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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-19 咎狗、その狂気

 -西暦2079年5月28日16時35分-


 時は少し遡る。



 郁朗がフルドライブを連続使用して廃棄地区からアジトに到着したのは、アキラの左腕が木村の攻撃によって異常をきたした頃だった。

 どう見ても非常事態のアジトの現状、そして残していった二人の戦況を知る為に一先ずオペレータールームへ向かう。

 焦れた心に後押しされる様に迅速に到着すると、間崎と鹿嶋が自分達の戦いを懸命に繰り広げている真っ最中だった。


「戻りました! 間崎さん、現状を!」


「おお! 藤代! 雪村と中条が演習場で木村と交戦中なのは確認してる。あいつらに任せっきりで状況は判らねぇんだ、スマねぇ。それと発電施設を木村の下の連中に占拠されちまった。そっちはウチの隊でどうにか抑え込めてる。で……柳原(そっち)は?」


 鹿嶋が作業しながら聞き耳を立てていたのか、背中をピクリと動かす。


「そちらは無事です。襲われそうな所を間一髪でしたけどね」


「そうか……無事なら良かったぜ……鹿嶋、これで安心して仕事が出来るな」


 作業をしなが話を聞いていた鹿嶋はモニターを見ながら頷いた。


「兵装倉庫はどっちに?」


「ごめんなさい……あちら側なの。でもそっちはあともう少しでどうにか出来ると思うから」


「そうですか……」


 手持ちの強制駆動燃料が残り一つとなっていた為、木村と相対する前に手に入れておきたかったのだろう。

 ここまでのアジトの状況も合わせて、郁朗の口からは少しだけ萎れた声が漏れる。


「だが一つ朗報だ。転化施設を視察をしていた千豊さんと新見さんが、あと二十分程でこちらに戻って来る。千豊さんがいればシステム自体をダウンさせる事が出来るそうだ。それと片山さんも一緒らしい。先行して戻って来た新見さんのとこの班員がそう言ってたぞ」


