェックをするだけで十分なんよ。戦闘訓練にでも参加するってんなら別だけどさ」


「そうなんだぁ。イクロー先生達の訓練ってそんなに凄いの? 景ちゃんと勝ちゃんが地面に突き刺さってたのは見ちゃったけど」


「そうだなぁ……確かに人間離れしてる訓練内容だとは思うんよ。でも、まぁ……EOの身体だからね、ウチらが居れば問題無い程度なんよ。頭が吹き飛ばない限りは治せるからねぇ」


「やっぱりここって凄い人が一杯いるんだね。千豊先生もそうだし。こういうのなんていうんだっけ? ……ぷろ……ぷろへっしょ」


「プロフェッショナル?」


「それそれ! 千豊先生もそうだし、整備班の人達なんてみんなそうなんじゃないかなって思うんだ。まだ会った事無いけどハンチョーさんだっけ? 凄い職人さんなんだよね? 僕のお祖父ちゃんも萩原のお爺ちゃんもそう言ってたよ?」


「そりゃあね、千豊さんが専門の人間を集めまくった結果だから。俺らはともかくとして、ハンチョーはやっぱり凄いよ。コーちゃんは水名神は見た事あったんだっけ?」


「うん。千豊先生にお願いして動画だけだけど見せて貰ったよ! 凄いよね、あんな大きい潜水艦がほんとに浮くんだもん。カドクラの高速艇のモデルなら作った事あるけど、船の構造? っていうのが全然違うんだよね?」


「……やっぱりコーちゃんは門倉さんのお孫さんなんだなぁ」


 山中は機械的な物にやけに興味を示す晃一を見て、心からそう思った。

 その言葉の意味を図りかねたのか、彼は首を傾げている。


「門倉さんも突き詰めれば技術屋さんだからね。ハンチョーと水名神の話をしてる時は本当に楽しそうだったもん」


「お祖父ちゃんが?」


「うん。楽しそうにしてる所なんかコーちゃんにそっくりだったよ。新しい機械に目が無いっていうかね」


「そっかぁ……お祖父ちゃん、僕にはあんまりそういう話をしてくれなかったなぁ」


「コーちゃんは門倉さんみたいになりたいん?」


「うん。お父さんが死んじゃってお祖父ちゃんしょんぼりしてるんだもん。僕がお祖父ちゃんの跡を継ぐって決めてるんだ」


「そっかそっか。じゃあ勉強も頑張んないとね」


「お祖父ちゃんの行ってた大学で勉強出来ればいいなって思ってるんだけど……やっぱり難しいのかな?」


「うーん……入るだけなら頑張って勉強したら入れると思うよ。コーちゃん賢いし」


「そうなの?」


「そうなったらコーちゃん、俺の後輩になるんだね。それは嬉しいかもしんない」


 うんうんと山中は頷くと小さく笑った。


「え? そうなの? 山中さん、N工大なの? そっかぁ、じゃあお祖父ちゃんの後輩なんだぁ」


「そだよー。門倉さんだけじゃなくてハンチョーの後輩にもなるんだけどね」


「そっかぁ……そっかぁ。じゃあ僕、勉強頑張るよ!」


「そうだなぁ。コーちゃんが何も気にせず大学に行ける様に、俺達大人も頑張んないといけないなぁ。俺ものんびりと研究できる環境が早く欲しいもんだよ」


「研究?」


 晃一は自分の身の回りに存在しなかった言葉に敏感な様だ。

 山中の口にした"研究"という言葉はかつて彼の居た環境からは縁遠い物であり、好奇心を刺激するには十分だった。


「そうなんよ。ここに来る前に中途になってた研究があるんよね。事故でオシャカになっちゃったけど、細々とは続けてたんよ。そのお蔭でイクローちゃん達を守る装備も作れたんだけど……本当はこういう使い方する様な研究じゃなかったんよね」


