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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-13 空来

 -西暦2079年7月12日14時25分-


 本部から郁朗達に浸透の警戒が呼びかけられた頃。

 哨戒を継続していた犬塚の率いる大隊に、岸部からの通信が入る。


『マズいぞ! たった今、俺達の警戒区域を大型のフロート、さっき報告のあった新型の輸送ヘリだろう。そいつが二十四機も通過した。周辺の市民への影響を考えれば攻撃はとてもじゃないが出来ん。スマンがそちらでどうにかならんか?』


「岸部さん、無茶言わんでくれ。こっちだって避難中の民間人が山程いるんだ。発砲出来る場所なんて無いぜ。それに対空車両が一両しか無い。陸路からの浸透ならどうとでも出来るが、空からは想定されて無かったからな」


『そっちも同じか……だったらどうする? このまま例の場所まで行かせちまっていいのか?』


「良い訳は無い。だが出来無い事をやろうとしたってどうにも――岸部さん、また後で連絡する!」


 犬塚は目ざとく見つけた何かを確認する為に通信を切った。

 部下から警戒用の双眼鏡を取り上げると、見つけた物の正体を探る。

 同時に録画へと切り替え、備え付けの媒体への記録も忘れない。


「……あれが……なんて数だ……」


 犬塚の覗いたレンズの先には、楔型の編隊を組み南下を続けるヘリの群れがあった。

 大型のローターが機体上部の左右に見える。

 後部にも何かある様に見えるが現時点では確認出来無い。

 ヘリは前傾しつつ、高速で犬塚達の真上に向かって来ていた。

 Eブロックへ堂々と侵入してくるあたり、民間人達が邪魔で発砲出来無い犬塚達の状況も織り込み済みなのだろう。


「本当に……腹に抱えてやがるな……」


 倍率を上げ、機体腹部のペイロードユニットへと視線を向ける。

 第八の准尉が伝えてくれた通り、十体程……正確に言えば十二体のEOが固定器具にに吊られて格納されている。

 それだけの重量物を吊っていながら、偵察用のフロートよりも速い速度で飛翔しているのだ。

 その速度は想像以上に速く、既に犬塚の肉眼で見える距離にまで輸送ヘリは近づいて来ていた。

 そして犬塚の部隊が展開しているエリアの上空に差し掛かった時、それは起きてしまう。



 密集という程では無いが、それなりに固まって飛んでいた輸送ヘリの一団。

 地形の影響か原因は不明だが、その進行ルートの気流が僅かに乱れた。

 機体を立て直す小さな動きが、機体そのものへ少しばかりの振動を与える。

 微小な動きが連動した結果……固定ユニットへの接続が甘かったEOが一体、検問を待っている民間人の元へと落下してしまったのだ。


「ッ! 民間人を退避させろッ! 急げッ!」


 犬塚がそう叫んだ時点ではもう遅く、EOは破砕音と共にその落下を終えていた。

 落下先は避難の列に並んでいた民間人の車両前部のモータールーム。

 幸いバッテリーからの放電や漏電は無い様だが、ポッカリと穴を開ける形ではまり込んでいる。


 周辺には破片が撒き散らかされ、徒歩の列に並んでいた民間人の中には怪我人も出ている。


「クソッ! 怪我人の収容急げッ! 射線確保まで発砲は厳禁ッ! 落ちてきたEOは刺激せずに監視しろッ! 記録も忘れるなッ!」


 手短に命令を出すと犬塚も倒れている民間人の元へ向かった。

 落下地点周辺はひどい有様で、負傷により動けない数十人の人々が伏している。


「意識の有無の確認! 無ければ運んでしまえ!」


 部隊員達は命令通り意識のある者には肩を貸し、無い者は二人一組で無理矢理その場から移動させ始めた。

