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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-8 双腕、騒ぐ

 -西暦2079年6月29日14時50分-


 アジトの地下演習場にて、この日の訓練がようやく終わりを迎えようとしていた。


「はい! 立つ! モタモタやってたら片付け全部やらせるよ!?」


 顧問モードに入っている郁朗が、演習場の端でぐったりと倒れている二人のEOを叱咤する。


「そんなん言われても……なぁ?」


「そうやん……あんだけ無茶苦茶にされたら動かれへんて……」


 郁朗と片山にいつもの洗礼である"最初の関門"をお見舞いされ、動くに動けない二人の新人がそこには居たのである。




 昨夜、千豊からの連絡で急遽合流が決まった新人達。


『面白い子達が二人行くから、ちゃんと面倒を見てあげてね? 次の作戦には戦力として使えるレベルまで鍛え上げてくれるかしら?』


 容易く行われる無茶振りにウンザリとした郁朗と片山は、その鬱憤を新人二人にぶつけたのである。

 勿論破損の無いレベルの話なのだが、そのギリギリのラインを狙っていった二人のやり口をアキラはしっかりと見ていた。


「……八つ当たりにも程があるッスよ……イクローさん……いきなりあれは酷いッス」


「そうだぜ。団長さんもだ。俺達の身体は疲れ知らずなのにあの有り様ってよ。よっぽどな攻め方しなきゃ、ああはなんないぜ?」


「そうやそうや! もっと言うたって!」


「そうやで! ボクら殺されるか思たわ!」


「おー、まだやる気に溢れてやがるな。もう一本いっとくか?」


「「スンマセン、勘弁して下さい」」


 片山のカメラアイの鈍い光に、新人の二人は飛び下がると土下座をしてみせた。


 (つじ)景太( けいた)勝太(しょうた)の双子である。


 元々彼等の覚醒自体はアキラ達の僅か後に成されていた。

 だが双子での被験者という珍しいケースであり、技術班がデータを取りたいという事から転化施設に預けられていたのである。


 あまりにも急な招聘だったは、次に大きな作戦が控えているという状況が大きい。

 広範囲に散った施設を占拠・防衛するという次の作戦の目的を考えると、彼等をそのまま転化施設で遊ばせておく程、組織に人的資源に余裕がある訳では無い。


 千豊からの連絡の後に届いた彼等のデータはこの様になっていた。


 23番機・辻景太・二十歳

 近接戦闘適性・B

 射撃戦闘適性・B

 狙撃戦闘適性・B

 集団戦闘適性・Aプラス


 24番機・辻勝太・二十歳

 近接戦闘適性・B

 射撃戦闘適性・B

 狙撃戦闘適性・B

 集団戦闘適性・Aプラス


 能力は可も無く不可も無く、実にフラット。

 箇条書きによると集団戦闘適性のAは二人で組ませた場合のものであり、他のEOとでは三ランク程落ちるとの事だ。


 この二人の何が面白いのだろうかと郁朗と片山は考える。

 ここまでに出揃ったEOの面々で、木村も含めてこれ程能力に癖の無い者達は居ない。


 だが初対面の挨拶で、彼等が関西弁を使った事で郁朗等は変に納得してしまう。


「千豊さんの新人が面白いって言ってたのって……そういう事なのかなぁ」


 その一言を聞いた双子が早速郁朗に噛み付いた。


「関西弁喋る人間がみんなおもろい思わんといてや!」


「そうや! この喋りのせいで「面白い事言って~」とか言われて迷惑しとんねん! どんだけハードル上げてくれるんやっちゅうねん!」


 地下都市移住後、日本各地にあった方言というものは徐々に消滅しつつある。

 ただ生活地域を分ける際に出身地域で固められる傾向があった為、町単位や世帯単位では地域色の強い言葉が使われている事も無い話ではない。

 バラエティ番組などでは関西弁を喋るコメディアンが複数いる事から、彼等の様に誤解を受けるケースもある。


「ああ……そう……大変なんだね、君達も」


 やっぱり千豊の言ってた面白いというのは、そういう事なんじゃないかと思う郁朗であった。




「そうなんかぁ……毎日こんなんやったら死ぬんちゃうか思たけど、そんなんでもないんやね」


「当たりめぇだろ。今日のこれに近い事はあってもそれ以上って事はねぇよ」


「そうだな……そこは安心していい。ただな……」


「ただ? なんなん?」


「お前らのな……来月の給料明細が……いや、なんでもない」


「なんなん!? なんなん!? タマキ君も目ぇ逸らさんとってぇや!」


「ほんまや! アキラ君、ちゃんと最後まで言うてや! 気になるやん!」


 訓練は終了し環とアキラ、そして双子の四人は片付けをしながら大騒ぎしている。

 双子とは歳が近い事もあり、タマキとアキラは早速打ち解けている様だ。



「なんか一気に騒がしくなったな」


「ほんとですね。でも私なんかは彼等の元気が羨ましいなとも思いますけど」


