4-20 帰路
-西暦2079年7月12日20時45分-
「こっちはそんな細かい動きはしなかったぜ? せいぜい二系統に経路が別れたくらいだな。なぁ、大葉さん」
「そうだね、タマキ君の言う通りだったかな。分隊単位での行動なんてレーダーの動きを見る限りしてなかったと思うよ」
作戦が終了し様々な物を回収しながらの撤収だった為、EOの面々が一息つけたのは環状大河を帰路として進んでいるこの時間だった。
「そっちには脳を積んだ機材ってのは無かったんだよな?」
「ああ。間崎のオッサンの話じゃあ、大葉さん達の鹵獲してきた通信車両だって、あくまでも通信車両の域だって話だ」
「団長達の見たヘリの中には一つづつパッケージされてたんだよね?」
「そうッスね……俺が見た物は全部そうだったッス」
「俺が見た機体もそうだったぞ。悪趣味にも程があるぜ、あれは」
片山はヘリのコックピット内の映像を思い出しているのか、途端に機嫌が悪くなった。
「悪趣味なのは同意するかな。あれは人としての尊厳をどうこう、なんてレベルの話じゃないよ。まだEOにされる方がマシかもしれないと思えたもの。でも……ああまでする意味はなんだったんだろうね」
「そりゃあ色々と考えられるだろうさ。お前だって合流するまでに散々考えたんだろう? 何か仕掛けがあるって考えるのが普通だもんな、なぁ双子?」
難しい話が性に合わなかったのか、水名神の兵装倉庫の隅っこでちょろちょろと遊んでいた双子に矢が突き刺さる。
「「ボクらにそんな難しい話されても困るわ」」
「近江さんから報告は受けたが、勝太は相手が水中から来るって、勘で当てちまったらしいじゃねぇか。そういう柔らかい発想は大事だぜ?」
「そんなん偶々に決まってるやんな? 勝?」
「そうやなぁ。どうやったらボクらの裏をかけるかーって考えただけやもん。爺ちゃん先生がアホやなかったら、今頃アンテナ潰されてたかも知れんで?」
勝太がヒラヒラと手を振って、偶然であった事を強調した。
「偶然かどうかはともかく、上手く運用実績を稼がれた気はするかな。私達の鹵獲した通信車両にその……脳が積んで無かったという事は、あの車両が情報を集積していたのかも知れないね」
「大葉さんの読みが妥当だな。あの車両は指揮車両なんかじゃ無かったんだろう。なら俺達の遭遇したヘリの脳は何だったのかって考えると――」
「恐らく命令系統の最上位にあたるのがあの脳髄なんだろうね。僕が戦った中には見当たらなかったけど、分隊規模で行動していた中に居た指揮個体っぽい奴は現場の情報を収集するだけの機体だった、って考えで間違い無いと思うよ」
「じゃあ船にあったっていう……繋がった脳髄は何だったんスかね?」
アキラの疑問に郁朗がうーん、と唸りながら自信無さげに答えてみせる。
「僕は専門じゃ無いからあくまで推測だからね? 双子がギガントアジャストでやってる様にさ、脳に並列処理をさせてるんじゃないかなって思ってる。判断の高速化が目的なんじゃないかな」
「「ボクらそんな事やってたん?」」
双子の自己理解の無さに郁朗と片山はガックリと肩を落とした。
「お前らなぁ……山中や唐沢さんに散々説明されてただろうが……」
「あのね……君達は無意識でやってるかも知れないけど、あれって凄い事なんだよ? 例えば71式での射撃一つとっても違うんだから。僕や団長なんかだと、目標を見つけて狙いをつけて射撃する、この動きをこの一つの脳でやってるっては判るよね?」
郁朗は自分の頭を指でつつきながら双子に問いかけた。
「それはまぁそうやけど」
「ボクらもそう違いますのん?」
「お前らの場合はな、えーと射撃担当はどっちだったか」
「あ、ボクボク!」
勝太が手を上げて答えると片山は言葉を続けた。
「ほんじゃあ勝太。お前、一人の時とアジャストを使った時とで、弾を撃ち出すまでのプロセスに変化はあっただろ?」
