4-11 侵襲の予感
-西暦2079年7月12日13時55分-
パンッ!
9mm独特の軽い発砲音がした時点で、スタジオの中で銃らしき物を構えた人間は十数人に上る。
アナウンサー以外のフロアにいる番組スタッフは、実の所全員が兵員であった。
植木の護衛にあたっていた第二師団の兵員、門倉の護衛にあたっていた第二連隊の若松達。
そして千豊の警護には当然の如く新見がついている。
この場の誰よりも早く発砲し、事態を収束させたのはフロアディレクターに扮していた新見だった。
勿論、発砲したものは非殺傷の粘着硬化弾である。
「視聴者の皆さん、これが機構のやり口です。今までも自分達に不都合な物はこうして消してきたのでしょう」
粘着硬化弾により銃を封じられ倒れていた男が、前山を放り出して逃走を図る。
だが周囲にいた兵員達に一斉に襲い掛かられ、そのまま拘束されてしまった。
この状況は事前に予測されており、千豊達は自分達の情報の真実味を強調する為に逆に利用してみせたのである。
この一部始終をカメラが押さえ、事前に調査しておいた男の情報が入れ替わりにモニターに映し出された。
「先程私達に発砲しようとしたこの男は、機構の運営する特別養護施設[陽光の家]の出身者です。こちらの映像を御覧下さい」
郁朗が対峙した機構の男の映像であった。
男と郁朗のやりとりが郁朗の目線で戦闘記録として残されている。
彼が第一連隊の将官達を殺害する所や、その会話の内容が鮮明に記録されていた。
「ご理解頂けましたか? これが機構の選民思想の危険性です。彼等の目的は四千万いる極東の人口の四分の三を機械化兵員……EOと呼ばれる物に転化し、他都市へ侵攻・制圧の後、地表に返り咲く事です」
「俺ッチ達もよ、まさかそんな事態になってるとは、ってクチだった。だがこの姉ちゃんの持ちだしてきた資料と現実のギャップの裏付けを取っていったら……出るわ出るわってやつよ」
モニターには建造が終わり、Nブロックの海軍ドッグに係留されている機構側の潜水艦の画像が表示されている。
「見てみなよ。こんなごっつい潜水艦を連中はてんこ盛り海に送り込む気だ。他人の庭先を荒らす為にな。これ以上、馬鹿共の暴走を許す訳にはいかねぇんだよ。俺達第二師団と空挺連隊は坂之上女史と共に機構と政府に喧嘩を売る! 聞いてっか!? 藤山の糞野郎!」
植木は第一師団の師団長を名指しで挑発し、感情のままにテーブルを叩く。
一方で門倉は彼とは対照的に静かに語りだした。
「……私の兄、門倉英一郎は財界を主導し、これらの野心に共鳴し暗躍しております。私の息子が謀殺された件についても、機構と共に関わっておりました。身内の不始末は身内でケリをつけるべきなのでしょう……」
門倉は立ち上がるとカメラに向けて頭を下げた。
「ご覧の皆様の生活にも影響が出る事は謝罪します。ですが経済人としてでは無く、一人の孫を持つ身として申し上げたい。このまま指を咥えて見ているだけなら、皆様方の子や孫の世代の生きる場所は血に塗れたものになるのは間違い無いでしょう。私はそんな世界は御免被りたい。そして、孫には笑顔で暮らして貰いたい。故に私も銃を持たない戦いをする決意を固めました」
カメラはパンし、千豊を捉える。
「……私自身、ここに至るまでに幾つもの罪を重ねてきました。ある人を人で無くし、ある人を家族から奪い、ある人を脅し、ある人を殺しました。ですから……私には自分のやり方の正当性を主張する権利は無いと思っています」
彼女はレンズの先にいる極東市民達を見据えていた。
「いずれこの罪は償わなければなりません……ですが今は……何が起こっているのか、何が危険なのか、それを皆さんに知らせ警鐘を馴らし抗い続けます。あなたの家族、友人、知人。隣に寄り添う人々の近くに、大きな危険が迫っている事を自覚して下さい。その人達を守る事が出来るのは皆さんだけなのです」
「何も銃を手に取って戦えって訳じゃねぇ。見ているあんたらが与えられた情報だけを鵜呑みにしねぇって事が大事なんだ。俺ッチ達が間違ってるって思ったって構やしねぇ。テメェで調べてテメェで感じた事を信じればいい。与えられたもんだけを喜んで信じてるなら、あんたらはオートンと代わりがねぇって事を憶えとけ」
「……今、極東には機械の身体を持ちながら、それでも人間として戦い続けている人々が存在します。私は彼等と接して感じました。これまでの自分が如何に機械と変わらなかったのかを。皆様もこのまま機械の様に何かの言いなりになって、取り返しのつかない所まで行き着きますか?」
三人は各々の想いが極東の住人達に届く事を信じながら訴えを続ける。
