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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第四幕 露顕と秘匿の攻防
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4-2 緑鯨の名は

 -西暦2079年6月18日19時25分-


 ジジッ ジジッ


 セミオートのレーザー溶接機が小さな音を立てて、プログラム通りに精密部分の溶接を休みなく進めている。

 

 カドクラ重工港湾部部長・萩原の監督の元、大型潜水艦の最終艤装が間もなく終わろうとしていた。

 

「これでようやくワシの仕事も終わるってもんだ。結局は戦闘艦として組み上げなきゃならんかったのが残念ではあるがな……」


「オヤジさん……そうは言っても、こいつのこれからの役目を考えたら仕方ない事でしょう」


「だから残念ではあるが、と言っとるんだ。こいつはワシの最後の娘だからな……その嫁入り道具が武装ってのはどうにも味気無い」


「そこまで気に入ってくれとるとは、設計者冥利に尽きるというもんだ」


 突然後ろから響いた声に、にこやかな笑みを浮かべ萩原は応えた。


「倉橋さんか! よく来てくれました! 間もなく艤装も終わります。見てやって下さい。立派なもんでしょう。あなたとワシらの子ですよ」


 二人は固い握手を済ませると、艦体を見上げた。


 大部分の艤装を終えた大型潜水艦はその大きさを誇示するかの様に、どっしりとドッグの作業エリアに固定されている。


 前回の作戦の窮地の最中、郁朗達が必要だと判断したもの。

 その内の一つは自分達とは別系統からの支援攻撃だった。


 火力の強さは問わないが、相手の意識を引ける攻撃が多方向から加えられるのであれば、もう少し作戦の幅が広げられただろう。

 初めての戦死者を出した先の作戦の後、新見を含めた戦闘班と郁朗達三人の総意としてそれが上申された。


 彼等の希望を反映させる為に、大型潜水艦は倉橋による再設計の後に船体自体を改修。

 本来の設計のままなら積まれなかったであろう装備群が搭載される事となる。

 

 元はただの前甲板だった場所に小型の多目的巡航ミサイルの発射管が十八基。

 開閉可能な側甲板には、せり出し式の76mm速射砲が左右合わせて八門。

 主艦橋側面の僅かなスペースに、フロートなどの航空戦力対策の四連装32mm対空機関砲が二門。


 本来なら兵員輸送を兼ねた移動基地としての役割だけを持つはずだったこの艦。

 彼女はそのあり余る積載量を十二分に活かし、支援戦闘艦として極東の大河に産声を上げなおす事となったのである。


「ああ……よくぞここまでやってくれたもんだ。あんたでなけりゃあ、俺の設計の要求仕様は満たせなかったろう。本当に……感謝している」


「よして下さいや。ワシはあなたの発想を必死になって動くもんに変えただけでしょう。しかし……これでようやく肩の荷も降りてくれるってもんです」


 そう言う萩原に倉橋は何かを言い辛そうにしている。


「それなんだがな……」


「どうしたんです、倉橋さん。あなたらしくないですな、何を言い淀んでるんです?」


「代わりましょうか? 倉橋さん?」


「嬢ちゃんか……頼んでいいか? 俺からはとても頼めんよ……」


「おお、坂之上さん。で、何をワシに頼みたいと仰る?」


「萩原さん、この艦の……艦長をやっては頂けませんか?」


「…………」


「無茶な相談だと理解はしています。ですが……私達にはこの艦を管理運用出来るだけの人材がおりませんの」


「やっぱり駄目だ、嬢ちゃん。萩原さんは俺と同じ技術屋だ、軍人じゃねぇ。この人に頼むのは筋違いってもんだぜ」


「…………申し訳無いですな、その話はさすがにお断りします。倉橋さんの言う通りワシはただの船を造る技術屋です。船の動かし方は知っていても、戦う船の使い方は専門じゃない」


