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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
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5-1 戦場に来た少年

 -西暦2079年7月18日14時50分-


 ぽてぽてぽて。

 音にするならばそういう音がするのだろう。

 彼はキョロキョロしながらそんな幼い歩き方で通路をゆっくりと進む。


 自由に動ける事の有り難みを感じながら、元の身体との身長差のギャップをどうにか埋めようと歩き回っているのだ。

 時折だがそんな彼に声を掛ける者達もいる。


「コーちゃん、頑張ってるね。もうそんなに歩ける様になったんだ?」


「うん、頑張ってるもん……凄いんだね、ここって。もの凄く広いのに、全部地下に埋まってるんでしょう?」


「そうだよ。うちの整備班の調整したオートンは凄いんだから。このアジトも一ヶ月無い内に掘っちゃったんだって」


「凄いなぁ……見てみたかったなぁ」


 オペレート班に所属するその女性は、オートンの事を思い浮かべて視線を彷徨わせている彼を見て頬を染めている。


「コーちゃん、オートンとか好きなの?」


「うん、好きだよ。だってお祖父ちゃんの会社で作ってるんだもん。前は外に出られなかったから、よくオートンのプラモデルなんか作ってたんだ」


「そっかぁ。じゃあ整備班の人にお願いして動いてる所、見せて貰おっか?」


「いいの!? だったら嬉しいなぁ!」


 彼の身体は表情なぞ出せないEOのものであるはず。

 なのにその少年・門倉晃一の纏った喜びの空気が、その無機質な顔に笑顔を浮かばせる錯覚を彼女に見せた。


「困りますよ、柳原さん。コウを勝手に連れて行かれたら。これから動作訓練やるんですよ? コウも……ちゃんと時間は守らないとダメじゃないか」


 いざ行かんとした二人を男性の声が叱責と共に引き止める。


「「ごめんなさい……」」


「…………柳原さんはちゃっちゃと仕事を片付けちゃって下さい。こっちの訓練が終わったらコウをそっちに行かせますから」


「いいの!? イクロー先生!?」


「約束ですよ!? 藤代クン!?」


「訓練が全部終わってからだよ? 今日はちゃんと走れるって所までやるんだから。それと……柳原さんは今からそんなに興奮してどうするんです。あんまりだと鹿嶋さんに報告しますよ?」


