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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-12 黒の浸透

 -西暦2079年7月12日14時25分-


『という事ですのでEO各員は警戒を厳に。特にアキラさんはモジャ毛のオッサンの面倒を見るのが大変でしょうけど、負けないで頑張って下さいね』


『ウッス』


『一言多いわ! アキラ、てめぇも返事してんじゃねぇよ! 大体テメェがあの写真の話なんかをアジトですっから、こんな面倒くせぇ事になってんじゃねぇか!』


 オペレーターの長瀬に最近アジトで噂になっている自身の脛の傷を触られ、片山は通信であるにも関わらず怒声を発する。

 既に作戦は開始されているというのに、EOの面々は相変わらずの緊張感の無さであった。


『プッ……モジャ毛……』


『アキラ! この野郎! 笑ってんじゃねぇよ!』


『しょうがないんじゃないかなぁ、モジャ毛なのは本当なんだし。ねぇ、タマキ』


「そうだな、祖母ちゃんも言ってたぜ? 本当の事を言われて怒るのは図星だからってよ。反応すっからダメなんだよな。なぁ、大葉さん?」


「だから私に振るのはやめてくれって言ったじゃないか。でもね……無くなっていくよりはいいんじゃないかなって思うよ。本当にね……」


『えっ? 大葉さんって薄いん?』


『あかんで、ちゃんとケアせな。爺ちゃん先生も言うてたわ。若い時の養生で運命は決まるて』


「……イクロー君、ちゃんと双子の面倒見てくれないと困るよ?」


『すいません、大葉さん……ちゃんと躾ときますから』


『『なんでなん!?』』


『あー、本当に緊張感ねぇな。いつ戦闘状態に入るか判んねぇんだからな? じゃれてねぇでちゃんと警戒しろよ!』


 弄られるだけの状況に耐えかねたのか、片山がそう叫ぶと回線は無理矢理切断された。


「なんでぇ、自分が最初にアキラに絡んだんじゃねぇか」


「まぁまぁ。私らの年代にあの話題はちょっとデリケート過ぎる。タマキ君もあと十年もすれば少しは解かると思うよ?」


 環と大葉、そして間崎の率いる戦闘小隊の現在位置はWブロックの東端、セントラルピラーに程近い位置に設置されている送信施設であった。


「そんなもんなんかね。そんで、レーダーには?」


「うん、反応は無いね。排水経路の方も今の所は静かなものだもの。やっぱり陸路からの浸透? っていうのは厳しいんじゃないかな? 軍の人達も警戒してるんだし」


「甘ぇよ、大葉さん。これまでの作戦で、俺達がどうやって逃げ延びて来たと思う? 水名神なんて便利なもんが出来てくれたお蔭でその心配も無くなったけどよ、その前は地下をウロチョロしながら警備網を掻い潜って逃げ回ってたんだ。敵さんが使ってこねぇとは思えねぇ」


