表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
55/164

3-22 伸張への邂逅

 -西暦2079年5月28日19時15分-


 地下駐車場で合流した郁朗と片山は、千豊への報告の為に幹部用の会議室へ向かっている。

 IDカードを持たない郁朗達の普段の立ち入りは許可されていない場所である。

 スライド式の扉の横にあるインターフォンのボタンを押すと、既に千豊達は室内に居たのだろう。

 短い返答がスピーカーから聞こえてきた。

 ガチャリとロックが外れ、扉が重々しい音を立てて開き彼等の入室を促す。


「入るぜ。まずは今日の木村の件の報告だよ――な……」


 急に足を止めた片山の背中に郁朗はぶつかり、何事かと彼に問う。


「何やってんのさ、団長。早く入ってよね。後ろがつっかえてるんだからさ」


 しかし片山は返事をする事も無く、直立不動の姿勢のまま動こうとしない。


「団長さん楽にして頂戴。アナタがそういう態度を取るのは判らないでもないんだけど、イクロー君がびっくりしてるわよ?」


「片山一等陸尉……いや元だったな。俺の階級や身分なんかは忘れて楽にしてくれ。君は俺の部下でもなんでもないんだからな」


「ハッ! 恐縮ですッ!」


 部屋に入ったまま固まっていた片山が、ビシリと姿勢を正した。


「犬塚に聞いていた話とは随分違うな……目上だろうともっと横柄に振る舞う男だと聞いていたんだが……」


「……犬塚二佐にでありますか?」


 片山は久し振りに聞いた元上官の名前に懐かしさを憶えると同時に、なんて事を報告してやがるんだと内心で思う。


「ああ。もう随分前の話になるんだが、君を空挺に推挙したのは君の古巣の第七連隊の高野さんと、実は俺なんだよ。最年少の中隊長にもなったという事で、君の事は時折だが犬塚から報告は受けていたんだ。粗暴だが面白い男だとな」


「横柄……粗暴…………プッ!」


 郁朗がその評価のあまりの正しさに吹き出すと、片山が小声で彼を叱りつける。


「テメェ、イクロー……好き勝手に笑ってんじゃねぇよ……後で覚えてろよ?」


「ハハハ。どうやらそれが素の君の様だな。ここは軍じゃない。それにさっきも言ったが、君は俺の部下では無いんだ。普段通り楽に話してくれていいさ」


「はぁ……ではお言葉に甘えます。姐さんよ……随分と酷いドッキリをしでかしてくれたもんだな?」


「あら、良いサプライズだったでしょ?」


「やられた側はたまんねぇってんだ。それより……なぜ貴方がここに居るんです?」


 会議室のソファーにゆったりと座っていた男。

 あの片山が直立不動で態度を改める相手であり、本来ならこのアジトには居てはならない人物。

 極東陸軍第二師団第二連隊連隊長・田辺克章、その人であった。


「俺の事は置物とでも思って、まずは君達のするべき報告するといい。俺はたまたまここに居合わせただけだからな」




 田辺のその言葉を切っ掛けに、ならばまずはと郁朗と片山は報告を開始する。


「……という事です。団長が来てくれなかったら危なかったでしょうね」


「やはりEO同士の、それもこちらの改良型クラス同士での戦闘となると……逐次投入では問題があるという事ですね。今後の参考にします」


 新見は特に顔色も変えずにそう言った。

 どの様な状況であれ、かつての自分の弟子に手にかけたのだ。

 郁朗は自分ならばとてもこの様に平静でいられるとは思えなかった。

 敵になるならば容赦は無い、新見のそんな本質を改めて見た気がしたのである。


「そういえば……木村に同調した人達は今どうしてるんです? 発電施設の奪還の話はまだ何も聞いてないですから……」


「そうだったわね。結局……彼等は投降には応じなかったわ。あの時点で木村がどうなっていたのか彼等は把握してなかった様だったし。でも隔壁の制御をこちらに取り戻していたから、奪還までは早かったわね」


「強行突入でもしたのかよ?」


「そんな事しなくても取り返せるのに、わざわざ血を流す様な馬鹿な真似はしないわ。彼等の居たエリアを隔壁で完全に隔離して、中の空気を空調で外に出しただけよ。気圧が下がって勝手にフラフラになってる所へ、間崎さんの隊に突入して貰ったって訳。それだけで終わったもの」


