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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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幕間 犬塚由紀子《いぬづか ゆきこ》

 -西暦2079年6月5日19時40分-


「……て事があったんだよ? ヒドいと思わない? ……お父さん、聞いてる?」


「あー、聞いてる聞いてる」


 書類見ながらご飯食べてて……その一言は説得力が無いよ、お父さん。


「要はあれだろ。デキる後輩をやっかむ馬鹿な先輩と、一人で抱えこんで俺はなんともないぜ、って格好つけてる阿呆な後輩の話って事じゃないのか? どこにでも転がってるよく聞く体育会系の一幕じゃねぇか。どっちもガキなんだよ、ガ・キ」


 見てきた様に言うお父さんに少しだけカチンときた。

 明日のお弁当に椎茸入れてやろうかしら。

 自分を棚上げにしちゃってる人には、お母さんに聞いたあの話で反撃しよう。


「ふ~ん……練武場裏……大会前の雨の日……地面を叩いて号泣……青春ですなぁ」


「!?」


 あら、凄い。

 効果テキメンだったよ、お母さん。


「ゆっ、由紀子さん? その話はどこで誰に?」


「ソースの出処を守る義務があたしにはあるのであしからず。残念ながらお答え出来ませーん。それより早くご飯食べちゃって。書類ばっかり見て全然食べてないじゃない」


「むぅ……お前は本当に母さんに似てきたなぁ。人の弱みを握る所までどうして似ちまったんだろう……」


「だったら嬉しいな。お父さんに似なくて良かったって、お祖母ちゃん達にもずっと言われてたからね」


「…………お袋め」


「ほら! もういいから早く食べる! ハリーハリー!」


「判った判った。そうだ、父さん来週の週明けから、十日程Sブロックに出張だからな」


「あ、そう。行ってらっしゃい」


「…………」


 そんな怒られた犬みたいにシュンとしないでもいいじゃない。

 そろそろ子離れしてもいい頃だと思うんだけどなぁ。


「あたしも来週辺りから部活が忙しくなるんだから。お父さんにばっかり構ってられないの」


「何も構えなんて言ってねぇだろうが。貴重な家族の団欒の時間を大事にだな……判りました、食べます、食べますよ」


 これで部隊に戻ったら鬼だって言うんだもの。

 いつも思うけど、こればっかりは片山さんに騙されてるとしか思えないなぁ。

 そうだ……。


「ねぇ……お父さん。片山さんの事……あれから何か判った?」


 お父さんの部下だった片山さんはあたしのお兄ちゃんみたいな人だった。

 お母さんが亡くなった時に、身内以外で一番力になってくれたのもあの人だった。

 時々フラッと現れてはあたしの話を聞いてくれる。

 お父さんの事で揉め事を起こして軍は辞めちゃったけど……そんな身近に居た人がこんな風にいきなり行方知れずになるなんて……ほんと、一体何があったんだろう……。


「…………いや。あれっきりだな。田辺さんが動いてくれてはいるんだが……」


「そうなんだ……ほんとどうしたんだろうね、片山さん」


「調査業って言っても、荒事ばっかり担当してたみたいだからなぁ。何か表に出せない理由で身を隠しているのか……まぁあいつは簡単に死ぬ様なタマじゃないっては間違い無いからな」


「それは……そうだね。片山さんがピンチになってるとこって、なんか想像出来ないもの。じゃあ、田辺のおじさんは最近どうしてるの? 奥さんに聞いたら忙しそうにしてるって言ってたけど」


