4-15 露顕と秘匿の攻防
-西暦2079年7月12日14時40分-
「……軍務大臣ならちゃんと答えろよ? あの人型兵器をオートンって言い切るならよ。なんでうちには配備されてねぇんだ?」
「第二師団からは配備の要求が無かったからだ。必要の無い物を送りつけられても迷惑になるだけだろう?」
「打診すらせずに必要不要の判断を勝手にしたって訳だな? じゃあ今からでも五百機ばかり寄越して貰おうか。何も新品を寄越せなんて言わねぇよ。この映像に映ってるやつらで構わねぇ。それが出来れば俺の的から政府は外してやってもいいぜ?」
植木は届いたばかりの映像を流す様に調整室に要求した。
そこに記録されている映像は第六連隊と第八連隊の駐屯地を包囲している大量のEOの映像だった。
第三連隊と空挺連隊が逆浸透し最大望遠で記録してきたものである。
「ひーふーみー。結構な数じゃねぇか。で、なんで第六と第八の寝床を囲んでんだ? 連中はあんたらの手駒だろ?」
「なんてことだ! テロリストの仕業だ! いつの間にこんなに……総理、早く鎮圧命令を――」
「あー、芝居はもういいぜ。仮にこれがテロリストのものだとしたらよ、連中はどこでこんだけの数の人型兵器を確保したんだ? こんだけの数の軍需物資を盗まれて今まであんたは何をやってたんだ? 責任問題ってのになるんじゃねぇの? なぁ総理さんよ?」
「我々東明重工が作ったんじゃないかとでも言いたげですね? 我々だけでは不可能ですよ。設計基を見る限り、むしろ我々重工業の分野よりもカドクラ生化やカドクラ薬品の方が専業でしょう。どちらも私の兄が取り仕切っている企業ですね」
「だからその設計基とやらが捏造だと言っておるのだ。我々の知っている設計基とはまったくの別物だ」
「ではあくまでこの人型兵器はオートンだと仰る訳ですね?」
「そうだ」
「言質を頂きました。では次の映像をお願いします」
千豊の声に調整室が応え、届いたばかりの映像をモニターに流し始める。
「こちらの映像は先程EブロックとNブロックの境界で録画された物です。こちらのヘリコプターはどこの所属なのかはっきりと仰って下さい、軍務大臣」
「しっ、知らんぞ。こんな物は我が軍に正式採用などされていない。テロリストの物じゃないのかね!?」
「知らないと仰る?」
「ああ、こんなヘリの存在自体も知らんし見た事も無い!」
「では今の言葉も言質として頂きますね」
「先程から言質、言質と。我々の言葉の尻を取って何をしたいのかね!」
通産大臣がイライラしながら怒鳴り声を上げた。
「証拠を提示し言質を取る、追求討論の基本じゃないですか。政治家の先生なら誰もがご存知のはずでしょう? それとももう政治家は廃業なさるのですか?」
対した門倉の挑発に里中は顔を真っ赤にしながらブツブツと何かを言っている。
「じゃれ合いはその辺で。では続けます、こちらの中継を御覧下さい」
モニターには荒い画質ながらライブ映像が届けられる。
「先程のヘリが撮影された現場に落としていった落し物です。ついさっきまで動作していた様ですが今は停止しています。これを現場の民間人の皆さんの目の前で解体してみせましょう。本当に奥村大臣閣下の仰るオートンならば、我々の持ち込んだ設計基とは違う構造をしているはずです」
「やっ、やれるもんのならやってみるといい。だが違ったからと言ってそれが何の――」
「さすがにその言い逃れは苦しいんじゃねぇか? オートンだってあれだけ力説してくれた訳だしなぁ?」
「さぁ、始めて下さい」
インカムを装備した工兵達により、EOの解体が進められていく。
遠隔で彼等を指揮しているのはアジトにいる山中である。
EOの構造を熟知している山中のコントロールにより身体各所のロックが解除され、速やかに人口脊髄が本体から取り外された。
そして……大脳を覆っている基幹装甲も、視聴者達が見守る中で除装される。
「奥村大臣、これが何に見えますか? これが機械と仰るなら老眼鏡の買い替えをお勧めしますわ」
モニターに映しだされたそれは、どう見ても人の脳であった。
「これでもまだオートンだと? ちなみに私達が運用している人型兵器とは形状からして別物ですのであしからず」
「陰謀だッ! どうせあんたらこれの為に作ったものなんだろう! 人の命をなんだと思ってるんだ!」
「まだ粘ります? では残りの手札を切りましょうか」
モニターには二枚の画像が映し出される。
一枚は第六連隊連隊長である村田と新型の輸送ヘリの前で握手する奥村の写真。
もう一枚は第六連隊に宛てられた、下士官以下を本営へ移動させる命令書の写しであった。
そこには本日の日付、そして総理大臣加橋と軍務大臣奥村のサインとその印章が捺印されている。
検問していた第三連隊の元へ、逃げ出した第六連隊の将兵達によって持ち込まれた物であった。
「ヘリの事をご存じないと仰りましたわね? これは何でしょう? それとこの命令書の説明をお願い出来ますか?」
「偽造――」
「ならとっとと鑑定して貰おうじゃねぇか。無駄だとは思うが、鑑定の結果本物だったらどうしてくれるんだ?」
「バッ、バカな、話にならん」