「団長が?」


「ああ、ようやく調整が終わったって話だ。藤代に伝言がある。『俺が居ないとどうしょうもねぇだろうから、戻るまで粘ってろ』だってよ」


「これだけ放置しておいた上でそれだもんなぁ。勝手にも程があるよ……」


 互いに好き放題な言い様言われ様である。

 しかしそんな言葉とは裏腹に、郁朗の心に少しだけ安心感が芽生えてきた。

 これまでの戦いの場において、片山が居てくれる頼もしさを何度も感じているからだろう。


「二十分ですね?」


「ああ、確かにそう言ってたぞ」


「じゃあ出し惜しみ無しでもいけるかな。鹿嶋さん、団長が戻るまでに兵装倉庫は開けられますか?」


「うん、それは大丈夫。間に合わせてみせるから」


「お願いします。間崎さん、団長が戻ったら強制駆動燃料を僕に届けるように伝えて下さい。たまにはパシリにでも使ってやらないと」


「おいおい、俺がそれを伝えるのかよ? 殴られんじゃねぇだろうな?」


「大丈夫ですよ。ほっとくと好き勝手にやらかすんですから、たまにはその位の扱いをしといた方がいいんです」


 郁朗は話はそれで終わりとばかりに演習場へと向かう。


「それじゃあそろそろ行きます……あの……非常時だし、壁とか壊しても怒られないですよね?」


「「へ?」」


 あまりにも唐突な内容の郁朗の質問に、ついつい間抜けな返事をしてしまう二人。


「藤代よォ……壁ってどういう事だ?」


「時間が勿体無いんで最短距離で行こうかと思って……ダメですかね?」


「ああー……なるほど……まぁこんな状況って事だしな……よし! 行って来い!」


「ありがとうございます……じゃあ、行って来ます!」


「あの……あの……イクロー君! 柳原の事……ありがとうね!」


 去り際に言われた鹿嶋からの礼に手を挙げて応えると、郁朗はオペレータールームから飛び出す。

 十秒程すると通路から破砕音が響き渡り、郁朗の破壊活動の始まりの合図となった。


「……間崎さん、私は知りませんからね」


 モニターに注視し、間崎の方を向かずに鹿嶋は呆れた声でそう言った。


「まぁいいじゃねぇか。木村を止めなきゃどのみちこの状況は引っ繰り返らねぇんだしよ」


 こうして壁や天井を破壊して急行した甲斐があり、郁朗はどうにかアキラの危機に間に合う事が出来たのだ。

 そして躊躇せずにフルドライブを使ったのも、片山という強大な増援の見込みがあったからに他ならない。




 そんな舞台裏もあり、一方的な初撃を与える事に成功した郁朗は、雰囲気の変わった木村の出方を伺う。

 彼は先程の攻撃でダメージを受けた事で警戒を強め、自らの機体特性の性能を引き上げたのだろう。

 そうする事で郁朗の側に傾きかけた勝敗の天秤を、強引に己の側へ揺り戻させるつもりの様だ。


 一方で相対する郁朗もその事をしっかりと感じ取っており、静かにに勝ち筋を模索する。


(さて、お互いの手札は見せ終わったけど……あちらはどの位持続出来るんだろうか? 団長はああ言ってたけど、出来れば燃料を使い切る前になんとかしたいな……)


 郁朗が片山の到着を信じているとはいえ、お互いのブーストの持続時間を気にするのは当然と言える。

 それだけフルドライブ使用時の彼の燃費の問題が切実だからだ。


 夜間に強制駆動燃料を使い平常時に近いスペックを出す場合、燃料の持続時間は概ね五時間。

 それがフルドライブ時になると十五分程度になってしまう。


 前回の作戦での自身の無力を嘆いた郁朗が、窮地を凌げるだけの力を欲した事から誕生したフルドライブ。

 高機動・高馬力・高負荷に耐え得るだけのパーツに換装された結果として、時間単位での消費電力が跳ね上がってしまったのである。


 この燃費の悪さを解消できる目処は一切立っておらず、持続させるには強制駆動燃料をどれだけ機体に積載出来るかにかかっていた。

 現在郁朗の手元にある強制駆動燃料は腰のマウントに接続している物が最後である。

 手に入れるには兵装倉庫に向かい扉をこじ開けるか、片山の到着を待たなければならない。

 前者を選べば木村との戦闘に否応なく他者を巻き込む事になる為、郁朗としては出来れば避けたい選択肢であった。


(こんな身体になっても大食いなのは変わらないなんて……何の因果だろうね……)


 更に現在の郁朗の駆動モーターは、アジトまでのフルドライブを使用した長距離移動の結果として、平常駆動時と比較すると損耗している。

 今直ぐに動作不能になるほど脆い構造はしていないが、動くだけでも負荷が積み重なる駆動をしているのだ。

 フルドライブで稼働している時間が延びれば延びただけ、そのダメージは蓄積していく。


(考えたってどうしようもないか……今はそれよりも手数だ)


 郁朗は意識を切り替え、とにかく"取って極めて砕く"を前提とした攻撃を、その高機動に任せるがまま木村にぶつけていく。

 しかし何らかの要因で向上した木村の回避能力は、彼の攻撃を表面装甲にすら掠らせもしない。


(神経系の機体特性ってのは判る。アキラの言ってた通りだ。ふっ飛ばされた程度で身体中に痛みが走る事自体、僕らの身体では異常な事だもの)


 痛覚が自由にコントロール出来る上、常人よりも通っている箇所は少ないのだ。

 にも関わらず、あれ程の痛みを感じている姿がただのポーズな訳が無い。


 彼は試行錯誤する様に、木村の上半身のあらゆる場所に手を伸ばしてみる。

 その度に郁朗の掌は空を切り、風切音だけをその場に残していった。


(掴めるって思って手を伸ばすのに、その直前で掌には空気しか掴めてない、って感覚はなんだろうな……こっちの手がどこを狙ってるかバレてる? ……うーん、もう少しか?)


 攻撃を継続しつつ突破口を探すが、打破するにはまだ材料が少し足りない。

 手数を繰り出している内に、実体の無い蜃気楼を掴まされている様な感覚にも少しづつ慣れていく。


「結局貴様は口だけだったな。最初の一撃以降、私に触れる事も出来ないではないか。本気を出した私に届きもしないのに、よくもまぁあれだけの口が利けたな?」


 木村の不遜とも言える態度を郁朗は鼻で笑い、嘲笑の言葉を返す。


「口だけ番長はどっちかな? 痛みを返して貰えるそうだけど返済はいつかな? 利息が膨らむばっかりじゃないの?」


「キィサァマァ!!」


(チョロいなぁ。沸点低すぎにも程があるよ。とりあえず感情を揺さぶっても変化は無しか……じゃあもう一つ、アキラが言ってた線でいってみよう)