 お父さんの元上官の田辺のおじさん。

 あたしにとっては可愛がってくれるただの優しいおじさんなんだけど、軍の人からしてみたらおっかない人みたい。


「連隊の方は他人に任せっきりで、そこかしこを飛び回ってるな。片山の事も含めてもう少ししたら解決するとは言ってたよ。俺がこっちに戻って来たのもその一環らしい」


「ふ~ん、そうなんだ。テロリストがどうとか新型オートンがどうとか……何か最近の極東っておかしな事になってるよね……?」


「お前らは今はそんな事考えなくていいんだ。若いもんは勉強して運動して、飯食って寝りゃあいい。その為に父さん達がいるんだからな」


 だから心配なのが判らないかなぁ……ほんと、お母さんの言ってた通りニブチンなんだから。

 こんなおかしな事になってる時期に、急に前の部隊に呼び戻されて……矢面に立つのが判ってるから心配するなって言うのが無理だよ……。


「はぁ……よくお母さんはお父さんみたいな人を選んだね……あたしだったらとてもじゃないけど耐えられそうもないよ……」


「あ? なんだって?」


「いいから早く食べるッ!」


 ほんとしょうがない。

 頑張ってるのは知ってるから、明日の椎茸は勘弁してあげよう。





 一晩明けた今日も、あたしは部活の準備でプールサイドを飛び回る。

 みんなが揃う前にちゃんと準備だけは済ませないとね。

 そう思って頑張ってる時に限って、大して意味も無く声を掛けてくる人がいるんだもんなぁ。


「犬塚マネはあれなの? 坂口のバカと付き合ってんの?」


 なんで急にそんな話になるんだろう。

 それより後輩の事を本人が居ない所でバカ呼ばわりって……ほんとどういう神経してるのかしら。


「別にそんなんじゃないですよ。みんなと同じ部員の一人と思ってますけど……それが何か?」


「いや、だったらいいんだ。そんな噂がね、流れてたから気になったんだ」


 だとしてもあなたには関係無いよね?


「はぁ……」


「大体あのバカと犬塚マネじゃ釣り合わないって。あいつ、藤代郁朗の再来って最近言われてるらしいけどさ、調子に乗ってんだよな」


「藤代郁朗ってあれだろ? ちょっと速かったってだけで、結局事故って使いもんにならなくなったゴミじゃねぇか。あのバカの中学の時の先公がそのポンコツらしいぜ? あいつも事故って師弟揃って潰れちまえば面白いのにな」


 大きな声でバカな事を言って大笑いしてる先輩達にあたしはカチンときた。

 藤代郁朗さんの事は水泳をやってた人間として知らない訳が無い。

 坂口君の恩師だって事も彼から聞いていた。

 彼は藤代さんとの思い出をとてもとても大事にしている。


 実はあたしにとってもあの人はちょっとだけそういう存在なんだけどね。

 とにかくだ。

 あたしは他人の不幸をこんな風に笑い話に出来る人達を許していいなんて、お父さんからもお母さんからも教わって無い。


「あんた達――」


 あたしが文句を言いかけた時、先輩の一人が誰かに両肩を掴まれて呻き声を上げていた。


「いくら先輩だからって言っていい事と悪い事があんぞ!? 俺がムカつくんなら俺の事を俺に言えばいいだろうが! ……あーもういいよ。どうせ俺があんたらに何言ったって、生意気だの一言で終わるんだろ? あんたら全員と勝負してやるよッ! 一人でも俺に勝てたらこの部も学校も辞めてやらぁ!」


 そこには大声を張り上げて、今まで見た事の無い顔で怒っている坂口君が居た。

 聞こえてたんだね……これはさすがに怒るなってのが無理だなぁ。

 あたしだって腹が立ったんだもの。


「なっ、なんで俺達がお前みたいなカスと勝負なんかしなくちゃならないんだ。バカの言う事なんて聞いてられるかよ」


「なんでぇ、こんなガキ一人に勝てないのかよ? そんなんで今までよく先輩面してたもんだよなぁ。勝負しねぇんなら今までの事を監督に話すだけだ。そんな卑怯な事したくねぇけどよ」


 坂口君、君もなかなか煽るねぇ。

 じゃあ少しお手伝いしようかな。


「ッ! こいつッ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ! お前がそんな事言える立場だと思ってんのかよ!?」


