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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-15 鬼札の行方

 -西暦2079年5月26日15時40分-


 "最初の関門"の翌日。

 郁朗とアキラ、木村の二人は射爆場で71式改を使用した射撃適性の確認を。

 環と大葉は屋外で戦闘班をターゲットとした狙撃訓練を行っていた。

 

 アキラは71式改の運用自体はそれなりに上手くやれる様だが、本人はもう少し微細なコントロールの利く短砲身の装備を望む事となる。

 彼の機体特性にマッチングする専用装備と合わせて、倉橋が不在の山中率いる整備班が急ピッチで製造を進めている。

 木村に関しては可も無く不可も無く、特に特筆すべき点も無いが適性なりの運用が出来ている、といった所だろう。


 一方、環と大葉なのだが……


「お……おおおおおおお」


「お?」


「大葉さんッ! やっぱしあんた最高だッ! 戦場行っても、これからずっと俺とコンビ組むんだかんな!? 絶対だぜッ!?」


 環にしては珍しく他人をべた褒めである。

 それもそのはず。

 今回のこの訓練により、彼と大葉の神の与えた予定調和とも言えるマッチングが確認出来たのだ。

 祖母の為に誰よりも戦果を求める彼にとって、自身の力を最大限にまで引き上げてくれる大葉の出現は、吉祥この上ない事なのである。


「役に立てたのは嬉しいんですが……そんなに凄い事なんですかね? 雪村さん」


「大葉さん、何べんも言わせんなよ。あんたはすげぇよ。これはもう、俺と組む為に仏さんがくれた才能としか思えねぇッ!」


「へぇぇぇ……」


「へぇぇって、どんだけ他人事なんだよ……それとだけどさ、俺の方がガキなんだから、敬語はヤメロってのもずっと言ってんじゃん?」


「うーん……君の方が先輩なんだし……君が嫌なんだったらそうするけど……」


「おう、そうしてくれよ」


「それにしても……そんなに凄い事なのかな? 私にはもう一つピンと来ないんだ」


「確かに山中の兄ちゃんの作ったコイツが凄いってのもあるけどよ。大葉さんの機体特性が無いと成立しないんだぜ? 自信持ちなよ」


「そんなものなのかな? 格闘もダメ、射撃も今一つ。役に立てる事が無かったから、褒められて素直に嬉しいとは思ってるんだけどね」



 十六番機専用・生体レーダーユニット。



 バックパック型に搭載されている受信ユニットとマルチバンドアンテナ、そして頭部増加装甲のバイザーに大葉のみに追加されたレーダーマップ。

 これを総称してそう呼ぶ。


 大葉の獲得した機体特性は、郁朗達の様に直接戦闘に向くものでは無い。

 体内での光合成発電の際に特定のミリ波を発する事。

 そして彼の遺伝子を含んだ循環液がそれを高効率で収集する事。

 それだけであった。


 だがそれを倉橋から秘密裏に聞かされた山中が、興奮のあまり卒倒してしまったのだ。

 医務室で目を覚ました山中は、千豊に談判。

 アジトでやるべき作業を全て投げ出し、EO転化施設へと直行した。


 観測された数種類のミリ波の周期を確認した山中はその場で大粒の涙を流し、絵画にもなりそうな……それは見事な神への祈りの姿勢を見せたらしい。

 その後、迅速に唐沢の許可を取った山中は大葉と面談し、彼の特性を最大限に活かす為の装備を極短時間で開発してしまう。

 それがこの生体レーダーユニットであった。


 大葉の発するミリ波の透過波と反射波を、マルチバンドアンテナと循環液で受信。

 そして受信ユニット内に組み込まれているマップ情報とミリ波で得られた情報を組み合わせ、V-A-L-SYSでも運用されている高速演算ユニットが瞬時に照合、三次元レーダーとして目標の位置情報を導き出す。


