4-10 晒される悪意
-西暦2079年7月12日13時20分-
「本番五秒前! 四……三……二…………」
スタジオのフロアにいるディレクターが秒出し終え、特別番組が開始された。
「皆さん、こんにちわ。極東文化放送報道部アナウンサー、竹宮です。本日は番組の内容を変更して報道特別番組をお送りします」
「同じく、報道部の永井です。この番組は、つい先刻成立した[外部勢力侵略対策法案]と[青少年総合育成法]、こちらの二つの法案についての是非について有識者の皆さんに討論して頂く事となっております」
カメラが引かれ、討論テーブルの全容が映し出される。
「それでは本日のコメンテーターの皆さんをご紹介します。軍事評論家の前山健児さん、政治評論家の田中隆さん、経済評論家の加藤浩明さん」
紹介された前山と田中の表情は憮然としたものだった。
「極東陸軍第二師団師団長の植木吾郎 さん、カドクラ重工業株式会社改め、東明重工業株式会社代表の門倉雄一郎さん、そして反機構運動組織代表である坂之上千豊さん、以上となります」
その紹介を聞いた先程の評論家達がギロリと千豊を睨みつける。
機構と関わりのある人間にとって、千豊の存在は目障り以前に排斥されるべき者なのだろう。
カメラはその様子を抜け目なく画として収める。
「皆さんには早速討論に入って頂きたいと思います。まずは法案に賛同なされる方々の意見を伺いましょう」
アナウンサーが前山をチラリと見るが、彼は発言する気がさらさら無い様を感じさせている。
田中も同様であった。
加藤は状況が掴めずに青い顔している。
「では、前山さん。軍事評論的見地からで構いません。これらの法案について、どう賛同なさっているのかお伺いしたいのですが?」
容赦の無いアナウンサーの指名により、渋々前山はコメントを始める。
「…………[青少年総合育成法]に関しては門外漢なので私から申し上げる事は無い。[外部勢力侵略対策法案]については必要な法案だと思っている」
「どの様に必要と思われるのでしょうか?」
「考えてもみたまえ、今の極東の状況を。これだけ実弾が飛び交っておるのだ。既にテロリストの襲撃で民間人にも被害者が出ている。機構の情報処理センターからは重要な情報が持ちだされたとも聞いている。これらは全て他都市からの侵攻の前段階にすぎない。そう考えれば自衛の為の法が整えられるのも当然だろう」
「では、最近頻発しているテロ行為というのも……」
「ええ、他国の工作員が動いていると断言してもいい。彼らは戦闘用のオートンまで入手して甚大な被害を出している。先頃破壊されたNブロックの一角は未だに復旧も終わっていない」
真顔でそう言う前山を見て、千豊達三人は笑いを堪えるのに精一杯だった。
彼はそういうシナリオを政府か機構から与えられ、愚直にもそれを信じているのだろう。
「なるほど。ですがこの法案、蘇った徴兵令とも言われ揶揄される側面も持ちあわせています。それについてはどうでしょう?」
「実に馬鹿馬鹿しいですな。徴兵と受け取られるのは二十代以上の市民に兵員採用検査を義務的に受けさせる、という所から来ているのでしょう。非常時に備えているだけですよ。これを徴兵と受け取るのならば、三十代以降の年代に行っている無料のがん検診など実施出来ません」
「ではこれによって無理矢理に軍へ兵として軍に編入されるという事は……」
「有り得ませんな。あくまで外部からの侵攻から考えられる最悪のケースへの備えです。大体、その世代を全員兵員なんかにしてみなさい。極東の就労人口が減りに減って不都合しか起きませんよ。そんな選択を政府がするとは思えない。そうじゃないかね、加藤さん?」
前山に急に話を振られた加藤はしどろもどろになりながら答えを述べる。
「えっ、ええ。確かにそうですね。若年層の兵員化の弊害として技術者の空洞化が挙げられます。伝えられるべき技術が次世代に伝承されずに、技術そのものが後退していく可能性を否定できません。それによる経済の衰退もです」
「御覧なさい。そんな悪手を政府が打つと思いますか? それよりも事前にこれだけの手を打てる今の政権を大いに評価したいですな」
持論を気持ち良く吐き出せたのが余程嬉しかったのか、先程の憮然とした態度は消え失せ前山の機嫌は良くなっていた。
「ありがとうございました。それでは続いて田中さん、[青少年総合育成法]についてなのですが、こちらについてはどう思われますか?」
