4-16 変わりゆく信条
-西暦2079年7月12日14時50分-
「俺は適当にマト決めて撃つからよ、オッサン達は固まってるのを榴弾で削るなりなんなりしてくれや。大葉さんのマップデータがありゃあ余裕だろ?」
『雪村君もサボらないでくれよ? 君の監督も俺達が任されてるんだからな?』
間崎の小隊の副長が念押しとしてそう返信してきた。
「誰に言ってんだ、誰に。今回もスコア稼がなきゃなんねーんだ。ポヤっとしてたら全部俺が食っちまうぞ!」
『判った判った。こちらの射撃データもそちらのマップデータに重ねて送る。効率良くやろう』
「あいよ、通信切るぜ」
環はカメラアイの倍率を無理の無い範囲で限界まで上げると、改めて敵集団の現れる方向へと眼を向ける。
バイザーのレーダーマップに映る密集した集団が、ぼんやりとだが彼の視覚の認識域へ姿を見せ始めた。
ピッという電子音と共に、マップの一部に赤い円が数個映し出される。
これから撃ち出される榴弾のもたらす、効果範囲のシミュレーション結果であった。
(チッ……先手は取られちまうか。俺の獲物まで食うんじゃねぇぞ)
環はどうせ大雑把な砲撃になるだろうと高を括った。
しかし副長達の砲撃はその予想を覆し、榴弾の中身を無駄無く重複させ、被害を拡大させる精密なものとしてEO達に降りかかったのだ。
レーダーマップからEOと認識される信号が、榴弾の危害半径に合わせてすっぽりと消えていく。
88mm滑腔砲から吐き出されたこの榴弾は、この砲の規格に合わせた新型の物が用意されていた。
弾殻の素材は極普通の軟鉄で、これによるダメージは最早期待されていない。
炸薬は指向性対地貫通炸薬と同じ物が使われており、グラム単位での爆発力だけで言えば、軍で使われている従来型のPBX系炸薬の四割増だそうだ。
そしてこの榴弾のキモになるのが、弾殻と炸薬の間に大量に詰め込まれているセラミクスウェハースの礫である。
対EO殲滅戦を想定して開発されたこの弾頭。
この弾頭の役割は相手爆風で吹き飛ばす為では無く、破片により切り裂く為でも無かった。
目標を"穿つ"為に生み出されたのだ。
生半可な爆風では着弾地点の僅かな数のEOしか行動不能に出来無い。
これは先の情報処理センターの戦闘時に、76式の通常炸薬弾頭で効果実証済みであった。
かといってこれまでの榴弾を使用し破砕された鉄片で切り裂くと言っても、セラミクスウェハースの装甲を持つEOには決め手として大きく欠けている。
ならば炸薬の爆発力の増加により弾頭内のスペースに余裕が出来た事を利用して、過去に存在したキャニスター弾の様に使えないかという発想から誕生したのである。
キャニスター弾と違うのは発射直後に拡散を開始するのでは無く、目標の頭上、数メートルの所で爆発飛散を開始するという点だ。
正八面体に整形された礫は強力な炸薬の力で推進力を得て、鋭利で硬質な豪雨へと変わる。
先程の砲撃地点には、身体の至る所に穴を開けたEOがそこかしこに転がっていた。
そのほとんどが頭部を破砕され、保護体液どころか脳漿そのものを撒き散らしている。
この弾頭の欠点としては、密集している敵に使用するのを前提とされている事だろう。
礫の放出密度を上げる為に、通常の榴弾よりも危害半径が狭く設定してあるのだ。
だが機構側のEOは自律性も低く、これまでの運用実績も数に任せた集団特攻とも呼べる運用しかされていない。
分隊規模に分かれての自律的作戦行動など、現状では夢のまた夢なのだろう。
そんな相手にこの攻撃方法は最適解と言って良かった。
EOが被弾していくそんな様子を見ていた環が、信じられない物でも見たかの様に声を絞る。
「撃ち漏らしなんていねぇぞ……こないだの苦戦が嘘みたいじゃねぇか……」
情報処理センターの激戦を環は思い出していた。
口にこそ出していないが、それを思ったのは環だけでは無いだろう。
この現場にいる戦闘班員は、全員があの作戦に参加していたのだ。
あの時にこの砲撃があれば。
誰もが心が軋むのを感じずにはいられなかった。
同時にこの戦況がEOが相手の圧倒的戦力差にも対抗出来るという、大きな自信にも繋がる事も感じていた。
それが慢心に至ってはマズいと、副長はあえて小さな釘を刺す。
『だからってこちらの数はたった三両だ。撃ち漏らしは出るぞ?』
「そりゃあそうだがよ、こりゃあ……それでも一方的にやれちまうんじゃねぇか……?」
『ああ……たしかにこの規模ならこの数でも押し切れるだろうな。あの時みたいな思いを二度としないで済むならその方がいいのか知れない。俺達は喧嘩や決闘をやってるんじゃない。戦争をやってるんだからな』