「ちゃんと釈明しねぇと有権者が黙ってないと思うんだがなぁ。そんなんであんた、まだ政治家続けられると思ってるのかい?」
「では証人をもう一人お呼びしましょうか?」
そこに現われた男を見て、奥村は驚愕し声を荒らげた。
「なぜお前がそこにいるッ! 康隆ッ!」
「あなたの罪を告発する為ですよ、父さん。貴方はやっちゃあいけない事をやってしまった。私はそれを許せない……これを見て下さい。ここ十年の奥村のスケジュールです。第一秘書である私が管理していたので内容に間違いありません」
奥村の息子、康隆には本来別の形での登場を願う予定であった。
それが総理以下の閣僚との予定外の映像通信の成立により、このタイミングで彼という手札を切る事になったのである。
EO転化の被害者の関係者を情報として芋蔓式に引き上げた時、被害者の一人の友人として彼の名前が浮上したのは、千豊達にとって僥倖と言えるだろう。
康隆に接触した際、父親がこの様な案件に絡んでいる事にショックを受けたものの、互いの利害が一致するという事で彼は千豊に協力を申し入れた。
康隆の持参したそのデータには、奥村が何時何処で誰に会ったかというの全てが記録されている。
機構との関係性が疑いのままでいる余地は、これで完全に消滅したと言っていい。
「そしてこれが資金の流れを記載した裏の帳簿とでもいう物です。勿論、機構から幾らの金が流れたか、全てが記されています」
「何故だ! このまま黙っていれば私の地盤を引き継げたものを……」
「そんなもの必要ありません。それよりもあんなものにされた私の友人を返して下さい。出来なければ……直ぐにでも死んで下さい。貴方は生きていけはいけない人だ」
「おい、奥村さんよ。何か言い残す事はあるか? そのうち俺がそのタマ取りに行ってやっから。今の内に極東の皆さんに遺言の一つでも聞いて貰っちゃあどうだ?」
植木がその一言を言い終えると同時に、奥村の通信は切断された。
奥村の息子は千豊達に一礼すると、その場を立ち去る。
「さて、次はどちらですかな?」
門倉は残った二人の映るモニターを見つめ、死刑宣告とも取れる問いかけを行う。
「里中大臣、こちらの局を経由してお電話が入ってますがどうなさいます?」
千豊の声にビクリと身体を動かした里中は沈黙した。
『あなた……私です……』
電話の主は里中の妻であった。
「何故お前がこんなテレビ局にわざわざ電話をしてくるんだ! 中央に連絡すれば済む話だろう!」
『電話を取り次いで頂けない以上、通じる所へ連絡するのが当然でしょう。あなた……お願いですからこれ以上馬鹿な真似をなさるのはよして下さい』
「馬鹿な真似とはなんだ! 私は政治家として命を懸けてだな――」
『命を懸けて孫を殺すのですか! あなたは!』
「なん……だと……?」
『あなたは何もご存知ないのですね……あなたが縁を切った娘に興味を持たないのは解かります。でも……孫が拉致されそうになった事を知らないままでいていいはずが無いでしょう!』
「拉致……? 何の話だ?」
『さっきあの子から連絡がありました。この番組で流された学生の拉致未遂事件に私達の孫が巻き込まれたと。助けてくれたのはあなた方がテロリストだと声を大きくしている相手だとも』
「馬鹿な……なんでだ……加橋! 私の身内の安全は保証すると言ったろう! どういう事だ!」
「なるほどねぇ。身内の安全が確約されるなら、人の道でも平気で踏み外せるわな」
『……あの子達の誇りでいられるあなたに戻って下さい。無事に戻って来られるのを祈っていますから……』
そういうと里中夫人は通話を終了させた。
里中は数秒の間だけ床を見つめ、何かを決心した顔をすると映像通信を切断した。
「お二人共、まともな身内を持っていた事に感謝するべきでしょうね。さて、加橋総理。残ったのは貴方だけですな。どうなさいます? さすがに白旗を揚げられますか?」
「……何がだ? 何の白旗を揚げろというのかね?」
「……ここまで離反者が出れば総理の罪も隠し通せ無いのではありませんか? 現在行われている戦闘も、誰の主導によるものなのかはっきりさせて頂きたいですわね?」
「私の罪だと? 極東市民達を正しい方向へ導いて行こうとする事の何が罪なのだね?」
「まだそんな事言ってんのかよ。その市民を犠牲にして何が正しいだ! 血の上に築かれる政治がまともなわけねぇだろうが!」
「正当な選挙で有権者に選ばれた私達が法案を作っただけではないか。それが気に入らないからといって、こんなクーデター紛いの事を起こしている君達の方こそ正気を疑うね」
「それを言うならばまともな政府運営をして頂きたいものですな。納税者の居なくなった世界で貴方達は何をしようと言うんです?」
「それを君達に伝える必要性は無いな。いずれ政府から正式の発表される。我々は粛々と新法を施行するだけだ」
二人の閣僚が姿を消したにも関わらず、加橋は堂々とした態度で千豊達との討論に応じている。
既に己の陣営が不当な事を行っていると視聴者達に認識され始めているというのにだ。
(単なるブラフか……それとも真性の道化なのか……どっちなのかしら?)
