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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
74/164

4-17 密謀の戦場

 -西暦2079年7月12日14時55分-


 チュチュチュン!


 大型輸送ヘリの腹部にあるペイロードユニットの基部が、摩擦音を立ててすぱりと切断された。

 アキラが空を渡り接近したと同時に、ワイヤーソーを巻き付けていたのだ。

 固定されていたEO達は当然、重力に引かれて落下していく。


 落ちた先では歩兵戦闘車の機銃の十字砲火が待ち構えているはずだ。

 アキラは眼下で火線が構成されるの確認すると、次の獲物へと目を向ける。


 役目は終えたとばかりに、アキラは次の標的を吟味。

 今取りついているヘリに追従して、類似ルートを通って来た別のヘリへと糸を飛ばした。

 新しく繋いだ糸の固定が硬化剤により完了すると、用済みになった糸をパージする。

 同時にローダーユニットのキャリアーから、彼専用に用意された大型拳銃を抜いた。


 ドムドムッ!


 ドムッ!


 次のヘリに引かれて離れる刹那、ヘリの両翼のローターと後部に二つある推進用のローターの一つを大型拳銃で破壊する。

 浮力を失い、片方だけになった推進機は機体に歪な回転を生み出し、錐揉んだそのままに地面に激突した。


 彼の手に握られている、アキラの専用兵装のもう一つ。

 それがこの大型拳銃であった。



 71式改の射撃訓練時に、銃身を含めた本体の長さと背中に取り付ける弾倉パックが邪魔だと感じたアキラは、山中に進言。

 もっと短銃身で取り回しのいい装備を求めたのだ。


 求められた兵装は出来る限り用意する整備班のモットーに則り、山中は喜々としてマルチプルストリングスと共に制作を開始する事となる。


 クリントスタイル。


 完成した大型拳銃は片山のライアットレプリカに続き、前世紀のとある劇中に存在した銃の大型レプリカである。

 片山が大型拳銃を作るならどうしても、という我儘を言い出し山中がそれを快諾。

 オートマグと呼ばれたシリーズの最初のモデル、欠陥だらけとして有名なその銃をデザインとして採用した。

 当然ながら中身の機構は全くの別物で動作も安定しており、弾薬も口径に合わせた専用の物が用意される事となる。

 

 とりあえずの完成を見た時点でアキラによる試射が行われたのだが、撃ち応えが想像以上に軽かったのか、今一つしっくりこなかったらしい。


「180で作るからだ。作るなら280ベースで作らないと意味ねぇよ」


 片山が言う180とは市販されたモデルの事であり、280とは彼の望んでいる劇中で使用された特注品のロングバレルのモデルの事だった。


 じゃあという事で、山中がそれに追従。

 バレルを交換し、弾薬も炸薬量を僅かに増量した物が用意された。


 再びの試射でアキラは無言で満足気に頷くと、嬉しそうに山中の手を取ったという。

 その際に山中が手首を捻挫し、三日ほど整備班の作業に支障が出たという話は余談である。




 巻き取られていく糸と共に、アキラは次のヘリへと円運動をしながら接近していく。

 移動しながら視界に新たなターゲットを確認すると、ヘリに取り付く前の一仕事と発砲を開始。

 .75口径・19mmの銃口から次々に弾き出された弾丸は、無造作に吊り下げられているEOの頭部へと向かっていった。


 ベシャリ


 輸送ヘリのそこかしこに脳組織と保護液がへばりつく。

 生々しいのその有り様は、耐性の無い人間が見れば即座に嘔吐する光景だろう。


 円運動の勢いを利用して身体を縦に振ると、その勢いに任せてヘリの背にアキラは降り立った。

 ここまでの一連の動きを唖然としながら見ていた片山から通信が入る。


『お手並み拝見とは言ったがな! お前は昔のアメリカンコミックのヒーローか! 糸で空飛んでんじゃねぇぞ! まったく……折角背中に乗ったんだ、有人機なのか無人機なのかだけは確認して帰って来い!』


「榴弾で叩き落としといてそれッスか……とりあえず了解ッス」


 アキラは軽く返事をすると、踵の対ショック用のアンカーを打ち込みながらヘリの背を移動した。

 コックピットらしき物を見つけるとそのハッチを開こうとするが、溶接でもされてるかの様な硬さで、EOであるアキラの膂力を持ってしても開かない。

 

「ホロー、ホットロード」


 クリントスタイルをローダーのキャリアーに戻すと、アキラの音声に合わせたマガジンに自動で換装された。

 ホローポイント弾の火薬を強装填されたマガジンが、ガシャリと音を立てて銃把に差し込まれる。


 ドムドムドムッ!