「うわぁ……よく生きてましたね、あの人達」


「高山病みたいなものを起こしただけだけで済むんだからいいわよ。問答無用で射殺されるよりは、よっぽど人道的だと思うわ」


「まぁ……やった事から考えりゃ、殺されたっておかしくねぇ事だからな。そんで、連中の今後は?」


「Sブロックの倉橋さんの所へ送ります。あそこで工事の人足ですね。せいぜい体を使って償って貰いますよ」


 新見が涼しげにそう言ったが、そんな簡単な罰で本当にいいのか郁朗は疑問に思う。

 恐らくは木村に良いように使われただけなのだろうが、思慮の浅い行動を起こして死傷者を量産する所だったのだ。


「また随分と人情人事なんですね。確かに牢屋に入れてどうこうって余裕は無いんでしょうけど」


 郁朗のその言葉には刺が含まれていた。

 それを察した千豊は深い笑みを浮かべる。


「あら、イクロー君。私がそんなに甘い人間じゃないっていうのは知ってるでしょ? 彼等には致死命令型のナノマシンを全員に注入する事になるわ。奴隷と同じ様なものになるでしょう。現場から脱走でもしようものなら……ね?」


「……うわぁ……」


 前言撤回とでも言いたげな声を郁朗が上げると、片山もそれに同調する。


「これだからこの姐さんはおっかねぇんだよ。ヘタに喧嘩も売れやしねぇ」


「さすがに自由にさせるには罪は大きいですし、外に放置出来る程彼等の持っている情報は小さくありません。当人達には知らせませんが、実際の所は一年程で体内から排出される事になっています。その間は我慢して生活して貰いましょう。我々はそれまでに事態を終わらせるつもりです」


「それ以上事が長引けば……後に待ってるのはどれだけ人が死ぬか判らない泥沼の戦いだけよ……それだけは……」


「そう、それだけは絶対に避けねばならん。その為に俺がここにいる訳だしな」


「という事は……第二がこちら側に?」


 片山が少し興奮した様子で田辺に問いかける。

 機構、そして政府という巨大な組織が相手なのだ。

 これまでの様に少数でゲリラ的に戦って勝てる程に小さな存在では無い。

 正規の軍を味方につける必要性の高さは、軍人であった彼も心底から感じていた事なのだろう。


「ああ。現時点で直ぐに、という訳にはいかんがな。第一の出向組を追い出すのに苦労したぞ。それとな……第二は第二でも連隊じゃないぞ」


「まさか……」


「そういう事だ。第二師団がいざとなったら動く。高野さんなんかは即答で協力を申し出てくれたぐらいだ」


「高野さんまで……師団長は……植木さんはなんて言ってるんです?」


「あの人がこの状況を知ったら黙ってる訳がないだろう。今の第二師団の屋台骨を作った人だぞ? この話を持っていった時に何て言ったと思う? 『腐ったシビリアンコントロールなんざ知るか』だ。今直ぐ議会をぶち壊しに行くから準備しろって大荒れだったんだからな? 止めるのに俺がどれだけ苦労したか察してくれ」


「ほんとかよ……植木閣下まで……姐さんよぉ……あんたとんでもない大物を引っ張りこんだなぁ」


「私が引っ張りこんだ訳じゃないわ。向こうから飛び込んでらしたのよ。そうですわね? 田辺さん?」


「ハハハハハ。確かに最初は友人の様子がおかしいから問い詰めただけなんだが、何時の間にかこんな所まで来てしまっていたよ。あの件が無ければ……何も知らずに君達と戦っていたかもしれんな」