「今までの事って何かよく判らないけど、坂口君。さすがに先輩達を舐めすぎてないかな? 十人近い先輩を相手にするなんて無茶だから止めときなよ」


 ちらりとこちらを見た坂口君に目で合図してみる。

 この人達うまく乗ってくるかなぁ。


「マネの事チラ見してた割には見てる前でいい格好も出来ないんだな? こんなヘタレの集団にイビられてたかと思うと恥ずかしくってしょうがねぇよ」


「テメェ、殺すぞ? いいぜ……勝負でもなんでもしてやるよ! お前が勝ったら土下座してやる。その代わり俺達が勝ったら即退学届だ、いいな!?」


「お、おい、お前……」


 わーい、釣れちゃったよ。

 でもこっちをチラチラ見ながら言われても、格好良いともなんとも思えないです、ハイ。

 言質はちゃんと取っといたから安心していいよ、坂口君。




 そこからの勝負は圧巻だった。

 坂口君は三年の先輩全員を相手にして、一度も負けなかった。

 元々のタイム差がタイム差だもの。

 負けるなんて思ってなかったけどね。


 一番最後のキャプテンとの勝負は凄かったなぁ。

 接戦で、とかじゃなくて……ここまで全部の勝負を全力で泳いでいたのに、今日一番の速いタイムで泳いでみせたんだもの。


 今から七年前……あたしがまだ家の近所のスイミングスクールに通っていた頃だった。

 そこのコーチに勉強になるから見に行っておいでよって言われて、お母さんに無理を言って連れて行って貰った大学選手権の予選会。

 綺麗なフォームで泳ぐあの人は、直ぐにあたしの憧れになった。

 あの時に見た藤代さんの泳ぎによく似てたよ、って言ったら……彼は喜んでしまうんだろうか。




「約束守れよ? 先輩」


「何がだ? 何を言ったか記憶にねぇよ」


 うわぁ……最低だこの人。

 よくこんなのでキャプテンなんてやってられるよね。

 ようし……。


「土下座するって言ったよな?」


「知らねぇよ。なぁ? お前らも聞いてただろ? 俺達はこいつの練習に付き合ってやった。それだけだよな?」


 そうだそうだと他の先輩達が尻馬に乗って騒いでいる。

 ホント駄目だ……この人達。

 ん……?

