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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-7 広がる攻囲

 -西暦2079年6月23日11時20分-


 突発した誘拐未遂事件の解決から二日が経過していた。


 空挺連隊に確保された実行犯の兵員達は、そのまま連隊本部まで連行され尋問を受ける。

 尋問には第二連隊から専門の人間が派遣され、まずは彼等の徹底的な身元調査から始められた。

 軍本部への人員照会を試みるが、これは失敗に終わる。

 事前に予想はされていたが軍籍は抹消され、彼等のデータ自体も消去されていたのだ。

 ならばと指紋、声紋、虹彩は勿論、DNAに至るまでの個人識別情報を調べあげ、更には身体に存在する治療痕を徹底的に洗い出し、それを基に医療機関へとローラーをかけたのである。


 その結果として、まず実行犯を率いていた男の情報が、機構から奪ったデータベースに存在した。

 続いて数名の兵員の治療実績が、極東内の様々な医療施設から文字通り発掘され事となる。

 そして本人達も証言をする事を受け入れる代わりに、課せられる刑の減刑を望んだ。


 指揮していた男以外の証言は原隊名がはっきりしたぐらいであり、そのほとんどは役に立たなかった。

 ただ共通しているのは、彼等は第一師団の中でも脛に傷を負った人間達であり、今後の栄達や差し当たりの金、中には免職の取り消しをかけて作戦に参加した者もいるという事だ。


 そんな実りの無い報告が続く中、指揮していた男の証言により事件発生までの全容が明らかになる。

 事の発端は陸軍技研の研究者の依頼だそうだ。

 新型の軍用EO開発の為に、彼等は若く反応の良い脳と神経を欲していた。

 その為、機構を通して第一師団へと要請が入る。

 たまたま強化合宿中だった今回の被害者達に目をつけ、彼等の所属する連隊の長自らが発令したそうだ。


 連隊長クラスが堂々と絡んでいる事を知り、尋問を担当していた士官は大きくは期待せずに男に聞いてみた。

 第一師団を含む軍部にどの程度まで機構の手が浸透しているのかという事を。

 男は担当士官の予想を逆の形で裏切り、あっさりとそれに答えてみせた。


「陸軍幕僚や師団幹部は勿論、大隊長クラスまでは内覧で知ってると思うぜ。中隊長クラスで怪しいってところだ。俺らみたいなのを小悪党って言うんだろうがな、連中はマジモンの悪党だ。あの人型兵器の運用方法を、あいつらは笑いながら検討してやがったからな」