「うーん……ああ! あるある。ボクが撃つ物認識したら、銃口が勝手にそっち向くからモーターコントロールを意識して微調整するだ――そういう事かぁ!」
勝太が納得したのか、大きな声を上げて手を打つ。
実際にどうしていたかを思い出す事で合点がいった様だ。
「勝太は判ったみてぇだな。景太、お前はアジャストで射撃する時どうしてる?」
「えー……勝がこれ撃ちたいって思ってるとこに無理矢理力任せで銃口向けて……あー、なるほどなぁ。並列処理てそういう事なんやね」
「判ったみたいだね。君達はギガントアジャストしている時には、二つの脳で一つの身体を動かしてるって事。つまり動作と思考の高速化が図らずも実践出来てるって訳だよ」
「「はー」」
「話を戻すね。あの船にあった連結脳……とでも呼べばいいのかな。複数の戦闘パターンを並列処理で高速演算する事で、EOへのプログラム変更を手早く行っていた、って考えてしまっていいんじゃないかな」
「うちにも山中君がいるからあまり威張っては言えないけど、あちらも色々と試行錯誤してくるものなんだねぇ」
大葉が様々な実験とも言える戦力投入に感心したとばかりに声を漏らした。
「あちらにはそれだけの引き出しがあるという事でしょう。実験出来るだけ機体の数にも余裕がある、もしくは捨てても構わないと思っているんでしょうね」
倉庫の入り口から不意に聞こえてきた声に、一同がそちらを向いた。
「近江さん」
「皆さん、お疲れ様でした。各現場の様子を伺おうと押しかけたのですが、何やら面白い話をしていた様ですね」
「現場の声ってやつですよ。こういう声には思わぬヒントが隠れてるもんですからね」
片山が近江にそう言うと彼は大きく頷いた。
「そうですね。技術者にしか解からない事も勿論多いですが、現場で直に戦った君達の声は大いに参考になるでしょう」
「その……近江さん。前に話しそびれてた事がありますよね?」
郁朗が思い出した様にそう言うと、近江も思い出したのかそれに反応した。
「学生の誘拐事件の時でしたね。確か……極東の技術水準の話でしたか」
「ええ、そうです。あれから時間がある時に考えてみたんですよ。やっぱり極東の技術水準ってのは、どこか歪だと感じます。一般人として生活していた時には何とも思わなかったんですけどね」
「ほう。それは興味深い。私の推論と重なるかも知れませんね」
「結論から言いますね? 極東の兵器の技術水準は、一般に使われてる技術の水準よりも低く設定されている……違いますか?」
「……そこに至った理由は?」
「実際に武器を使ってみたからなんですけどね。例えば車両一つとってみても、軍用の物が民間の物と変わらないなんて事が有り得るんですか? 重量のある兵装を搭載する車両の馬力が、そこらにある一般車両とそう大して変わらないんですよ?」
「だったら何で企業がそういう物を作らねぇんだ? 性能のいいもんを作った方が取引先だって喜ぶんじゃねぇの?」
郁朗の疑問に便乗して環も思った事を口にする。
「企業が率先して最先端技術で兵器を作らない理由ならあります。軍からの要求仕様というものが存在するからですよ。それさえクリアしていれば問題が無いというラインがあるんです。特にカドクラが一手に引き受けてきた兵器産業は、競争という概念が無かった事も大きいですね」
「つまり企業間の競争が無い分、最低限の要求仕様をクリアする兵器しか誕生しなかったという事なんですかね?」
「競争が無い、では無く……競争をさせなかったのでは、と私は考えています」
大葉の質問に近江は苦々しげに答えを返した。
「つまり誰かが兵器の進歩にだけ歯止めを掛けていたと?」
「よく考えて下さい。今回の作戦に参加した新型の歩兵戦闘車を。企業が本気を出せば短期間であれだけの兵器が作れる訳ですよ? この水名神にしてもそうです。私が海軍の現役時代に運用されていた高速艇よりも遥かに速い足を持ってる。その事がまずおかしいんです……この巨体でこの性能は、これまでの基軸からは考えられ無い」
