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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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幕間 早村社《そうむら やしろ》

 -西暦2079年7月13日01時40分-


 舞台は整いました。

 議会場を汚していたゴミ共の掃除も粗方終わった様です。


 礼二様の気紛れにも困ったものですが、従う者としては仕方ありません。

 あの人は昔からそうでした。

 まだ私達が幼い頃、初めて顔を合わせたあの日から何も変わりません。


 父に連れられNブロックの林野部に作られた、甲斐の別宅を訪問した時。

 見るからに利かん坊と判るあの人は開口一番、


「お前が社か。遊んでやるからこっちに来い」


 二つ年上の私にそう言った礼二様は、彼の兄やその友人達の輪に私を引きずり込むと、まだ幼い……それも三男という立場ながらその場を掌握し始めました。

 大器の片鱗とでも呼べばよいのでしょうか。


 礼二様の兄にあたる方々は覇気が薄く、とても次代の機構を担える人材では無いと断じる良い機会だったと思います。

 甲斐の家には甲斐の家の、そして早村の家には早村の家の役目があるのですが……遊びの場からも窺える人を率いる力……あの方々にそういうものが足りていないは明らかでした。


 私自身、当時は次代の機構になど全く興味を持ってなかったのですが、礼二様がどの様に組織を己の物にしていくのか、それについてだけは先が楽しみに思えたものです。


 我々が思春期を終えた頃、礼二様は動き始めます。

 機構を支えるいくつかの一族の若い世代の人間達を、あらゆる手段で手元に引き寄せ始めました。


 ある者には物的優位を、ある者には色欲を満たす約束を。

 使えると思った者には信頼を。


 様々な欲望を彼等の手元に届ける事で己の地盤を固め、統制長への地位に一番近い存在である事を周囲に知らしめたのです。


 甲斐の家の方々の反応は様々でした。

 先代の統制長は息子達の動向を静観し、奥様はただ子供達の無事を祈るだけ。

 先々代にあたる方はあくまで長子の後継を望んでいましたが、当時の現役世代がそれを黙らせました。


 私達が大学に入り成人を迎え、次代の統制長は礼二様で決まりだろうという声が誰の耳にも届き始めた頃に事件は起こります。

 甲斐の長子である方が、害意を以って礼二様と対峙なさいました。

 彼が私達の殺害を依頼した暗部は、甲斐の家に繋がりの無かった三流と言ってもいい組織でした。

 愚者は愚者なりに、独自に力を持とうとしていたのでしょう。


 後先を考え無い、三流らしい無差別な銃の乱射。

 大学にある送迎車用の待機場所が血に染まり、嵐が去った後に礼二様と私以外に動く者はおりませんでした。

 この事件で我々の友人が巻き込まれ亡くなっています。

 友人と呼ぶには些か歪な関係性でしたが、将来の機構を支える一人として認識し付き合いをしておられました。

 彼が亡くなった事で、礼二様に大きな変化はありませんでした。

 ただ……表立って敵対する意思を示した兄を相手にする事を、口元を大きく歪ませながら喜んでいた事だけは確かです。


 友人が亡くなったこの件について、感情を見せられたのは後にも先にもその時だけ。

 礼二様は闘いの主導権を握る措置を、袖についた埃を払うかの様に淡々と進められました。

 甲斐の継嗣だけが持ちうるコネクション、機構の暗部を担っていた組織を動かします。


 思えばこの頃から礼二様の現在の思想は顕在化したと記憶しています。

 最初に標的とされたのは礼二様の兄、長子の方ではなく次兄の方でした。

 機構統制長としての座を争う意思の無い次兄を、誰よりも先に排除なさったのです。


「闘う意思の無い者にこの場に居て貰っても我々が困る。どうしても生きていたいのならば名を変えろ」


 兄を相手に傲慢とも不遜とも取れる態度を貫かれました。

 身を案じた奥様により、次兄は継嗣の居ない奥様の実家へ養子として入られました。

 あれは礼二様なりの身内への愛情なのだと周囲の人間は囁きます。

 近くに居た私が断言しましょう。

 あれはただの礼二様の気紛れでしかありません。


 ただ殺す価値も無かったと、本当につまらなさそうに呟かれた事を私は憶えています。

 礼二様は常に闘争を求めておられました。

 それは今も何一つ変わっておりません。

 闘いにすらならない相手を歯牙にかけないのは当然と言ってよいでしょう。


 次に対象になったは自らの祖父、先々代の統制長でした。

 彼は礼二様の台頭を認めず、屋敷に呼び出して叱責したのです。

 身を弁えろという祖父に対して礼二様は、


「過去の遺物は黙って飾られていろ。曲がりなりにも貴様は機構の統制長を務めた人間だからな。置物になっている間は目を瞑ってやる。そうで無いなら命を懸けて俺に抗ってみろ」


