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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-4 コントロール

 -西暦2079年6月21日14時05分-


 ゴウッ!


    ゴウッ!


 アキラは目の前に迫ってくる車両の群れを回避する事に専念していた。


(進む事さえ考えなければ……こんなに楽に動かせるものなのか……)


 訓練の時の様に転ばないで済んでいる奇跡に感謝する。

 それは郁朗も同じであった。


「止まる事なんか考えないで走れるって楽でいいよ。団長の言う事が的を射るなんて事もあるもんなんだねぇ」


『全くッス』


 脚部に装着している移動ユニットの接地感を丁寧に確認しながら、二人は訓練の時の鬱憤を晴らすかの様に幹線道路を疾走して行く。



 EO用高速・不整地走行システム、ローダーユニット。

 71式改等の重装備による機動性の低下を訴えた郁朗の要望を受け、倉橋と山中が少ない時間をやりくりしてどうにか開発した物である。


 発電能力の弱い大葉が動かせる事が最低限の条件であった為、その性能に関して特筆すべき点はほぼ無い。

 モーターは低電力でもそれなりの仕事率を誇る物を採用。

 コントロールに関しても、郁朗達と比べ反応の鈍い大葉の神経回路からの伝達に対しても、しっかりとした駆動レスポンスを返せるだけの性能を獲得している。

 むしろ誰もが使えるという汎用性こそがこのユニットの売りなのだが、その売りの為に郁朗とアキラは手間を取らされその制御に苦労させられているのであった。


 まず郁朗の場合は自身の大出力故に、低電力でよく回るモーターというのは天敵でしかなかった。

 流し込むべき電力量のコントロールが上手くいかず、ストップ&ゴーが出来ずに地面を這う事になったのだ。


 アキラにしても彼の過敏とも言えるモーターコントロール特性が問題となっていた。

 彼の特性はローダーユニットのレスポンスの良さとの相性が非常に悪く、動作させるには最悪の組み合わせとなって発露したのである。

 軽すぎるハンドル、開きすぎるアクセル、効きすぎるブレーキ。

 そんな車を無理矢理運転する苦行を、毎日繰り返し試行させられていたのである。


 個々に対しての調整を入れる事で、徐々にではあるが動かせる様にはなってきている。

 だが現状ではとても使い物にならない。

 それが郁朗とアキラの持つ、ローダーユニットの運用に対する見解であった。


 ところがどうだろう。

 今その二人は周囲の車を置き去りにし、目標である大型バスを確実に追従している。



『簡単な事じゃねぇか。イクロー、お前がエンジンになって後ろからアキラを押せ。そんでアキラ。お前はハンドルな。方向を変える事だけに集中しろ。止まる時に効きすぎるブレーキをかけてやれ。俺の考えが正しければ、それで間違い無く上手くいく』



 このいかにも片山の言い出しそうな適当なアイディアを実行してみたのだが、考え無しの割にこれが実にしっくりとハマったのだ。


 郁朗にしてみればとにかく電力を流し込めばいいので楽な事この上ない。

 アキラにとってみても『進む・止まる・曲がる』の内、差し当たり曲がるだけを担当すれば良かったので、丁寧にコントロールする事が出来たのである。


(見た目はあんまり良くないんだけどね……小さい頃にスケート場で恭子とこんな風にして滑ったもんだなぁ)


 郁朗が暢気にそんな事を考えていると、不意に通信が入ってきた。


『三番機、こちら本部。聞こえていますか?』


 オペレーターの長瀬の声だった。


「聞こえてるよ? どうしたの?」 


『ルートは現在のままで追走して下さい。まだ試作機ですけど支援機を飛ばしました』


「支援機?」


『今高度を下げます。見えますか?』


 郁朗が上空を伺うと、軍のフロートより小型だが翼数の多い飛行物体が郁朗達を先行する形で飛んでいる。


「確認したよ。僕達の少し前を浮いてるあれでいいんだよね?」


『はい、そちらの様子も問題無くモニター出来ています。先行しているもう一機の支援機のおかげで、目標を追走するための最適ルートは算出済みです。こちらの支援機の誘導に従って下さい』


「了解、よろしく頼むね」


 二人はさらに速度を上げ、支援機の飛ぶ行方をなぞる様に走行を続けた。


 郁朗達が追い着きつつある中、目標のバスは彼等の三十km程先を制限速度で走行していた。

 支援機が中の様子を伺えない様に、中にいる人間達もその上空に支援機が飛んでいる事をまだ気づいてはいない。






 同時刻、Eブロックにある極東陸軍第一空挺連隊の駐屯地は喧騒に追われていた。


「装備は最低限で構わん! 第一のクソガキ共が相手だからな! 納税してくれている市民に手を出したんだ。思い知らせてやれ!」


 中隊長の一人が部隊員の士気を鼓舞する為に乱暴に叫んでいる。

 それはそうだろう。

 彼等にとっては訓練では無い、初めての実戦になるかも知れないのだ。

 部隊員の顔には僅かに不安の色が見える。

 そんな部下達の士気をどうにか引き上げなければならないのだから、隊長達にとっても辛い所だろう。


 その様子を連隊本部の窓から焦燥感を滲ませつつ見つめる人物が居た。

 紆余曲折を経て原隊に復帰した空挺の鬼隊長こと、犬塚賢三であった。


「野々村さん、なんで俺を出してくれんのですか? 娘の一大事に何でッ……」


 連隊長である野々村に対して、命令に不服のある犬塚は食い下がる。

 その表情からは普段の不敵なものは消え失せていた。


「落ち着け。身内が絡んでいるからこそというのがなんで判らん。今のお前にまともな判断が出来るとは思えん。田辺さんからも絶対にお前を出すなと釘を刺されてるんだ。例の連中に渡りはつけてくれている。田辺さんを信じよう」