 接合部と思しき場所へ銃弾を集中する。

 アキラは割れた接合部に指を掛け、装甲をメリメリと剥ぎ取っていった。

 装甲が無くなり骨組みだけになったコックピットらしき空間には……透明のケースに覆われた脳髄が鎮座していた。


 細いケーブルが何本も刺されて、その痛々しさはとても正視出来るものではない。

 どうやら体液の循環は成されている様で、その脳は生きている事の証明として脈動を続けている。


「団長……映像送るッス。これは……どうしたもんスかね?」


『……どうもこうもねぇよ。こんなもんにまで人の脳を使っちまうってどういう神経してんだ……』


「…………」


『兎に角、そいつはもう落としちまえ。俺達にはどうする事も出来ん。不時着した機体から無事な奴を回収していこう。整備や技術の連中なら何か判るかもしれん』


『ウッス』


 アキラは次の目標へ糸を飛ばす。

 固定の確認をすると、再び鎮座してる脳へ目を向ける。


「……ゴメンな」


 ドムッ!


 脳への発砲と同時に、この機体に繋がっていた糸をパージする。

 機体を制御する要を失ったヘリはゆっくりと、そして真っ直ぐ地面へ向かって落ちていった。

 その様を見下ろしながら、アキラは次のヘリへ向かう為に糸の巻き取りを開始する。





 五分に満たない戦闘時間で、主集団の機体は歩兵戦闘車の榴弾砲撃により全て墜落、もしくは近隣に不時着した。

 迂回ルートを通ってきたヘリも全てアキラに補足され撃墜されている。


 空が静かになった事で、戦闘は地面に落ちる事で生き延びたEO達を掃討する段階へと移った。




「車両は四方向に展開、車載レーダーのレンジ内に敵性の反応があれば構わず撃て。大葉さんのもんよりアテには出来ねぇが無いよりマシだ。とにかくアンテナには近づけんじゃねぇぞ!」


『『『『了解』』』』


「俺とアキラは車両のレーダーの穴になりそうな所を索敵だ。俺達の対物センサーの精度は、目視込みでせいぜい三百メートルがいいとこだからな。ゆっくりでいい、確実に全部潰していけ」


『ウッス』


 四両の車両はアンテナを四方を囲み、片山とアキラはアンテナ施設を中心にして、半円を埋める様に索敵を開始する。

 ローダーシステムの速度を最高速の半分に抑え、出来るだけ農地を荒らさない事を心掛けて移動を続けた。


『分隊規模のEOを発見……殲滅に移るッス』


 アキラはEOを発見するとそう報告し、糸を操り始める。

 拘束、感電、切断、そして銃撃。

 全ての手段の組み合わせをこの機会に試しながら、その上で一方的な戦いをアキラは続けた。


「こっちも分隊規模の一団を見つけた……なんか気に食わねぇが、とにかく潰してからだな」


 片山は通信を切るとライアットレプリカを片手に、ローダーシステムを最高速に切り替える。


 接近と離脱を繰り返し、千切る様に相手の戦力を削り取る。

 片山にしては珍しく慎重な戦い方を選択していた。


(どうにもクサい。分隊単位での行動なんてあん時にはしてなかったよな)


 情報処理センターの時とは勝手の違いを感じる。


 そんな相手の動きを観察しながら、攻撃の手は休めない。

 そして片山は敵EOのある動作に気付く。


 一体のEOが攻撃もせずに、片山の動きや状況を観察しているフシがあるのだ。


 指揮個体。


 そんな単語が頭をよぎった片山は、試しに意味の無い挙動と攻撃をしてみせる。

 耕作地の用水路に片山が姿を隠し散発的な攻撃を行った。

 すると指揮個体と思われるEOは、片山のいる方向へとその視線を外さずにいる。

 だが他のEOは片山の挙動を無視、用水路を左右から彼を取り囲む様に移動を開始したのだ。


(こりゃあ……何かの実験でもしてやがるのか? こちらの戦闘パターンの収拾……それもあるんだろうが、小隊や分隊規模での作戦行動のデータの蓄積が目的だな)