 そういうと出された紅茶のカップを祖父目掛けて投げつけたのです。

 激昂した先々代はその場で礼二様の処分を命じましたが、彼の命令を聞く者は既に存在しませんでした。

 逆に先々代は監視付の生活を強要された後、心不全(・・・)で亡くなりました。


 先々代という後ろ盾を失った長子は最後の賭けに出ます。

 彼は繋がりのある軍の高官に事後の餌を撒き、礼二様への襲撃を要請しました。

 視察に行った緑化地区で武装した車両に囲まれた時には、さすがに私も生きた心地がしませんでしたが……礼二様は笑っておられました。


 同行した人間のほとんどが犠牲となった事で、我々はどうにか生き延びる事が出来ました。

 ギリギリの綱を渡った分だけに、長子に対する礼二様の報復は苛烈なものとなりました。


 兄とその家族が礼二様の生存を知って逃亡した先に、同じ規模の戦闘車両で自ら乗りつけてみせ、その手で銃爪を引き滞在していた別宅ごと粉々にしたのです。

 勿論遺体はまともな形で残らず、政府へのテロの犠牲という名目で死亡が発表されました。

 この件で先代の奥様は心を病み、礼二様に鬼子という言葉を残して数年後にお隠れになりました。


 そして長子に言われるがままに行動を起こした軍人達とその家族が次の標的となり、彼等は残らず拘束されました。

 軍人達とその妻や両親は投獄の後に、高線量の紫外線の耐性テストに素材として使われ消費(・・)されていったと報告を受けました。

 子供達は記憶を洗われ(・・・)我々の用意した"家"で再教育を施された後、現在も我々の忠実な駒として存在を許されています。


 先代が次代への世代交代を口にしたのも丁度この頃です。

 礼二様に統制長の椅子を譲られる時に、先代は礼二様に尋ねられました。

 お前はこの機構を手にしてこの地下都市で何をしたいのだ、と。

 礼二様はつまらなそうな顔をしてこう答えました。


「この地下都市を俺の代で終わらせる。俺はここの天井がどうしても好きになれん」


 先代はそうか、とだけを言うと翌日には統制長の椅子を礼二様へ譲られました。




 あれからおよそ二十五年。

 その期間、我々は政治の裏で舞台を構築し地表へ打って出る準備を進めました。

 私は礼二様がどこまで辿り着けるかを見届ける為、自分の持つリソースを注ぎ込み続ける事となります。

 早村の家の役割は確かに大事ではありましたが、それを放棄してでも私は礼二様に付き従い続ける事を選択したのです。


 地表への帰還の準備は困難を極めました。

 ですが葉緑体駆動システムの実現化が分け目となったのでしょう。

 あの時から我々の計画は飛躍的に進んだのです。


 政府を操り、軍を掌握し、経済を牛耳る。

 反抗勢力も計画始動の時点では小さい物でした。

 今思えば……あの女性は事を起こす前に存在が露出しない様、その辺りを上手くコントロールしていたのでしょうね。


 坂之上千豊。

 彼女は素晴らしい。

 完全に我々の制御下にあった極東を、これほどまでに揺るがす存在が現れるとは想定していませんでしたから。


 彼女が活動を始めた当初、その牙は生まれたての子猫の様に細く脆い物だったと思います。

 彼女達の転機も葉緑体駆動システムの情報入手からだったのでしょう。

 かの戦力が表舞台に現われた時には心底驚かされました。

 彼女の牙は肉を裂く……太く鋭いそれに変わっていたのですから。


 同じシステムをベースにしながら、全く別の進化を遂げようとしているEO。

 それを上手く隠しここまで育てあげた手腕は礼二様も認めておられます。

 あの日、言葉には出さずとも明確に欲しいという目をされましたから。


 ですが、彼女の躍進もこれまででしょう。

 我々とて遊んでいる訳では無いのです。


 技研の塵共には何の期待もしていませんでした。