「…………」


「ですが……代わりにこの船を使えて信用出来る人間を紹介しましょう。退役したジジイばかりになりますが、それでもよろしいですかな?」


「……ありがとうございます。是非、お願いします」


「あと……進水するまでにちゃんと名前を考えてやって下さい。船は名前があってナンボのもんでしょう」


「それは萩原さんにお任せしますわ。私達の中でこの艦に一番力を注いで下さったのは、他でもないあなたですもの」


「そりゃあまた……ワシでよろしいんですか? 倉橋さん?」


「ああ、あんたがつけてやってくれ。この艦も喜ぶだろう」


「……判りました。進水までにはいい名前を考えておきましょう」






「そんで? 俺達がこのドッグに呼び出された理由とそれがどう関係あんだ?」


 艦体をキョロキョロと見てはいるものの、退屈しながらそう言った環。

 当然ながら即座に片山により頭をはたかれ説教されている。

 艤装完了から数日後の今日、外部のスポンサー陣の視察も兼ね、大型潜水艦が改修されてから初めての進水が行われる予定だ。

 クルーとの顔合わせもある為、EO全員も揃ってドッグへ呼ばれていた。


「お前はいい加減ミーティングで話した内容を理解してから現場に来い! まったく……作戦の時以外はてんで役に立たねぇな」


「俺が寝ちまう様な内容だからこうなるって事をだ、そっちもいい加減気付けって。もっと解かりやすく簡単に説明しやがれって事がなんで判んねぇかね」


 二人の掛け合いを呆れながら見ていた郁朗が、周囲の視線に晒される事に耐え切れず仲を取る為に動いた。


「はいはい、判った判った。大型潜水艦が完成して進水するから見に行くぞー。僕達も乗せて貰う事になるから、スタッフとは顔を合わせておくぞー。これでいいかい?」


「ほれ見ろ、こんだけ簡単に説明出来るじゃねぇか。ちったぁイクローさんを見習え、このゴリラオヤジ」


「なぁ……イクローよぉ。お前が甘やかすからこのバカ、こうなっちまったんだぞ? お前、ちゃんと責任取って今後は面倒見ろよ?」


「職務放棄はダメだよ、団長。中間管理職ならそれらしく仕事しなきゃ。下っ端になすりつけてる時点で上司失格じゃないの?」


「そうだそうだ。ちゃんと仕事しやがれ、怠けてんじゃねぇぞ」


 郁朗と環の悪乗りがそろそろ片山の導火線に火を点けようとした時、アキラの一声でそれは制止される。


「ダメっすよ、団長。千豊さんが笑ってるッス。あの笑い方はヤバい方ッスよ」


「そうですよ、片山さん。新見さんも目つきが変わってますから。あれは間違い無く怒ってますよ」


 スポンサー達の好奇の視線に混ざる恐ろしい殺気。

 大葉は新見の目つきの鋭さが一段階上がったのを遠目に確認すると、アキラに追従して片山に報告した。


「ホラ見ろ……お前らが馬鹿騒ぎするからこうだ。全部俺のせいにされちまうんだぞ。姐さんにまたネチネチやられんのかよ……」


「まぁそれも仕事だから、諦めてよ」


「全くだな、何でもかんでも俺達のせいにすっからそうなんだ。反省しろよ?」


「ヌガーッ!!」


『団長さん、静かにね?』


「うぇい……」


 わざわざドッグ内の放送を使ってまで止める辺り、目に余る騒がしさだったのだろう。

 確かにこの場には普段アジトにいる人員とは違う……所謂外からのお客様の方が多かった。

 主戦力である郁朗達が、何やらとガチャガチャして騒ぎ立てている状況は目立って仕方が無いのである。


 片山が肩を落としシュンとする様子を見て、必死に笑いを堪える郁朗と環。

 数分後に自らも同じ立場になるとは考えてもいないのだろう。






「で、そんなつまらない理由で大騒ぎしてたって訳ね?」


 そうして公の場で正座をさせられ説教をされる三人であった。


「大騒ぎって程でもねぇだろうよ。そもそも環がだな――」


「はい、そこまで。それも合わせて管理するのが団長さんの仕事でしょ? 給料分はちゃんと仕事をして下さいな。団長さん、減俸ね」


「なっ!」


 そのやりとりを横目で見ていた郁朗と環が再び肩を震わせる。


「タマキ君。アナタも減俸です。そもそもミーティングをいい加減に聞いてたアナタが悪いのよ? お祖母様がSブロックにいらした時にでもこの事は報告しておくわね?」


「ちょっ!」


「そして、イクロー君。アナタが一番タチが悪いわね。あの状況で止めるべき立場なのはアナタなのよ?」


「そんな。勝手に人をストッパー役にしないで下さいよ。僕は本当の事を言っただけじゃないですか。そもそも僕が最初は止めようとしてるのに団長が絡んでくるのが悪いんでしょう?」


