4-14 攻め寄せる波濤
-西暦2079年7月12日14時30分-
片山達と環達が戦闘状態に入った報が郁朗達にも届けられた。
彼等は彼等で第三連隊からの入った報告もあり、彼等の心配だけをしている余裕も無かったのである。
「地下に空、こっちは河か。色々と考えてやってくるもんだね」
「そらそうなんちゃいますのん? ボクらかて似た様な事してますやん」
「そうやね。あんな大きい船まで使うて待ち構えるとか、軍事行動っちゅうんは凄いもんやと思うわ」
彼等のいる送信施設からは水名神のその巨大な艦体が窺えた。
単に郁朗達の担当する施設が、送り届けられる順番の最後の場所だったというのもある。
本来ならそのままドッグに帰投する予定だったのだが、河からの揚陸が見込まれるという情報が入った時点で、このエリアの支援に回るべきだと古関が判断したのだ。
「予定には無かった事だから、ツキがあったんだろうね。水名神がいてくれれば相手の船は任せても問題無さそうだし。僕達が陸に集中出来るのはありがたいよ」
敵の攻撃が確実にあると判明してから、双子が少しだけ大人しい。
普通の人から考えれば十分に喧しいのだが、彼等特有のふざけた軽口が確実に減っている。
(こういう所のケアも合わせて僕に預けたんだろうけど……そもそもこれは団長の仕事だよねぇ)
郁朗は二人の緊張を解く気にはならなかった。
初陣で調子に乗られるよりはよっぽどマシだからである。
「で、二人は今回、機体特性を使うのがノルマだからね? 訓練では何回かやってるんだから失敗は無いと思うけど、実戦は初めてだから迂闊な事はしない様に」
「迂闊な事て……そんなんボクらした事ないですやん。なぁ? 勝?」
「景の言う通りやわ。いつそんな事したか教えて欲しいくらいですー」
「……格闘訓練で部隊最弱の大葉さんに一勝した後に二人揃って二十五連敗したのは?」
「「…………」」
「71式の移動射撃訓練でちょっと慣れてきたからって全速で走って、お互いの給弾ベルトに銃身を引っ掛けて蜂の巣になりかけたのは?」
「「…………」」
「タマキの狙撃訓練の手伝いを買って出て、模擬弾のマガジンと実弾のマガジンを間違えて渡して僕達を殺しかけたのは?」
「それは景のせいやん!」
「アホか! 勝が確認もせんとボクにマガジン渡したからやろ!」
「二人でちゃんと確認してたら起きない事故だったよね? さて、これでも君達が迂闊な事をしていないと? 言って欲しいならまだまだあるけど?」
「「ごめんなさい、それ以上は心が折れます」」
双子は肩を落として萎縮した事をアピールしているが、反省しても三歩歩けば忘れるのがこの双子なのだと郁朗は認識している。
変にクヨクヨしないのはいい事だとは思うのだが、下手を打てば彼等だけでなく周囲の人間の命に関わる事をやっているのだ。
いつまでも甘い顔をしてはいられなかった。
双子にきっちりとプレッシャーをかけ終えた所で、郁朗のバイザーから入電を知らせるアラームが鳴る。
『藤代君、よろしいですかね?』
水名神副長・近江からのものだった。
「どうしました? 何か動きでも?」
『河岸警備をしていた警察局から連絡です。敵勢力の移動開始を確認。距離にして約一万の位置。数は正確な観測ではありませんが五十艇以上の揚陸艇に一艇毎に五~六体のEO。それに中型のクルーザータイプの武装艇が最後尾に随伴しているそうです』
「こちらに真っ直ぐ来ると思いますか?」
『全てが、という事は無いでしょう。幾らかは上陸の牽制の為に仕掛けてくる事は考えられますけどね』
「では水上の方はお任せしても?」
『引き受けましょう。水名神の武装の実戦テストのいい機会です』
「お願いします。僕達は河岸と陸路の警戒を引き続き」
『はい。会敵まで早ければ五分です。それでは、ご武運を』
「そちらも」
通信が切られた僅か後、水名神が射角を確保する為に回頭を始めた。
艦尾右舷からのジェット噴流が艦体を押していく。
河岸に並行に浮上していた艦体を、上流に左舷を45度に寝かせる形で停止させた。
これで左舷にある四門の76mm速射砲の射角を最大限に利用出来る。
速射砲の動作チェックが淀みなく行われている。
普段の整備状況もいいのだろう。
砲塔の回転はスムーズ、砲身の仰角移動も滑らかだった。
「あんなので撃たれるって考えるだけでおっかないなぁ」
「ボクらからしたらこれも十分怖いんやけどなぁ」
