1-6 折れる心
-西暦2078年12月8日13時50分-
パリッ! バチバチバチバチ!
青白い光がモニターに残光を残すと、フィールドに動く物は一つだけになった。
「あー……やめだやめ! イクロー! お前何回言ったら伝わるよ? 全力で放電すんなってあんだけ言っただろうがッ!」
いつまで経っても改善されない郁朗の戦闘スタイルに痺れを切らした片山が、大声を張り上げて彼の問題点を指摘していた。
訓練用に地下に掘られたフィールドには、放電を終えた郁朗だけが立っている。
視界を確保する為の明度の高い照明に照らされているせいか、その姿がよく映える。
すっかり片山と似た形になった郁朗は、彼の身体より少し薄いクリアグレーの外装を纏っていた。
外装の下に流れる濃緑の循環液が綺麗に透け、グレーの外装甲を少しくすんだビリジアンへと変えている。
循環液の流動が起きるごとに、ちょっとした森林迷彩の様な不規則な色合いになっているのを見ると、そこには生命の躍動に似たものも感じる事が出来る。
肩をぐるぐると回して関節に異常が無い事を確認した郁朗は、片山の言葉に些かであるが不機嫌になった様だ。
周囲を見渡すと、先程片山が怒った原因なのだろう。
全ての訓練用オートンが無残にも煙を吹いて動作を停止していた。
「あのね、団長。僕だって好きで全力放電してるんじゃないんだって。これは本能的な物だからどうしょうもないよ。殴られそうになるから僕怖い、ついでに身体も怖いしそんじゃあ守ろうかー、バリバリバリーだもの」
郁朗はさも自分は悪くないとでも言わんばかりに堂々と片山に抗議する。
「その怖いのを無くす為にわざわざ訓練やってんだッ! 開き直ってんじゃねぇッ! ……あーもう、どうすんだよコレ? また整備班に俺がお仕置きされちまうじゃねぇかよ……」
「ははっ。それが団長の仕事じゃない。部下の責任を取るのも上司の仕事だよね。良かったじゃない、正座もアクチュエーターの鍛錬になるよ、きっと、うん」
郁朗はしょうがないなぁとばかりに腕を組んで、態とらしく笑いながらそう言った。
怒りが頂点に達した片山はガーッという叫びと共に頭を掻きむしる。
そうした事で少し怒りが落ち着いたのだろうのか、そうくるならばと郁朗に指示を出した。
「そうだな……俺だけ鍛錬すんのもなんか悪いってもんだ。イクロー、四百kgベンチ上下二百回3セットずつな。監視はつけるからサボんじゃねぇぞッ!?」
鬼だー! 横暴だー! という郁朗の声を背中に受けながら、片山は訓練場を後にする。
まずは整備班にどう謝罪したものか頭を悩ませせつつ、ガッシャガッシャとゴリラの様に歩き去っていった。
あの邂逅から半月程が過ぎ、郁朗の姿はEブロック南部の緑化地区に存在する組織のアジトにあった。
教導官として付き合ってくれている片山への態度は、互いの人柄もあるのだろう。
日を追う毎にフレンドリーかつ、横柄になっていった。
対話の後に施術された身体や四肢との接続手術直後から、郁朗は休む事も忘れその新しい身体を動かす訓練を行った。
千豊達に協力すると決断した以上、一刻も早く新しい身体に馴染む必要があったからだ。
「二度目ですからね……さすがに慣れたもんですよ」
そうあっさり言ってのけた郁朗に対し、千豊と片山は彼等に出来得る限りのサポートを行った。
いくら説得に成功したからとはいえ、巻き込んでしまった負い目そこにはあるのだろう。
幸いな事にEOとなった現在、郁朗達には食事の必要は無い。
睡眠時間の問題にしても、EOに転化された時点で解消されていた。
遺伝子改造された脳は、脳疲労に至るまでのキャパシティが当たり前の人間と比べて遥かにに高い。
脳自身の維持に関しても同様である。
体内で生成される最低限の酸素と極めて少量の糖質を摂取するだけで、その維持が可能なのである。
要はごく短時間の休みを挟めば脳行動を維持出来るのだ。
では肉体的な疲労はどうなのかと問われれば、こちらも全く問題が無いと言える。
彼等の動作を担っている生体アクチュエーターは、生体電流と駆動モーターで動作しているのだ。
機械的に駆動している訳であってパーツとしての摩耗は存在しても、そこに肉体的な疲労という要素は介在しないのである。
その生体アクチュエーターであるが、なかなか面白い特性を持っている。
自身の搭載者の望む、最も効率的に負荷を受け止められる配列になろうとするのだ。
少量の培養成分が必要であるという条件はつく。
だが身体を動かせば動かすだけ、使用者の脳の命令に合わせる形でその使い方の癖を認識するである。
こちらもまた最適化作業には短時間の機体の安静化で十分であった。
ここまで全ての条件と記憶の整理を合わせても、最低でも一時間程レム睡眠を取れば脳と肉体の維持が可能なのである。
ただし、精神状態の維持となればまた別の話となってくる。
故に片山などはこの身体になった後でも、きっちりと六時間は身体と脳を休ませる癖をつけている。
やる気になればどこまでも動かす事が出来る身体。
そんな身体に郁朗の強靭な精神を組み合わせた結果、サポートをしていた千豊が過労で真っ先に倒れてしまう。
だがその産物として彼の身体は前の肉体は元より、片山をも越える運動性能を得る事に成功するのであった。
郁朗の遺伝子と脳、そして新型EOの肉体の適合性は想定されていた以上に良かったそうだ。
測定された様々な数値がカタログスペックを上回るという結果がそれを物語っている。