 田辺はそのIFを想像したのだろう。

 少しばかりその顔色が悪くなった。


「あの……田辺さんって第二連隊の偉い人なんですよね?」


 軍隊の話など判らない郁朗は黙って話を聞いていたのだが、気になる事があったので話の腰を折るのを承知で田辺に問う。

 その子供の様な聞きぶりが可笑しかったのだろう。

 彼は顔色を戻し郁朗へと視線を送った。


「偉い人か……中身が伴ってるかは判らんが、頭に置かれているのは確かだな、藤代君」


「あれ? 僕の名前をなんで……」


「坂之上さんから聞いているとも。うちのガキ共が世話になったみたいなんでな。一度会いたいとは思っていたよ」


「あの……その……なんかすいません……でもそのガキ共って所なんですけどね。あの時戦ってしまった人達は……あれから大丈夫だったんですか?」


「クッ……ククク……ハハハハハハハ!」


 会議室に田辺の遠慮の無い大きな笑い声が響き渡る。

 突然上がった笑い声に、郁朗は自分の質問が何か不味かったのだろうかと、その場で小さくなってしまった。


「クククク……いやぁスマンスマン。若松の言ってた通りだと思ってついな」


「若松さんって……」


「君達と戦ったうちの中隊の先任だ、憶えているかね?」


「! ああ! あの人ですか! 勿論憶えてますよ……無事なんですか? 報道の通りだと、何人か死んだ事にされてる訳でしょ?」


「ああ、確かに報道ではそう言われてたな。あれはあの馬鹿総理が、機構の作ったシナリオを読んでただけだ。うちの連中に実害は無かったさ。負傷した人間の傷も癒えて、今頃は訓練でもやっとるだろう」


「そうですか……良かった……」


「ふむ……一個中隊と正面から渡り合える猛者かと思えば、その相手の事を案じる人の良さも持ち合わせる……面白い男だな、君は。どうだ? うちに来んか?」


「へ?」


「やめとけ、イクロー。この人に気に入られると間違いなく貧乏クジを引くぞ。俺や俺の元上官がいい例だ」


 片山も田辺の居るこの場の空気に慣れてきたのだろう。

 普段の遠慮の無い口振りで話し出し、その言葉を聞いた田辺もニヤリと笑う。


「それより田辺さん、あの若松ってのをこっちに下さい。あいつは陸軍の型にはめとくには勿体無い男ですよ」


「そうですね、私も話には聞いてます。極東軍の中でも珍しいタイプの人みたいですからね。うちの様な愚連隊にこそ必要な人材じゃないでしょうか」


 片山に同調して新見までがそう言い出すのを聞き、田辺もそれに乗って軽口を叩き始めた。


「馬鹿を言わんでくれ。若松の様なきちんと仕事の出来る下士官はな、そうそうおらんのだよ。こんなご時勢に手放せる訳ないだろう?」


 たとえ冗談でもこれ以上この話が進んではいけないだろうと、千豊が手を叩きながら着地点を用意する。


「ハイハイ、団長さんも新見さんも調子に乗らない。田辺さんもです。うちのエースを引き抜こうなんていい根性してますわね。ヘッドハンティングをなさるのでしたら、全ての事が終わってからにして下さいね?」


「これはいかん、つい熱くなってしまったか。それもこれも坂之上さん、あなたの所に有能で面白い人材が集まりすぎているのがいかん。藤代君を寄越せとは言わんから、山中君だけでもどうにかならんか?」


「その件は本人の意思を含めてお断りしたはずですわ。彼を手放す事はうちのEOの面々の死活問題になります。そうよね? イクロー君?」


「い? 僕ですか? そりゃあ困りますよ、メンテだって滞るだろうし。兵装だってこないだの情報処理センターの一件で、EO向きの物はほとんど無くなってるんです。それを新造して貰わなきゃいけないんですから。そんな仕事を喜々として手早く終わらせられる人間って、山中さんくらいしか居ないじゃないですか」


「という事です。現場の声もこうなってますから。残念ですけど諦めて下さいね?」


「むぅ……仕方ないという事か……まぁその件は棚上げだな。それより今回の騒動の件だが……前回の失敗も合わせて、門倉以外のスポンサーが恐らく黙っていないと思うぞ? どう対処するつもりだね?」


 一同が一斉に田辺に目を向けた。


「スポンサーって……そんなのいたんですか?」


 郁朗の一人だけ間の抜けた質問が通り過ぎると、室内には静寂が訪れた。

 千豊と新見は溜め息をつき、田辺はこれで大丈夫なのかという顔をし、片山は無言で郁朗の頭を殴ると説教を開始する。


「いない訳がねぇだろうが! こんだけでっかい組織がだ、企業やなんかの資金援助無しで成り立つと思ってんのか? お前はよくそんなんで社会科のセンコーなんてやってたもんだな? え?」