「アキラ、EOを見つけても戦闘するな。正確な座標を教えて車両に砲撃して貰え。絶対に手を出すな」


『……こっちでやった方が早いんじゃないッスか?』


「ワケは後でちゃんと説明してやる。今は言う事聞いとけ」


『……ウッス。よく判んないッスけど……団長がそう言うならそうするッス』


「車両各位、アンテナを中心に扇形に陣形を変更。俺かアキラの指定した座標への榴弾砲撃を開始しろ。一射後に俺かアキラが観測、生き残りがいる様なら再度砲撃。そちらのレーダーに映った物を最優先で処理してくれていい」


『『『『了解』』』』


「早速だが十秒後に砲撃だ。座標N21E07に頼む、カウント出すぞ」


 片山は用水路から飛び出すと一目散に指揮個体のいる方向へ全速でローダーを走らせる。

 その動きに釣られて片山の周囲を固めようとしていたEO達が指揮個体に向けて移動を開始した。


「五……四……三」


 カウントをしつつ指揮個体をすり抜けると、そのまま逆方向にある用水路へ頭から飛び込んだ。


「一……テッ!」


 きっかりと一秒後に着弾した榴弾は、セラミクスウェハースの嵐を彼らの頭上に顕現させた。

 爆風と礫の雨が収まったのを確認すると、用水路から片山はのそっと頭を出してEO達の様子を窺う。


 着弾地点にズレは無かった様で、片山に絡んできていたEOは全機穴だらけになって擱坐していた。


「撃破確認。お見事って奴だな、その調子で頼むぞ。こちらは引き続き索敵を続ける」


 片山は手抜かりの無かった部下達をしっかりと褒め、再びローダーを巡航速度で走らせマップを埋める様に索敵していく。


 この行為をアキラと合わせて十数度続け、ようやく輸送ヘリが固まって不時着しているエリアへ到着した。

 アキラと合流すると、コックピットの無事な機体を探し始める。


「アキラ、そっちはどうだ?」


『こっちは二機ッスね……無事なのは。あとは……落ちる角度が悪かったのか……グチャグチャになってるッス』


「こっちは四機程無事だな。飛べやしないのに動作している機体まであるぞ。このままアジトに持ち帰るのは少し怖いな……整備の連中を――」


 片山の言葉を遮る様に砲声が鳴り、彼等のすぐ近くに着弾があった。

 即座に遮蔽物に隠れた二人は、砲声を鳴らした物の正体へと全神経を傾ける。


 段差を乗り越えて姿を見せたのは、対空砲に換装されている数両の79式歩兵戦闘車両であった。


(あれは……こちら側(・・・・)にしか支給されてねぇはずだよな……どこかで擱坐して回収されたなんて話は聞いてねぇ)


 そうなると考えられる所属先は、片山の知る限りたった一つだけだった。


『敵味方の確認もせずにいきなり発砲するとはどういう了見だ! テメェらの上はそういう事も躾けてねぇのか! 犬塚のオッサンにはきっちりと報告すっからな!』


 片山は拡声機能をオンにすると、その場で響く限りの大声を張り上げた。


 車両は砲身を最大仰角に上げ、片山達に対しての戦闘の意思が無い事を伝えると、その場に停車した。

 車両からは一個中隊の歩兵がきびきびと降車してくる。


「片山さーん! 俺です! 梶谷ですー!」


 片山は最後に手を振りながら降車してきた男の名前を聞いて、何の嫌がらせかと頭を抱えた。


(どおりで野口が派遣された部隊名を言わない訳だ……)