 V-A-L-SYSとの同期運用も可能となっており、環が大喜びした原因はここにあった。

 戦闘班の面々が高度な隠蔽技術を用いて環の目を晦ませようとも、大葉のミリ波の追跡からは逃れる事は出来無かった。

 その結果として、環の狙撃訓練史上最高のスコアを叩き出す事となったからだ。

 今頃車両のみならず、体まで塗料まみれになった間崎達がアジトへ戻って来ている頃だろう。


 レーダーユニットを動作させている時の大葉が完全に無防備になってしまうという弱点を除いて、現状で最も運用実績を期待される装備であると言える。

 山中の脳裏にはもう一段階進んだ構想もあるらしいが、倉橋不在の状況が彼に時間的猶予を与えてくれないという事で断念している。



 そうして本日の訓練もどうにか無事に終わり、人数が増えた為に発生したメンテナンスの待ち時間を、郁朗は有効に使っている。

 間崎の小隊との情報交換の時間としてである。


 メンテナンスは動作に不具合が無いかの確認の為、新人を優先して受けて貰う事になっている。

 つまり、木村が側にいないこのタイミングこそ、その格好のチャンスであったのだ。

 環は『後で聞くからいいや』と彼らしくこの会話には参加せず、69式改の手入れに集中している。


「で、そっちはどうだ、藤代? 何か動く気配はあるか?」


「特に大きな動きは無いです。メンテナンスと運用の関係で整備班の人間とは話をしてますけど、話をしている相手も例の組織の人じゃ無いですしね」


「こっちは少し動きがあった。今は食堂勤務の人間なんだがな、奴さんに言われてかは判らんが探し物をしているらしい。それがどうも木村の元の身体の在処らしいんだ」


「元の身体って……あの僕達のも含めて保管されてるってやつですよね?」

 

「ああ。保管されてる場所は最重要機密の一つなんだが……まぁ当然だろう。お前さん達の戦後の生命線になる訳だからな。それを探してるって事は……」


「こちらの組織をどうにか掌握して……元の身体に戻るつもりなんでしょうね」


「そういう事だろう。その件については今は新見さんの判断待ちだ。泳がせるか吐かせるか……どっちになっても可哀想なもんだけどな」


「……おっかないなぁ。ところでその肝心の新見さんは?」


「千豊さんに同行してSブロックの新しいアジトの視察だ。今は木村を刺激せんように、極力こっちのアジトには居ないようにしてるんだと」


「まぁ……前歴聞くとそれが無難ですよねぇ……あのアルカイックスマイルの裏にあんな壮絶な過去があるなんて、普通は絶対に想像出来ませんよ」


「俺だってその頃の新見さんの事はなんも知らんさ。時期的にこっちの組織に来たのは、昔の[明けの遠吠え]を壊滅させた直後になるんだろうけどな。俺が拾われたのも丁度その頃だ」


「へぇー。まぁそれはそれとして……千豊さんと新見さんは飛び回ってて、ハンチョーも新しいアジトに付きっきり。団長に至ってはもう四日も姿を眩ましてる。重鎮が一人も居ないんですけど……大丈夫なんですかね? ここの組織は」


「そんなもん俺達の考える事じゃねぇさ。なんか試されてる様な気がしないでも無いがな。兎に角、目の前にある案件を片付ける。今出来るのはそんだけだ」


「うへぇ、ありそうで嫌だなぁ。僕らのやってる事全部見てそうだもん」


「ハハハハハ。せいぜい頑張るこった……さて、そろそろお前もメンテの時間だろ。俺も今日は風呂入って飯食って寝るわ。雪村に塗料まみれにされて、疲れちまった」


「はい、また何かある様なら……」


「ああ、このタイミングで報告を入れる」


 間崎はそう言うと席を離れ、整備班の班員に声を掛けながら立ち去って行った。

 入れ替わる様に大葉達三人が、郁朗の元へとメンテナンスを終えてやって来た。


「メンテナンス終了しました。山中さんが藤代さん達を呼んできてくれと」


「お疲れ様でした。大葉さん、丁寧なのはいいんですけど、僕もあなたより年下なんですから。環と同じ感じで、もっとフランクに話して貰って構いませんよ。疲れちゃいますからね」