 このエリアは廃棄地区にも近い為、環の言う様に浸透出来るルートが多数存在している。

 河川類は無いものの、複数に枝分かれした陸路。

 そして排水や運搬に使われた地下経路も存在している。


「はー……」


「なんだよ?」


「タマキ君もちゃんと考えてるんだねぇ……」


「なんでぇ、まるで俺が考え無しの誰かさんみたいじゃねぇか」


「ごめんごめん。タマキ君ってこう……本能的に動いてる感じが強いからさ。やっぱりキャリアの差なのかなぁ」


「本能ねぇ……違ってるとは言わねぇけどそこまで獣じゃねぇよ。新見のオッサンが言ってたんだ。自分のされて嫌な事をしてやるのが、敵には一番効果的だってな」


「あー、確かにそれは私も座学で――来た」


 大葉の声音が変わり、敵の襲来を告げた。


「どっちだ!?」


「静かに……東側の排水経路……距離四千とちょっと。数は密集し過ぎてて正確には判らない。そっちのバイザーにも情報を送るよ」


 環のリニアプロテクターのバイザーへと、敵の位置情報を含めたマップデータが転送される。

 大葉のレーダーとのより精密な連動が可能となる今回のこの改良は、狙撃手の環としては非常にありがたい材料であった。


「崩すか?」


 マップに映る光点の量に下を巻いた環は、事前に準備してあった策の発動を大葉に提案した。

 浸透可能な経路の全てを警戒するには、どう考えたところで人手が足りていない。

 故に彼等はアンテナ施設そのものに陣取り、周辺の浸透可能な場所に盛大にトラップを仕掛けたのである。


「その方がいいだろうね。潜られてるより顔を出してくれた方が私達には与し易いから」


「間崎のオッサン! 客だ! 近くに寄って来たのはそっちに任せるぜ?」


『おう。こっちはこっちでやるから心配すんな。大葉さん、レーダーの連動よろしく頼む』


「了解です。頑張りましょう。タマキくん、三千五百で経路爆破。後は湧いてきたのから叩こう」


「あいよ……EOが相手とはいえ人を殺す事になるぜ? 覚悟は?」


「……ありがとう。せっかく拾った命だからね、ここまで来たら妻の元にも帰りたい。エゴイストになる事にしたから……大丈夫」


「そうかい。じゃあ一丁派手にいってくれや」


「そうだね、始めよう」


 大葉は腰に強制駆動燃料をマウントし、ミリ波の生成量を爆発的に増やしにかかる。

 今回の様な設置時間に余裕のある防衛作戦でなければ使えない手段、指向性対地貫通炸薬を起動させる為であった。


 山中が構想している大葉のレーダーユニットの運用法。

 その先にあったものの一つがこれである。

 