「ああ……」
(確かにその通りなんだけどな。あんなんは俺も二度とゴメンだ。そんでも……地下通路の爆破と違って……目に入ってくるとやっぱし厳しいもんがあんな……)
環から普段のふてぶてしさが少しだけ失われていく。
情報処理センターの戦いでも環自身が多数のEOを手に掛けている。
だがあの時は生き残るのに精一杯で、死に逝く相手の事を考える暇も無かったのだ。
自分と祖母の為なら他はどうなっても構わないという彼の信条は、この半年の戦いの内に少しだが変わりつつある。
祖母と二人、廃棄地区で社会性という言葉の断たれた生活を送っていた環にとって、他者との関係が明確に生まれたアジトでの日々は悪いものでは無いと彼は思っている。
アジトで暮らしていく日々は、彼の囲いの中に入る事の出来る人間を祖母だけで無く、郁朗達や千豊達……そして他の仲間達と、日を追う毎に増やしていった。
そして向かって来るなら容赦しないとまで言った敵EOの死に様でさえも、許しがたい凄惨なものであると思える様になったのだ。
戦う人間としては欠陥が発生したのかも知れない。
だがこれはこれで環の大きな人間的成長と言えるのだろう。
(それでも……)
「こいつら見逃してオッサン達に死なれたらたまったもんじゃねぇしな。休眠中に見る悪い夢はイクローさんのゲンコツだけでいいってもんだ」
環は榴弾の危害半径を運良くすり抜け、自身の狙撃範囲内に入ったEOへとその銃口を向ける。
カメラアイの視覚にV-A-L-SYSのレティクルが現れ、偏差も計算した上で目標のEOにクロスされた。
ドンッ!
ドンッ!
吸い込まれる様に25mmの徹甲弾はEO達へ向かい、その頭部を破砕した。
(あんな風になんもかんも判んねぇ内に一緒くたに砲撃されて殺されるよりは……きっとマシだよな?)
環が複雑な心境を徹甲弾で吐き出し、弾倉を二つ消化した頃……敵EOの移動経路に変化が出た。
元々そうプログラムされていたのかも知れないが、明らかに進行経路を大きく二本に割り始めたのだ。
正面からそのまま向かってくる部隊と、北西側から回り込む様に移動する部隊にである。
そしてその移動速度も上がり始めていた。
「なぁ、あれはさすがにマズいんじゃねーのか?」
『ギリギリ俺達だけでもどうにかなるだろうけど……副班長は何やってんだ……』
「とにかく撃って数を減らすしかねぇな」
『経路が逸れた連中は今は無視しよう。正面のEOに火力を集中。アンテナ自体を守る物は何も無い。あいつらの手持ちの火器の射程に入られたら終わりだ』
「あいよ。撃って撃って、撃ちまくる!」
発砲のサイクルを上げた環達だったが、敵が二手に分散した事で密集度が下がり、殲滅速度が目に見えて落ちてきている。
榴弾によって進行経路が荒され、敵EOの足並みが落ちている事は救いだろう。
このままでは押し込まれると考えた副長は正面の部隊の前方に設置されている、指向性対地貫通炸薬の使用を決断した。
廃棄地区への作業経路を崩落させるのだ。
作戦終了後の周辺地域への影響を考えれば、出来る事なら使いたくなかった手である。
『雪村君、こことここに対地炸薬がある』
環のバイザーのマップデータに炸薬の設置場所と形状が表示される。
「おう、目視で確認。確かにあるんだけどよ……あれって外からの衝撃とか火気で起爆すんのか?」
『信管の側に点火薬があるとは聞いてるんだが……この部分だ、ここから狙えるか?』
「榴弾でやった方が早いんじゃねーの?」
送られてきた指向性対地貫通炸薬のモデルデータを見た環は、これならば自身の狙撃よりも榴弾で起爆した方が早いと判断した。
『榴弾だとあれの耐衝撃性を考えると吹き飛ばすだけで終わりだな。起爆したとしても本来の威力は望めないだろう』
「しゃあねぇな。やるだけやってやらぁ」
大葉が居ない以上、自分がなんとかするしか無いと、環は68式改のトリガーに指をかけた。
点火薬のある部位とレティクルが重なる。
間髪入れず銃爪を引いた環だったが、タイミングが悪かった。
車両の砲撃した榴弾の爆風がその場に横風を生み、徹甲弾の弾道を僅かに逸らしたのだ。
「邪魔してんじゃねーよ! 外れちまったじゃねーか!」
『こっちだって遊んでる訳じゃ無い! そちらでタイミングを合わせてくれ!』
「チッ!」
苛立たし気に声を上げた環が、次弾を撃ち込もうと再度狙いをつけたその時。
目標としていた指向性対地貫通炸薬がいきなり起爆した。
起爆シーンをまともに見てしまった環のカメラアイには、保護の為に自動で光量調整がかかる。
「うぉっ、なんだ!?」