 その言葉を報告で聞いた第二師団の幹部と第一師団を見限った第三連隊の北島は、絶句するしか無かった。

 特に北島は第一師団に所属しながら一切知らされていなかった話であり、そのあまりにも破廉恥な内容には大きくショックを受ける事となる。

 だがその一方で、彼は自分が裏切ると思われていた事に安心もした。

 自らの性根がそこまで腐ってはいないと思えたからである。


 実力行使を訴える師団長の植木やその手下の高野の駄々に手を焼かされながら、こうして様々な証言を得た第二師団は陸軍幕僚本部への攻勢に討って出る。

 証言の内容や証拠については一切伏せたまま、あくまで一般市民に危害を加えようとした罪状で兵員達を告発したのだ。

 この告発自体が罠であり、陸軍幕僚が後に回避しようが無い爆弾を製造する為のものであった。


 そして告発人として登場するのが田辺である。

 彼は通り一遍のやりとりをあえて繰り返し、幕僚達からある言質を取ってみせた。

 幕僚達が堂々と次の言葉を述べる中、田辺は薄く笑って見せるだけだった。


 その兵員と名乗っている男達に軍籍も軍歴も存在しない。

 技研も同様で、その様な研究者などいない。


 この二つである。

 兵員達の軍歴については既に裏が取れていた。

 軍籍についても多数の証言から、立証出来るレベルのものが用意されている。

 技研の研究者に至っては、実際に軍用EOの開発に関わっていた者の一人を拉致。

 彼の手持ちのデータと合わせて、無理矢理師団本部にまでご足労願っていたのだ。

 つまり陸軍幕僚の面々を追い込めるだけの爆弾作りに成功したのである。


 こうしてこの告発は狙い通りの結果を獲得し、証拠不十分という事で不問とされて田辺は帰路につく事となった。

 車両に乗るまで悔しがる素振りの一つもしてみせる辺り、彼もなかなか芸達者な男であると言える。



 良く言えば実直、悪く言えば猪武者、そんな人間が多数を占める第二師団において、田辺という存在は異端と言えた。


 軍大学から幹部候補生学校を経て士官として入営。

 ここまではどこにでもいるただの新米士官なのだが、彼は肩書が違う事から入営当時に相当な騒ぎになったという。


 父が現役の幕僚、祖父が極東紛争の英雄という家系というサラブレッドだ。

 持っているコネを有効活用し、第一師団で栄達の階段を駆け上がっていくのだろう。

 そう周囲の人間達の、誰もが思っていたからだ。

 だが彼は第二師団への配属を強く希望する。


 当時はまだ中隊長だった植木は、彼の第二師団入営の噂を聞きつけると、自身の手元に置くように当時の上役の面々に請願した。

 第一師団が何かを面倒な事を仕掛けてきたのではないか、そう疑いの目で彼を見ていたからだ。

 だが危険物と思われた彼を手元に預かり、叩いて鍛えて育ててみればその評価は大きく変わっていく。

 卑怯な事で無ければどんな手段でも使ってみせる柔軟さと、理を乱す者は誰であろうと許さないだけの実直さを持ち合わせていたからだ。

 特に折衝のセンスに関しては抜きん出ており、植木は口で転がされたのも一度や二度では無いと述懐する。


 第一師団からの彼の転属の打診は数えきれない回数あったという。

 彼の父親の背景が圧力をかけてくる事もあった。

 だが田辺は政治の場である第一師団を蛇蝎の如く嫌い、第二師団での現場の生活に拘り続ける。


 能力的にも第二師団の窓口となるのは必然であり、その経験は植木が師団長に就任し連隊の後釜を彼に任せた頃に開花する事となった。

 今では政治力に決め手の欠ける第二師団にとって、彼の率いる第二連隊は無くてはならない諜報の要として機能している。



「とまぁ、そんな具合に言質を頂きました。事が事だけにあちらさんの計画が進んだ時には面白い事になるんじゃないでしょうか?」


「なぁなぁ、田辺ちゃんよ。俺ッチはまだ出ちゃダメなんかな? こんな後手後手に回ってると退屈で死んじまうぞ?」


「そう言われても困りますよ」


「おめぇは楽しそうでいいよな? 艶々してるじゃねぇか」


「なんだったら代わって差し上げますよ? 師団長閣下」


「その気も無いのに言うんじゃねぇよ。俺ッチが出て行ったら、幕僚本部が火の海どころか消し炭になっちまう」


 植木は椅子に座ったままそれをグルグルと回し始め、なにやら遊び始めている。

 とても一軍の最高指揮官のやる事では無いのだが、田辺はいつもの事だと気にしていない。


「はぁ、田辺ちゃんも随分と捻くれちまったよなぁ。配属当時は世間知らずの綺麗な坊っちゃんだったのによぉ」


「私をこう育ててくれたのは誰ですかね? 閣下のお蔭で交渉事には事欠かない日々でしたよ」


「ごもっともだな…………で、あちらさんは動くのか?」


 キィと音を立てて椅子が止まり、植木からは普段の飄々とした空気が消えた。