 こちらの想定通りの結果しか出さなかった訳ですから。

 結局、EOの改良案は機構の技術部の設計基が選択されました。

 たった一機だけ作られたこの新型機が投入されれば……恐らくこの内戦は即座に終了するでしょう。

 私の独断で設計基に無い装備を搭載した事で、あの機体は現時点で最強の兵力を名乗ってもいい存在になりました。

 あの機体は間違い無く単機で戦局を変えうる存在です。


 ですが、この様な勝ち方は礼二様が好まれない事も存じています。

 投入機会は一度あれば良いくらいでしょう。

 



 物思いにふけっていた私を現実に引き戻す音が耳に入ります。

 どうやら来客の様です。


「お忙しい所申し訳ありません。第一師団(・・・・)の今後について具申したく参りました」


 極東陸軍第一師団師団長、藤山(ふじやま)(かおる)

 政治を志しながら戦場を求めた稀有な男でしょう。


「それはそれは。統制長をお呼びしますか? それともこの場で済ませますか?」


「この場で構いません。統制長閣下の手を煩わせる程の事でもありませんので」


 礼二様と私はこの男を好ましく思っています。

 自分の闘争の為ならば、万単位の人間ですら平然と切り捨てる事が出来るのですから。

 彼の指揮下にいた兵員のほとんどは、間も無く転化を終えるでしょう。

 上の命ずるまま思考を止めていた彼等には似合いの結末だと言えます。


「では決済してしまいます。具申の内容は問いません。思う通りに為さるといいでしょう。我々の理念から外れない限り、無条件で支援しますので」


「は、助かります。では新型機をお借りします。蹂躙戦を仕掛ける訳ではありませんのでご安心を」


「いいでしょう。やり過ぎない様にだけお願いします。統制長の怒りを買いたくは無いでしょう?」


「心得ております。今回は挨拶程度のつもりですので」


「結構です」


 藤山が笑みを浮かべ退室するのを見届けた後、礼二様へ報告する為に統制長執務室へ向かいます。

 ノックの後に執務室の扉を開けると、礼二様は窓から見える物を睨みつけておられました。


「……ようやくあの天井を落とす事が出来るか。何年かかった?」


「二十五年程でしょうか」


「妥当な所なのだろうな。一国家とも言えるこの都市を沈めると考えたならば」


「そう考えるべきでしょうね」


「今の極東はいいな。闘う意思に満ち溢れている。やはり人間はこうでなくてはいかん。この狭い檻で飼われているだけではいかんのだ」


「そうですな。家畜同然の市民など我々には必要ありませんので」


「その通りだ。地下都市が生まれてからの長い年月……確かに絶滅するよりは良い選択だったのだろう。だが同時にここの安寧は人間から闘って勝ち取る意思を奪い取った。私はそれが気に食わん」


「はい」


「私達も還暦まで後十年だ。老後は月を見て過ごしたいものだな。愛でる子も孫も居ないがそれもいいだろう」


「風流ですな」


 我々の世代は子を設ける事を良しとしませんでした。

 機構は我々の代で潰えるのです。

 次世代の必要性はありませんでしたから。

 役目としての甲斐の家の血など……もう必要は無いのです。


 礼二様はこちらへ振り向かれるとよく通る声で確認する様にこう言われた。


「社……地表を()るぞ」


「は……存分に」


 私は短く返事をするとするべき報告をせずに執務室を後にしました。

 今後の軍の動向など、礼二様にとっては瑣末な事でしかないと再確認させて頂いたからです。


 無粋な邪魔が入らない事に注視しながら、私自身もこの闘争を楽しむ事にしましょう。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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