 攻撃の折り目に左腕の粘着硬化弾を一発だけ撃ち出した。

 木村へ命中する弾道を進んだショットシェルがあっさりと躱される。


「苦し紛れの粘着弾か? それは前に見ているぞ。どうやら散弾では無いらしいが……当たりもしない物を使うとは、とうとう手札が尽きたか?」


 嘲る様にそう言った木村を黙殺した郁朗は、打撃や払いの中に粘着硬化弾の発射という動作を混ぜる。

 発射された粘着硬化弾がとんでもない方向へ撃ち出されているが、郁朗は構わずその策を継続する。


 そしてその内の一発が二人の真上に撃ち出された時に、とうとう異変は起こった。

 落下してくる粘着硬化弾の着弾寸前まで攻防を続け、間もなく二人の上にシェルが届こうとした時。

 回避運動を取る刹那、郁朗の指が木村の上腕を掠めたのだ。


 指一本分にも満たない僅かな接触ではあったが、彼の回避性能を越え装甲に触れる事に成功した。

 これが突破口に違いないと郁朗は確信を持つ。


(これもアキラが言ってた通り……っていうか当たりはこれかな? 木村は回避に自分の神経回路を使ってる。そして意識が完全に向かない物に対しての指向性は……ほんの少しだけ疎かになるって事か)


 糸口は掴んだ。

 手段としては飽和攻撃か完全な不意打ちを仕掛ける事だろう。

 しかし郁朗の出せる手数は飽和と呼ぶには少なすぎるし、不意打ちを行える状況でも無い。


(粘着硬化弾の残弾も少し……燃料も残り三分の一ってとこか。タマキかアキラのどちらかが居てくれれば早かったんだけど……いや、無い物ねだりはよそう)


 発射管からショットシェルを抜き出し、左の掌の中にそっと握る。


(上手くいけばお慰みってやつかな)


 郁朗は当たらない事を前提に左拳で殴りかかる。

 木村の回避する方向目掛けて、右手で彼の肩関節を狙うがこれも当然躱された。


 打撃と掴みを交互に入れて単調なリズムをあえて生み出し続け、郁朗の腕は空を切る音だけを奏で続けていた。


 ゴシッ! ガシッ!