 そこには第二師団を率いる者としての表情がはっきりと見える。


「それは間違い無く。彼等もデータが揃って足元が固まりつつありますからね。攻め時としてはこのタイミングが最適でしょう」


「…………連中は……劇薬だな」


「はい……」


「だが今の極東には必要な薬であるのは間違い無い。彼等がその劇薬の使い方を違えるようであれば……」


「判っています。ただ……私見ではありますがその機会は無いかと」


「そうかい?」


「はい」


「お前さんが言うならそうなんだろうよ。なら俺ッチ達は来るべき日とやらに備えて粛々と準備を進めようや」


「粛々とですか。似合いませんね」


「ちげぇねぇ」


 師団長執務室には植木の笑い声だけが大きく木霊した。


 田辺は一仕事終えた事で安堵の息を吐いた。

 その余裕からでは無いがまさに今、別の戦場で戦っている友人を案じる。

 用意した手段が無駄になれば良いのだが、と彼は高笑いする植木を背にして思った。






 同時刻、Wブロック・セントラルビジネススクエアの議事ホールでは、カドクラ重工業株式会社の臨時株主総会が行われていた。

 開会が宣言される中、その壇上の中央に門倉雄一郎が、普段よりも幾分険しい顔をしながら座っている。

 この総会が開催された目的とも言える議案は二つ。

 軍事的な包囲が整いつつある今、機構を経済面からも縛り上げる為に門倉が打った手の一つである。


 その内容がグループに弓を引く行為である以上、総帥である彼の兄、英一郎の横槍は当然懸念された。

 だが、カドクラという企業のシステムにより、手の出し様が無いだろうと関係者には予想される。


 まずグループ企業の資本の問題であるが、カドクラは部門起業の際にグループ中枢や母体企業の資本を一切使用しない。

 企業化が見込まれた時点で、その部門は独立採算制へと移行する。

 部門の利益をそのまま資本金として蓄積していくのである。

 起業し上場すると株式の七割は門倉一族の物となる。


 結局はグループ中枢の言うがままではないか、との声もある。

 だが母体企業が資本拠出を背に無理難題を要求する事も無く、門倉の人間達もわざわざ優良部門に対してヘタな介入をする程馬鹿では無い。

 犯罪行為に絡む等、どうしても介入が避けられないケース以外への強行手段を取った履歴は無い。

 関連企業の権利は概ね守られている為、グループ内や投資家の評判も悪く無い。


 そして議決権である株式の所有量であるが、これは現在の所、門倉が単独で七割超を所有している。


 先代の総帥の遺言があり、グループ全体の株式は二人になってしまった兄弟で好きに分けろとの内容だったからだ。

 門倉は専攻してきたという事で、グループ主力である工業系企業の全てを。

 兄はそれ以外と総帥の椅子を受け取る事となった。


 グループ本体からの資本の拠出も無く、議決権の過半数はこちらにある。

 以上の理由から法的な妨害はまず有り得ないだろうという結論に至ったのだ。


 臨時の総会である為、株主達への業績報告等は存在しない。

 本日の招集に関する質疑が終われば即座に議案の採決に入るだろう。


 門倉は株主達を一度だけその険しい表情で見つめると、すぐさまに微笑んでみせた。




 今回の総会で彼は白紙委任状を許さなかった。

 元々、門倉一人の議決権で雌雄は決する。

 投資家達にとってカドクラの株など、ただの数値的資産の一部でしかないのも承知していた。


 だがこの地下都市の住民の安否に関わる問題なのだ。

 彼等にも他人事ではいて欲しくなかった。


 故に門倉は資料の送付は勿論、時間が許す限り投資家達の元を行脚し、話せる内容だけではあるが極東の現状を訴え続けた。


「貴方にとってはデータ上の株式であり、ただの資産としての数字なのかも知れません。ですが、その資産が貴方の家族や知り合いを殺すかも知れんのですよ?」


 その一言に効果があったのかは判らない。

 だが事前に寄越された委任状には全て賛成の意が記されていた。


 広がりつつある機構と関係各所への包囲網を、耳聡く聞いたのかもしれない。

 勝ち馬に乗るのが投資家の習性と言えばそうなのだから。 

 

「ご質問が無い様でございますので、第一号議案の審議の方に移らせて頂きます」


 議長の声がホール内に響く。

 

「第一号議案に関してのご質問をお受け致します。ご発言を希望される方は、挙手をお願いしたいと存じます。ご質問はございませんでしょうか?」


 投資家達は静かに推移を見守っている。


「ご質問がございませんので次の議案へ進ませて頂きます。第一号議案の採決は第二号議案と合わせて行わせて頂きます。それでは第二号議案に関してのご質問をお受け致します。ご発言を希望される方は、挙手をお願いしたいと存じます。ご質問はございませんでしょうか?」