 おお~……これはこれは。

 いいタイミングかもね、ポチッと。


『――乗ってんじゃねぇぞ! お前がそんな事言える立場だと思ってんのかよ!?』


『今までの事って何かよく判らないけど、坂口君。さすがに先輩達を舐めすぎてないかな? 十人近い先輩を相手にするなんて無茶だから止めときなよ』


『マネの事チラ見してた割には見てる前でいい格好も出来ないんだな? こんなヘタレの集団にイビられてたかと思うと恥ずかしくってしょうがねぇよ』


『テメェ、殺すぞ? いいぜ……勝負でもなんでもしてやるよ! お前が勝ったら土下座してやる。その代わり俺達が勝ったら即退学届だ、いいな!?』


『お、おい、お前……』


 録画しといて良かったよ。

 こんな事になると思ってたんだ。


「おい、お前ら。この騒ぎは何だ? 犬塚、その動画はいつ撮った?」


「さっきです~。みんなのフォームを録画しようと思って準備してたら、何時の間にか回ってたみたいですね~。媒体の無駄遣いしちゃいました~。先生すいませ~ん」


 わざとらしい棒読みに先生も気づいてくれたみたい。

 監督がプールに来るのが見えたから、その登場に合わせて再生してみたけど……正解だったかな。

 あーあー、先輩達もこんなんでオロオロするくらいなら最初からやらなきゃいいのに。


「何があったのかは大体判った。個別に話を聞く。坂口と犬塚。まずお前等からだ」


「えー? 先生あたしもですか?」


「一部始終見てたんだろうが。お前に聞くのが一番客観性が高そうだ。他は練習して待ってろ。逃げるなよ? 徹底的にいくからな、覚悟しとけ」


 監督、おっかないです。

 坂口君と無理矢理連れて行かれたあたしは、隠してもしょうがないのでこれまでの事を監督に全部話した。


「なるほどな……お前の存在があいつらにいい影響を与えると思ったんだが……逆効果だった様だな。済まん、坂口。俺の見通しが甘かった」


「先生は何も悪く無いッス。あの人達も調子乗ってったッスけど、俺も黙ってたのが悪かったッス」


「ふむ……そう言われればそれもそうだな。という訳で坂口。お前にはしばらく部から離れて貰う」


 何言い出すのかしら、この監督さん。


「先生、それはあんまりじゃ――」


「犬塚、話は最後まで聞け。坂口、お前にな、Eブロックの学生選抜の強化指定選手枠をやったらどうだって話が水泳連盟から来てる。このあいだの測定会のタイムがな、どうやらその呼び水になってるらしい」


「俺が……強化指定…………先生、強化指定選手って何なんッスかね?」


 あらら、坂口君。

 君はほんとに泳ぐ事しか考えてないんだね。

 先生ががっくりきちゃってるよ。


「お前は……そんな所まで藤代に似んでいい。本来なら学生選抜は大学生だけで構成されるものなんだが、稀にお前の様な変異種の高校生が出る事があるからな。そういう人間の為に高校生でも学生選抜の練習に参加、成績いかんではそのまま選手として登録されるってシステムだ」


「って事は……」


「そうだ、しばらく上のランクの練習で揉まれてこい。お前にとってはここでの練習よりも得る物が多いはずだ」


 いやいや、良かったよ。

 見てる人はちゃんと見てるんだね。

 で、先生はなんでこっちを見てるんです?


「そんで、犬塚。お前も今回の件を黙ってた罰として、俺の代わりにこいつに付き添ってあっち行きだ。こいつがまたつまらんトラブルに巻き込まれん様に、ちゃんと面倒見てやれ」


 えー、そりゃあないですぜ先生。

 帰りが遅くなるのは困るなぁ。

 あ、でも……。


「あのー先生……学生選抜の練習場所ってどこになるんですか?」


「ああ、E体大の北部キャンパスの運動施設全てがそうだが……それがどうかしたか?」


 あら、うちのご近所さんだね。

 家まで近いなら……まぁいいかな。

 こっちに残ってあの人達に絡まれても面倒だし。


「判りました。この問題児の面倒を見ればいいんですね?」


「そういう事だ、任せるからな」


「……先輩、ひでぇッス」


 こうしてあたしと坂口君は少しの間だけど、良い意味でここの部から放逐された。

 今日はもう帰ってよしとの事なので、彼と二人で校門までの道すがら少しだけ話をした。


「こうなったからには坂口君には頑張って貰わないとね」


「何がッスか?」


「君が藤代さんの再来で終わるのか、それとも越えていくのか。みんなきっと色々期待してるんじゃないかな? そんな期待に負けないって意味で頑張らないとね」


 あたしの適当に言い繕った言葉に、彼は黙ってウンウンと頷いている。

 本当はあたし自身が彼がどこまで泳いでいけるのか、とても興味を持ってしまったんだけど……今日の勝負で見た彼の泳ぎは、あたしの記憶の中の藤代さんに遜色が無かった。

 あれより先の世界を見られる様に頑張って欲しいって思ってる。




 それにしても……関わるにしたって、もうちょっとスマートに解決するつもりだったのになぁ。

 結局は大事になっちゃってるし。

 巻き込まれたってよりは自分で勝手に飛び込んだ様なものだから、しょうがないんだけどね。


 色々考えていると何故かちょっとだけ腹が立ってきた。

 彼の背中を大きく二回ベチンと叩くと、そのまま置き去りにしてバス停まで走って逃げる。


 振り向いた時に見た何すんだって言う顔を思い出して、あたしは少し笑った。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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