その時、アナウンサーの竹宮のイヤホンに調整室から指示が入る。
僅かに顔色を変え、最早千豊達の独壇場になりつつあった場に一石を投じる。
「お話の腰を折って申し訳ありません。今、番組プロデューサーから申し入れがありました。本会議を終えた加橋総理、奥村軍務大臣、里中通産大臣が映像通信に応じられるそうですが……どうなさいますか?」
千豊達は顔を見合わせる事なく同意した。
護衛についている兵員達はスタッフとしての仕事をこなし、大型モニターを増設していく。
「願ったり叶ったりですわね」
「連中にそんな根性あったのかい? 繋いで貰おうじゃねぇか」
「そうですね。どういう神経をしているのやら……顔を拝ませて貰いたいもんですよ」
「よろしい様ですね。ではお願いします」
竹宮の声に合わせて三台の大型モニターに総理と二人の閣僚の顔が映し出された。
「この記念すべき日になんだというのだね。私の肝入りの法案にケチをつける輩がいるそうじゃないかね。是非話を伺いたいものだ」
これだけの事態になっている事を知らず、堂々と登場した加橋を見て一同は失笑する。
だがまさかの彼の態度に、千豊達はどう対応していいのか少しばかり悩んでしまった。
これほど堂々と、それも強気な態度で現れるとは思ってもみなかったからだ。
間もなく開始される討論の次のラウンド。
そのゴングがなる直前……Nブロックへ続く幹線道路の封鎖と哨戒をしていた二つの連隊に、僅かではあるが異常の報告がもたらされる。
「排水路のトラップに掛かった馬鹿以外、こっちの憲兵は引き揚げやがった。代わりに民間人が長蛇の列だぜ。岸部さん、そっちは?」
『こっちも同じだ。憲兵が引き揚げて無線封鎖が解除されたとたんこれだぞ。人だけじゃねぇ、車両までどんだけ続いてっか判らんぞ』
「こりゃあターミナルにいった隊も地獄見てるんじゃないか?」
『そりゃそうだろうよ。鉄道局の協力が無けりゃどうなってたか。今頃ブロック境のターミナルは人集りが出来てるに違いない』
「全く、現金なもんだ。あの放送を見て慌てて逃げ出したんだろうよ……ヘタな奴を通すととんでもない事になるだろうからな。岸部さん、手抜きはダメだぜ?」
『当たり前だ。ついさっき警察局の局員が応援に来てくれた。あちらさんも二つに割れたんだとよ。副総監がこちらについたそうだ。追々そちらにも顔を出しに行くと思うが、あんまりイジメてやるなよ?』
「岸部さんじゃあるまいし、そんな事やんないよ。以上、通信終わるッ」
犬塚は通信を切ると、検問の向こう側に並ぶ人々と車両を見てウンザリとする。
元はと言えばNブロックに居住している政治中枢に関わる人間達によって、この事態は引き起こされているのだ。
事情を知っている人間からすれば、彼等が何も知らないにしても、その関係者がどの面を下げて逃げ出してきたのかと言いたくもなるだろう。
ただ、押し寄せた人々が文句一つ言わずに並んでいる事には彼も感心していた。
「やらかした自覚があるのかなんなのか……身元の照会だけでもどれだけ時間がかかるか判らんな……」
作戦終了時間が間違い無く日を跨ぐ事を確信し、連隊長の野々村にどうしたものか相談しようとした時にその男達は現われた。
「済まない……済まないッ! 道を開けてくれ!」
数名の兵員が民間人の列を割り、検問の最前列に姿を見せた。
「貴様らッ! 何をやっとるかッ! 民間人を掻き分けて喧嘩でも売りに来たのか!」
「違うッ! 貴隊に必要と思われる情報を持ってきた! 部隊長に合わせてくれッ!」
「ハイそうですかってなる訳ねぇだろッ! こいつら拘束してボディチェックだ、急げッ! こんなとこで自爆でもされたら洒落にならんッ!」
検問を仕切っていた中隊長がそう言うと、素早く部隊員達は命令に従い男達を拘束した。
情報を持ってきたという兵員達はされるがままになっている。
装備品だけでなくエックス線による体内の透過検査、更に簡易の血液検査まで行う。
生体爆薬による自爆も考えられたからだ。
それらのチェックをクリアして安全が確認されると、彼等は犬塚の居る天幕へと連行された。
「……原隊と官姓名。代表だけでいい」
「はッ! 第一師団第八連隊第四大隊第一砲兵中隊第四小隊小隊長、梶原厚准陸尉でありますッ!」
「照会」
「照会完了しました。本人で間違いありません」
「そんで、准尉さんは原隊のお仲間ほっぽらかして逃げてきたってか? それとも上から言われてブラフでも運んできたか?」
彼等を見つめる犬塚の目は厳しい。
「はい、いいえ、違います。我々は自分の意思でこちらへ参りました」