「……何の研究してたのか聞いてもいい?」


 それを聞く事は山中の過去を穿り返して聞く事だと判っているのだろう。

 晃一は恐る恐るといった感じで彼にそう聞いた。


「別に隠す事でも無いからいいよ。超電導ってコーちゃん判る?」


「んーと……リニアレールを動かしてるやつだよね?」


「そうそう。今のリニアのシステムだと冷却が大変なんよ。基本的に超電導は低温じゃないと成立しないっていうのが難点ってやつでさ。そんで、俺は室温超電導素材の研究してたんよ」


 晃一はうんうんと頷きながら話を聞いていたが、ここまでの話に何か引っ掛かりを覚えたのか会話を思い返す。

 そしてある事に気づくと、首を傾げてうんうん唸っている。


「どしたん? コーちゃん?」


「うん……と……あのね、待って待って山中さん。さっき言ったよね? こういう使い方はしないって」


「言ったね」


「て事は、もう常温で超電導を起こせる素材はあるって事?」


「うん、あるよ。維持時間は短いけどね」


 あっさりと言ってのける山中を、晃一は呆然として見つめた。


「あ、あるんだ……それって凄い事じゃないの? お祖父ちゃんに話したら……たぶんひっくり返ると思うんだけど……」


「門倉さんならもう知ってるよ? ああー……そう言えばこの話をした時、さっきのコーちゃんみたいにえらく無口にはなってたねぇ」


「…………」


「また黙っちゃって……コーちゃん大丈夫なん?」


「す……」


「す?」


「凄いよ! 山中さん、凄いよ! なんでそんな凄い事を世間話みたいに言えちゃうの? 山中さんてひょっとして……天才って……やつなの?」


 今度は山中がその一言に首を傾げうーんと唸っている。


「山中さん?」


「うーん……褒めてくれるのは嬉しいんだけど、天才なんてもんじゃないと思うんよね。作りたい物を作ってるだけであってさ。本当の天才ってのはハンチョーや唐沢さんみたいな人の事を言うんだと思うんよ」


