表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
66/164

4-9 民間放送設備防衛作戦

 -西暦2079年7月12日12時55分-


 Nブロック中央部・政府中央議会場では、先日内閣が提出した新しい法案が上院本会議にかけられようとしていた。

 13時より本会議が再開される予定の議会場では、議員達が様々な表情でその時を待っている。

 ある議員は期待に目を光らせ、ある議員は苦虫を噛むどころか飲み下した様な顔をしていた。


 どの道この流れは変えられない。


 そう考え、良心の呵責から顔色を悪くする議員もいる。


 事前の根回しで可決する事が決定されているこの法案。

 反対勢力がいない訳では無い。

 だが、機構と軍の回した手は巧妙かつ狡猾であった。

 彼等の家族を柔らかく人質に取ってみせ、その芽を徹底的に潰したのだ。


「あなたの家族が……ああならなければ良いですね?」


 この一言と共に転化手術の光景、そして自身の家族の監視されている動画が各議員の事務所へと届けられる。

 その動画を逆襲に使おうとした議員もいたが、一晩家族を拉致されれば口を噤むしか無かった。


 議長が議会場に姿を見せる。

 彼はチラリと手元の時計を見つめ、13時になった事を確認。


「これより会議を開きます」


 マイクを通した議長の声が議会場に響き渡った。





 公営放送である都市中央放送の議会中継を見つめる者達が居る。


「いよいよ始まったかぁ……これが可決されたら作戦開始って事なんだよね?」


『そういう事だ。今回は俺達の出番はたぶん無いとは思う。だからって油断はすんじゃねぇぞ? あっちの行動が全部終わるまで、何が起きるか判んねぇからな』


『配置がバラバラっていうのもおっかないね。大規模作戦が初めてなのは私だけじゃないけど、これは心細いもんだよ』


『大葉のおっちゃんはまだええやん、タマキ君と一緒やねんから。ボクらイクローさんと一緒やねんで?」


『ボクら正直、敵が来るどうこうよりもイクローさんの方が……』


「二人共、黙ろうか?」


『『スンマセン、ほんまスンマセン』』


『カカッ。俺が言うのもなんだけどよ、緊張感ねぇな。まぁ、そんくらい図太くねぇとEOなんてやってらんねぇよな』


『協力してくれてる部隊の方は……どうなんスか?』


『ああ。問題ねぇよ。さっき俺の古巣のエライさんから連絡があった。Nブロックへの経路の封鎖は順調。フロートも数を飛ばしてアリンコ一匹とは言わねぇが、ネズミ一匹通さねぇ位には監視してるとさ。あちらさんも今後の事があるからな。本気出してるみたいだぞ?』


「千豊さん達の放送が終わるまでの間、この施設を守れば勝ちって事だね。二人共しっかり頼むよ」


『『あーい』』


『新見です。ご歓談中失礼しますよ。間も無くこちらもスタジオ入りします。局への直接の妨害は物理的に不可能と思いますが、そちらは判りません。何かあった時にはうちの班の連中も上手く使ってやって下さい』


『おう、確かに借り受けたぜ。ちゃんと返却すっからよ』


『そうして下さい。それでは』


 新見の通信が切られると同時に、確認の為に流していた公営放送からは割れんばかりの拍手の音が聞こえてきた。

 後に極東史上に残る悪法と呼ばれる、[外部勢力侵略対策法案]と[青少年総合育成法]。

 この二つの法案が極東議会を通過したのである。


『よし、作戦スタート。各自哨戒を怠るな。連絡は密に。小さい事でもいい。何かあったら俺に報告しろ、いいな?』


『『『『『「了解」』』』』』


 今回の作戦の都合上、郁朗達は三組に別れて行動する事になった。

 民間放送各社が使用しているアンテナ施設の中で、Nブロックに近い位置に存在する三箇所。

 これらが破壊されれば、特定地域に放送のデジタル波が届かなくなる恐れがある。

 千豊がこれから起こそうとしている事への妨害工作が行われるのならば、該当する施設を破壊する事が手っ取り早いのである。

 故に組織の最大戦力であるEOの面々はそこへ配置されていた。


 組み合わせは郁朗と双子・片山とアキラ・環と大葉となっている。

 本来なら双子は片山が預かる予定だったのだが、戦力バランスを考えた結果こうなったそうだ。

 