「……そういうもんです……なのかな。戦争やるって言うもんだから、もっと規律とか厳しい所なのかなって思ってたんだけどね。えっと、イクロー君? でいいのかな?」


「それでいいです。その方が僕も楽なんですよ。うちは軍隊って言っても愚連隊みたいなもんですからね。団長……トップからしてそういう人ですから」


 郁朗はアキラと木村にも労いの言葉をかける。


「アキラも木村さんもお疲れ様です。この後は僕とタマキのメンテが終わったら、二時間程座学をやって今日の訓練は終了です。あと少しなんで頑張って下さい」


「ウッス」


「……判った」


 郁朗は大葉と木村が踵を返し、座学を受ける予定の会議室へ向かったのを確認すると、アキラのカメラアイを見つめ頷いた。

 アキラも意図を察したのか頷き返す。


 昨晩、アキラと二人になったタイミングで、彼には木村の事を話してある。

 メンテナンスのタイミング等から、郁朗と環では目が届かない時間帯が存在するからだ。

 大葉はすぐに態度に出そうという事で内情を話してはいない。

 物静かなアキラに任せるのが最適だろうと郁朗がそう判断したのだ。

 アキラは快く木村の監視を引き受け、協力を約束してくれた。


 彼からはこの組織……というよりは、郁朗達先任のEOに対し、敬意らしきものを持っているのが言動の端々から感じられる事がある。

 郁朗はわざわざその理由について聞いたりはしなかった。

 根掘り葉掘り聞くよりも、彼の方から話してくれれば一番いいと郁朗は思ったからだ。


 郁朗は他部署に対しても同様の根回しを行い、木村に関する情報の取りこぼしが無い様に努めた。

 その苦労の甲斐もあり、郁朗達が不在の時でも木村への監視体制に関しては絶たれる事が無くなり、万全と呼べるものになったのである。




 一時間程経過した頃。

 郁朗と環はメンテナンスを終え、大葉達の待つ会議室へ向かっていた。

 今回の座学はEOで運用できる兵器群についてであり、講師は山中である。

 郁朗はどの様な内容になるか、講師が講師だけに少し不安であった。

 彼をその立場に招かねばならない事情もある事はあるので、仕方無く同意をしたのだ。

 木村の前であっさりと自分達の手の内を晒す様な、EOの戦術的運用の座学などやってはならない愚策だからだ。


(こうも色々と制限が付くのは厳しいなぁ……木村も何かするなら早くやってくれればいいのに)


 些か物騒な事を考えながら通路を歩いていると、ヨタヨタフラフラと、時には通路の壁にしなだれかかる様にして、郁朗達の元に向かってくる長瀬の姿があった。


「えらく草臥れてるけど……大丈夫? 長瀬さん」


「……イクローさんがそれを言いますか……? 例の一件の罰で……食堂で芋を山程剥いてきたばっかりなんですから……草臥れもします。闘券は没収されちゃうし……全部タマキ君のせいなんですからね……反省して下さいよ?」


「なんでぇ、俺だって罰は受けてらぁ。朝と夜に食堂に倉庫から馬鹿みたいな量の食いもん運んでんだぞ? モーターが傷んで困ってんだ」


「そう言えばそうでしたね……でもいいんです。明後日には街に繰り出してみんなで美味しい物を食べるんです……」


 絶望の中に希望を見たパンドラの様に、彼女の眼の色が変わる。


「仕事で出掛けるんじゃなかったっけ?」


「仕事はちゃんとやりますよぅ……でもこれだけを楽しみに今月仕事してきたんです。千豊さんが話せる人で良かったですよ、本当に。罰で外出禁止なんかにされてたら、わたしの心がどうなってた事か」


「よっぽど楽しみにしてたんだね。じゃあ少しは楽をさせてあげようかな。この後はデータルームで例の記録媒体の解析の続きでいいんだっけ?」


「そうですけど……?」


 長瀬が首を傾げる。


(ああ、団長がタヌキタヌキって言うのも解かるなぁ。小動物系だもの)


「タマキ、運んでってあげて」


「座学に遅れてもいいなら行ってやってもいいぜ?」


「いいよ、どうせ僕等の知ってる内容ばっかりなんだし。元はと言えばタマキのせいでこうなってる所もあるんだからさ」


「へいへい、じゃあ行くか、姉ちゃん」


 環は長瀬に一声かけると襟元を摘み、ひょいと彼女の体を持ち上げた。


「へ? ……ひぃあああああああ! 猫じゃないんですから運ぶならちゃんと運んで下さいよ!」


「注文多いぜ、じゃあこれならいいだろ」


 環は長瀬を宙にポンと放り投げると別の運搬方法に切り替えた。


「ひゃうっ! お、お、お、おひ、お姫様抱っこなんてもっとダメです! タマキ君、セクハラですよ!」


(おやおや、あんまりそういうのに耐性ないんだね。若いっていいもんだ)