 誰も挙手しない中、議長は淡々と議事を進めた。


「ご質問がございませんので、議案の採決に移らせていただきたいと存じます。第一号議案「カドクラ重工業株式会社と傘下企業のカドクラグループ離脱」、第二号議案「離脱に伴う社名変更」の採決を合わせて致します。原案にご異議ございませんか?」


 意義のない証明として異議無しの声と共に満場の拍手に包まれる。


「ありがとうございました。過半数のご賛同を得ましたので、本議案は原案通り承認可決されました」


 予定調和ではあるものの、株主達の席からは更なる大きな拍手が響き渡った。

 門倉は静かに立ち上がり、深く深く株主達に礼をした。


「以上をもちまして、本総会は閉会と致します。本日は、誠にありがとうございました」


 議長の閉会の宣言とともに、再び門倉は頭を垂れる。





 総会が終了した直後、議会場から離れた門倉は、吹き抜けとなっているロビーの二階にあるソファに埋もれる様に腰掛けていた。

 その目は騒がしく帰宅して行く大勢の株主達を見つめている。

 いつもなら側に付いている秘書達にも席を外させ、一人でこの反逆劇を思い返した。


 従来の形式のままでも兄に反旗を翻す事は十分出来たはずだ。

 だが門倉は兄との完全な決別を望んでいた。


(これでやっと正面から殴り合えるな……端から見ればみっともない兄弟喧嘩にしか見えんのだろうが……)


 少し自嘲気味に笑う門倉に、数名の男が近づく。

 門倉はまだ気づいていない。


 彼等と門倉の距離は詰まっていく。

 その距離がもうあと十歩程となった時。

 男達は腰や胸に隠していた物を手に取る。


「そこまでだな」


 若い男の声が株主達の喧騒の中を抜けて門倉の耳に響く。


 彼を取り囲みつつあった男達の内の半数は刺客。

 残り半数は……どうやら門倉を陰ながら警護していた人員達だった。


「困りますね、門倉さん。勝手に一人になって貰っちゃあ」


 銃の様な物を持った男を警棒で殴りつけ、関節を締め上げている男がそう言った。

 周囲を見回し数人の男が取り押さえられているのを見ると、門倉は事態を飲み込み彼等に謝罪する。


「それは済まなかった。ようやく一山越えた所だったんだ……油断していた様だよ。君達はもしや……」


「伝言です。「会計が頼りないので人を送る、会長より」だそうです。これで判ると聞いていますが、これは何かの符丁なんですかね?」


 門倉はやはりそうかと納得する。

 学生時代の生徒会の役職の話を持ち出すとは、なかなかに田辺も意地が悪い。

 そう思いながらも、彼は自分を心配してくれた友人に感謝するしか無かった。


「あ、ああ……そういうものだと思ってくれいい。とにかくありがとう。助けて貰った様だね」


「見て下さいよ、こいつの使ってる銃。要人暗殺用のニードル銃です。おそらく針にはとんでもない薬が塗られてるんでしょう。ご自分の相手の厄介さは理解なさってるはずです。という事で、当面我々がガードに付きますので。ムサ苦しいのは勘弁して下さい」


「ああ、助かるよ。ただし、君達も無茶はしないでくれ。こんな年寄りを庇って君達の様な若い人達が傷つく事もないだろう」


「ならばご自愛下さい。俺達が怪我をしない為にもです」


「……判った、努力しよう。名前を聞いておきたいんだが……」


「若松と申します。うちの大将に目をつけられたせいで、ここ数ヶ月は貧乏クジを引き続けてますよ」


「ククッ……それは災難だったとしか言えないな。昔からあいつに気に入られた人間は大抵ロクな目に合わない」


 二人は互いの人柄を少しだが理解し、その場で笑みを浮かべるのだった。


 様々な場所から始まりつつある機構への包囲。

 来るべき決戦の日に向け、これらは確実に郁朗達を後押しする事となっていく。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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