 各EOには随伴として戦闘班が一小隊ずつ付いている。

 彼等にはカドクラから試験的に戦闘車両が提供されており、後に79式歩兵戦闘車両と呼ばれる事となる新型であった。


 独立懸架式の八輪の装輪型で不正地走破性が高く、搭載されているモーターも高トルクの特殊な物が専用に用意された。

 設計基は倉橋が手を掛けており、専用モーターの設計には山中が関わっている。

 定員八名の歩兵を乗せた上で有り余る出力を活かして、これまでの極東のモーター技術では重量の問題で積載不可能だった回転砲塔が主兵装として採用された。

 小振りではあるものの、砲身はライフリングの切られた施条砲と滑腔砲、そして対空機銃の三種類を作戦目的に合わせて換装して運用するとの事だ。


 この車両も水名神と同じく、先日の情報処理センターでの戦闘の経験から生まれた物である。

 敵集団を弾幕だけでなく砲撃で制圧する必要性は勿論、ミサイル戦闘車等を独自に開発している様な集団を相手にしなければならない現実を見せつけられたのだ。

 移動しての砲撃が可能な車両の登場は戦闘班だけでなく、千豊達の味方についてくれた第二師団からも切望されていた。


 カドクラは一般車両の製造を中止、現在全てのラインがこの歩兵戦闘車両の製造に回されている。

 既に空挺連隊と第三連隊にも少数ではあるが配備は開始されており、今回の作戦にもその姿を見せていた。


 こうして整えられた防衛戦力で最悪、そして不測の事態に備えなければならない。

 EO各員は守るべき施設周辺を、ローダーシステムで移動しながら哨戒を続ける。

 千豊達の動きがこれからという事もあり、今のところは当然ながら敵の気配は無い。

 だが彼等はこれからしばらくの間、『自身の持ち場への襲撃の可能性』という見えない化け物と戦い続ける事となる。





 Sブロックに唯一存在する民間放送局、極東文化放送。

 そのスタジオの一つから本来の放送予定を変更して、ある特番の放送が間も無く開始される。


 大掛かりなセット等は無く、大きなテーブルと数名分の椅子が討論しやすく並べられていた。

 まるで陣営を分けるかの様に置かれた椅子に、既に座っている者達の顔には苛立ったものが浮き上がっている。


 以前、報道番組で郁朗達を新型の人型オートンだと堂々と言っていた軍事評論家。

 千豊達をテロリストとして糾弾していた政治評論家。


 特にこの二人はこの場にいる事すら嫌で仕様が無い様だ。


「まだ始まらんのかね! 我々と討論する相手というのはどこの誰だ!? 後で抗議文を送ってやる!」


「落ち着きたまえ、私だって大事な日にこんな所に拘束されて腹が立ってるんだ。だが、出演契約した以上仕方無いだろう」


 騒ぎ続ける二人を現場にいるスタッフや司会者は冷ややかに見つめている。

 この二人がどういう存在か知っていて、今回のこの放送に呼んだのだ。

 中には虫を見る様な目で見つめる女性スタッフもいる。


 そんな空気となったスタジオへ、本日の主役とも呼べる人間達が現れた。

 初老に見える男性が二人、そして妙齢の女性が一人。

 傍目には女性はどちらかの男性の秘書にも見える。


「あっ、貴方の様な方がなぜこんなテレビ番組に出られるんです? 軍人が何故!?」


「必要だからに決まってんだろうが。俺ッチみたいな華のある人間が居た方が場も盛り上がるってもんじゃねぇの? ところであんた誰?」


 軍事評論家の顔が何故か青くなる。


「あんたもだっ! 政府や財界に弓を引いた売国奴が何を堂々とこんな場所に――」


「ああ、静かにして頂けますかな? 機構に金を貰ってある事ない事を喋り続ける貴方に、そんな事を言われる筋合いはありませんな」


 今度は政治評論家の顔が赤くなった。


「お二人共それ位で。本番はこれからですのに、今からエキサイトなさってどうなさるんです?」


「そりゃあ済まねぇな。蚊がチラチラ飛んで鬱陶しかったからよ」


「いやいや、お恥ずかしい」


 二人を御してみせた女性が評論家達の反対側に用意された席の真ん中に座る。

 論客の中心は彼女という事になり、評論家達はとうとう怒りを爆発させる。


「なぜこんな小娘相手に討論なんぞをせねばならんのだ! 私は帰るぞ!」


「私もだ! 売国奴にチンピラ軍人に最後は売女か! 討論にならん、帰る!」


「なるほど、では番組開始冒頭に視聴者にはお詫びを入れましょうか。評論家の先生方は私の様な小娘相手に尻尾を巻いて逃げ出した、と。幸いこの様子も録画されてますの。サブでもいい画が撮れたと喜んでるみたいですわ。さ、どうぞ。お引き取り下さい」