「あーもうその堅苦しい軍隊返事は止めやがれ。これだから第一の連中は。で、どんな情報を持ってきた?」
「はい……我々の駐屯地がここから比較的近い位置にあるのはご存知かと思いますが……例の法案が議会を通過した直後、あの黒い機械化兵に封鎖されました」
「…………続けろ」
犬塚の目つきが戦闘用のそれに切り替わりつつある事を部下達は認識した。
数名の兵員が天幕から出て行くと戦闘用意という声を響かせる。
「はっ。その状態で下士官以下の兵員の移動が命じられました。違和感を感じた我々の中隊長が私の小隊に脱出を命じたのです」
「よく抜け出せたもんだな」
「お恥ずかしい話ですが……うちの大隊長が軍需物資を……その……反社会勢力に横流ししておりまして……その運搬ルートから……」
「腐ってるのは違いないがそれに救われたって訳か。で、肝心の情報ってのはそれだけか? さっき言ってた違和感てのは何だ?」
「連中が我々の駐屯地に運ばれて来た手段というのが……大型の輸送ヘリによる空輸だったんです……」
「!?」
「それも見た事の無い型です。黒い機械化兵……EOでしたか……あれを機体の腹に十機ほど抱え込んでいました。我々が目視しただけでも、そのヘリは十数機は駐機していました」
「……お前らあれの中身は知ってるのか?」
「…………はい。こちらに向かっている車内であの放送を見ていました」
「……残念だがお前さんの同輩達は助けられないかも知れん。こちらも今日のこの作戦が正念場なんでな」
「いえ。我々はこの件を伝えに来ただけです。すぐに原隊に戻ります」
犬塚は何かを決意した准尉の目を見ると、彼が何を考えているのかを察した。
恐らくは同輩を解放する為に、EOの群れへと突入の一つでもやらかす気なのだろう。
「アホか。スパイかも知れん奴を簡単に帰らせる訳がないだろうが。おい、こいつら拘束しろ。事が収まるまでどっかに縛り付けとけ」
「ですが!」
「ですがも何もないんだよ。戻った所で何も出来ん。せいぜいそのEOとやらに改造されるのがオチだ。わざわざ敵さんの駒を増やす様なマネをしてたまるか。おい、連れて行け」
黙り込んだ准尉達は項垂れたまま、その場から連行されて行った。
「…………鉄火場に戻るって言えるだけの根性があってどうしてこうなっちまうんだろうな。俺達も人の事は言えないか……野々村さんに繋げ」
「繋ぎます」
「野々村さん、犬塚です。とんでもないネタが飛び込んで来たんですがね」
『……勘弁してくれんか』
「どうしたんです?」
『北島さんから連絡があった。あちらさんに河川巡回担当の警察局員が駆け込んできたそうだ。どうやら連中、揚陸を考えてるらしいぞ』
「なんてこった……こっちは新型の輸送ヘリだそうですよ。第八の脱走兵が情報抱えて逃げ込んできましてね。第八の駐屯地は現在EOにより包囲、下士官以下は移動を命じられてます。恐らくは……」
『…………そういう事なのだろうな。第六の駐屯地でも同じ事が起こっていると考えていいはずだ。しかし、我々は動けん。北島さんもそうだ』
「駐屯地周辺への哨戒だけでも出すべきでしょう。小松さんに第四の半分を回して貰える様にお願いして貰えませんか?」
『……判った。北島さんにも第六の駐屯地に哨戒を出す様に要請しよう。あっちには後詰めで高野さんの第七が行ってるからな』
「いっそ高野さんに行って貰った方が早いんじゃないですか?」
『馬鹿言うな。第六の駐屯地が拘束されてる連中ごと消し飛んじまう』
「やりかねませんね……それともう一つお願いが」
『何だ?』
「うちに来てる新型の歩兵戦闘車なんですが、そっちにまだ何両か残ってますよね?」
『ああ、それがどうした?』
「対空装備に換装してあちらさんに回してやってくれませんかね? 人員はこっちから出しますから」
『出来なくは無いが……使う事になりそうなのか?』
「どうにも嫌な予感がするんですよ。例の設備がぶっ壊されたら今回の作戦は終わりですからね。念には念をってやつです」
『……準備をして送り出す。合流地点を伝えてくれ』
「感謝します」
そう言うと犬塚は通信を切った。
「おい、第四中隊を集合させろ。あんにゃろにはドッキリの一つでも仕掛けてやらんとな」
犬塚は物騒に笑うと天幕を後にした。
彼の予感は的中する事になるのだが、その過程で民間人の密集するこのエリアにもその火種が飛び込む事になる。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.06.14 改稿版に差し替え
第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。