千豊は勝ち筋の見え始めた討論に終止符を打つ為に手札を探る。
そしてこの討論は思わぬ形で幕を引く事となるのである。
「停止出来ないってのはどういう事だ! こいつが指揮車両じゃなかったのか! 答やがれッ!」
停止させた通信車両内に間崎の声が虚しく響く。
粘着硬化弾で捕縛されている搭乗員は、ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら間崎達を見つめるだけだった。
追走開始からほんの僅かな時間で大葉達は通信車両へと追いついた。
歩兵戦闘車と幹線道路の壁面に挟み込まれた通信車両は、車体が浮いた事により動力輪を空回りさせながら停止させられたのだ。
並走しながら無理矢理挟み込むという荒っぽいやり方ではあったが、車両の破損を極力避ける事を考えれば取れる手段は限られていた。
大葉を先頭に車両へと突入。
内部へ入ったと同時に発砲されたが、リニアプロテクターを展開した大葉には一切の効果が無く、その影に隠れた間崎達が粘着硬化弾を一斉射すると抵抗は止んだ。
拘束した二人の男の尋問を開始したのだが、彼等にとってこの状況は折込済みだった様で沈黙を守っている。
「こいつら……軍の人間じゃねぇな。あの家の人間か。どおりでニヤけた面してると思ったぜ」
確かに陸軍の正規の兵員と同じ装備はしているのだが、持っている雰囲気が郁朗と対峙したあの男にそっくりだったのだ。
「フン。お前らの様に人の指示でしか動けん人間ごときに、我々の崇高な理想が理解出来るか。せいぜい愚民同士で殺しあうといい」
「何をした所で流れは変わらん。諦めて機構の理想に降れ」
二人の男達はそう言い残すとぐったりとしたまま動かなくなった。
薬物か何かで自決した様だ。
「どうだ?」
間崎が容態を見ている班員に問いかけると彼は首を横に振った。
「狂信者ってやつか……どうしようもねぇな」
「結局……無駄足だったって事ですかね……?」
大葉が申し訳無さそうにそう言うのを聞いて、間崎が彼の肩を叩く。
「そうガッカリしたもんでもねぇよ。こいつらの死因はともかく、この車両は解析すりゃあEOのコントロールの事が何か判るかも知れねぇんだ。お手柄だと思うぜ?」
「だったら良かったですよ……無理して出てきた手前、何か成果が無いとタマキ君に申し訳無くて……」
「そういやすっかり忘れてたな。おい、雪村」
『……遅えよ。もちっと手際良くやれなかったのかよ? 敵さん、結構近くまで来てるんだぜ? とっとと戻ってきてくれ』
「いや、俺達は横手から連中をつつく。そっちはそっちで好きにやってていい。位置データは途切れてねぇだろ?」
『オッサン達、いい加減あんたら自由過ぎだぜ! 囲まれたって助けに行けねぇからな! くたばるんじゃねぇぞ!?』
環はそう言うとぶっつりと通信を切った。
「数だけで見れば雪村達の陣からの砲撃だけでも十分な火力なんだがな。どんな搦め手を使ってくるか判ったもんじゃねぇ。俺達は迂回にかかった連中を横合いから叩く。大葉さんよ。もうあの連動は使わねぇが、マップデータの提供だけは頼むな?」
「ええ、判っています。最大レンジを維持、データ転送を継続します」
戦場へ向けて移動を開始する間崎達の車両。
指揮車両でのプログラム変更が出来ず、EOの群れの侵攻は続いている。
彼等はもう、破壊する事でしかその歩みを止められないのだろう。
目論見通りに侵攻を止める事が出来無かった罪悪感を抱えながら、その車輪は地面を蹴って目的地へ向かうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.06.14 改稿版に差し替え
第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。