景太は右前腕に装備されている71式改の本体をブンブンと振った。
「イクローさん、こういうもんも使い続けたら慣れるもんなんかなぁ?」
勝太の不安を感じた郁朗は、思ったままを口にした。
「どちらの意味で慣れるって言ってるのかな? 撃つだけなら誰だって慣れると思うよ。自転車に乗るのと変わりないもの」
「…………ほな……人を撃つ事にも慣れてしまうん?」
「……良かったよ……君達はお調子者だから少し心配だったけど、ちゃんと考えてくれてて」
「そんなん……なぁ?」
景太と勝太は顔を見合わせると頷き合う。
「それに慣れちゃあいけないんだ。僕はここまでに何人ものEOを殺してる。座学で戦闘映像も見ただろ?」
「うん……」
「見た……」
「それだけじゃない。僕は生身の人間もこの手で殺した……それが正しかったかなんて事は判らない。今でもあの感触を休眠中に夢に見る事があるよ」
「「…………」」
「ただね。そうしなければ僕の知っている誰かがもっと死んだだろうから……後悔はしてない。僕のせいで何人もの仲間が死んだからね……慣れちゃあいけない事だけど、君達もいざという時に迷うなよ?」
「いざと……」
「いう時……」
「助けたい人を助けられるタイミングなんて、肝心な時にはほんの少ししか貰えないって事を……憶えとくといいよ。ん……来たみたいだね」
水名神の識別灯が明滅し、敵艇団の襲来を告げる。
「僕達は戦闘班と陸からの浸透の警戒だ。僕は哨戒に出るから、君達はここの防衛に残って。会敵した時にはちゃんとやらなきゃダメだよ?」
「「うん……」」
「声が小さい!」
「「りょ、了解や!」」
郁朗はその返事を聞くと満足し、ローダーユニットのモーターに火を入れその場から離れた。
敵挺団をレーダーに捉えた水名神艦内も慌ただしさを増す。
「先行する約二十艇、三十秒で射角に入ります。後続の艇影無し」
レーダーオペレーターの報告を受けた古関の声が艦橋に大きく響く。
「水ノ江、今回はガキ共の研修だ! テメェは手を出すなよ!? 立川、何があるか判らん。機関は最大出力をいつでも出せる様にだけはしとけ!」
「艦長、落ち着きなさい。この程度の数を相手に何をそんなに大騒ぎしているんです?」
「思い出すじゃねぇか。二十年前の極東東湾の所属不明艇とのドンパチをよ。あん時は武装の無い船だったからな。逃げるのに精一杯だった」
「今思えば、あれも機構の船だったんだと思いますが……しかし、それと今回のこれには何の関係も無いでしょう?」
「バカ言え。機構の船だったんなら尚更だ。積年の恨みを晴らすチャンスってやつだ」
「根に持ちますねぇ。まぁ気持ちは解かります。なら、せいぜい派手にやりましょう」
「よし! 二千五百で射撃開始、千五百まではレーダーとCPUの連動に任せる。右舷銃手も寝てんじゃねぇぞ? 周り込まれた時の事を想定しておけ」
「千まで近寄られたら被弾も有り得ます。応急班はそのつもりで」
「距離二千八百、七百、六百……撃ちー方ー始め!」
火器管制部門の副長が戦闘開始を宣言する。
左舷の76mm速射砲、その全門が火を吹いた。
分間八十六発発射可能な砲が四門、時間差で撃ち出されるその発砲音の騒がしさは71式の弾幕の比では無い。
吐き出され続ける弾頭も目標の船舶にとっては、眼前に迫って来る壁にしか思えないだろう。
船体の様々な部分に被弾し次から次へと沈んでいく揚陸艇。
ある艇は操船していたEOごと舷側を削られて環状大河に沈んでいき、ある艇は載せていた弾薬に火が入り爆発炎上している。
しかし幸いと呼べるのか最悪と呼べるのか、操船の為に必要な一体ずつしかEOは乗せられていなかった。
その様子を見ていた近江が呟く。
「これは陸戦は確定ですか。という事はこの揚陸艇は自爆前提の魚雷代わりと考えていいですね。炎上している艇があるのがその証拠でしょう」
「撃ち漏らすなって事だな? 聞いたか、ガキ共! お前らが下手を打てば艦が沈むぞ! 気合入れて叩き落とせ!」
「残存艇七、千五百圏内に入りました。手動砲撃に切り替えます」
砲撃手達は丁寧な射撃を行う。
一艇、また一艇と残存揚陸艇は沈んでいった。
だが一艇の揚陸艇が砲撃の隙間を運良く掻い潜り、間もなく千メートル圏内に立ち入ろうとしてる。
「えらく操船の上手いのがいるじゃねぇか。まさか海のもんか?」