「またお前はそうやって屁理屈をこねて――」


「はい、ストップ。TPOを弁えなさいと言っているの。状況に応じた適切な止め方と絡み方を考えなさい。今日は他所の人も来てるって事を忘れないで頂戴ね。ご機嫌伺いをしろとは言わないけど、せめて大人しくしていて頂戴。イクロー君は減俸と食料倉庫の整理を命じます。反論は無しね」


「……ハイ」


 千豊ににこりと微笑まれながらそう言われると、郁朗には反論出来るはずも無い。

 傍らで推移を見守っていたアキラと大葉は静かに頷き合う。

 彼等の状況を見て、ああはなるまいと気を引き締めていたのだろう。


「……そろそろ落ち着きましたか? いい加減待ってるお歴々にあなた達を紹介したいんですけどね」


 新見が状況が落ち着いた事を確認すると、重く息を吐きながら郁朗達に近寄ってきた。


「ごめんなさいね、新見さん。お説教は終わりました。お待たせしちゃったみたいね」


「いえいえ。あちらの方々にもありのままの状況を見て貰えたと思えば悪くは無いでしょう。では、行きましょうか」


 郁朗達、つまりEOという規格外の戦力。

 野放図に振る舞わせていてもちゃんと手綱は握っている、スポンサー陣にそう知らしめるという意味では良い出来事だったと新見は考えているのだろう。

 新見と千豊は五人のEOをぞろぞろと引き連れて、彼等を待っている一団の元へ歩いて行く。


「お待たせしました。彼等が私達のジョーカーですわ。見ての通り奔放でして、手綱を握るのに苦労してますの」


 大柄な身体のEOが五人も並ぶとなかなか壮観な絵面にはなっている。

 数名のふてくされた者がいなければの話なのだが。


「……くくっ……田辺や萩原さんの言っていた通りだな。面白い人材が揃っている様で何よりだ」


 怪訝そうに眉をひそめる人間が多い中、一人だけ小さく笑い声を上げる人物が居た。


「門倉さん、あまり彼等を調子に乗せないで下さい。手放しに褒めるとどこまでも調子に乗りますから」


(この人が門倉雄一郎……うちの組織の一番大きいスポンサー……)


 郁朗は門倉を観察する様に見つめた。

 初見であろうEOのカメラアイにまじまじと見つめられるというのは、未知な異形が相手なだけに恐怖を誘うものだ。

 だがその視線に気づきつつも、平然とこの場に立つ門倉の胆力に郁朗は感心してしまう。


「いやいや、構わんじゃないですか。我々の代わりに危険な現場で矢面に立ってくれてるんです。それにこの位豪放な方が有事には頼りに出来ます。そうでしょう皆さん?」


 周囲にいた面々がその一言で表情を和らげる。


『相当影響力があるんだな。田辺さんが色々と任せておけって言ったのも判るぜ』


 片山が郁朗に超短距離通信を飛ばしてきた。


『温和そうな顔してるけどおっかない人なんだろうね。出来れば関り合いになりたくないなぁ』


『違いねぇ』


 郁朗の発言でフラグが立ったのか、片山と郁朗の側へ門倉がやって来た。


「君達二人が最古参だそうだね。君達ばかりに前に立って貰って申し訳無いとは思っているんだが……私には出来そうにない事だからね。頼りにさせて貰っているよ」


「はぁ……」


 郁朗が気の無い返事をすると門倉は一つ溜め息をつき、言葉を続ける。


「オフレコで少し話を聞きたいんだが……いいかね?」


 二人は千豊の方を見ると黙って頷いたので、それを了承した。

 人の和から少し外れた所に向かうと、門倉は少し重くなった口を開く。


「まずは片山君……君には謝罪しなければならない……本当に済まなかった……」


 周囲の目を気にする事無く頭を下げる門倉に、郁朗と片山は面を食らった。

 門倉が自分達の名前を知っている事にも少し驚かされたが、そんな事が些細なものに感じる案件が目の前に存在するのだ。

 片山はその事を訝しむ前に困惑してしまい、頭を下げたままの門倉に声をかける。


「……待って下さい。俺には門倉さんに謝罪される様な事は何も無いと思うんですが?」


「私の依頼のせいで君を巻き込む形になってしまった……謝罪して許される事では無いだろう……かといって今直ぐ君に元の身体に戻られても困る、というのが本音だ。出来る事はこうして頭を下げる事くらいしか無い……」