 本来なら脳に何らかの異常がある可能性を考慮してその場から動かす事はしない。

 だがEOがいつ動き出すか判らないこの現場に、何時までも置いてはおけないのだ。


「EOの稼働を確認! 動作チェックをしている模様!」


 監視に回っていた兵員の大きな声が現場に響く。

 EOは自己診断でもしているのだろうか、車に突き刺さったまま身体を動かし始めている。


 すると、どこからともなくEOを狙う石が飛んできた。

 遠巻きに見ている民間人からの物だろう。

 それを攻撃と判断したEOが反撃を行おうと、右腕に装備している71式を監視している部隊へと向けた。

 その銃身は落下の影響でN字に曲がり、とても銃としての用を足せる物では無くなっていたのである。

 EOが構えたと思った時にはもう発砲されていたが、当然ながら弾頭は歪んだ銃身から飛び出す事は無く……燃焼圧力に耐えられなくなった薬室ごと腔発を起こした。


 飛び散る破片によりEOの右前腕部は全壊、監視していた兵員達にも負傷者が出る。


「仕事を増やしやがって! 石を投げた奴を確保しろ! 責任は取らせる!」


 負傷者を安全圏に運んだ数名の兵員が野次馬の方へ向かうと、一人の男が民間人達から即座に突き出された。

 周辺に居る人間全てを危険に晒したのだ。

 顔を腫らした男は顔を青くしていた。


 そんなトラブルもあったが、どうにか射線を確保出来るだけの負傷者の移動を終える。


「粘着硬化弾用意ッ! ドライバーの救出後に固めちまうぞッ! 三人付いて来いッ!」


 監視班に千豊から支給された硬化弾の使用を命じると、犬塚は真っ先に飛び出した。

 犬塚の命令を聞いた兵が彼の後に続く。

 救出にあたっている隊の中隊長の、犬塚を叱責する声が怒声としてその場に響いた。

 だが彼は聞く耳を持たず、そのまま車両へと接近する。


「ドアがひしゃげてやがる……クソがッ! リアガラスを割って中へ、後ろからドライバーを引っ張り出すぞッ!」


 そう言うと同時にヒビの入った車両のリアガラスを、腰から抜いたスタンロッドで粉砕した。

 破片が飛び散るが、それに構っている時間は彼等には無い。

 後部座席に潜り込み、ドライバーの肩に手を掛ける。


 犬塚は身じろぎするEOと目が合った気がするが、やるべき事を即座に思い出し行動に移る。

 先程の腔発によるフロントガラスの破砕のせいだろう。

 ドライバーの衣類の無い部分には、ガラスによる多数の裂傷がある。

 意識が無い事が犬塚に少しの焦りを生み出す。

 口元に耳を寄せると荒く不規則ではあるものの、どうにか呼吸はしていたので犬塚は胸を撫で下ろす。


 運転席のリクライニングのスイッチが破損していた為、無事だった助手席を倒してそこからドライバーを引き摺って後部座席に移動させる。

 ホッとした犬塚達の目に入ったのは潰れたのか千切れたのか判らない……ドライバーの血まみれの足先だった。

 これだけの重量物の落下の直撃を受けたのだ。

 むしろこの程度で済んで幸運だったと犬塚は考える。


「止血して鎮痛剤を投与! 俺達が外に出たら各自の判断で発砲、固めちまえ!」


 支給されている携帯用のメディカルパックから、兵員が止血テープと小型の注入器入りの鎮痛剤を取り出し応急処置を終える。

 同行した兵員達がズルズルと血に塗れたドライバーを、数と膂力に任せて車外へ引っ張り出した。

 最後に車内から飛び出した犬塚から、破損した腕を振り回し自由になろうと藻掻くEOの姿が目に入る。


 犬塚の安全圏への移動か確認されると、複数の発砲音がその場に響いた。

 地面に倒れ伏した犬塚は数瞬待って場の静けさを確認し、車の陰からそっと顔を出してEOの様子を窺う。

