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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-22 顕在する戦場

 -西暦2079年7月14日08時20分-


 あの放送、そして放送設備防衛作戦から一晩が経過、甲斐による政治中枢簒奪の影響はNブロックを機能不全に陥れていた。

 その影響は極東各地に及び、その勢力図は小さく無い変動を起こす。


 中央議会に居た政治家の半数は、Nブロックから逃げ出す事に失敗している。

 千豊達と舌戦を繰り広げた二人の大臣は、あの放送直後に抜け目無く議会場を離れており、家族と共にWブロックへの逃亡に成功していた。


「家族の安全は保証してくれるんだろうな?」


「当たり前です。我々を機構と一緒にして貰っては困ります。ですが、大臣閣下。貴方には戦後に然るべき償いはして頂く事になります、相応のご覚悟を」


 当然ではあるが彼等は検問での身分照会時に拘束され、身柄を第二師団本部へ預けられた。


 政府高官達は逃げ出す間も無く機構側に拘束され、その後どうなったかは知れない。

 各政府関連局にいた職員の大多数は、あの放送と各局の内情を照らし合わせきな臭さを感じたのだろう。

 放送の開始直後にNブロックからの退去を始めており、そのほとんどが家族と共に他ブロックへの移動を終えている。


 逃げ出さずに残ったのは局長等の所謂上層部の人間達で、機構や政府と距離の近い者達であり、自身の今後の栄達を疑いもしなかったのだろう。

 彼等の思惑通りに事が運ぶかは判らないが、本人とその家族の行方ははっきりとしていない。


 Nブロックに本社を置いていた企業に関しても、目聡いトップを持った企業の動きは早かった。

 東明重工、つまり門倉との繋がりを求め、彼のグループ離反早々に人員や資産のSブロックへの移動を完了させていたのである。


 様々な勢力が動く中、一番の変化を見せたのはやはり軍関係者だろう。




 まず、空挺連隊と第三連隊によるブロック境界の検問鎮圧に姿を見せた憲兵連隊だが、甲斐の宣言があってしばらく後、再び境界へと姿を見せる。


 第一連隊駐屯地の近くにある憲兵連隊本部ビルの戻った彼等は、同様に帰投してきた部隊により第六連隊と第八連隊の駐屯地の状況を知った。

 基地周囲を囲むEOと、放送によって露見したその正体を考慮して彼等は決断する。


「……うちの連隊長はたぶんもうダメだろう。間違い無く関わっている(・・・・・・)


「では我々は?」


「癪だが連中に犬と呼ばれるのも当然だったんだろう……我々の本分を全うする為に第二師団の指揮下に入る。家族がいる者は優先して家族の脱出を。そうでない者は自分と同行しろ」