「そんなの判る訳無いじゃないか! 秘密結社の財布の中身なんて、一般人だった僕が知ってる方がおかしいと思おうよ!」


「だからってテメェの給料の出処も考えないのは問題だって言ってんだ、バカタレ。だったらこんだけの人数の給料が、お前はどこから出てると思ってたんだ?」


「いや……千豊さんが実は凄い資産家だとか……ハンチョーが何気に沢山のパテントを持っててそこから賄ってるとか。あとは……オペ班が金融機関にハッキングとかして……」


「お前は夢見がちなちびっ子か! 二十代半ばの大人として反省しろ! 正座だッ! 正座ッ!」


「うっ……物知らずなのは認めるけど、そこまで言わなくたっていいだろ!? 団長だって知ってる事なんて軍事関係の事と、せいぜい古いドラマの事くらいじゃないか。僕と大して変わらないのに偉そうに言わないでよね」


「にゃにおう!」


 ギャーギャーと言い合いを始めた二人を唖然と見つめる田辺。

 だが仮にも反政府組織のトップが集っているともいえるこの場で、これだけ堂々と低レベルな口喧嘩をやってのける図太さには好感を持っていた。


「坂之上さん、いつもこんな感じなのかね?」


「……そうですわね。うちは自主性と放任がモットーですから。好き勝手に物を言い合う環境は必要だと思ってますの」


「なるほど。ここの手綱を引くのはやはりあなたにしか出来そうに無い。スポンサーの中にはここの主導権を握りたがっているのもいるが……とても手に負える連中ではないな。金だけ出して偉そうな物言いなどしようものなら、間違いなく噛み付かれるな」


 クククと肩を揺らして笑った田辺は、千豊へと向き直り話を続ける。


「まぁ、とりあえず今回の件で色々とつつかれると思うが、そういう手合の相手は俺と門倉に任せておいてくれ」


「合理的に考えれば、田辺さんの下に我々を組み込むのが手っ取り早いんでしょう。ですが我々はEOと戦う為に編成されている様なものです。自由な裁量で動ける環境になければ、十全に部隊性能を発揮出来ないと思います」


 新見の言葉に田辺は頷く。


「その通りだな。あなた方の戦力は従来通り独立した戦力として、独自の作戦行動を取って貰うのが賢明だろう。元々対人兵力としては規格外過ぎるからな。機構側のEOを直接封じて貰えるならば、こちらとしても助かる。だがこの先、どこかで大規模な武力衝突が行われるのはもう確定事項と言っていい。その時には……」


「足並みを揃える必要が出てきますわね。政府……政治とぶつかるという事は第一師団はあちらに付くのでしょうし」


「そちらの切り崩しも始めているが……いかんせん他都市との主戦論者が多すぎる。それだけ機構の尻馬に乗ってる馬鹿が多いという事だ。まぁ、そんな連中はいざとなれば逃げ出すものだからな。相手にするのは楽と考えていい」


「機構に関するデータは揃いつつあります。後はそれをどの段階で、どう公表するか、という事になりますわ」


「こちらもあと少しで第二師団の編成と空挺連隊の掌握が終わる。その時間さえ用意して貰えれば、後はどう動いて貰っても構わない。君達の事だ。公共放送は無理でも、民間放送の施設か何かを襲撃する気でいるんだろう?」


「あら……流石ですわね。既に少しづつその方向で調整しています。その作戦の成功が恐らく……内戦開始の合図になると思ってますの。その際に必要になるエリアの構築もSブロックで開始しています」


 田辺は千豊の目に迷いが無い事に安心する。


「本来なら……こんなクーデター紛いの事はやるべきでは無いとは思っているよ。だが今ではあなた方が焦って事を進めていた事が理解出来る……とにかく機構だけは潰さにゃならん」


「はい」


 一通り話すべき事を話して一息ついた所で、田辺はここまで抱えていた疑問を解き放つ。


「ところで……何時まであれをやらせとるのかね?」


 しつこく口喧嘩をしていた二人は、やんわりと怒りを見せた千豊の接近に気付かない。

 二人の衝突は彼女によって会議室から追い出される事で、ようやく収まるのであった。



 軍中枢に近い人間まで巻き込み、この戦乱の規模は徐々に膨らんでいく。

 開戦までの僅かな余地の残された一線を越える事で……人と人、思想と思想が激しくぶつかりあう事となるのであろう。

 どちらの打つ手が早いのか。

 誰の持つ手札が事態を終息へ導くのか。

 現時点ではまだ誰にも判らなかった。


 政府が極東の住人全てを巻き込みにかかる法案を提出するまで、あと少し。

 西暦2079年の初夏は緑風と合わせて、すこしばかりきな臭い風を人々に運んでいった。




 第三幕 完

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