 上半身全てを紫色の硬化剤でコーティングされ、車ごと固められて身動きの取れなくなったEOがそこには居た。


「全く……とんでもないもんを落としていってくれたな……」


 彼は安堵の息をつくと同時に、EOの厄介さを実際に相対して知ってしまった事で、軽い絶望感に襲われる。

 正確な負傷者数は判らないが、重体は先程助けたドライバー一人であり死者も出ていない。

 今回は運が味方についてくれたのだろう。

 だがたった一体のEOを相手に、運が悪ければどれだけの死傷者を生み出していたか。

 それを想像し僅かに身震いした犬塚は、未だにモーター音を鳴らしているEOを苦々しく見つめると部下に指示を出した。


「片山に連絡してやれ、直ぐに空から敵が来るってな。正確な数もだ」


(増援に出した対空装備の車両が間に合えばいいんだが……)


 三百体近いEOを相手にしなければならないかつての部下を案じつつも、目の前に山積みにされた案件を片付ける為に、犬塚は自分の仕事に集中しなければならなかった。






「いつまで笑ってやがる! アキラ、ちゃんと警戒してるんだろうな!?」


「ウッス……でも……プッ」


「そこまで笑う事でもねぇだろ……」


 由紀子との再会の際、彼女が持っていた写真を懐かしむ様に見せられた一枚の写真。

 片山が空挺連隊に配属当時の物で、犬塚に刈られてしまう前のモッサリした髪型の彼であった事が不運の始まりなのだろう。

 それがアキラのツボにハマり、話の種としてアジト内に広がっていく。

 気がつけば転化手術直前のモジャ毛な片山の写真までが、長瀬の手によって出回ってしまったのである。


「どうでもいいが、お前……それで対空戦闘なんて出来んのか?」


 両腕に71式改と背中に弾倉、そして近接兵装としてライアットレプリカを装備している片山と比べ、アキラは軽装であった。

 両腕にマルチプルストリングスと肩の手榴弾ホルダー、ローダーユニットのキャリアーに取り付けられた大型拳銃だけである。


「これで十分ッスよ。イクローさんとも……しっかり検討したんス」


「弾幕なんて張れねぇだろ? 対空戦闘の基本は弾幕張ってなんぼだろうが?」


「俺は取り零しを食うんで……いいんスよ。低空に来た奴を……こいつで拾うんで」


「そんなに上手くいくもんかね……ン?」


 入電を知らせるアラームが鳴る。


『本部です。零番機に通信が入っています。繋ぎますね』


「お、おい」


『片山ァ! 生きてっかァ!』


「……誰だ? なーんか聞いた事ある声だけどよ?」


『冷てェ野郎だな、おい。犬塚のオヤジの鬼の様な訓練を一緒にくぐり抜けた仲じゃねぇかよ』


「お前……野口か?」


 相手は片山と同輩、つまり犬塚の大隊で中隊の一つを率いている男であった。


『ご名答。大将からお前に伝言だ。第八から話の上がった例の大型の輸送ヘリな。あれが二十四機、真っ直ぐそっちに向かってる。こっちで迎撃しようにも、民間人が邪魔で発砲出来無かった』


「マジかよ……一機に何人のEO積んでんだ?」


『こっちで観測した限り十二体だ。さっきそのうちの一体が落っこちてきて大変だったんだぜ?』


 民間人の殺到する場へのEOの出現。

 その光景を想像した片山の心象に怖気が走る。


「ッ! 片付いたのかよ!?」


『ああ、怪我人続出だがよ、どうにかな。まだモーター音ウィンウィン言わせてやがる。ほんとしぶといな…………いや、スマン』


「らしくねぇ、気にすんな。好きでなった身体だ。しかし三百体近くか……ヘリごと落としちまうのが早いな」


『足が早いヘリだからな、推定で時速三百から四百は出てる。頭に入れておいてくれ。それとこっちから数両だが対空装備の歩兵戦闘車を回してある。間に合えば使ってやってくれ』