 彼等は片山の古巣の空挺連隊第二大隊第四中隊の面々……つまり知己との再会再び、という状況となったからである。




「で、なんでお前らがここにいる訳だ? まさかお前らが犬塚のオッサンの回してくれた戦力ってんじゃないだろうな?」


「いえ、その通りですよ。二佐から言われて最速で来たつもりなんですけど……戦闘終了してますよね……スンマセン」


「で……お前が今の中隊長って事でいいのか?」


「その通りですけど……」


 梶谷は何かを言いたげに言葉を濁す。

 ヘタレなのは相変わらずだと片山は彼の発言を促した。


「何だよ? 言いたい事があんなら言えよ。俺はもうお前らの上官じゃねぇんだし」


「……じゃあ言わせてもらいますけどね、なんもかんも片山さんが悪いんですよ! 片山さんが辞めてから、みんな揃って後を追うみたい辞めていって。あのクソが居なくなったは良かったんですけど、今度は人員が全く足りなくて……」


「俺は関係ねぇじゃねぇか」


 実際の所、片山の除隊の影響というのは然程大きくは無い。

 確かに彼の除隊と共に、彼の部下の中から一個半小隊程の人間が軍を辞めている。

 その程度の人数の空挺候補者というのは各師団に存在しているのだ。

 この怒りは置いて行かれた梶谷のただの八つ当たり、というのが正しい認識だろう。


「第二師団からヒヨッコ押し付けられたと思ったら、今度は士官がゴリゴリ引き抜かれていったんですよ。お蔭で俺みたいな半人前が中隊長です……野口さんにはイビられるし二佐には毎日説教されるし……大体さっきの発砲だって、見敵必殺ってのがうちの中隊の方針だったじゃないですか!」


(そうとう溜まってんだな……)


 片山にとって軍大の二期後輩にあたる梶谷。

 まだまだ若いはずの彼の顔色が、隊に居た頃と比べれば確かに悪くなっている。

 これで気が済むのなら八つ当たりの一つも受けてやろうか、そう片山はそう思った。


「まぁ確かに俺の残していった方針ではあるんだがなぁ……」


「いえ、この際ですから全部言わせて貰います。先輩がいい加減だったお蔭で俺達がどれだけ苦労してきたか! あの時だってそうです!」


 ネチネチクドクドと片山に説教を開始する梶谷と、その様子を見てフンフンと頷くアキラ。

 梶谷は片山の軍時代の素行から、プライベートの付き合いに至るまで散々捲し立てると、少しスッキリしたのか仏の様な顔つきになっている。


「少しは理解して貰えましたか? 大体、片山さんはユーモアのセンスなんて全く無いんですから。俺が煙草を隠した時もそうですよ。駐屯地に戻って来てからみんなをただ怒鳴りつけるだけで、リアクションの一つも――」


「そうかそうか、なるほどなるほど。あれはお前がやった訳か。人がクビになるかどうかの瀬戸際に、よくもあんな悪ふざけをしてくれやがったもんだな」


 片山は梶谷の首根っこを掴まえると、残った兵員達に号令をかける。


「整列。お前らは周辺警戒。送信施設から半径5km圏内を徹底的に哨戒しろ。異常動作でうろついてるEOを見つけたら即撃破してよし。こいつは俺の用事が済むまで預かる、いいな?」


 彼等の返事は無い。


「い・い・な?」


 念押しをした片山の底冷えする様な声と、ギラリと光るカメラアイに睨まれた事で観念した兵員達は、背筋を伸ばして敬礼して彼に了解の意思を伝える。

 キョロキョロとその様子を見る梶谷を残し、車両はほうぼうへと散っていった。


「あのー……先輩?」


「お前はちょっと俺とお話だ。アキラ、本部に連絡して整備の連中をこっちに寄越すよう伝えてくれ。俺は今から野暮用で忙しくなる」


「……ウッス」


 アキラはこうなった時の片山に逆らうのは得策でないと身体(・・)で覚えていたので、素直に彼の命令に従った。

 腕立てや腹筋を継続的に強要されている梶谷を尻目に、本部に調査班を派遣するように要請を送る。



 この戦場での戦闘は一旦幕が引かれたものの、残されている懸念材料も多い。

 何の目的でEO達はあの様な動きをしていたのか。

 ヘリに積まれている脳髄は何の為の物なのか。


 整備班と技術班の解析待ちとなるのは間違い無い。

 狙いは兎も角、今回の戦闘のやりとりは機構側のEOの運用面において、確かな手応えとして記録される事だろう。

 それは後の戦場の天秤に……小さいながらも影響を与える事となるであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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