「それはあれじゃねーの? うちのハンチョーが凄ぇってだけじゃねーの?」
「倉橋さんが凄いのは間違いありません。ですが彼の想像した物を現実に具現化出来た、という事が私の推論を後押ししています」
「近江さん……あなたの推論とは結局どういう事なんです?」
一同は近江の言葉を待った。
「……何者か。恐らく機構だとは思うのですが……地下への移住時から、極東の軍へあえて力を持たせない様にしていたのではないか? という事です」
「ちょっと待ったですよ、近江さん。て事は何ですか? 機構はそんな昔から今の事態を想定してたっていうんですか?」
片山だけでなく、その場に居た全員の疑問に思った事へ近江が回答していく。
「そうとしか考えられないんですよ。君達が情報処理センターから手に入れたデータベースがあります。あれの内容もそう考えた原因の一つです」
「…………」
「坂之上さんが言ってましたね? 兵器に関しては玉手箱だったと。つまり威力もコストも落とされた物だけしか発注が為されていない、という事の証明になりませんか?」
「必要性が無かっただけって事はないのん?」
「そやなぁ……攻める必要も無い軍隊に大掛かりな武器なんかいらんのんちゃうのん?」
双子はの言う事ももっともではある。
必要の無いレベルの兵器を用意する必要は無い。
その為に市民の税金が使われる事を考えれば、双子の感覚は正しいものと言えるだろう。
「それに関しては無いとは言えません。ただ、地下都市群の成り立ちから考えるとそれはおかしいんですよ……藤代君、元教員としてこの違和感、解かりますか?」
近江は双子の考えを肯定した上で、極東の歴史を考慮すれば違和感しか生まれない事を指摘した。
社会科教師として名指しされた郁朗は少し考えると、彼の意見に同意する。
「そう……極東紛争があったという背景を考えるとおかしいですよね。可能性の有無は別として、過去にあれだけの規模の紛争があったんです。備えなければならない事情はあったはずなのに、なぜ兵装が退化するのか。確かに違和感しか無いですね」
「……そうだな、数にしたってそうだ。極東陸軍海軍、憲兵を合わせても三個師団半ってとこだ。人口四千万の規模から考えたら編成人数は確かに少ない。オートンによる水増しがあったとしてもな……この比率は地下移住時からほとんど変わってない、って軍大の座学で習った憶えがあるぜ」
「ただ、機構が裏から手を引いていたかどうか、それに関しては現時点で検証のしようがありません。少なくとも機構が設立されたのは地下移住直後の事です。事実を知っているのは機構でもトップクラスの人間達だけでしょう。ただ今後の戦闘において……どんな兵器が出てきてもいい覚悟だけはしておいた方がいいですね」
何か立ち入ってはいけない所に入ってしまったかの空気がその場を支配し、とうとう全員が黙りこんでしまった。
その場の空気を祓う様に片山が手をパンパンと叩き、皆の意識を喚起させる。
「どっちにしたってやる事は変わらねぇんだ。守るもん守って、潰すもんは潰す。シンプルなもんじゃねぇか」
「そういうこったな。次がどういう作戦になんのか判んねぇけどよ、俺達が一番面倒臭い場所に放り込まれんのは、今までと何一つ変わんねぇからな」
「そうだな……違い無い」
環の言葉にアキラは頷きながら同意する。
「とりあえずは……早くアジトに戻って少しゆっくりしたいかなぁ。これから忙しくなるなら尚更ね」
「ええ事言うな、大葉のおっちゃん」
「ボクらもなんかヘトヘトやわ。身体は疲れてへんのに」
「双子は戻ったらもう一度身体の細部チェックを受けるんだよ? アジャストを初めて実戦で使ったんだ。どんな不具合が出てるか判らない。いいね?」
「「はーい」」
近江は空気の切り替わったEOの面々を見つめると、クククと薄く笑い出した。
(なんとも頼もしいものです……EOになるとはこういう事なんでしょうかね?)