 山中は言葉通りに褒められた事自体は嬉しそうであるものの、その表情はどことなく萎れていた。

 上には上が居る事を肌で知っている以上、素直に喜べないところもあるのだろう。


「そうなのかなぁ……? 確かに唐沢のおじさんは話を聞いてると、そうなのかなって思うんだけど……でも僕から見たら山中さんも同じ様なもんなんだけどなぁ」


 二人が向い合ってうーんと唸っていると、メンテナンスを終えた環とアキラがベッドから降りてきた。


「どしたぁ、コウ。兄ちゃんに遊んで貰ってたんか?」


「タマキ兄ちゃん、アキラ兄ちゃん。お疲れ様。山中さんが面白い話、一杯してくれたんだ。お兄ちゃん達は訓練大変だった?」


 環とアキラは顔を見合わせると肩を落とした。


「団長さんがやけに張り切ってたせいでよ……今月のポイントが大ピンチだぜ……」


「いや……今日は団長よりもイクローさんの方がおっかなかった……本気出したらあそこまで差があるのかと思うと嫌になってくる……」


「団長さんもイクロー先生もそんなに強いの?」


「イクローさんはまだ判るんだよな。なぁ、アキラ?」


「そうだな……イクローさんの強さには説得力がある……ここでの訓練の蓄積ってやつだろう。ただあれで武道経験が無かったってのは……信じられない……」


「元アスリートってやつなんだろうよ。たぶん狙撃なんかもやらせてみれば上手いと思うぜ?」


「そうだな……あの集中力は貰えるものなら貰いたい……」


「集中力……」


 訳知り顔な空気を晃一が醸し出し、フンフンと頷いている。


「けど団長さんのあの強さはどうにも理解出来ねぇ。EOになって馬力が上がったとかそういうもんだけじゃねぇだろ」


「いや……あれは馬力の問題だな……元々軍人で……格闘の技量が高いのはいいんだ……納得も出来る……だけど……」


「組み合ってぶっこ抜きで投げられるあれか? 掴まったら終わりってなんだよってなるよな……」


「普通、人を投げるってそういうものじゃないの? 掴まえてエイッ! って」


 晃一が背負い投げの真似をして、フラフラとしながら環達に疑問をぶつけてきた。


「上手く投げるには……力だけじゃだめなんだ……えっとな……」


 アキラは晃一になんとか解説しようとするが、上手く言葉を選べない様で環の腕を取って実演してみせる事にした。


「こう……俺がタマキを引っ張るだろう? そうすると……力は俺の背中の方向に向く訳だ。それは判るか?」


「力の矢印だね。お祖父ちゃんが勉強の時に教えてくれたよ」


「小学生に物理や高等数学教えるって……門倉さんは何を……まぁいい。じゃあこの状態で……俺の足を手前側に軽く払うとどうなる?」


「うーんと……矢印のバランスが崩れてアキラ兄ちゃんが転ぶ?」


「お……コウは賢いな……その通りだ。力任せに押したり引いたりしなくても……バランスを崩してやれば……それだけ簡単に人は投げられる」


「おおー」


「でもよ、団長さんは違うんだ。今の状態で足を払ってもよ、片足だけで踏ん張ってさ、逆にこっちをデタラメな方向に投げちまうんだぜ? 物理法則お構い無しって何だよ!」


「あの投げは本当に反則だな……本能でやってるとしか思えない……」


「メンテしてても思う時があるんよ……あの人、身体の使い方だデタラメなんよね。人体の構造的に傷むべき関節は傷んでないのに、普通の動作ならあり得ない変なとこに負荷がかかってるんよ」


「獣なんだよ……ケ・ダ・モ・ノ」


「ほほう。負けたからってケダモノ扱いとは随分じゃねぇか。負け犬の遠吠えにも程があるぞ。あと山中、デタラメってのはどういう事だ?」


 そこにはゴゴゴという書き文字が背中に見えそうな片山が仁王立ちしていた。


「だっ、だってそうじゃないスか! 大胸筋のとこのアクチュエーター断裂なんてするの団長さんぐらいッスよ! どんなムチャしたらあんな千切れ方するんスか!」


「それはお前……なんとなくブン投げたらそうなっちまうんだからしょうがねぇだろう。まるで考え無しに格闘してるみたいに言うんじゃねぇよ」


「やっぱり……感覚でやってたんッスね……通りでセオリーなんて通用しない訳だ……」


「別に本能で戦闘したって構わねぇよ? でも今日のあれは何だよ? 張り切るって言っていい次元じゃねぇよな?」


「そうッスよ! 双子なんて擱坐寸前じゃないッスか! いくら訓練でもやっていい事と悪い事があるッスよ! メンテする側の身にもなって欲しいッス!」


「そりゃあ……なぁ……」


 珍しく整備を預かる人間としての発言をした山中の言葉に、片山は反論出来ないでいた。

 実際双子は各部関節とアクチュエーターがガタガタになるまで叩きのめされている。


「原因は簡単な事だと思うんですけどねぇ……そうでしょう? 団長さん?」


 機械的にはメンテナンスは終わっているのだが、感覚的に違和感があるのか腰をトントンと叩きながら大葉がその場に現れた。


「簡単ってどういう事なの? 大葉のおじさん」


 晃一が大葉にトテトテと近寄って行くと、大葉は彼の頭を撫でながらその場にいる人間の視線に答える。


「ちょっと考えるだけでいいんだよ。この間の格闘訓練と今日の違いは何かって事をね」


「違いって言われても……」


「なぁ?」


 環と山中は答えを見出せないのが首を傾げるばかりであった。


「……コウが居るか居ないか、でいいんスかね? 大葉さん?」


「お、さすがだね、アキラ君。コーちゃんが居たから訓練に熱が入っちゃったんですよね? 団長さん、素直じゃないから」


「大葉さん、何サラッととんでもない事言ってくれちゃってるんだ? 別にコウが居ようと居まいと普通に訓練するに決まってんだろう?」


「またまた。みんなと同じ様にコーちゃんに構いたい。でも隊を率いる人間としての体裁もある。なかなかのジレンマだと思いますよ。だからせめて訓練でカッコイイ所を見せてやりたいと。なかなかの親心ですよね」