特に駆動の肝となる発電能力は異常とも言える数値を叩き出し、千豊を含む技術班達を驚かせる事となった。
最大出力での継続稼働には大量の駆動燃料を必要とするが、彼の性能はそれを補って余りある可能性を秘めていると言える。
しかしながら大きい出力を持つ者の宿命、そして致命的な弱点とも言える"制御する"という面においては……郁朗も例に漏れず派手に躓く結果となった。
本日の訓練メニューもオートンを対象にした弱電力での無力化の訓練であり、電撃による破壊訓練では無い。
一定以上……具体的には人体への短時間の麻痺を誘発するだけの電流が流れさえすれば、オートンは勝手に停止するのだ。
それだけの事であるにも関わらず、郁朗がトライすれば毎回オートンを破壊してしまうのである。
この訓練は片山によって課されたものだ。
このままではただの人間を無力化する時に、郁朗が確実に後悔する事になるだろう。
そう心配した片山の親心故の訓練なのだ。
そしてそんな心配以上に……人間相手に戦えないEOもまた、片山の部隊には必要無いのである。
何時までもコントロールが上手くいかない事で、更に別枠として郁朗の放電制御訓練メニューが組まれる。
生体アクチュエーターの強化である負荷トレーニングと模擬戦闘以外……郁朗の訓練メニューは全て制御訓練に充てられた。
決められた配線に決められた電圧と電流を瞬間的に判断し流す。
ただそれだけを行う単調な訓練は、過酷なリハビリにも耐えた郁朗の鉄の心を小さく小さく削っていった。
制御訓練が一週間続いたある日……とうとうストレスで少しだけ彼が壊れた。
それまで丁寧に話していた片山に対してタメ口をきき始め、口で言い負かす様になってきたのである。
タメ口をきかれること自体は片山自身もやぶさかではない。
元々砕けた性格であり、距離感は相手に任せるというスタンスの人間であるからだ。
だが交渉事というものがそれ程得意でない片山にとって、柔らかい口調で容赦無くズケズケと物を言う郁朗という存在は……ただの天敵でしかなかった。
郁朗が彼の事を団長と呼ぶ様になったのも同じ頃だ。
片山の趣味である懐古映像収集のウンチクが、訓練後の二人の会話の話題の中心になった時の事だ。
片山自身が拉致された騒動の結果として、とうとう見る事の叶わなかったシリーズ物の刑事ドラマの続きの話になった時。
郁朗はそのドラマの存在も結末も何故か知っており、彼の目を見詰めるとこう言葉を吐いた。
「何時までも片山さんってのもなんだからさ、これからは団長って呼ぶ事にするよ。何かカッコいいし、片山さんは僕の上司になる訳だしさ」
前フリがあったのをいい事に、サラッとそう言い出したのである。
団長とは話題に上った刑事ドラマの主役であり、バイオレンスな刑事の軍団を率いるに相応しい……"男"と呼ぶべき存在であった。
言われた片山にしてみれば、件の団長殿は彼にとっての理想の鬼上司であり、ドラマの登場人物であるとはいえ憧れのヒーローである。
そもそも片山の懐古映像収集という趣味は、このドラマから始まったのであるからして、その程が知れるというものだ。
そんなヒーローと同じ肩書で呼ばれるのだから、片山もその事については悪い気はしなかった。
郁朗にしてみれば、この件はただのストレス解消に変なあだ名をつけただけの嫌がらせでしかなかった。
これは余談ではあるが、この呼び名は悪ノリを好む数人のスタッフ達の画策により組織内という枠を軽々と飛び越えて、後々様々な方面で片山の呼称として定着していく事となる。
話を戻そう。
訓練の成果が中々出ずに少しづつ鬱屈し始めている郁朗の……そんな負の感情を見逃す片山では無かった。
だが郁朗から訓練の片手間に言葉で弄ばれ、言い負かされ、こき下ろされ……遅れて来た反抗期とも言える彼の言葉の暴力に晒されて、連鎖的に片山の心までささくれ立ち始めたのだ。
それでも負けずに片山は耐え続ける。
郁朗を巻き込んだという責任が、この状況から逃げ出す事を許さなかった。
オートンの修理で残業続きの整備班には頭を下げ、時には正座で説教をお見舞いされる。
時には彼等を身銭を切って懐柔し、辛抱強く郁朗の訓練の継続に尽力したのだ。
しかしこちらもまた、その精神の破断限界を迎えつつあった事は言うまでも無い。
双方ギリギリの状況で行われた本日の訓練。
結局の所その成果は上がる事は無く、郁朗はふてくされる。
そして先程の出来事がとどめとなり、片山の心のささくれをとうとう剥いてしまったのだ。
あっさりと心が限界を迎えた片山は整備班の元に向かった。
郁朗達をメンテナンスする為の整備用ベッドが運び込まれている部屋で、彼等に頭を地面に擦りつける程の見事な土下座を披露。
しかる後、整備班長が頑として許可しなかった自らの求めるプランを、副班長以下の整備班員達の快諾を得て実施したのである。
彼等にしてもこのプランで郁朗の不器用さ加減が改善されるのであればと、自身の残業時間を鑑みての快諾だったのだろう。
「さすがにそろそろ限界だからな。もうこの手しか残ってない。俺がここまでやってダメな時は……オートンの修理をするって事に関しては諦めて貰うぞ?」
いよいよもって片山も壊れてしまい、いとも容易く常軌を逸する行動を取ってしまったのである。
新規に目覚めた被験者の説得の為アジトを空けている千豊が、もしもこの現場にいたとすれば……真っ青になって止めるであろう程の暴挙であった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え