「近江のじいちゃん……なんか笑い方怖いわ……」
「怖い言うか……なんかキモいわ……」
「……君達ははっきり物を言い過ぎですね。ワイヤーで繋いで船外に放置してあげましょうか?」
「「ヒィ!」」
双子が土下座を開始すると先程の空気は完全に払拭された。
アジトへの帰路で交わされたこの会話が、ある真実を内包していた事に一同はまだ気づいていない。
同時刻、アジトから少し離れた位置にある転化施設は喧騒に満ちていた。
今後の内戦の拡大と安全面を考え、Sブロックの新施設への移設が急ピッチで行われていたからだ。
「唐沢さん! それはもう廃棄していくって先週言ったじゃないですか! ああ、もう! なんで今日になっても荷物が纏まってないんです!」
「そんな事言ってもねぇ……私だって遊んでた訳じゃないんだよ? 新型の生体装甲のテストやら新燃料やらでバタバタしてるのは、助手の君が一番よく知ってる事でしょう?」
「それも見越してスケジューリングしてたのに、唐沢さんが荷造りの時間を勝手に研究の時間に充てちゃったんじゃないですか! 私のせいにしないで下さいよ!」
「空いた時間があったら研究するのが研究者ってもんじゃないかね? 私は何も間違って無いと思うんだが……」
「……もういいですから早く荷造りしちゃって下さいよ……引っ越し終わらなくても知りませんよ!? 置いていきますからね!?」
プリプリと怒っている助手の女性に尻を叩かれ、渋々と唐沢は荷造りを始める。
「これは……いる物でいいんだよね?」
「これはいりません。あっちに新型の機材が用意してあります」
「じゃあこれは?」
「これもいりません。あっちの機材とは規格が違うんです」
「いくらなんでもこれはいるだろう?」
「それもいりません。そんなボードゲームで遊ぶ事を考える時間があるなら、新施設の片付けを手伝って下さい」
「なんだい! さっきからあれもいらないこれもいらないって! 私の持ち物全否定かね!」
貴重な時間を潰して荷造りを始めたにも関わらず、やる事なす事にケチをつけられて唐沢はの感情は爆発した。
その直後、助手の目に暗い光が灯り……唐沢の白衣の襟を掴むとその重い身体を平然と持ち上げたのである。
メタボリックの権化と言ってよい彼の身体をグイっと軽々吊り上げてしまうあたり、彼女の怒りは相当なものなのだろう。
「機材が入れ替わる話、私……ちゃんとしましたよね? ボードゲームで遊ぶのは休暇の時だけって約束しましたよね? ね?」
「離して……私が死んじゃうから……」
いい感じに首を締められ血流が滞り、間も無く唐沢が天に召されるかもしれないというタイミングで施設内の放送が大きく響いた。
『唐沢さん、大至急休眠槽まで来て貰えませんか! 十二番の被験者が!』
ドサリという鈍い音と共に助手は唐沢を解放し、即座に施設内の通信で休眠槽のある部屋へ連絡を入れる。
「どうしたの? あの子に何かあったの?」
『覚醒の兆候が出ています! これまで色々手を尽くした甲斐がありましたよ!』
「!? 判ったわ、今直ぐ――」
彼女は床でぐったりしている唐沢をチラリと見ると言葉を続けた。
「今直ぐ運んで行くから!」
『またやったんですか……』
「うるさいわね……ちょっとした事故よ」
彼女は唐沢を台車に乗せると猛スピードで通路を爆走して行った。
これまで覚醒を切望されて続けていた被験者の一人が、ようやく目を醒ます事となったのである。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.06.14 改稿版に差し替え
第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。