「……テロリスト紛いの連中の何を信じろってんです? あんな連中――」


「お前には全部話しただろう? 今の極東の情勢もだ。その結果がこれだ。由紀ちゃんが巻き込まれたのだって、偶然とはいえ機構が絡んでるんだぞ? 何の為にこっちに戻って来て貰ったと思ってるんだ」


「だからちゃんと仕事はやってるでしょうが。俺が第一の思想に染まってる連中を叩き出すのに、どれだけの苦労をしたと思ってるんですか?」


「知ってるよ。お前にしか頼めなかったんだからな……焦るのは判る。俺だって由紀ちゃんの事が心配で堪らんよ。あの子が産まれた時から知ってるんだ。このまま何かあったら圭子さんにもどう詫びたらいいか判らん。だからといってお前をこのまま行かせて、それがいい結果に繋がるとも思えんのだ。堪えてくれ……犬塚」


「…………」


 連隊長執務室の扉がガチャリと音を立てて無遠慮に開いた。


「案の定、揉めとるな。田辺に言われてこっちに慌てて顔を出したら、犬塚の坊主が大騒ぎしとるそうじゃないか」


 そう言いながら部屋にノックもせずに入ってきた二人の初老の人物の顔を見て、犬塚の顔色が変わる。


「高野さん……第七の大親分がなんでこんな所に来てるんです? それに……第三の北島さんまで……」


 突然現れた二人の連隊長を迎えて、室内の空気が先程よりも緊迫したものになった。

 高野は陸軍第二師団師団長・植木の後輩であり、バリバリの武闘派として陸軍内にその名を馳せている人物である。

 第二師団の理念をそのまま体現している人間と言ってもいい。

 対して同行している北島は高野の同期にあたり、性格と師団の方向性の違いから彼と度々ぶつかってきた相手である。


 その水と油の二人が何故このタイミングでこの場に現れるのか?

 犬塚と野々村はその真意を窺う。


「北島はワシがたまたま捕まえただけだ。犬塚の坊主、お前の娘っ子が第一のバカ共に拉致されたって話を聞いた時にな、こいつと一緒に居たんでついでに連れて来た」


「何がたまたまだ……第一からの離反を勧めに来おっただけだろうが」


「丁度いい、坊主。事のいきさつを全部聞かせてやれ。少しはこいつの硬い頭もマシになるかも知れん」


「なっ……」


 これも第一師団を瓦解させる機会だと考えてしまえば、話さない訳にはいかないのが犬塚の軍人としての悲しい習性だった。


 事の起こりは一時間と少し前。

 犬塚の娘・由紀子が縁があって参加していたEブロックの学生選抜の合同練習。

 その最終日という事もあって、選手一同は気勢を上げて練習に打ち込んでいた。

 総監督が予算をぶん取ってきたと意気込み、選手全員で打ち上げを兼ねた食事会に出発しようとした時に事は起こった。


 数台の大型バスが練習場となっていた大学の門を抜け、彼等の目の前に停車する。

 中から降りてきたのは軽装ではあるが兵装を所持した者達であり、その内の一人が仰々しく通達を行ったそうだ。

 勘のいい由紀子はその様子を携帯端末を使ってこっそり動画として保存しており、犬塚にメールで添付して寄越したのが第一報であった。


「我々は極東陸軍第二師団第二連隊所属の者だ。後日議会を通過予定の学兵徴発法のテストケースとして、運動能力に恵まれている君達が仮徴発される事となった。極東の未来の役に立てるのだ。光栄に思いたまえ」


 由紀子は即座にそれが嘘であると見抜いた。

 何故ならば第二連隊の連隊長である田辺という人物を熟知している上、第二師団は父親の古巣なのである。

 この様な暴挙を許す集団では無い事をよく知っていたからだ。


 総監督をはじめ、コーチや職員達は勿論反発した。

 立ち塞がる軍人と思しき男達に詰め寄るも、小銃の銃口を向けられた上に威嚇射撃として空へ向けて発砲されてしまえば、民間人である彼等は黙るしか無かったのである。


 その間にも由紀子は犬塚へと続報を送り続けた。

 そして周囲を取り囲み始めた男達の部隊章をカメラに収めた時、由紀子の疑念は確信に変わった。

 子供の頃に見た極東陸軍の部隊編成の冊子にあった、第一師団の部隊章だったからである。


 これを知らせるメールを最後に連絡が途絶える。

 恐らく端末を奪われたのだろう。


 "お父さん ごめんなさい さすがに危ないかも"


