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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-20 狗吠の末路

 -西暦2079年5月28日16時50分-


「おう、待たせたな。イクロー、テメェ俺をパシリに使うなんざ一億光年早えぞ。しかしまぁ……あの馬鹿をここまで追い込んだ事は褒めてやる、ホレ」


 片山は強制駆動燃料を郁朗に投げて寄越した。


「あのねぇ、どれだけ大変だったか判る? タマキとアキラなんて休眠するまで追い込まれてるんだよ? 団長が居ない中でこれだけ頑張ったんだ。パシリの一つくらい喜んでやって欲しいもんだよ。それとね、団長」


「何でぇ?」


「光年は時間の単位じゃなくて距離の単位だからね?」


「うるせぇなぁ、どっちだっていいだろうが。俺だって好きで居なかった訳じゃねぇからな? ずっとあっちで遊んでた訳じゃねぇし、調整と透析を繰り返してたんだからよ」


「透析って循環機構でもイカレたの?」


 敵である木村を前後で挟み込みながらの会話としては、些かどころか明らかに緊張感の足りない気の抜けたものではある。

 だが二人にとって平常運転であるこの様なやりとりは、彼等にとっての様式美の様なものなのだろう。

 それを証拠に木村は二人が会話しながら繰り出す攻撃に挟まれ、動けないでいる。

 出し抜けるだけ隙が無いからだ。


「馬鹿言うな。身体自体はまともだ、まとも。けどな、そんだけ苦労した甲斐はあったぜ? ようやく俺の機体特性が使い物になるんだからな」


「おや、とうとうお目見えするって事?」


 郁朗は木村の背後へと拳打で襲いかかりながらそう聞いた。

 フルドライブの切れている今、郁朗の攻撃が彼に当たる事はまず無い。

 それでも彼をこの場から逃さない為に更なる圧力をかけていく。


「そうでもしねぇと木村には勝てねぇさ。こいつの特性、どこまで気づいてる?」


 片山も郁朗と反対側から挟み込む様に、繰り出す打撃の数を増加させていく。


「神経回路がキモで、痛みと意識の指向性が弱点ってとこくらいかな」


「上出来じゃねぇか」


 自分越しにミーティングをされているにも関わらず、二人の攻撃を巧みに躱していく木村。

 痛みも感じているだろうに、よくそこまで回避できるものだと片山は感心する。


「技術班の話だとな、こいつの機体特性は神経の感度リミッターってやつだ。開放すればするだけ、触覚を含めた各神経が鋭敏化するらしい。装甲の触覚で相手の攻撃の風を感じて、直撃前に回避できちまうって事だそうだ。技術班の人間がよ、まるでゴキブリそのものだって言ってたぜ」