「どうと言われても困りますな。逆に聞こう。これはどう見てもただの教育改革の一環では無いかね?」
「と言われますと?」
「今まで教育局が主導で行ってきた青少年の教育方針の決定を、もっと大きいレベルで政府がやろうと言うだけだろう。何の問題があるのかね?」
「しかし、政府の決定した方針に反論できる機関が存在しないというのは問題なのでは? という声も上がっているのですが?」
「それこそ考え過ぎだよ。先程と同じだがわざわざ未成年を危険な方向に導く政府がどこにあるのかね? 次の世代に繋げられない社会をわざわざ構築するなど考えられんよ。被害妄想にも程がある」
「…………これだけ穴のある法案をよくそこまで楽観視出来ますのね?」
余りにも馬鹿馬鹿しい理論構築に呆れたのか、とうとう千豊が声を上げた。
「何が穴だね? 細かい解釈を言い出せば穴のない法案など存在しないぞ? それを埋める為に日々議会がだな――」
「穴が問題では無いんですの。それを楽観視しているアナタ方に問題があると言ってるんですの。お解かり頂けません?」
「なら具体的に言ってみたまえ。何が問題なのかを!?」
「……まず[外部勢力侵略対策法案]ですけど、項目一の四「極東の存亡に関わる事案が発生した場合、政府は兵員の資格を有する者を招集する事が出来る」、そしてこの項目二の八にある例外、「政府が外部勢力からの危険性の高さを判断した場合、独自判断で兵力の統合を計る事が許される」。この二つは穴なんて物じゃありませんわね」
「だからはっきりと言いたまえ!」
「危険性の高さを量る基準は? そしてその判断の責任の所在は? 兵力の統合を名目に警察権まで軍に譲渡されたら? 一歩間違えれば極東の市民全てを兵員化出来るこの法案を疑問視しないアナタ方の神経を疑いたいですわね」
「だからそんな事は有り得ないと――」
「何を担保にそれを仰ってるんですの? その担保を提示して頂きたいですわね?」
前山は言葉を失う。
千豊はそれに構わず話を続けた。
「[青少年総合育成法]についてもで同じですわ。項目三「政府が必要と考えるならば、青少年を育成する教育内容について政府が任意の内容を盛り込める」、項目六「青少年の健全育成の為、全学生の健康状態を常に把握しこのデータを使用出来るものとする」。生贄を探すには持ってこいの法を作り上げたものですね」
「何を……拡大解釈にも程がある! 大体生贄とはなんだ生贄とは」
「それについては後ほど。さぁ、田中さん。この法案に危険性が無いと言うだけの根拠を提示して下さいません?」
前山とは違い、田中は即座に反撃の言葉を紡ぐ。
「担保を提示しろと言うならそちらも条件は同じだ! 危険性を示せる証拠を提示して見せたまえ!」
「ええ、構いませんよ。その為の資料も用意してありますので」
あっさりと返答した千豊を信じられないという目で見る前山と田中だったが、渡されたバインダー型の端末に表示されている文面に愕然とする。
「竹宮さん、そちらにお預けした資料映像を流して頂けます?」
「はい、それではせっかく提示して頂けた資料です。視聴者の皆さんにもどの様なものなのかご理解頂ける様に――」
「馬鹿なッ! どうしてこんなものがッ!」
「やめろッ! やめてくれッ!」
「VいってV! 映像ッ、早く流せッ!」
評論家とフロアディレクターの大声が交錯する中、その映像の放送は開始された。
流されている内容はスタジオ内の大型モニターでも確認出来ている。
まず最初に流されたのはEOについての物だった。
総理大臣の記者会見から始まり、政府も軍部も評論家も新型の人型オートンだと言い続けてきた存在の正体。
詳細な設計基から細かな仕様、情報処理センターでの戦闘におけるEOの残骸の画像、極めつけは拘束した技研研究者の持っていた転化手術の動画データである。
麻酔で眠る被験者を脳と脊髄を外す事で殺害し、それらを脊髄パッケージにに移植してEOのボディに格納する所までが詳細に記録されていた。
調整室にいるスタッフの中にはその映像の生々しさに顔を青くする者まで出る。
オートンであると言われ続けた物の正体が、人の脳を移植したサイボーグであるという事がとうとう極東の市民達に報じられたのである。
続いて表示されたのは人々の名前であった。
機構のデーターベースにあった転化計画の被験者の名簿なのだが、千豊達がEOのアーキテクト入手時の手にした物より数段上の情報が記されている。