 この最後の文面が犬塚の心を激しく揺さぶった。

 彼は野々村への報告もそこそこに、田辺へと状況を伝える。

 田辺は犬塚へ駐屯地から出る事を禁じ、事態の収拾を自身に預ける様に諭した。


 そして野々村を通しての折り返しの連絡は、現場から一番近いという理由で水名神と郁朗達に救出を任せたとの内容であった。

 犬塚はその判断を良しとせず田辺に噛み付いたが、彼は一切取り合わず野々村に後を託し、高野と共に第一師団瓦解へ向けて動き出したのである。


「なるほどな、田辺が急げと言う訳だ。なぁ、北島。今の話とこの動画を見ても……まだ第一が信用出来るか?」


「…………捏造や騙りの可能性は?」


「そりゃあ捕まえてみねぇと判んねぇだろうさ。だがよ、第二のガキ共がこんなヤバい橋を渡るのなら、部隊章をぶら下げたままってドジはやんねぇな。自分の下のもんの事を思い出してみろよ? 坊っちゃんの多い第一ならやりかねんミスじゃないか?」


 そう言われた北島は一切の反論が出来無かった。


「北島よぉ……ワシが石頭の多い第一の中から、お前に最初に声をかけた理由……判るか? 村田や春日と違ってな、お前ならまだ話が通じると思ったからだ。確かにワシとお前は同期で、軍歴を見ればやりあってきた歴史しかねぇ。だがそんな事をやってられる時間はもうねぇんだ。若い者を平気で拉致する軍隊があっていいと思えるか? 答えろ、北島」


 数瞬、睨み合う高野と北島。


(頭でものを考えるのが苦手なこいつがここまで言うか……)


 視線を逸らした北島の心中は、高野に対する驚きで占められていた。

 理よりも拳で語る男が理を説いているのである。

 北島は目を瞑って僅かな時間考えると、静かにその決意を告げる。


「……拉致犯を確保して身分の照会をしてからだ。第一の人間と確定したら……俺はあちらを離れる事を約束する……」


「よく言った。その言葉を忘れんじゃねぇぞ…………坊主、納得いかねぇって顔してるな。練武場に来い。久し振りに叩きのめしてやる」


 犬塚にそう声をかけると高野は部屋を出て行った。

 やり場のないストレスを抱えていた犬塚も、どうせ外へ出られずここでモヤモヤしている位ならばと、彼の後を追う。

 この時練武場の当番兵によって録画された二人の訓練風景は、後に格闘教練の教材となる。


(由紀子、無事でいろよ……母さん……どうかあの子を守ってやってくれ……)


 犬塚のその祈りを届けるかの様に、連隊駐屯地からは事件鎮圧に派遣される大隊が、後手に回っていると思える遅い出立を開始した。






 こうして幾つかの勢力が鼻を突き合わせてぶつかる事となった、発端とも言える大型バスのその車内。

 泣き出す女子選手の多い中、犬塚由紀子は乗り合わせている兵達を睨みつけていた。

 身近に居た人間達の影響のせいだろうか。

 彼女にとって軍人とは厳しいが強く優しい存在である、という認識が強い。

 それが民間人に対して暴力を振るう事を厭わなかったのだ。

 男達の事はとてもではないが許せないのだろう。


 彼女の機嫌の悪さを助長する要因として、隣には顔を腫らした坂口正志が座っている。

 端末が没収された際に小さく抵抗をした由紀子。

 それに対し暴力的な振る舞いをした兵から、彼女を庇って殴打されたのだ。

 赤黒くなった腫れを何かで冷やす必要があるのだが、車内で拘束されている身ではそれも叶わず、切れた唇にハンカチを当てるのが関の山だった。


「ごめんね坂口君……あたしのせいで」


「何言ってんスか……俺の方こそ先輩を巻き込んだせいでこんなんなっちまって……先輩の親父さんになんて謝ったらいいか判んないスよ……」


「あー……それは事が済んだらたぶん練武場行きかな……君は悪くないんだけど覚悟だけはしといてね?」


「? ……先輩は……怖くないんスか? どうなるか判んないってのに」


「んー……」


 由紀子は口元を坂口の耳に近づけ囁いた。

 シャンプーと何かの合わさった様な彼女の匂いに、坂口の顔が赤くなる。


(お父さんに連絡しちゃったからね。お父さんが来れなくても、間違い無く助けか何かが来るよ)


(…………親父さんて仕事何してるんスか?)


(極東陸軍のおっかない軍人さん。大隊長だって)


(そりゃあ……おっかないッスね……)


 バスが信号で停車する。

 横暴な事をする割に交通法規は守っているのだな、と変な所で坂口は感心してしまう。

 表沙汰にされたくない事情があるからこそ、慎重に行動しているのだとは彼は考え付きもしなかった。


 信号が青になる。

 にも関わらずバスは動き出さなかった。

 乗り合わせた兵達が何やら連絡を取り合い、騒ぎ始めている。


 苛立ち始めた兵達を見て、車内の皆が自分達の行末を案じたその時。


 バスのフロントガラスが大きく砕けて、散った。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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