「むっ……」


 晃一以外のその場に居た人間の、ああなるほどという納得の視線に片山は居たたまれなくなった。

 そして直後に切り替わった呆れとも取れる視線に逃走を図ろうとする。


「あんまり適当な事言ってんじゃねぇよ。俺は訓練の報告があるからもう行くが、あんまり変な事をコウに吹き込むんじゃねぇぞ? 判ったな?」


「景ちゃんと勝ちゃんが酷い目にあったのって……僕のせいなの?」


 EOに涙腺があったなら、間違い無く晃一の目は潤んでいただろう。

 その様子を見た片山は答えに窮する。


「うっ……」


「あーあ。やっちまったなぁ、団長さんよォ。コウみたいなチビスケ泣かしてどうすんだよ。こりゃあ門倉さん達にも報告しねぇとなぁ」


「構いたいなら……そう言えばいいんスよ……意地を張るにも程があるッス……」


「いいぞ、タマキ、アキラ。もっと言ってやるといいんよ。偶には反省させないとこのオッサンダメだ。カメラ回すから叩きのめしてやって」


 山中はどこから取り出したのかカメラを構えると、嬉々としながら状況を記録し始める。


「コーちゃん、こっちにおいで。そっちにいると巻き込まれるから」


「えっ? う、うん……」


 晃一は大葉に誘導されるがまま、殴り合える距離まで近づいている片山達から少し離れた所へ移動した。

 一触即発の事態の現場へ、メンテナンスをようやく終えた郁朗も姿を見せる。


「まーた何か面倒臭い事になってるの? どうせ団長が原因なんでしょ?」


「イクロー先生! って……なんで判ったの? っていうか止めなくていいの?」


「いいんだよ。いつもの事だから。それより、コウはもう休眠の時間だよ。ちゃんと眠らないと身体が出来上がらないからね」


「うん……でも……」


「いいからいいから。あんまりこういう現場を子供の内から見るものじゃないしね。イクロー君、行こうか」


 大葉と郁朗に連れられて、晃一は後ろ髪を引かれる想いでその場を後にした。


「それにしても、コーちゃんはなかなかの人誑しだね。あの団長さんまでああなっちゃうなんて」


「それはまぁ……でも門倉さんも先が楽しみでしょうね。コウにはこのまま大人になって欲しいもんですよ」


「??」


 郁朗達の言葉に首を傾げながら、晃一は彼等の後をついて行くのだった。

 整備場に残された面々といえば……。




「あー、やっとメンテ終わったわ」


「ホンマ、エライ目におうたなぁ」


「みんなはどないした――景、アカン逃げろ!」


「なになに? どないした――ヒィッ!」


 最後にメンテナンスを終えた二人が不意に飛んできた資材を回避し、その場で目にしたものは……阿鼻叫喚の地獄絵図としか言えない光景である。


 作業用のクレーンに無造作にぶら下がる環。

 コの字型の鋼材で手足の自由を奪われ壁に貼り付けられているアキラ。

 そして……メンテベッドの上で正座しながらカメラを構え、白目を剥いて気を失っている山中の姿だった。


「団長さん……?」


「なんでこんな事になってるん……?」


「……双子か……そもそもお前らが弱っちいからこうなったんだぞ……? 鍛えなおしてやる」


「何言うてはるのん!」


「もう訓練終わってるやん!」


「……残業だな」


「「うそん!?」」


 こうして巻き添えを食らった双子も合わせ、環達は再びメンテナンスベッドへ直行する事となった。

 整備班員達は無駄に残業する事となり、その責任は片山は勿論、騒動を無駄に煽動した山中にも波及したのである。

 彼等のその月の給料はひどい金額になったらしい。


 そしてこの状況を懸念した組織上層部からの要請もあり、晃一本人の希望と片山の精神状態を安定させるという名目で、晃一に緩いものであるが格闘訓練が施される事となったのである。


 何だかんだ言っても皆、ただ晃一に構いたいだけであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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