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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-14 静謐《せいひつ》なる鼠毒《そどく》

 -西暦2079年5月25日09時55分-


 環が罰として演習場にて関節各部を綺麗に破壊されてから三日。

 郁朗達の稼働データがフィードバックされた影響も大きかったのだろう。

 早くも動作訓練を終えた第二期覚醒組の第一陣がアジトに合流する事になった。

 Eブロックの東側の廃棄地区に移設されたEOの転化施設からの知らせを受け、急遽こちらのアジトでの受け入れ体制が整えられる。

 合流する新人の中には、勿論あの木村が含まれていた。


 郁朗と環は地下駐車場で彼等の到着を待っている。

 部隊長である片山はあの日、技術班の元へ行ってから戻って来ていない。


「ちょっと機体特性に絡んだ改良で時間がかかってるみたいなの。無事なのは間違い無いから安心して頂戴。一週間もしない内に戻って来ると思うわ。それで団長さんが居ない間だけど……イクロー君、新しく合流する人達の事……頼める?」


 片山がいない上、環にその役を丸投げで任せられる訳も無い。

 さらに千豊にこの様に頼まれてしまっては、すっぱりと断る訳にもいかないのである。

 故にこうして出迎えには来ているものの、彼等にどの様な訓練を課して良いものか、郁朗は頭を悩ませていた。

 彼等の資料に機体特性について何も書かれていなかったからだ。

 ただし、戦闘適性に関しては動作訓練で取られたデータから、おおよその評価がつけられている。


 16番機・大葉謙作おおば けんさく・三十六歳

 近接戦闘適性・C

 射撃戦闘適性・Bマイナス

 狙撃戦闘適性・Bマイナス

 集団戦闘適性・A


 17番機・中条ちゅうじょうアキラ・二十二歳

 近接戦闘適性・Bプラス

 射撃戦闘適性・A

 狙撃戦闘適性・C

 集団戦闘適性・B


 21番機・木村明久・三十一歳

 近接戦闘適性・Aプラス

 射撃戦闘適性・Bマイナス

 狙撃戦闘適性・C

 集団戦闘適性・C


(それにしても見事にバラけてる……僕が動き出した頃にはこんなに数値化されたデータなんて無かったもんな。機体特性までは判んないけど、これは助かるよ。これからの訓練の指針になる)


 元運動部顧問としては少し燃えてくるものがある様だ。


「まずはいつも通り"最初の関門"からかなぁ。団長が居ないからチャンピオン不在って事になるけど」


「だよなぁ。羨ましいぜ、団長さん抜きなんてよ。俺の時なんてよ……」


「あー、はいはい。思い出しちゃったか。あれはひどかったもんね。ギブアップしても外されない三角絞めとか、有り得ない方向を向く肩関節とかね」


 環は首を振って否定する。


「ちげーよ。団長さんにやられた事はまぁ、アレはアレでキツかったのは間違いねぇよ。身体的にはな。でもよ、俺のトラウマになってんのはイクローさんの方なんだって!」


「なんでさ? 団長にボッコボッコにされた後に、丁寧に優しく格闘指導しただけじゃないか」


「あれが? 馬鹿言うなって。笑いながら超高速で殴りかかって来るあの指導が優しい? モーター音がしたかと思ったら視界から消えてよ、真後ろから殴られんだぞ?」


「あー……そんな事もあったねぇ……あの頃ってホラ、僕のモーターが試験的に高速型に入れ替わった頃だからさ。ちょっと張り切っちゃったんだね」


「今でもたまに休眠中に夢に見んだかんな!? 反省しろッ!」


「それもそうだね。新人さん達に環みたいなトラウマが生まれない様に、ちゃんと頑張んないとだなぁ」


 環はそう言いつつ鼻歌を歌い出した郁朗に戦慄を覚える。


(ああ、またやりやがるな。これは)