 憲兵連隊の半数以上、部隊数で言うならば三個大隊にも及ぶ憲兵隊員がNブロックを放棄した。

 家族がいる者はそれらを連れ、そうでない者は持ち出せる限りの火器や車両を本部ビルから持ち出したのである。

 境界の検問に完全武装で現れた彼等を、野々村と北島は困惑を以って迎えるしか無かった。

 二人は即座に味方と判断する訳にはいかないという判断を下し、まずは武装解除の上で近隣の味方連隊の駐屯地への移動、調査を開始する事となる。


 同行していた彼等の家族はそのままSブロックの避難施設に送られた。

 他のNブロックからの避難民と同じ扱いになるとの話に、憲兵隊員達は一先ずの安心を得る。


 だが憲兵部隊の兵員達には厳しい身元の調査と、生体爆薬や催眠等の可能性を考慮したメディカルチェックとメンタルチェックが行われた。

 憲兵という職務上、これらの処置は当然であると彼等も理解しており、誰一人不満の声を上げなかったそうだ。


 複数の検査をクリアし問題が無いと判断された部隊は、前線では無く後方に送られる事となる。

 憲兵独特の嗅覚と経験を以ってして、警察局の人間と協調して後方の安全の確保の任が彼等に与えられたのだ。

 機構側の人員が浸透している可能性のある場所を漏らさずに彼等は洗った。


 その成果は植木達第二師団上層部の想像以上の物となり、数百名が拘束される。

 その内訳は企業に潜り込んでいた者から暗部組織を束ねていた者等、こんな所にまでと思える程多岐に渡っていた。

 この結果は植木達に内通とサボタージュの危惧を抱かせるのに十分な内容であった。

 一部からは信頼獲得の為のマッチポンプではないかと言う声も上がったが、憲兵達は行動を担保として積み重ねる事でその声を消していった。


 後方がこの様にして固められていくと同時に、前線にも戦力が増派される。




 まず、第六、第八連隊の駐屯地周辺を哨戒していた部隊は全て呼び戻された。

 周辺を徘徊していたEOの数が増えた事と、安否の不確実な兵員達よりも市民の脱出を最優先にしたからである。


 同時に後詰めとして控えていた第二師団全ての連隊が、ブロック境界に展開を始めた。

 隙間無く展開する事など出来る訳も無かったが、主要な予測侵攻ルートには厚い陣が敷かれる事となる。

 新型の79式歩兵戦闘車両が惜しみなく投入され、境界上空には保有している偵察用フロートの全てが飛ばされる事となった。


 そして少数ではあるが試験的にある部隊もそこへ投入される。

 79式歩兵外骨格・晴嵐と呼ばれたそれは、EOの技術をフィードバックされた装着型の外骨格であった。

 生身の兵員達の生存能力を少しでも底上げする為に開発された物だ。

 データのフィードバックは受けたものの開発に千豊達は一切関わっておらず、第二師団からの要請で東明重工が独自に生産した物らしい。


「結局の所、晴嵐はどれだけ配備出来たんよ? 田辺ちゃん?」


「はい。三機を一個小隊と考え、四小隊を一個中隊としています。それが各連隊に一部隊、どうにか回せているのが現状です。誰かさん達が事態をあそこまで早く動かしてくれたおかげで、今はこれが精一杯ですね」


「……そう言うなよ。俺ッチ達だって想定外だったんだからよ」


「東明には増産の要請はしていますが……厳しいでしょう」


「そこはお前さんの同級生に頑張って貰うとしてだ、当面の方針としてはブロック境界で圧力をかけ続けるって事になるんだが……高野ちゃんよ、もうちょい辛抱してくれや」


「まぁしょうがねぇよな。何も手っ取り早く殴りに行くだけが軍隊じゃねぇ。だがな植木の大将、あんたにも辛抱して貰わんとな。ワシに我慢させといて、あんただけ好き勝手ってのはナシだぜ?」


「……そんな事する訳ないっての。吉川ちゃんも小松っちゃんも何か言ってやってよ」


 吉川と小松は我関せずと目を逸らし沈黙を守った。


「ハハッ、人望ねぇな」


「やかましい」


「日頃の行いというやつでしょうね、植木閣下。さて、部隊の展開ですが、高野さんは現状のまま第三と連携して下さい。小松さんは空挺と。吉川さんは自分とですね。師団本部は我々の所に置きます」


「三方向から圧力をかけて、均衡の崩れた所に楔を打ち込む。俺ッチ達だけでやるとなるとそうするしかねぇわな」


「あちらさんはどう動くそうなんだ? 大将?」


「準備が整い次第、本営と機構本部に強襲をかけるんだと。確かに火力と小回りが俺ッチ達より段違いってのは大きいな。まぁ、恐らくだが……保有してるEOだけでケリつけるつもりだろうよ」


「そんな事が出来んのかい?」


「……可能でしょうね。重要拠点への戦力の直接投入が出来れば、という条件付ですが」


「データは見せて貰ったがよ、そこまで凄ぇもんには見えなかったがな」


「オートン一個中隊を一人で、それも素手で十分以内に潰せる戦力ですよ? 戦線を飛び越して拠点に入り込めさえすれば、並の戦力なら一瞬で勝負はつきます。ですが――」


「そう簡単にはいかねぇって事か。その為のワシらって訳だな。お膳立てするってのはあんまり得意じゃねぇんだが……」


 Nブロックのマップが作戦立案用のモニターに映し出された。

 各連隊の置かれる位置、想定される敵の配置等が事細かに記されている。


「我々はあくまで民間人の元へ敵兵力を通さない事を前提に行動します。Nブロック中枢への侵攻は二の次です。相手を刺激をしない代わりに鉄壁を心掛けて下さい。特に、高野さん。いいですね?」


「信用ねぇな。解かってるよ」


「カハハ、普段の行いは大事って事だなぁ、高野ちゃんよォ」


「植木閣下もですよ。今回は民間人の命が懸かっています。第一との共同演習の時の様に力押しをされては困ります。自重して下さい」


 ぐぬぬと睨み合う二人を放置して田辺は会議を進行した。


「我々だけでは中枢侵攻は成立しません。彼等(・・)との連携は必須です。攻勢に呼応するタイミングは彼等任せとなります。後手に回るのでは無く、小回りの問題と考えて下さい」


「ワシらがチンタラやってっと、機構側がまた何かしでかす怖さがあるが……痛し痒しだな」


「まともに殴り合うにも準備は必要という事です。幸いな事に従来型のEOであるならば、新型の榴弾が効果が高いとのデータも取れています」


「逆に考えれば新型にでも出て来られりゃ厳しいって事だな?」


「……その辺りは彼等に丸投げします。恐らく対抗出来るのは彼等だけでしょうから」


「……とにかくだ。経済活動の停滞が長引くと極東の首をじわじわと締める事になる。出来るだけ早い決着をと彼等には伝えてくれ」


 師団長の顔に戻った植木はそれだけ言うと、再び高野との睨み合いに戻った。


「心得ていますよ。彼等も元々そのつもりでしょうから」


「よっしゃ……そんじゃあおっ始めるとしようかね。極東の命運ってヤツを懸けてよ」


 連隊長達は椅子から立つと、敬礼だけして会議室から退出していった。

 こうして第二師団の全戦力が投入される事となったのである。

 彼等と第三、そして空挺連隊との密度の濃い連携が行われ、何時終わるとも知れない防衛網の構築を開始する。


 そして……




「なぁ、新見のダンナ。本当に俺達までSブロックに行く事になんのか?」


「ええ。片山さんの懸念も解かりますが、スタッフの安全性の問題がありますから」


「そりゃあここには非戦闘員も多いけどよ。戦場には極力近い方が良くないか?」


「我々には水名神がありますから。その辺りの事はそう深刻に考えなくても良いと思いますよ。それに、片山さん達のメンテナンスの問題もあります。極力整備班からは離れない様にして貰わないと」