この情報を元に調査を続け、名簿の内の何名が事故死をし、何名が不意に姿を消しているかを提示した。
あまりに不自然なその数は、被験者として使われてしまった事実を後押しするものとなるだろう。
映像は一度途切れる。
「これだけでも十分危険性は提示出来たと思いますけど? あら……どうなさったのかしら? そんなにぐったりなさって」
この一言を聞いた植木と門倉は、己の関わった情報が流れなかった事に安堵し頭を垂れる評論家を気の毒そうに見つめる。
「アナタ方はしきりにこの人型兵器をオートンと仰ってましたわね? 明らかに人の脳が使われているこれのどこがオートンだと?」
「…………」
「更に言うならこれだけの人数が起きてもいない事故で死に、行方不明になっているという事の説明はどうなさいます?」
「…………ねっ、捏造だッ! そんなもの幾らでも捏造出来るじゃないか! お前たちはなんだ? こんな欺瞞情報を世論に流してクーデターでも起こすつもりか!?」
「おお、なかなかいいとこついてくるじゃねぇか。一般的なクーデターとは違うがな、今の政権は俺ッチ達がブッ潰す。潰さねぇ限り極東は大きな罪を背負う事になるからな」
「ええ、その通りです。他都市への侵攻に手を貸す様な政府も企業も必要無いでしょう。私がカドクラ重工をグループから離脱させたのもそれが理由ですからね。我々は軍需物資を製造してはいるが、理の通らない団体にそれを流すほど馬鹿では無いという事です」
「クッ……クーデターだと!? 今の政権が不満ならば政治の場で解決すればいいだろう! 暴力的な手段を使っておいて何が理が通らないだ!」
「そうだっ! どうせ今起こってるテロもお前達の仕業だろう!? 外の都市に極東を売った売国奴達め!」
「どちらが本当の売国奴なのか……私共をテロリストと糾弾する前に続きを見て貰いましょうか。どちらの主張が捏造に塗れているのか、それを極東の皆さんに判断して頂きましょう」
「ダッ、ダメだッ! 流すなッ!」
「…………もう終わりだ……」
捏造と叫ぶ事で体裁を整えていた評論家達は、今度こそ自分に絡んだ情報が流されると思い、叫び、そして沈み込む。
先程の続きとして流された映像は、機構とあらゆる組織の繋がりを示す書類の画像だった。
機構から幾らの金が流れ、誰がそれを受け取り、どの様な工作を頼んだのか。
EOやテロ騒ぎに関する情報統制の内容のほとんどが丸裸になっている。
金融機関から送金されたケースに関しては、該当金融機関の頭取が門倉の説得に応じた事が決定打となった。
やり方としては極東の法に反するものであったが、送金の事実があった裏を取る事に成功したのである。
既にその金融機関のNブロック支店は閉鎖されており、関係者もSブロックへの退避を終えている頃だろう。
評論家の二人はぐったりしたまま動かなくなった。
彼らも機構から架空の講演の謝礼という名目で、莫大な金額を受け取っていたからである。
そんな彼らの存在を無視し、映像は次の項目へ移る。
機構絡みの事件に巻き込まれた人々の証言だ。
情報処理センターの局長や職員達による、自身の生死に関する政府の捏造への糾弾からそれは始まった。
そして彼等の家族、先日拉致されかけた学生達、彼等を拉致しようとした軍人達。
全ての人間が事件のそれを裏付ける証拠の画像と共に、自分達の遭遇した事をありのままに話している。
「法案の危険性と言うよりは、機構と一部の軍の危険性の証拠の提示になってしまいましたわね……評論家の先生方は反論する気力も無くされた様だわ。関係者の方、前室まで運んで差し上げたら?」
わざとらしくそういう千豊に対し、スタジオの隅に控えていた前山の秘書と思しき若い男は彼を運び出そうとする。
この様な事態になっているにも関わらず、男からは動揺が一切感じられなかった。
誰もが口を動かすのを止め、その様子をカメラも追って窺っている。
前山の腕に肩をかけたと同時に、男は懐に手を入れた。
スタジオ内に漲った緊張感でアナウンサーが卒倒しそうになった時。
一発の発砲音がその場に生み出され、何者かが倒れる事となる。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.06.14 改稿版に差し替え
第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。