「それを伝言してくれてたらどれだけ楽になった事か……まぁ、だから痛覚カットも出来ない訳か。カットした箇所の神経回路が死ぬ事になるもんね」


「そういう事だ。たぶん今の俺達の会話に反応しねぇのも、リミッターを限界まで開放してるからだろう。さっきから物騒な独り言しか言ってねぇ」


「ニイミィ……コロスコロスコロスコロスコロスコロスッ!」


「うわぁ……言語中枢までおかしくなったって事なの? それとも……」


「痛みでおかしくなってるだけだろうさ。それにしても、ダンナの恨まれ方がハンパじゃねぇな。まぁ……あんだけの事したならしゃあねぇか」


 木村は既に無い右腕を振り回し、どうにか片山という壁を越えて新見の元へ向かおうとしている。


「さて、そろそろ終わらせてやろう。イクロー、見学してるか?」


「冗談。ここまでやったら最後まで付き合うさ」


「そうか……やるぞッ! 全開だッ!」


「フルドライブッ!」


 郁朗は再び強制駆動燃料を身体に流し込み、フルドライブ状態になる。

 そして……



「ブラッドドラフトッ!」



 木村へ拳を振り上げながら向かっていく片山。

 彼の発した音声コードと共に、カメラアイがぎらりと光った。

 その機体色は濃緑から薄紅色へと綺麗に染まっていく。


 切り札と呼びつつも大きな欠点があった為、これまで使うに使えずにいた片山の特殊駆動。

 ブラッドドラフトと呼ばれるそれは、郁朗と同じく特殊な燃料を身体に流し込むものだ。

 但し、そのギミックは郁朗のフルドライブとは全く違う物となっている。


 片山の循環液の特性として最も大きなもの。

 それは循環液内の葉緑素と外部から投入されたヘモグロビンの結合を許す事である。

 技術班の間では循環液培養の際に、片山の遺伝子が変異を起こし獲得した能力と囁かれていた。


 まず特殊なアミノ酸の投与により、生体アクチュエーターに筋繊維単位での酸素駆動するためのコーティングが施される。

 そして光合成発電の際に発生した酸素を、アミノ酸と同様に投与されたヘモグロビンで運搬し筋繊維に供給。

 発生した筋収縮を機体の駆動にそのまま利用、パワーのみに特化して出力向上を狙うというシステム……それがブラッドドラフトである。


 電力駆動と有酸素系の筋力収縮の複合運動を得た結果、片山の最大筋力を平時の三倍近くまで跳ね上げる事に成功していた。


 改良前のこのシステムでは、作戦行動時に運用するに足り得ない問題を抱えていた。

 発動後の循環液の完全交換の時間的な制約や、アクチュエーターの張力増大によるモーターの破損等のトラブルである。

 故に前回の作戦でも片山はブラッドドラフトを使う事が叶わず、辛酸を舐める結果となったのだ。


 だが今回の調整で循環液の成分が変更され、ブラッドドラフト専用に開発された、重量はあるが高トルク・高耐久のモーターに換装された事によって、ようやく抱えていた問題が解消されたのである。