「それだけは勘弁して、ね? こんなチャンス滅多に無いんだから……お願い!」


「コウ……あんまりお姉さん達にフラフラとついて行っちゃだめだよ? ついて行く時は僕が団長に一声掛ける事、いいね?」


「? よく判んないけど、イクロー先生がそう言うならそうするね」


「じゃあ演習場に行こう。早く終わらせてオートン見に行きたいだろ?」


「うん! じゃあお姉ちゃん、またあとでね!」


 晃一はブンブンと柳原に手を振ると、郁朗の後に続いた。

 彼の一言で柳原は目を潤ませその場に立ち尽くし、妄想の限りを尽くす事になる。

 だがいつまでも戻らない彼女を探しに来たオペレート班班長・鹿嶋により捕獲され、仕事を上積みされる過酷な運命が待ち構えているのであった。




「コウ! 遅ぇ! チンタラやってっと祖父さんとこに送り返すぞ!」


「うう……ごめんなさい……」


 片山にペコリと頭を下げた晃一を見て環が声を荒らげた。


「団長さんよォ! コウはまだちっこいんだぞ!? 俺らみたいにキツく言やあいいってもんじゃねぇだろうが!」


 晃一が隊に合流して一週間も経っていない。

 にも関わらず彼の面倒を甲斐甲斐しく見てるのが、何を隠そう環なのであった。

 祖母と生活していた廃棄地区近隣には環よりも年下の子供が居なかった。

 この組織においても彼が最年少という立場は変わらず、EOの身体を持ってはいるがまだ子供である晃一の出現は、環にとってそれなりにショックであった様だ。

 最初は彼をどう扱っていいのか判らず距離を置き、腫れ物を触る様な対応をしていた。

 だが好奇心旺盛で無警戒に距離を詰めてくる晃一のお蔭か、対話を始めて一時間も経たない内に二人は打ち解ける。


「タマキ兄ちゃん!」


 この一言は彼に大きな衝撃を与えた。

 環はこれまで誰かに当てにされる事はあっても、無条件で弱者に頼られる事は無かったからだ。

 図らずも庇護すべき対象を得た環は、それこそ実の弟に接する様に晃一を可愛いがった。

 その様子を見たアジト内の貴腐人達が黄色い声を上げだすのに、そう大した時間はかからなかった事も明記しておく。


「でもタマキ、時間を守れないのはいい事じゃないよ。コウがこれから生きてく上で大事な事なんだから」


「だからって頭ごなしに叱りつけりゃあいいってもんでもないだろ? コウは今まで出歩く事も出来無かったんだからよ。あんまり堅い事言ってやるんじゃねぇよ」


「はー……タマキ君、なんかちょっと印象変わったね?」


「大葉のおっちゃんもそう思う?」


「でも、ボクらには相変わらず当たりキツいのはどういう事なんやろ?」


「それは……お前らが適当に物事を進めるからだろうな……お前らが的役をサボったせいで……俺までとばっちりを食ったんだぞ?」


「「それはホンマごめんて、アキラ君」」


「アハハハ、だめだよー。景ちゃん、勝ちゃん。ちゃんとお仕事しないと」


「「コラ、コウ! お前が言うな! お前が!」」


 双子が子供の扱いが上手いのか精神年齢が同レベルだからかは判らないが、晃一は彼等の事を兄ちゃんでは無くちゃん付けで呼ぶ。

 それが侮蔑では無く好意だと判っているので、双子も特に何も言わない。

 彼等自身が孤児院で子供達にそう呼ばれて慣れている、という事も大きいのだろう。


「あのなぁ……そうやってグチャグチャ言い合いしてる暇があったらコウを走らせろ! お前ら全員甘すぎる! とっとと動ける様にしてやるのが親心ってもんだろうが!」


 確かに片山の言う事は正論であった。

 その場にいる甘すぎる保護者達には誰も何も言い返せなかったからだ。

 晃一に対して厳しくあたれない事を全員が自覚している。

 しかし、この少年がなぜか庇護欲を誘う、天然の人誑しとでも言うべき性能を生まれつき備えているのもいけないのだ。


 片山ですら油断していると甘い顔を見せてしまう為、鬼でいる事に苦労させられている。


「ごめんなさい、団長さん。僕、ちょっとでも動く事に慣れようと思って……」


「ウロチョロしてたら訓練に遅れたってか?」


「うん……」


「一人で頑張ろうとするのは構わねぇが、勝手な事をして人に迷惑かけたら意味ねぇだろうが。お前の訓練プランはちゃんと考えて作られてるんだからな。判ったらホレ、走れ走れ。ちゃんとイクローのペースに合わせながらやるんだぞ?」


「うん! イクロー先生、行こう!」


「判った。団長、じゃあ僕はコウに付き合うから」


「おう。後でこっちに合流しろ。お前が戻るまでに全員の性根を叩き直す」


「僕の分も残しといてくれなきゃ困るよ。ほどほどにね」


 そう言うと郁朗は晃一の後を追っていそいそと走り出していった。


「イクロー先生ねぇ……そう呼ばれるのも満更でもねぇんだろうな……さて、ほんじゃあ保護者諸君、準備はいいか? 今日は久しぶりに制限無しのフルコースでいくぞ」


 制限無し。

 この言葉を聞いた双子と大葉の身体が小さく震え始めた。

 EO達の格闘訓練は打撃重視や組み合い重視等、個人毎である程度やるべき事を絞って行われている。

 だが片山の気分次第で行われるこの制限無し……所謂特殊駆動以外何でもアリのフルコンタクト戦は、郁朗とアキラ以外には大いに不評だった。


「誰からでもいいぞ、とっとと来い」


 アキラは既に身体を動かす準備を始めている。

 恐らくは一番手で行くつもりなのだろう。

 だが残りの四人はその次に誰が片山に挑戦するかで揉め始めていた。


「双子、行けって。ちょっとでも団長さんを弱らせてこい。お前らに出来る仕事なんてそんなもんだからよ」


「タマキ君、それはあんまりやん……ボクらに死ね言うてる様なもんやで……」


「いや、一理ある。景、行って来い!」


「なんや勝! ボクを売るんか!」


「景……お前の犠牲は無駄にはせぇへんで……」


「アホか! ほなお前が行けや!」


「二人共……喧嘩なんかしてる場合じゃないって。見てみなよ……団長さん、本気出してるみたいだよ……?」


 大葉の一声で既に訓練を開始している片山とアキラの様子を伺う。


 ガッ! ゴッ! ガリッ! ゴッ!