 片山はなるほどと思いはしたものの、自身が転化された事に関して彼に恨み言を言うつもりは無い様だ。


「頭を上げてくれませんか、門倉さん。あれは俺が自分で納得して受けた仕事なんですから。その結果がどうなろうと、俺の責任です。それに……今はこうなって良かったと思えますよ。なぁ、イクロー?」


「僕に振られたってどう言っていいものか判らないけど……今から考えれば、僕達はなるべくしてこうなった気もします。門倉さんはあまり気に病まない方がいいですよ」


「ありがとう……そう言って貰えるのならば、私も次に進めるよ。さて……それとは別件なんだが、少し君たちの事を聞いてもいいかね?」


 唐突に話題が切り替わったが、スポンサーとしてEOについて聞きたい事もあるのだろうと、二人は頷く事で返答とした。


「……済まないね。その…………君達は以前の自分との違和感……なんかは感じていたりしないかね? 精神的な事でもいい、肉体的な事でもいい。何でもいいんだ」


 郁朗と片山は顔を見合わせた後、思い思いに返答する。


「身体はまぁこの通り機械なんで、動かす事に慣れるまでには時間が少々ってとこですかね。メンタルの方は違和感という程の事は無いんですが、少し攻撃的にはなってる気はしますよ。まぁ俺は元々気の荒い人間でしたから、誤差みたいなもんです」


「僕も似た様なものですね。ちょっとだけ感情の抑えが効かなくなってる気がしますけど、それ以外は元のまんまかなぁって」


「そうか……」


 ホッとした顔をしている立派な体つきの門倉が、郁朗には先程の胆力の消え失せた……ただの小さな初老の男性に見えた。


「どなたか……関係してる人が被験者なんですか?」


 郁朗の問いかけに、門倉はハッとして彼のカメラアイを見つめる。

 どうやら郁朗の勘が当たった様だ。


「孫が……ね。まだ目覚めてはいないが、君達と同じ施術を受けているんだ。身体の治療の為になんだが……いや、こんな事を話すつもりはなかったんだ、許して欲しい」


「許すも何も……俺達に謝る事なんて何も無いですよ」


「そうですよ。うちの技術班がきっとなんとかしてくれます。早く……目覚めるといいですね」


 門倉が静かに頷く中、ドッグ内にアナウンスが響き渡る。


『間もなく進水を開始します。間もなく"水名神(みなかみ)"が進水を開始します』


 萩原によって名付けられ、艦名が水名神となった大型潜水艦が進水準備を開始する様だ。

 三人の元に千豊が足早に向かって来た。


「団長さん、アナタ達にも乗って貰うわね。中のクルーとの顔合わせもあるから。門倉さん、ここで失礼します。また後日、こちらから連絡を入れますので」


「ええ、我々はここで退散するとしましょう。また何か進捗があったらお願いします……片山君、藤代君。孫が目覚めた際には……済まないが宜しく頼む」


「僕らで出来る事なら……ねぇ?」


 郁朗は片山の方を向き同意を求める。


「そういう事です。ご心配無く」


「ああ……ありがとう」


「それじゃあ行くか、姐さん」


「ええ。それでは、失礼しますね」


 三人は門倉に会釈すると水名神へ向かった。

 郁朗は少し気になったのか、振り返り門倉を見つめる。

 そこにあった門倉の姿は、やはりただ孫を案じる小さな初老の人物のそれでしか無かった。


(きっと色々あるんだろうなぁ。僕やみんななんかと同じで)


 身近な存在でない門倉という財界人に僅かなシンパシーを感じつつ、郁朗は水名神の側甲板へのタラップを登る。


 これからほんの一時間程後、彼等は想定していなかった戦闘に巻き込まれる。

 そして更にその戦闘の最中、思いもよらなかった人物と再会をする事となるのであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.06.14 改稿版に差し替え

第五幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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