 発動後に短時間の循環液透析を受けなければならないものの、使用後に長時間の戦線離脱を伴わなくて済む仕様になった事は大きい。



 特殊駆動の輝きを放つ二人に挟まれても尚、木村の口からは新見への恨み言が漏れている。

 郁朗達の変貌を見ても何の反応も示さない木村に対し、その緑と赤の暴風は容赦無く襲い掛かった。


「だらっしゃッ!」


 片山の尋常でない馬力の乗った拳が木村に向かうが、当然回避される。

 最大筋力が上がっただけであり、敏捷面での変化は僅かな向上が見込める程度のものだからだ。

 だが空振るだけで発生するその風圧も、当然ながら尋常なもので無く、木村の神経感知を撹乱するのに十分な役割を果たしていた。


 その隙間を縫う様に見舞われる郁朗からの一撃は細く、そして鋭い。

 片山の起こした気流の乱れを利用し、自分の気配を隠す様な抜き手をあらゆる部位に刺し込んでいく。

 その度に木村は短い悲鳴をあげる。

 だが理性は既に無いのだろう。

 ひたすら新見の名前と、殺意をぶつける怨嗟の言葉だけを吐き続けている。


 不意にどこかから小さくガラスの割れた音が聞こえ、その音を合図にして片山が畳み掛ける様な攻勢を始めた。


 演習場の固い地面を抉る様にして殴りつけ、破砕された大量のハードコートの破片が木村へ向かって礫として襲いかかった。

 彼がまともな思考をしていた時ならば、ジャンプして殺傷圏外へ逃げるという選択も出来たはずだ。

 だが既にそれを失っていた木村は……ただただ真正面から礫の回避を続けている。


 郁朗は少し不憫に思いながらも礫を避ける為にスライディングをして接近。

 木村の片足を取る事に成功する。

 礫の回避に専念していた木村に触れる事は、ここまでの苦労がなんだったのだろうかと言える程に容易であった。


 掴んだ右足首をこれでもかと捻ると、彼の足首の悲鳴にも似たモーターの破損音が鳴る。

 木村はそれだけ自立出来なくなり、地面に顔から落ちていった。


「フンガッ!」


 五体投地する形で倒れた木村の左肩へ、片山は鼻息の荒そうな掛け声と一緒に容赦の無い一撃を振り下ろす。


 メシリ


 アスファルトを固めるランマーさながらに打ち出されるその拳によって、彼の肩関節はくしゃりと潰れ、プレス機に挟まれて平らになったスクラップの様になっていた。

 同時に郁朗の関節技によって、更に左膝をも破壊された木村。

 彼は既に自走出来る個体と呼べる者では無くなっている。

 それでも彼は執念の込められた言葉を口から漏らしながら、千切れた右肘とかろうじて動く右膝を使い……地面を這いずり、新見の元へ向かおうとする事を諦めない。


 ズリズリと地面を這う木村をどこか醒めた空気で見つめる片山。

 環とアキラ、そしてフルドライブを使った郁朗を以ってしても、行動を止める事が叶わなかったあの木村が……総力戦ではあるものの、彼の登場でこれ程あっさり無力化されてしまったのである。

 郁朗は戦闘の相性以前に、片山という男の戦闘能力の奥の深さ……その片鱗をありありと見せつけられた気がしている。


(こんなの相手に僕なんかが……訓練とはいえよく勝ち越せたよなぁ。最後の打撃なんてゴリラそのものじゃないか……)


 片山はそんな郁朗の心の声を知ってか知らずか、力任せに木村の身体を無理矢理引き起こした。

 脇を抱え、顎をがっちりと押さえて頭部を固定している。

 そのまま拘束でもするのだろうかと郁朗は思ったが、どうやら答えは違う様だ。


「悪いな、イクロー。止めを刺すのは俺達の仕事じゃねぇんだ。譲ってやってくれや」


「え?」


 郁朗は片山の言葉の意味がもう一つ飲み込めないでいた。


「ダンナッ! やってくれッ!」


 拡声機能によって大きく響いた片山のその声で、ようやくその意図を察する。

 周囲を確認すると演習場のモニタールームのガラスが割られ、そこから長い砲身が顔を覗かせていた。






 彼はモニタールームのガラスを無造作に割り、そこから真新しい68式の砲身を狙撃の為に露出させると、ワイヤーで手近な重量物に括りつけ反動に備える。

 初弾を装填し、合図があればいつでも狙撃を開始出来るだけの準備を、その男は粛々と進めていた。


 スコープの距離設定を近距離モードに変更。

 覗いた先に見えたものは、既に身体の幾らかの部分を破壊されている木村の姿だった。


「やっぱりお前は何も変わっていませんね……いや、より酷くなったと言っていいのかも知れません。お前の肥大化したプライドがその機体に引きずられていった、そんな面もきっとあるのでしょう……」


 施設内放送を終えた新見は発電施設の処理(・・)を任せると、足早に兵装倉庫に向かい68式の入ったケースを確保した。


 アジトに帰投した直後、新見が自身でこの件のケリをつけたい旨を、演習場に急ぐ片山に伝えた。

 事情を察したのか彼はしぶしぶとだが了承する。


 片山にとっての巣であるアジトの中を、ここまで好き勝手に荒されたのだ。

 既に木村は片山の逆鱗に触れていたという事なのだろう。

 だが自らの不始末を自らで始末したいという、そんな新見の気持ちも隊を率いている人間として片山には痛い程理解出来た以上、納得するしかなかったのである。


 合図は出す、というぶっきらぼうな片山の言葉に感謝し、新見は演習場を高所から狙撃できるモニタールームでその時を待った。


「凄いですね……これは」


 スコープ越しに見える郁朗と片山のコンビネーションは、とても即興の物とは思えなかった。

 少々の事では動じない新見が、思わず感嘆の声を上げてしまう程にだ。


 木村とあの様に意思の疎通が図れていれば、今いる未来も何かが変わったのだろうか?