 二人の打撃は互いに牽制の為に放っているにも関わらず、風を鳴らしその腕部各所が早くも擦過音を立てている。

 直撃すれば無傷では済まないレベルでの攻防が繰り広げられているのだ。


「あかん……あかんて。あんなんボロカスにやられるに決まってるやん……」


「アキラ君やからギリギリ耐えてるけど……ボクらやったら秒殺やん……」


「判った判った。しょうがないから次は私がいくよ……まだ死にたくはないからちょっとでも強くならないとね」


「大葉のおっちゃん……」


「ほんまええ人や……」


「双子よォ、大葉さんにここまで言わせていいんか? じゃあそん次は俺がいくか。どっかのヘタレな双子みたいにグチグチ言って人任せにはしたくねぇからな」


 先程の自分を棚に上げた環のその一言によって、悲しい習性とはいえ乗せられたしまった双子の感情が昂った。


「ボクらヘタレちゃうわ! 根性あるとこ見せたるっちゅうねん!」


「大葉さん、次はボクがいくわ! 骨は拾ってや!?」


 妙にテンションの上がってしまった二人は気炎を吐くと、身体を動かし始めた。


「チョロい……」


「タマキ君……」


 双子がやる気を見せ始めたと同時に、アキラが片山に無造作に投げられ地面に叩きつけられる。


「次は誰だ? 双子か? 何だったらアジャストしてもいいぞ?」


 その一言に双子はピクリと反応した。


「「ほんまにええのん!?」」


「おう。一度はそれで俺を吹き飛ばしてんだ。その方がお互いの訓練になるだろう。来い来い!」


 双子は顔を見合わせると頷き合う。

 今の彼等に表情があれば相当に悪い顔をしているのだろう。


「革命や……レボリューションやで……勝?」


「これはボクらの時代が来るかもしれんな。やるで、景!」


 双子はギガントアジャストすると片山へ猛突進していった。


「「下克上や! 団長さん、覚悟してや!」」


 力任せに繰り出した彼等の拳はあっさりと空を切り、簡単に手首を掴まれてしまう。


「「あれ?」」


「下克上か……いい響きだな。お前らがどういう風に俺を見てるか再確認出来た所で……死んでみるか?」


「「……ノーッ!!」」





「ちょっとずつだけど走るスピードが上がってるのが判るかな?」


「うん! なんでかは判んないけど、身体の方が慣れていってるっていうのは判るよ!」


「そう、それでいいんだ。後は今夜の休眠の時にでも、コウのアクチュエーターが今日の運動に合わせて最適化してくれるはずだから。明日にはもっと早く走れると思うよ」


「ほんと!? フフフ、嬉しいなぁ。イクロー先生、身体を動かすって楽しいね!」


 郁朗は晃一の頭をポンポンと撫でてやるとそれに同意した。

 過去の事故の体験から、郁朗は籠の鳥だった彼に対してシンパシーを感じていたからだ。


「そうだね。身体を動かせるって事は幸せな事なんだよな。でもコウ。元の身体に戻ったら今みたいな事はそうそう出来無いって事は忘れないでくれよ?」


「んー……なんで?」


「人の身体とEOの身体は違うって事さ」


 郁朗は晃一の目線を誘導する様に、指先を演習場へと向けた。


「あんな事になっても平気なのはEOの身体があってこそ、って事は憶えておいた方がいいよ」


 郁朗の指差す先を見た晃一は首を傾げる。

 そこには頭から地面に突き刺さり、直立している双子の姿があった。


「うん……あれを人間の身体でやっちゃダメ、っていうのは僕にも判るよ。でも、景ちゃんと勝ちゃんは大丈夫なの?」


「あの程度はいつもの事だからねぇ……そんなに心配する事の程でもないよ」


 晃一はうーん、と唸った後、


「そっか」


 と納得したのか切り替えたのかは判らないが、そう朗らかに郁朗に返事をした。


「さぁ、コウは続きだ。あと一時間、頑張って走ろう。それが終わったらオートン見学だからね」


「うん!」


 晃一は本当に楽しみなのか、昨日よりも距離の伸びた走行訓練にやる気を見せている。

 郁朗はそんな彼を見て自分の教師である部分がほんの少し高揚している事に、苦笑いの心情を見せた。


(こんな身体になって判るって事も……やっぱりあるもんなんだね)


 演習場の外周を懸命に走る晃一を見て、郁朗は教員という仕事を嫌々やっていたのでは無いという事を自覚するのであった。




「お願いです、班長。当面休暇はいりませんから……どうか今日だけは」


「駄目よ。あんな所でボーっとして仕事サボってたんだもの。班長として許す訳にはいきません」


「そこをどうにか……後生ですからどうにか……」


「柳原……あんたがあそこでよからぬ妄想をしてたってのはとっくに判ってるんだから。そんな駄目な大人にコーちゃんの引率は任せられません!」


 図星だったのか、柳原はビクリと身体を震わせる。


「堀口さんに続いての要接近注意人物がまさか身内から出るなんてね……あんたは仕事でもして反省してなさい!」


「じゃあ……じゃあ誰がコーちゃんを連れてオートン見学に行くっていうんですか! まさか班長が……」


「間崎さんにでもお願いするからいいの。ああ見えて子供好きなんだから」


「……予行演習でもするつもりですか……?」


 今度はその声に鹿嶋がビクリと身体を震わせた。


「なっなっなっ何がよっよっよっ夜行演習? そっそんな単語聞いた事も無いわね」


「あらあら慌てて可愛いですねぇ……誰が夜の演習だなんて言いました? あー……思い当たる事があるんですかぁ、そうですかぁ」


 思わぬ柳原からの反撃に鹿嶋は言葉を失う。


「そっそんなんじゃないんだから! あれは戦闘班との連携の件で――」


「連携の件を話し合うだけで何時間もかかるんですかぁ。鹿嶋班長は仕事熱心ですなぁ」


 湯気でも吹き出しそうな程顔を真っ赤にした鹿嶋は、策士・柳原の要求を飲むしかなかった。

 別件ではあるが、この一件を周りで耳聡く聞いていたオペレート班の人員が、後に間崎を拘束して一騒動起こす事となる。


 かくして晃一のエスコート権を獲得した柳原であったが、晃一を真摯に愛でる方々の妨害により、結局その権利を行使する事は無かったという顛末であった。

 その夜、オペレート室にはさめざめと泣きながら仕事を片付ける一人の女性の姿があったそうだ。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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