「大葉さん、何老けこんでるんですか。そんなんだからあの子らに大葉のおっちゃんなんて言われちゃうんですよ」


「中身がおじさんなのは本当の事だからね。そう考えると団長さんはあんまり歳を感じさせないですね」


「俺ァ中身がガキなだけだからな。子供の心を忘れないってのは大事な事だぜ?」


「ああ、自覚はあるんだね。でも団長はそろそろ大人として行動して貰わないと僕が困るんだけど」


「いいじゃねぇか。トップはやんちゃでドッシリ構えてるもんだ」


「オッサン組が揃って何やってんだよ。片付け終わっちまったぞ」


 片付けを終えた環達が郁朗達の元へ集まる。


「タマキ……僕をこっち側に入れるのはやめて欲しいんだけどな……まだ二十五だよ?」


「へ? イクローさんて二十代やったんですか?」


「うそやん、そんなお爺ちゃんみたいな二十代、おる訳無いやん」


「お……お爺ちゃん……?」


「落ち着いてるし変に悟った事言うし、うちとこの先生みたいな爺ちゃんやと思ってたわ」


「ボクらが投げ飛ばされてるの見てうんうんて頷いてるとこ、ほんま爺ちゃん先生そっくりやったなもんな」


「「なー」」


 双子は顔を見合わせると互いに同意する様に声をあげた。


 この身体になって少し老成した自覚はあったが、まさか大葉の"おっちゃん"を飛び越してお爺ちゃんと言われるとは思ってもいなかった郁朗である。


「ジジイ……」


 タマキがボソッと言った一言が一同のツボを突く。


「プッ……」


「ぶわははははははは! ジジイだってよ!」


「ダメですよ、団長さんもアキラ君も……プッ」


 一同が大爆笑を続ける中、小さくカシャリという音が鳴る。

 半分照明が落とされて、いくらか暗くなっている演習場にエメラルドグリーンの光が灯る。


「そうかぁ……お爺ちゃんかぁ……じゃあ僕がまだまだ若いって所を見せといた方がいいかな。訓練延長だね……フルドライブッ!」


 郁朗がそう叫んだ瞬間、タマキとアキラが笑いながら吹き飛ばされ、何が起きたか理解出来無いまま壁に張り付けられる。

 大葉も退避行動を取る以前の段階で虚空へ投げ飛ばされており、その直後には郁朗と片山はがっつりと組み合っていた。


「たかがこんな冗談でフルドライブ使ってんじゃねぇよ! さすがに洒落になんねぇぞ!」


「やだなぁ……団長。子供の心を忘れないのが大事って言ったじゃないか。ちょっとした悪戯だよ、い・た・ず・ら」


 ゴギン


「悪戯でッ……グッ……関節をへし折る馬鹿がどこにいるってんだ! この野郎ォ!」


 肘の関節を圧し折られ、抵抗虚しく片山も宙を舞う。


「ふぅ、ブラッドドラフト使ってないのにあれだけ抵抗するんだもんな。ほんと団長を相手にする時は気が抜けないや…………さて」


 郁朗の声に逃げ出そうとしていた双子が背中をビクリとさせる。


「どこに行くのかな? まだ訓練は終わってないよ?」


「いや……終わったんちゃいますのん? ホラ、片付けも済んでるし」


「そうですやん、イクローさん……ね? もう終わりにしときましょうよ」


「うーん、だってねぇ……君達だけ仲間外れも悪いじゃない?」


「いやいや……確かに爺ちゃん先生も同じ事言うてましたけど……」


「景ッ! アホッ! そんなん言うたら……」


「なるほどなぁ……そうかそうか。やっぱり飛んどこうね、そらッ!」


「「うそーん!!」」


 二人は宙を舞うどころか演習場の天井に接吻するという目に遭う。


 なかなかメンテナンスを受けに現れない郁朗達が心配になり、くじ引きで選ばれた整備班の一人が、鼻歌交じりに演習場に到着するまでこの宴は続いた。

 たまたま戻っていた倉橋がこの惨状を目にし、例によって整備場の隅で郁朗への説教を開始する。

 当然、正座である。

 メンテナンスを終えた双子がその現場に遭遇し、救世主たる倉橋へ「「ありがとう、お爺ちゃん」」と述べ、郁朗の横に並べられるのはもはやお約束と言っていいのだろう。






「では我々はあくまでNブロックからの戦力の流入を防ぐのみで構わないと?」


「ええ、それで十分です。名目はなんでも構いません。先日の誘拐事件を盾に、幹線道路に検問所を設けるのでもいいでしょう」


「いや、出来なくはないのだがな……それで本当に作戦は成功するのかね?」


「Nブロックからの妨害が無ければ確実です。念の為にこちらの戦力をこことここ、さらにここへと配置します」


 新見が大型モニターに映された配置箇所へマーカーを付けていく。



 郁朗が双子を相手に大暴れしていた頃。

 第一空挺連隊駐屯地の作戦課執務室には、今回の作戦に協力する面々が座っていた。

 会議を主導するのは新見。

 千豊は彼に全てを任せ、何も言わずに座っている。


 空挺連隊からは連隊長の野々村と犬塚、岸部等の各大隊長が。

 第三連隊からは連隊長の北島とその副官である将校が一人参加している。


「我々の部隊はあくまで保険のつもりです。協力して下さる皆さんがきちんと止めて下さると信じてますので」