 彼はそう自問せずにはいられなかった。


 新見が千豊に依頼され、対機構の為の組織として[明けの遠吠え]を編成したのが八年前。

 その頃の木村はただ自分達の活動に、未来の夢を見る若者だった。

 機構による傀儡政治を嫌い、真っ当な政治体系をこの極東に構築する事が彼の夢見たものであった。

 新見の指導に従うがままであった、たったの二年。

 彼の指導で幾らかの戦う力を手に入れ、自らの手駒となる人員が増えていく度に木村の夢は変貌していった。

 そして六年前のある日、彼は新見にあるを計画を進言する。

 内容は武力による議会の制圧、機構本部への自爆テロである。

 新見自身、武力を用いての改革を咎めるつもりは一切無かった。

 自身がそれを体現する様な人間であるし、そうしなければ得られない物がある事を知っていたからだ。

 だがその先……事が終わった後どうするかを新見は木村に問い質す。

 返ってきた彼の解は新見を失望させるのには十分なものであった。


「傀儡の政治を許す様な民衆に何を任せようと言うのですか? あんな連中は……我々の様な先を見通せる人間が率いてやらねばならんのです」


 この一言を聞いた新見は、まずは己の人を見る眼の無さに呆れ、彼の様な獣を育て上げてしまった始末をつけようと決意する。

 幹部会を召集すると木村に賛同した幹部、つまりその場に居た人間全てを粛清した。

 しかし彼等を率いてきた自らの罪もあるという認識だった為、命までは取れなかったのだ。


 旧[明けの遠吠え]を半ば壊滅まで追い込んだ後、新見は千豊の元へ戻る事になる。

 だがこの件以降、彼は自ら人員を見出し育てる事はせず、千豊の探してきた人員を育てる事に専念した。

 木村の存在や自身の人を育てる能力に絶望していた面もある。

 だがその反省が中尾や間崎を育てたと思えば、それも必要な事だったのだろうと今では思えなくも無いと新見は思う。


 だがとうとう事を起こしてしまった自らの過去の産物、木村という獣。

 あの時に狩らなかったその生命を、自身で狩らなければならない時が訪れる。


『ダンナッ! やってくれッ!』


 演習場内に大きく響く片山の声が新見の耳にも届いた。

 

 スコープのレティクルを木村の頭部に合わせる。

 リニアプロテクターを展開していない、ましてや頭部増加装甲を装着していないEOの頭部の装甲。

 百メートル弱のこの距離ならば、68式の25mm徹甲弾で十分破砕出来るレベルであった。


「さようなら、木村。以前した約束通り、お前を殺してあげます……お前は私の後悔でもあり……教訓でもありました。地獄(あちら)へ行ったら、少しは昔の自分を取り戻してみて下さい」


 ドンッ!!


 演習場に響いた砲声。

 撃ち出された弾頭は砲身のライフリングに沿った回転しながら、真っ直ぐ木村の頭部へと吸い込まれる。

 ワイヤーでは68式の反動を完全に抑えきれなかったのか、ほんの僅かだが着弾点がずれてしまった。

 着弾したのは木村のうなじ近く。

 徹甲弾はその近くにある神経回路と小脳・脳幹部分を抉り取った。

 衝撃波が片山を襲う。

 だがブラッドドラフト中の彼にとって、その程度の衝撃波などどうという事は無い。

 

 片山はビクビクと末期の動きをする木村を地面に捨て置き、その様子を窺う。

 一度だけバリっと大きな放電音が鳴ると、それを最期に木村は動作を完全に停止した。

 嗅覚の無い郁朗達は感じる事が出来なかったが、辺りにはタンパク質の焼ける匂いが漂っていた。


 神経回路と脳を一度に破損した事で、体内を流れていた電流が制御出来なくなりバックラッシュを起こしたのだろう。


 自分も神経回路をやられるとこういう死に方をするのか。

 それを想像してしまった郁朗は、自身の心が酷く冷えていくのを感じていた。


 西暦2079年5月28日16時55分、木村明久・死亡。

 享年三十一歳。


 かつて師と仰いだ新見に討たれた彼は、その死に際に何を思ったのだろうか。

 それを知る事は何者にも不可能であろう。

 応えられる者はもうここには居ないのだから。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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