 この身体になって老成しつつある郁朗は、ウンウンと老人の様に頷くと彼等を見送ってようやく会議室へ向かう。

 郁朗は一人になったのをいい事に、再び思考を木村の件に切り替えた。


(木村が元の身体を欲しがるのは解かるとして……彼の手札に成り得る物ってなんだろうか……)


 恐らく千豊を人質に取る事も考えられているのだろうが、これだけ頻繁に飛び回っているのだ。

 その上に、生身の身体という条件は付くものの、組織内で最強の男が彼女のガードについている。

 外部組織の繋がりで拉致を依頼したとしても、新見がいる事を想定するならば……一つ桁の違う人数と高い質の戦力を投入しない限り、その目論見を達成するのは不可能だろう。 


 他の重要な人員ではどうかと思うが、倉橋や唐沢も木村の手の届く所に居ない。

 こちらにも新見の小隊の人間が分散してガードにあたっていると聞いている。

 抜け目の無い彼等を出し抜くのは、なかなかに骨の折れる仕事になるはずだ。


 アジト内にいる[明けの遠吠え]のメンバーによる物理的な一斉蜂起はどうだろうか?

 

(それはまず不可能だろうなぁ……)


 郁朗のその想定は現状を考えれば正しいと言えるだろう。

 仮にスペックの詳細の判らない木村がEOとして戦闘に参加するとしても、片山以外の四人のEOを相手に無事で済むとは思えない。

 それ以外の人員に関しても、常駐している戦闘班員の数の方が多いのだ。

 碌に訓練もしていない木村側の人間が、真正面から戦闘班を制圧出来る訳は無い。


(じゃあ施設はどうだろう?)


 このアジト内での重要施設と言われて思いつくのが、超大型の水素燃料電池を使った地下発電施設。

 確かにこれを押さえるか停止させれば、相当な混乱と機会を呼び込めるだろう。

 だが幾重もの防壁によって守られている施設の管理は、オペレート班と整備班によって徹底されている。

 これこそ中途な腕を持つエンジニア程度ではコントロールを奪うどころか、その足がかりすら掴む事は出来ない仕様になっていた。


(後は……)


 続いて考えられるのはアジトから切り離された転化施設の破壊工作だが、これはまず無いだろう。

 正確な場所を知っている人間は千豊と新見に倉橋、それに現地にいる技術班の面々だけとなっている。

 先日、大葉の件で施設へと先乗りした山中は、その正確な場所を知らない。

 情報の秘匿を徹底した千豊が、彼の転化施設への立ち入りを許す代わりに、技術班員の運転による現地への移動、更には目隠しの装着を彼に義務付けたからだ。

 大葉達をこちらに送り届けた時にも、道半ばまでの運転を技術班の人間が運転し、途中で山中に交代してアジトまでの道程を進んで来たそうだ。

 荷台に乗っていた大葉達は当然外の景色は一切見る事が出来ず、通ってきたルートの特定はまず無理と考えていい。

 ここまで徹底した情報の管理がなされている以上、外部人員による転化施設への襲撃は不可能と言えた。


(たぶん僕達の身体は転化施設にある、と思いたいんだけど……千豊さんの事だからなぁ……絶対に裏の一つや二つはかかれてると思った方がいいかな)


 この様に思考の海に沈んでいたせいか、郁朗の足取りはとても鈍いものになっていた。

 彼がのんびりと座学の行われている会議室に到着した時には、タマキは既にEO用のシートに座って退屈そうに山中の話を聞いていた。

 山中からは『何をやっとるのかね?』と講師らしくしてるつもりなのか、上から目線の偉そうな叱責の言葉を頂く事となった。


 倉橋から不在時の山中の言動については逐一報告する様に言われているので、心のメモに今の彼の様子をしっかりと書き込む事にして座学へと目をやる。

 朗々と兵器について語る彼が後にどうなるのだろうか、それを考えるともやっとしている気分が、ほんの少しだけ晴れていくのであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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