「判るわけないでしょう。あれだけ攻撃に即応出来るとも、生前の記憶が残るとも聞いていません。回避するという事はプログラムされているでしょうが、間違い無く偶然でしょうね」
近江はそう言うが、たった一艇の船に四門の砲がいいように振り回されているのである。
古関が古巣の人間が転化されたのではないかと思うのも無理は無い。
回避を続け水名神まで千メートルの圏内入ったと同時に、揚陸艇のEOは束ねた76式の様な火器から複数の弾頭を撃ち出し始めた。
発射の為に操船の手が緩んだのだろう。
速射砲の火線に襲われて揚陸艇は撃沈されている。
だが喜ぶ間も無く、水名神の艦尾へ向けて水中を走る弾頭。
恐らくは携行型の魚雷か超小型の対艦ミサイルなのだろう。
「デコイ射出」
火器管制長の水ノ江の落ち着いた一声を聞いた管制副長は、舷側の発射管からデコイを射出する。
十数個のバルーンが水名神の左舷で膨らみ、壁を作る様に展開したと同時に大きく水柱が上がる。
複数の弾頭はデコイバルーンに遮られ、一発たりとも水名神に届く事は無かった。
ブリッジで歓声が上がる中、水ノ江はこっそりとブリッジから去ろうとしていた。
「……水ノ江ちゃんよぉ……手ェ出すなって俺は言ったよな?」
「いや……つい……」
黙っていれば判らないと考えたのか、水ノ江はしれっとその場をやり過ごそうとしたのである。
だが古関の怒りの混じったその声で逃走を諦めた様だ。
「ついじゃねぇよ! 被弾する事だって訓練の一環なんだぞ!」
「まぁ、無駄に被弾するよりは良かったんじゃないですかね? ですが管制副長以下の皆さんが冷静さを欠いていた事は事実です。シミュレーションのパターンと、訓練時間の増加は確定という事で」
「水ノ江ちゃんも当然それにつき合わせるんだよな?」
「当たり前です。水ノ江君にはきっちりと彼等の面倒を見て貰いますから。一段落するまで食後の甘い物はお預けです」
「ざまぁみろ、俺の言う事聞かねぇからだ」
「君もですよ。艦長としては当然でしょう。連帯責任というやつです」
カラカラと笑う古関に冷たい目線を送り、近江はピシャリとそう言い放った。
「お、近江ちゃん?」
「報告にあった数から考えれば、揚陸艇はまだまだ存在します。警戒を厳に! 銃手の皆さんは先程の反省を次の戦闘に活かす様にして下さい!」
「艦長……俺なんだけど……」
見せ場も威厳も全て近江に奪われた古関はズルリと椅子に沈み込むと、艦長席を磨くだけの置物になりつつあった。
水名神の初陣はクルーの緊張を他所に、実にあっさりと終わりを迎える。
まだまだ練度不足を感じさせるものの、進水から一月足らずの寄り合い所帯の艦という事を考えれば、今回の戦闘の出来はまぁまぁではなかろうかと近江は分析する。
次の会敵はどの程度後になるのか。
河岸での戦闘も他の戦場と同じく、まだまだ始まったばかりであった。
「これだけの証拠をこちらが用意しているのにも関わらず、あなた方はまだ自分達の正当性を主張する、そう仰るのですね?」
千豊の冷たい声がスタジオ内に緊張をもたらす。
「何が証拠だね。幾らでも捏造出来るレベルの物じゃないか。金融機関の証明にしたって君達なら暴力で幾らでも手に入れられるだろう?」
通産大臣の里中が悪びれる様子も無くそう言った。
「大体、第二師団は何をやっとるのかね? 君達はシビリアンコントロールの原則すら忘れたのか?」
「文民統制だったら何してもいいってか? そういうのはな、組織が腐っていない事が大前提って事を忘れてんじゃねぇよ!」
軍務大臣の奥村と植木の睨み合いも継続されている。
「このカドクラから流れている総理への資金、あなたの政治資金収支報告書には一切記載されていませんな? これについてはどう説明を?」
「私の預かり知らん範疇だ。秘書に聞きたまえ秘書に」
両陣営の討論は平行線を辿っていた。
千豊達が何を提示してもそれを棚に上げ、のらりくらりと躱されてしまう。
見ている視聴者も彼等の胡散臭さは感じ取っているのだが、確かに決定打と呼べる判断材料も無い事に困惑していた。
千豊の元へ新見が近づき、何やら耳打ちをする。
その報を聞いた千豊は、反証のきっかけを得たのか僅かに微笑んでみせた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.06.14 改稿版に差し替え
第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。