 事前に設置場所の構造と安全確認が必要な為に使い処は限られてくるのだが、厚さ二十メートルほどの障壁であれば問題無く貫通する破壊力がある。

 しかも指向性がある為、二次被害を極力押さえる事が出来るのが大きい。


 起爆トリガーとして大葉の発するミリ波の一つが設定されており、設置されたセンサーへ一定間隔でそれが浴びせられる事で起爆する。

 発するミリ波を大葉自身がコントロール出来る様になった事で、ようやく実現可能となったのだ。


 大葉のバイザーのマップに排水経路を通る敵EOの集団の点と、崩落予想範囲が映し出される。

 最大限に戦果が得られるであろうタイミングで、それは起爆した。



 ズシン



 起爆したと思われるタイミングから数秒ずれて、小さな振動音が環達の耳に届く。

 ミリ波流入の為に開けられた坑も一緒に塞がった為、破砕現場の詳細な状況は判らない。

 だが環達の元へ浸透する為のルートの一つが潰された事は確実である。


 進行ルートを特定する必要性から、もう二つ程起爆させて地下からの流入経路を塞ぐ。


 立て続けに響く破砕音。

 大して視力補正のかからない大葉の目視でも、もくもくと煙が立ち上るのが確認出来る。


「これでどう動くかな……?」


「諦めて帰るって事はねぇだろうよ。動かしてる連中は痛くも痒くもねぇんだ」


「んー……あのさ。その動かしてる連中……私が探しにいっちゃダメかな?」


「は? やめときなって。敵中突破なんて大葉さんには似合わねぇよ」


 突然の大葉の提案に、環は驚くよりも呆れた声を上げる。


「いやそれはさすがに出来ないからね? そうじゃなくてさ、EOのプログラムを無線で変更するにしたって、それなりに近い所に居ないとダメだと思うんだよ」


『そりゃそうだな。ジャミングされる事を考えたら、そう遠くって訳にはいかんだろうよ』


 大葉の提案に食いついた間崎が、興味深げに会話に混ざってくる。


「となるとさっき潰したルートと浸透できる位置関係から考えて、私達の南側には敵は居ないと考えていいと思うんだ」


 両軍の支配地域を考えればその推察は当たっている。


「半径7km圏内で見つからないなら、私が突出して直径15km圏内に入れちゃえばいいって事だと思うんだよ」


「待てって、大葉さん。簡単に言うけどよ――」


『要は大葉さんが集中して索敵できる様に誰かが運搬してやりゃいいって事だろ? それで指揮系統を潰せて、事がさっさと終わるならそれもいいんじゃねぇか?』


「オッサン! 賛成すんのは勝手だけどよ、誰がその役やんだよ? ヘタしたらEOの大軍とコンニチワだぞ?」


『おう、お前ら。俺の車両が少しばかり離れるが問題ねぇな?』


『『『『『『ウッス』』』』』』


『聞いといてなんだがムサ苦しいな、オイ! だがまぁ、そういう訳で俺の車両が行くわ』


「マジかよ……ここの守りはどうすんだよ?」


『雪村よォ、さっきからなんだ? お前いつからそんな心配性になった? 禿げるぞ?』


「心配して何がワリィんだ! 俺ぁもうあんなん(・・・・)ヤだかんな!」


 環は中尾の事を言っているのだと間崎班の面々は気づく。

 いくら浮世離れしていると言っても、環はまだ二十歳にもならない若者なのだ。

 あの戦場で受けた衝撃は彼の人生観を変えるのに十分なものだったのだろう。


『ほー、可愛い事言ってくれるじゃねぇの。まぁ心配すんな。何の為のレーダーユニットだ。会敵前に発見出来るんだからな、逃げ回りゃいい。それにレーダーのレンジ内から敵さんがまるっきり見えなくなるって訳じゃないんだ。アレ(・・)だって問題無く使える以上、守りの心配もいらねぇよ』


「…………俺ァ、知らねぇかんな! 後で千豊さんに説教されちまえ!」


「出来るだけ早く終わらせて戻ってくるよ……エゴイストになるって言ったけどね、何も無差別に彼等を殺す事をよしとした訳じゃないからね。戦わずに彼等を止める事が出来るのならやってみたいじゃないか」


「…………」


「じゃあ、行って来るよ」


 大葉は何も言い返さない環に出立を告げると、陣取っていたビルの屋上から間崎の車両へと駆け降りて行った。


「……黙っててやるからちゃんと帰って来てくれよ」


 環は誰に聞こえるとでもなくそう言うと、バイザーに映った敵影を睨みつけた。





 大葉を拾った間崎の車両は慎重に北上を続けていた。


「大葉さんは索敵に集中してくれ。何かあっても露払いは俺達がするからよ」


「お願いします」


 大葉は使い切った強制駆動燃料を交換すると、再び集中し最大出力での索敵に入った。

 脳への負担も小さいものではないが、現状を動かす為にも必要な負担と彼は割り切っている。

 大葉の受信した情報を共有している車内のマップモニターには、彼等の現在位置から北の方角に密集した影がチラチラと映り出した。


「これはEOだな……本命じゃない以上、俺達はスルーだ。だがこれだけの数が居るって事は……これは真北よりも北西が臭いぞ。おい」


 アンテナ施設から見て北東には有用な浸透経路はほとんど存在していない。

 EOのここまで踏破して来たルートはそれ以外の真北か北西。

 真北には環状大河がある事を考えれば、集団の最後方に居るであろう指揮車両の位置も予測出来た。


 彼は車両を運転している部下に命じると、進路を現在位置から北西へと変えさせる。

 敵側のEO達はジリジリとアンテナ施設へ向けて移動を継続していた。

 だが目的の送信施設に到着するのにはまだ時間的猶予はある、そう見極めた間崎達は探索を継続する。


 そして移動を続けて数分後。

 送信施設の北西12kmの地点に反応があった。


「大葉さん!」


「…………これですね、間違い無い。ルーフに大きなアンテナあありますから、通信に特化された車両なんでしょう。人影…………これはEOかな。6……9……護衛に武装したEOが12体いますけど……どうします?」