「どの隊が来るんだ?」


「……今の段階だと調整中って事になってる」


「なってるって何だよ、なってるって……まったく、後で犬塚のオッサンに何か請求されるんじゃねぇだろうな?」


『心配すんな、ただの善意だ。なぁ片山……俺はお前から回ってくるドラマの続き待ってんだ……死ぬなよ』


「あたりめぇだ! こんなつまんねぇ内戦でおっ死んでたまるかよ! お前もつまんねぇ死に方だけはすんじゃねぇぞ?」


『ああ……さて、こっちも忙しいんだ。そろそろ切るぜ。じゃあな』


「おう、またな」


 片山がそう言うと野口からの通信は切られた。


「さて、アキラ。じゃれてる場合じゃ無くなった」


「ウッス。さっき報告のあった……でっかい輸送ヘリって事で、いいんスよね?」


「らしい。現物を見ねぇ事にはなんとも言えねぇが、相当足が速いそうだ。ただ着陸するにしたってEOを落としていくにしてもだが……移動の時ほど速い速度は出せねぇはずだ。この真上に落としていくなんて真似も撃墜が怖くて出来んだろう」


「じゃあ俺は迂回した奴を……狙っていけば良さそうッスね」


「ヘリ相手に格闘戦仕掛けんのもお前くらいだろうがな、まぁお手並み拝見といくか」


「ウッス」


 片山達が再度兵装の確認をしていると、前方を警戒していた随伴の戦闘班から報告が入る。


『片山さん、来たみたいですよ』


 片山とアキラはカメラアイの最大望遠で遠方を見つめる。

 彼等の視力ではぼやけてはっきりとは見えないが、確かに何かが空からアンテナ施設へと向かって来ていた。


「さて野郎共、用意は済んでるな? 遠方でEOを落としてヘリが撤退してくれるなら儲け物。最悪なら最高速からの強襲もあると思っていい。対空兵装は無いが榴弾なら弾幕の代わりになるだろう。幸いな事にここいら一帯は農地で近隣への被害の心配も無い。とにかく目についたヘリから叩き落とせ」


『そうですね、敵さんの前に破片を置く様に砲撃してみます』


「それでいい。間に合うか判らんが、犬塚のオッサンからの増援も期待できる。対地攻撃は無いと思うが遮蔽物は上手に使え、そんで生き残れ。以上だ」


 大雑把な命令を受けて、思い思いに全員が返事をした。

 今回随伴している戦闘班員は、全員が元片山の部下で空挺連隊出身の者達ばかりだ。

 気心が知れている上に、古巣からの増援があると聞いて意気は上がっている。


 その間にも、輸送ヘリが片山の最大望遠でも実像が確認出来る距離まで接近してきていた。

 

『全車両、第一射用意。一番と三番、二秒後に二番と四番の組で撃ち出せ。時間差で空に壁を作る。接近した機体は片山さんと中条、機銃に任せろ』


 砲塔が旋回を始め、正面から向かって来るヘリの群れに向けられる。


『第一射……テッ!』


 ゴゴウン!


 小隊長の声と共に二両の砲身から撃ち出された榴弾は、目標のエリアへ山なりの弾道を通り数機のヘリの真正面に飛来する。


 ゴゴウン!


 続いてもう二両の砲身からも榴弾が撃ち出され、先行した榴弾の破砕エリアを埋める位置へ弾頭は向かう。


 近接信管では無く、時限信管を使って破片の壁を作ったのが功を奏した様だ。 

 榴弾の殺傷圏を通過してしまった数機のヘリが、見晴らしの良い農地に落下していく。

 微細な損傷で機体のバランスを崩した数機も、近隣の開けた場所に軟着陸する様だ。


 それでもまだ半数以上のヘリが、無傷のまま片山達の元へ向かって来ていた。

 ここ、Eブロック西端の送信施設を巡る戦闘は始まったばかりである。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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