更にマップデータを見れば、北西に分散した敵EOにも砲撃が加えられているではないか。
『遅くなったな。間に合って良かったぜ』
『危なかったね、タマキ君』
どうやら間崎達の車両が砲撃可能な位置に到着した模様である。
「『『『遅いッ!』』』」
『なんでぇ、大合唱だな。そんなに寂しかったってか?』
『何言ってんです! マップデータ見てたなら判るでしょう! 俺達がどれだけ苦労したか!』
『しょうがねぇだろうが。足回りのイカれかけた通信車両をえっちらと運んで来たんだ。時間がかかるくらい織り込んどけ』
『……判りました。追求は後にします。正面が片付き次第、別ルートへ向かったEOへの攻撃に移ります。それまでそちらで相手をしてて下さい』
『おう、手早く終わらせるぞ』
たった一両の79式歩兵戦闘車両の追加と、指向性対地貫通炸薬が起こさせたルート封鎖によって敵EOが密集した事で、その後の戦闘はあっさりと片がつく事となる。
「なんか苦労したのか楽勝だったのか、よく判んねぇ戦闘だったなぁ……」
残存したEOがいないか周辺警戒をしながら、合流した大葉に環はボヤく。
「なんか申し訳無いね。張り切って出て行った割には成果が乏しくて……」
『大葉さんはいいんですよ。通信車両の確保なんて大戦果じゃないですか。問題は副班長です』
副長がここまでの鬱憤を晴らす為に間崎を攻め立てる。
『俺の何が問題だってんだよ?』
『通信車両の確保なら大葉さんと人員二人も残していけば良かったでしょう。大葉さんを固定してもレーダーの映る範囲は変わらなかったんですから』
『だけどよ、大葉さんを連れてこなきゃ炸薬の起爆は出来無かったんだ。ルート封鎖は無理だったぜ?』
『副班長がもっと早く到着してれば、ああなる前に殲滅出来てましたよ?』
『うっ……』
確かにこれは副長の判断が正しいと間崎は考える。
『千豊さんに報告されたくないでしょう? なら、次の雪村君の狙撃訓練時の的を一人でやってもらうって事で手を打ちます』
『『異議なし』』
『待てッ、あれを一人でか? 洗車も込みって事――』
『込みでお願いしますね』
『……お前ら覚えてろよ……』
そんな大人達のやりとりを冷ややかに聞きながら、環は擱坐している敵のEOだった残骸を見つめていた。
たった数両の車両と二人のEO。
それだけの戦力で、情報処理センターの時とほぼ同じだけの戦力を退けた。
互いの殴り合う火力の増大を不意に環は想像してしまう。
(あちらさんだってこの状況を黙って見てるって事は無いよなぁ……次は俺達が転がるかもなんて考えたくもねぇな)
防衛目標は守り切ったものの、環にとってその後味は決して良いものでは無かった。
「なぁ……他の場所はどうなんってんだろうな?」
「……恐らく戦闘中なんだと思うよ」
「やっぱそうなんかな」
環はそう呟くと、自分がここで心配しても何も始まらないと思い直し、再び警戒を続けるだけであった。
アキラが空を舞っている。
そう表現するしかない自分の語彙の無さに、片山は僅かに呆れた。
「イクローと検討したってのがこれかよ……確かに軽装じゃねぇと出来ねぇ手なんだろうけどよ……無茶しすぎだ!」
事は敵輸送ヘリの先鋒を榴弾で叩き落とした直後、不意に始まった。
『行くッス』
アキラはその一言を残してローダーシステムのモーターを全開にし、その場から飛び出してしまったのだ。
訓練と実戦でのデータが取れた事で、ローダーシステムの個人への調整があれから直ぐに行われた。
既にアキラも郁朗もシステムを使いこなし、自身の思い描いた機動を取る事が可能になっている。
突如、前線に飛び出したアキラを見て、片山は当然ながら慌てた。
帰還を呼びかけても、
『大丈夫ッス』
この一言である。
アキラは低空に侵入してきた一機のヘリを目敏く見つけると、まず近くにあった背の高い樹木の上部に糸を飛ばす。
幹に巻きつき硬化剤で固定された糸をモーターで巻き取ると、アキラの身体は樹上へ運ばれていった。
高さを稼ぎ樹木に絡んだ糸をパージ、そこからさらにヘリへと糸を撃ち出す。
ヘリの一部に糸が巻き付くと、アキラの身体は宙に舞った。
最初はヘリに引っ張られる形だったが、モーターでの巻き取りを開始するとみるみるヘリへと接近していく。
傍目に見ると呆れるしかない、アキラの風変わりな空中ショーが開幕されたのである。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.06.14 改稿版に差し替え
第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。