 新見はサラッとそう言ってのけた。


「では当日我々がEブロック側を、北島さんの第三がWブロック側を、という事で宜しいですかな?」


「ああ、構わん。高野に先日の借りを返せると思えば力も出る。隊内の掃除はなかなかに大変だったが、今となっては風通しが良くなったと考えているさ」


「あくまで専守防衛という形でお願いします。ヘタに手を出すとあちらの思う壺ですから」


「それはあちらも同じ事だろうからな。民間人だけは巻き込まん様にあしらってみせるとも」


「お願いします。では詳細スケジュールは媒体の中にありますが、閲覧は大隊長までを厳守という事で」


 野々村と北島の手に媒体が渡される。

 受け取った二人は了承の意を示し、頷いた。


「……本来ならこの様な形で権力に介入すべきでは無いのかも知れません……」


 ここまで口を開かなかった千豊が声をあげた。


「ですが……こうでもしなければ人々が真っ当に生きる道を取り返せない、それが現状です……皆さんの力をお借りします」


 千豊は立ち上がると頭を下げた。


「頭を上げて下さい、坂之上さん。我々も自分達の問題だと認識しておるのですよ。矢面に立たなければ取り戻せない物があるのなら……喜んで立ちましょう。ねぇ、北島さん?」


「ああ、同じ師団に居ながら何も出来無かった身としては……何としてもこの手で止めねば気が済まん。それにだな……孫がこれから生きていく世界の見通しがこうも暗くては死んでも死にきれん」


 二人は千豊に握手を求める。

 二人の手を取った千豊は小さく微笑んだ。





「坂之上さん」


 会議が終了し、駐屯地を後にしようとした千豊と新見に声がかかる。


「どうなさいました? 犬塚さん」


「いや……まずは先日の礼がまだでしたので……娘を助けて頂いてありがとうございました」


「そんな……私達が必要と思ってやった事です。お礼を言われる事ではありませんわ」


「それでも娘が助かったのは事実です。あなた方があの現場に間に合わなければどうなっていた事か……」


「それを言うなら私達の方こそ……犬塚さん達に謝罪をしなければなりませんわ」


「……どういう事です?」


 犬塚は千豊のいきなりの謝罪に面を食らった。


「片山淳也さんを……アナタの家族と呼んでいい方を……異形と呼ぶべきモノに変えたのは…………私ですから」


「…………」


「そうするしか手段が無かったとはいえ……アナタ達から彼を奪ったんですもの……何を言われても構わないと思っていますわ……」


 片山がEOとなった事は彼も知っている。

 田辺からも野々村からも、そして娘からもその話を聞かされていたからだ。

 確かに千豊が片山を連れ去り、EOという異形に変えてしまったという事実はあるのだろう。

 だがその事について何か言及する資格を、自身が持っているとは犬塚には思えなかった。


「あなたへの協力はアレが自分で決めた事でしょう。我々は謝られる立場ではありませんよ…………あの馬鹿はどうしてます?」


「……うちの若い子達を引っ張ってくれてます。横柄に振る舞いながら……その実、若い子達に一番心配りをしてくれているのも彼ですから」


「あの片山がねぇ……」


「彼は私に協力を申し出てくれた時にこう言ってました……『生憎と俺には血の繋がった家族は居ねえ。だが守らなきゃならん人達は居るんだ』って……犬塚さん、きっとアナタ達の事なのでしょうね」


 その一言を聞いた犬塚は、小さく表情を歪ませた。


「…………あの馬鹿に会えますかね?」


「私が首に縄を付けてでもお連れしますわ。第二師団や空挺連隊との協調が確定した時点で、連絡しても構わないとは言ってますのに……ずっと逃げっぱなしですの」


「まぁ……その内に嫌でも顔を合わせるでしょうからその時は……」


「ええ、存分に」


「感謝します……あの馬鹿に説教する為にも次の作戦は成功させましょう。ご武運を」


 犬塚は千豊達に敬礼すると連隊本部へ戻って行った。


「新見さん……団長さんには……」


「ええ、黙っておきます。その方が面白そうですからね」


「あら、新見さんもいつの間にか、そんな意地の悪い事が出来る様になったのね……彼等の影響かしら?」


「きっとそうなんでしょう。彼等を見ていると退屈しません」


「そうね……今頃あの双子を相手に何か騒ぎの一つでも起こしてるんでしょう。早く帰らないと……少し心配だわ」


「では急ぎましょうか」



 二人は車両に乗り込みアジトへ向かう。

 案の定、彼女の予想通りの騒ぎは起こっていた。

 作戦開始前の大事な時期に、この様な事件を平然と起こしてしまう。

 千豊はそんな彼等に頭を抱える反面、その変わらない頼もしさに笑みを浮かべるのだった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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