 彼女の一言により評論家達は言葉と動きを止める。


「おっかねぇなぁ。田辺ちゃんの言ってた通りだぜ、おい。あんたらこの姉ちゃん相手に交渉やらやってたってか? 根性あんなぁ」


「いやいや、こんなものではないですよ? 本気を出した彼女の怖さは。これからですよ、これから」


 女性の背中越しに男性二人は密談を始めた。


「植木閣下、門倉さん。冗談はそれくらいで」


 その場の空気を掌握しつつある千豊が彼等にニコリと笑ってみせた。





 Eブロック北東部、Nブロックとの境目にあたる幹線道路上で二つの部隊が睨み合いを続けていた。


 犬塚率いる第一空挺連隊第二普通科大隊の面々と、陸軍本営からの要請で派遣されてきた憲兵一個大隊である。

 一般車両の通行を完全に遮った形で鼻を突き合わせ、何かがあれば発砲さえ有り得る状況となっていた。




『オラァ! クソ憲兵ども! 機構の犬なった気分はどうだァ! ワンワンキャンキャン鳴いてみやがれェ!』


『悔しかったら飼い主連れて来いやァ! 一緒に的にしてやんぞ、ゴラァ!』


『俺達を鎮圧するついでに一般人でも拉致しにきたかァ! この人攫い野郎共! うちらの姫さんに手ェ出したツケは高ェぞ!』


 犬塚の隊からは憲兵隊へ向けて延々と罵詈雑言が投げかけられていた。


『静かにしろバカタレ共が、話の邪魔すんじゃねぇ。さて、憲兵さんよぉ。何を鎮圧しに来たのか知らないがな、とっとと巣に帰れや。こっちはこれでもお仕事してるんだ。邪魔しないでくんないか? こんなとこでドンパチしたかないだろ?』


 全員を黙らせ犬塚が憲兵隊にそう警告した。


『何を言っている、犬塚二佐! 貴官らの行為は軍規を著しく逸脱している! このまま退去しないのであれば全員拘束も有り得るぞ!』


『俺達が退去したらお前らどこ行くつもりだ? どんな(・・・)情報渡されたか判らんが……何かしでかす気だろ?』


『我々はあくまで貴官らに退去命令を届けに来ただけだ! 一時間差し上げる! その時間で退去されない場合は――』


『やるんなら今直ぐこいや。先に撃った方が負けってのは判ってて言ってんだろうな?』


 犬塚は兵を一人呼び、別経路の封鎖にあたっている岸部への伝令とする。


我々(・・)はだとよ……岸部さんとこ行ってな、『主要経路外からの浸透の可能性大』とだけ伝えて来い。それだけ言えばフロート使ってブロック境を徹底的に洗ってくれるだろ」


「了解しました、連隊長には?」


「野々村さんは第三との連携で忙しい、放置しとけ。おい、一個中隊を連中にバレない様に哨戒に出せ。三人一組で少しづつだ。細い路地なんかも全部洗って来い」


「「了解」」


 犬塚は命令を伝え終えると車両を盾に憲兵を睨みつける兵達に話しかける。


「おう、お前ら。絶対に通すんじゃないぞ。万が一の時は撃ち返して構わん。ただし、出来るだけ殺すな。憲兵はこっち側に付く可能性もあるって事を忘れんなよ?」


「「「「「ウッス」」」」」


「そんでだ……姫さんてのは……なんだ?」


 犬塚の怒気をはらんだその言葉に、兵員達は目を背けるだけだった。





 様々な場所でそれぞれの戦いを始める人々。

 鉄の飛び交わない静かな戦いではあるが、この作戦が極東の今後の明暗を大きく分ける事を郁朗達は知っている。

 誰もが負けられないという意思を以って、この作戦を終わらせる事を誓っていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