「停止命令を送る事を考えると車両には傷はつけるのはマズい。無理を続けさせてすまねぇが大葉さん、アレ(・・)……いけるか?」


「やりましょう。最小限の犠牲で済むならそれに越した事は無いです」


 大葉と間崎は頷き合うと奥の手を一つ、使う事を決定する。

 さらに移動する事数分。


 目的の車両から二千メートル強の場所に歩兵戦闘車はいた。

 僅かながら高台になっており、目標地点を狙撃(・・)出来る格好の場所を確保出来た様だ。


「シミュレーターでしかまだやった事ねぇが……頼むぜ大葉さん」


「どの程度まで耐えられるか判りませんが……いけるとこまでいきましょう」


 大葉のレーダーユニットにケーブルが接続されると、車内の複数のモニターに三次元モデルが構築され始める。

 レーダー連動砲撃。

 山中が大葉に見た未来の、もう一つの選択肢がこれだった。


 ミリ波の指向性を極小さい一エリアにだけ集中、V-A-L-SYSを元とした車両の管制コンピューターと接続する事で立体的な照準を可能としたのだ。

 間崎達の車両に装備されている砲身は滑腔砲。

 とにかく数を押さえる為に、長距離榴弾の使用できるこの砲身を選択していた。

 今回の連動狙撃では砲弾は破片による車両へのダメージを極力押さえる為に、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を使用する。


 APFSDSの高い貫通力を、最大限に活かせる射線がCPUにより選択される。

 想定射線がモニター内でグリーンになった時、ピピッと小さくアラームが鳴った。


「第一射……テッ!」


 間崎の声が車内に響く。

 砲手の指先が握りこんだトリガーが砲弾の推進用炸薬に火を入れた。


 ゴウン!


 88mm44口径長の砲身から撃ち出された砲弾は、装弾筒をバラ撒きながら想定通りの射線をまっすぐ進んで行く。

 マズルブレーキと駐退機により軽減された反動は、軽い車体へ最低限の影響しか与えていない。


 着弾まで一秒半弱。

 既に次弾は装填を開始され、次の目標への想定射線をCPUが模索し始めている。


 初弾は着弾すると数体の敵EOを貫通、更に近くに居た数体のEOを衝撃波で車両近辺から引き剥がす様に弾き飛ばした。

 大葉の作り出した3Dモデルによって、その詳細が事細かに表示されている。


 次弾の想定射線の選定完了のアラームが鳴った。


「第二射……テッ!」


 周辺警戒しか命じられていない敵EOは、この事態に一切反応出来ていない。

 やはり自己判断の出来無い従来型のEOにとって、この即応性の無さは最大の欠点と言えるだろう。


 着弾した第二弾は初弾と同じく数体のEOを居抜き、残ったEOを車両から吹き飛ばす。


「目標EO、全機体の移動停止を確認……うっ……」


 大葉がその場に崩れ落ちた。


「システム切れッ! 大丈夫か! 大葉さんッ!」


 車両後部のスペースで膝をついた大葉に慌てて間崎が近寄って行く。

 彼は間崎を手で制し、いつもの口調で問題が無い事を伝える。


「クッ…………これが限界に近い脳への負荷ってやつですか。アキラ君やタマキ君から聞かされてましたが……なかなか堪えるもんですね」


「……びっくりさせるなよ、大葉さん。やっぱり相当に負担がかかるんだな」


「そうみたいですね。改良の余地はあるって山中君は言ってましたけど。それより早くあの車両を追わないと。逃げる気みたいです」


「間崎さん、雪村から入電。大丈夫かってわめき散らしてますけど……」


「こんくらいでオタオタすんな、大丈夫だって伝えておけ」


 自分も慌てた事は棚に上げて間崎はそう言い放った。

 大葉がほんの数瞬意識を手放した事で、彼のバイザーに映っているマップデータもダウンした事が原因だろう。

 

 そのやりとりの間にも相手の指揮管制車両は動き出していた。


「ケツをつつくぞ! 全速だ!」


 追走を開始する大葉達を乗せた車両。

 車体のサイズも違えば、走破性も馬力も違う。

 補足できるのも時間の問題だろう。


「団長さんやイクロー君達の方もこんな事になってるんですかね?」


「似たようなもん……っていうかこっちよりタチ悪いかも知れねぇなぁ。今は他所の心配よりこっちはこっちの仕事をしようや」


「そうですね。タマキ君も待ってるでしょうし」


「あんまりガキに心配かけるってのも、大人としてはカッコわりぃしな」


 二人のオッサンは小さく笑い声を上げると、逃げを打ち出した獲物の追い込みを始める。



 防衛作戦という後手に回る状況でありながら、とうとう開かれた戦端。

 目標の探索に夢中になるあまり、他の隊との連絡を怠っていた大葉達はまだ知らない。

 ほぼ同時刻、他の送信施設でも戦闘が開始されていた事を。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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