 そのやり取りが少し続いた頃、別の音が混ざり始める

 木村がその合間を狙って攻撃を挟み始めたのだ。


 彼からカウンターで貰う打撃の一発毎のダメージは少ない。

 だが的確に手首や肘を狙ってくるその打撃は、少しづつ郁朗のモーターへの負荷を積み増していった。

 だがそれに構う事無く、郁朗はリズムを変えずに淡々と攻撃を続ける。

 ブラフの一つとして、時折リズムを入れ替えるのも忘れない。


 そして木村の意識が防御から攻撃に意識が変わった瞬間、狙いすました様にそれは弾けた。


 彼の腕が郁朗の左腕の打撃を掻い潜り、クロスカウンター気味に深く……そして強く左肩を狙ってきたのである。

 互いの伸び切った腕が絡み合う。

 肩に木村の拳が触れた衝撃と同時に、郁朗は自らの左拳を握りこんだ。

 掌の中で弾けるショットシェルからは、粘着硬化剤が溢れ出る。

 慌てて木村は手を引くが既に時は遅く、彼の右前腕と郁朗の左前腕は紫色のコーティングで結合された。


「案外素直な性格してるんだなぁ。あんな単調でバレバレなブラフに引っ掛かるなんて。さて、これであなたに逃げられなくて済みそうだね」


「グッ……貴様ァ!」


 木村は郁朗の腕を無理に引き千切ろうとするが、元々のパワーからして郁朗が上なのだ。

 更に今はフルドライブ中なのである。

 圧倒的なパワーの差を以って、郁朗は木村のかけるベクトルを逆方向に力をかける事で打ち消した。

 同時に彼の関節へ負荷をかけ、確実にダメージを与える事も忘れない。

 そして溢れた馬力の差は、とうとう木村の体幹を振り回し始めたのである。


 これだけ体を崩せばと、残った右腕で打撃を加えるが、木村は未だ回避運動を継続していた。


「まだ避けるのか。しぶといなぁ……ゴキブリみたいだ」


「うるさいっ……うるさいうるさいウルサイッ! キサマガッ!」


 木村が半狂乱となって騒ぐのをお構い無しに、足元へと蹴りを放つ。

 狙った膝関節への直撃こそしなかったものの、小さいながら木村へと痛みを与える事に成功する。


「イギッ! ……ギッ……」


 普段の状態ならば、なんという事のない痛み程度で済んだだろう。

 だが木村の今の神経回路の状態は、その小さな痛みすら激痛に変えていた。

 追い込まれた木村は痛みに朦朧としながら自らに決断を迫る。

 そして決断した結果……


「ギィィィィィィィァアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」


 耐え難い痛みを奇声を発する事で堪え、左手の手刀を自らの右肘に二度三度と打ち付け、破壊し始めたのである。


「はあっ!?」


 さすがにこの状況は想定してなかったのか、郁朗は驚きの声を一度上げたきり、唖然としたままその行為の続行を許してしまった。


 ゴギンッ!


「――――――――――――ッ!!!!」


 彼の右肘は完全に破壊され、かろうじてアクチュエーターで繋がっているだけの状態となった。

 その狂人とも思える行動に、郁朗は呆然とし続けている。

 木村は彼の胸の装甲板に片足を押し付け、拘束具を身体から剥がす様にアクチュエーターを引き千切ろうと力を篭めた結果……


 ブヂブヂブヂブヂブヂブヂッ


「ゴァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」


 最早人の発する声とは思えない木村の雄叫びと共に、彼のアクチュエーターは破断。

 木村の右腕は自由を取り戻す事となった。


 郁朗はその行為に薄ら寒い物を感じさせられている。

 左腕に彼の右肘から下が粘着したまま残り、そこに木村の執念の残滓を見た気がしたのだ。


「…………それだけの痛みを我慢出来て……なんで……」


(人の下に付くのを我慢するのが……こんな痛みより辛いっていうのか? 何なんだこの人は……)


 彼のその狂気をはらんだ行動に、郁朗は呑まれかけていた。

 その空気には触れていたくないと感じ、少し後ずさりをしたその時。


 現状を暗転させるかの様に演習場の照明が落ち、再び点灯した。


(これは……?)


 ザザッ…………ザザッ


 演習場に設置されている大型のスピーカーにノイズが走る。

 

「……戦闘中の皆さん、お疲れ様です。システムの掌握が完了しました。[明けの遠吠え]の諸君、五分だけ時間を差し上げます。武装解除して投降を。しないのであればその暴挙に見合った対応をします、覚悟して下さい」


 聞こえてきた声は新見のものだった。


「新見……? 新見ィィィィィィィ!!!!」


 それまで痛みに耐え郁朗への視線を外さなかった木村が、彼の声を聞いた途端にその名を叫び走りだしたのである。

 新見の帰還に安堵を覚えていた郁朗は、その挙動を見逃してしまう。


「くそッ、マズイッ!」


 木村は上階へ続く通路を目指していた。

 今の彼を止めずに生身の人間のいる場所へ放つという事は、犠牲者を作り出す行為に加担したという事と同義だろう。

 郁朗は駆動モーターを総動員させて追走を試みるが、その力が急速に失われていくのを感じる事しか出来無かった。

 そう……強制駆動燃料が尽きたのである。


(こんなタイミングで燃料切れって! どうすればいいッ!?)


 フルドライブの効果を失った郁朗を他所に、既に木村の姿は通路に消えそうになっていた。

 また惨劇を見逃すのはごめんだとばかりに、郁朗は必死にその後を追う。

 だがここまで溜まった負荷が、狙い澄ました様に郁朗へとツケの支払いを請求したのである。

 彼の幾つかのモーターが限界を迎え、煙を上げ始めていた。


(身体なんてどうなってもいいッ! 今は木村をッ!)


 だがそんな郁朗の身体を酷使してもという悲壮な決意は無駄に終わる。

 上階に向かったはずの木村が、通路を飛び退って戻って来たのだ。


(何が……?)


 郁朗が状況を窺うと、通路からはガッシャガッシャと最近聞いていなかったあの音が響き渡ってくる。

 その音を聞いたお陰だろうか。

 萎えかけた郁朗の感情が、高揚感と闘争心に包まれ始めた。


「……全く……ちょっとばかり遅いよ? 団長?」


 通路から現れたのは、悪びれる様子もなくいつも通りにズカズカと歩いて来る……余裕の塊の様な片山淳也その人であった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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