「確かになぁ……」


 片山と新見は本拠地移転について話し合っていた。

 既に転化施設は移動準備をほぼ終え、門倉晃一の本隊合流と同時にSブロックの新施設へ移動を開始する。


「そう言えば……門倉さんとこのボンズはこっちで預かるって事でいいのか?」


「その話もあったので私がこちらに来たのですよ。戦闘訓練への参加は当然無いものとして、日常行動が出来るレベルまでは面倒を見て頂けませんか?」


「この正念場に何て事を頼むんだって言いたい所だけどよォ……まぁイクロー先生に丸投げって事でいいんじゃねぇか?」


「頼んでおいてなんですけど……知りませんよ? 藤代君にばかり丸投げして負担を掛けると、またあんな事になるんじゃないですか?」


 先日の双子が天井まで投げられた事件の事を言っているのだろう。


「あれは俺じゃなくて双子が余計な事言ったのが悪ィんだ。それにイクローも伊達に元教師って訳じゃねぇからな。チビスケの面倒見るなら適任だろ」


「では何かあった際の責任は片山さんが取る、そう千豊さんには伝えておきます。お願いしますね」


「ちょっと待ってくれ、ダンナ――」


「それとですね、空挺連隊から一個中隊が出向でこちらに合流します。そちらの方も片山さんに任せると千豊さんからの伝言です」


「なっ! ちょっと待て! そんな話聞いて――」


「まぁ聞いてないでしょうね。今初めて言いましたから。EOとの連携のテストケースにしたいそうですよ。田辺さんからの要請ですので、断るならご自分でお願いしますね?」


 片山はガクリと膝を着くと身体をプルプルと震わせていた。


「……ダンナは最近、俺への当たりがちっとばかしキツくないか?」


「とんでもない。むしろ、お互い中間管理職で辛いですねというシンパシーを感じる程ですよ。千豊さん、人使い荒いですからね」


 新見の最後の一言で、片山はガバリと顔を上げる。


「…………」


「どうしました?」


 新見は片山の行動の意図が読めなかったのか、僅かに首を傾げている。


「いや……な。ダンナでもそういう事を言うんだなってよ。半年前のあのカッチリとしたダンナはどこに行っちまったんだ?」


「まぁ……良くも悪くも片山さん達の影響でしょうね。あなた達は私の人生で出会った人達の中でも、特に変わり者の集まりですから」


「変人みたいに言われるのはどうも納得出来ねぇが……そういうもんなのかねぇ……」


「そういうものですよ」


 不意に訪れた沈黙のせいなのか、片山もらしくない事を口走り始めた。


「なぁ、ダンナ。ダンナはこの内戦が終わったらどうすんだ?」


「おや? 死亡フラグの構築というやつですか?」


「ちげぇよ。ダンナだけじゃねぇ……姐さんもだ…………あんたらはどうにも浮世離れしてんだよな。俺の気のせいならいいんだけどよ」


「浮世離れですか……確かにそういう面はあるのでしょうね。特に千豊さんはそうなのでしょう。ただ、ここでの生活は悪く無いのでしょうね。彼女があんな風に笑うのは、ここに来るまで見た事がありませんよ」


 何か遠い物を見る目を新見がしたので片山は困惑した。


(そういう目つきが浮世離れしてるってんだが……まぁいいかね)


「まぁ別になんだって構やしねぇんだけどな。ただ、ダンナはともかく、姐さんは生き急いでるフシがある。あんまり無茶な事はさせんじゃねぇぞ?」


「それは勿論。機構を打倒してもそれで終わりではありませんからね。片山さん達もそうですよ?」


「そりゃあな。生きていくって事は闘いだ。こんなとこで死んで終わるつもりはねぇよ」


「その意気です。間も無く千豊さんが戻られます。そうしたら最終作戦のプランの絞り込みにかかりましょう。我々の選択で極東の未来が決まります」


「随分と重たいもん背負わされちまったなぁ…………まぁしょうがねぇか」


 片山と新見は再び決定すべき事が話し合われ、千豊の到着を以ってして最終作戦の舞台が構築され始める事となる。




 各所、各員が繋ぐべき未来を見つめて動き始めた。

 もう間も無く、極東の趨勢は決定される事になるのだろう。

 その前に訪れる悲劇の幕もまた、このタイミングで同時に開いた事を……彼等はまだ知らない。


 西暦2079年の夏、極東には血と硝煙の嵐が吹き荒れる事となる。




 第四幕 完

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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