 あの時も訓練前にフンフフンと歌っていたのだ。

 そんな二人のやり取りを他所に、ようやくお目当ての車両が到着する。

 外部移動に使われるいつもの偽装工務店の四トントラックであった。

 今日は荷台を晒す訳にはいかないので、丁寧に幌がかけられている。


「何やってんのさ? イクローちゃん。タマキもそんなとこ居ないでこっちおいでよ。新人さん達紹介するからさ」


 車両の運転席から工務店の作業着を着た山中が声をかけてきた。


「あれ? 山中さんあっちに行ってたんだ?」


「もう我慢出来んかったんよ。大葉さんの機体特性がもんのすっごくてさ! 千豊さんに頼んで先乗りしちゃった訳」


「大葉さんの? 十六番機の人だよね? 貰った資料には機体特性なんて全く載って無かったんだけど……」


「そらそうだよ。今日まで整備班と技術班以外には部外秘扱いだったんだもん。いや~、いい仕事したわ。イクローちゃん。訓練の内容で悩んでるんだったらさ、大葉さんはタマキと組ませた方が絶対いいよ?」


「山中の兄ちゃんがそんな事言うのも珍しいけど、そうなんか?」


「もう絶対に相性バッチリ! 俺が保証しちゃうもんね」


「ふーん、そこまで言うならそうしてみようかなぁ。まぁそれでも"最初の関門"はやるんだけどね」


(やっぱりやる気なんじゃねぇかよ……)


 環が郁朗の言葉に少しだけ身体を震わせていると、荷台から少しくぐもった低めの声が聞こえてきた。


「あのー……もう降りてもいいんでしょうか?」


「あー、大葉さんごめんよー。降りて貰って構わないっス」


 山中の答えに幌が開かれると、荷台から三人のEOが降りてきた。

 三者三様、少しづつ装甲の色が違うが、郁朗達と同じ形状のクリアグレーの装甲に濃緑の循環液が血液の様に循環している。


「大葉謙作です。元々は営業マンだったんで戦闘のせの字も知りませんが、足を引っ張らないで済む様に頑張りますので宜しくお願いします」


「中条アキラッス……よろしくお願いしまッス……」


「木村だ……今更挨拶する事も無いだろう。世話になる」


「藤代郁朗です。うちの隊の偉い人が今ちょっと不在なんで、僕が教導官ってやつになるみたいです。どういう訓練になるかはまだ未定ですけど、お互いに頑張りましょう」


「雪村環だ。狙撃手をやってる。大葉さん、だっけか? たぶん俺と組む事になるらしいから、よろしくな」


 どうにかコミニュケーションが取れているレベルの挨拶を終えると、早速演習場へ彼等を案内する事となった。


「さて、合流して早速って事になりますが、まずはどの程度格闘戦で動けるのか試してみたいと思います。まずは大葉さん、タマキと一試合お願いします」


「あ、はい……たぶんご期待には添えないと思いますけど……」


「それは問題無いです。適性データも一応貰ってますので、今回の結果は気にしないでいいですから。タマキ、手を抜いちゃダメだよ? いいね?」


「あいあい、判ってらぁ」


 郁朗は身体を動かすという事に関しては数値の上ではどうであっても、実際の動きを見てみる事がとても大事な事だと思っている。

 水泳部の顧問時代にも嫌という程それを思い知らされていた。


 数値は指標にはなるが絶対条件では無い。

 格闘適性は間違いなく低い環が、大葉を翻弄し、投げ、その関節を極めているというのが良い証拠だろう。

 ここに来た当初の環は間違いなく格闘の適性評価はCに準ずるもののはずだった。

 それが片山や郁朗に揉まれている内に、これだけの戦い方が出来る様になっている。

 EOであれちゃんと経験を積めば強くなれる事の証明だった。


(ちょっとした感動だよね……あのタマキがなぁ……)


 自分もただの社会科教師だった事を忘れている辺りはさすが郁朗と言った所だろう。

 スペックの差があれど、元軍人の片山と対等にやりあえているという事実は驚くべき事なのだから。

 郁朗が環の動きを見てウンウン頷いていると、いつの間にか試合は大葉のギブアップで終了してしまった様だ。


「ありゃ? もう終わり?」


「なんだよ、見てなかったのかよ。大葉さん、タップしたぜ」


「うう……すいません……でも、強いんですねぇ。私もいずれはこうなれちゃうんでしょうか?」


「それは大葉さんの努力次第って所です。このタマキだって最初の頃はひどいもんだったんですから。スペック頼りのただの喧嘩だったんですよ?」


「今言うこっちゃねぇだろ! それより早く次やってやれよ。イクローさんが相手すんだろ?」


 恥ずかしかったのか環が声を荒げる。

 そうだそうだと思い対戦相手であるアキラを見ると、物静かな口調とは反対にやる気に満ちた雰囲気を身体全体から放っていた。


「ああ、ゴメンゴメン。じゃあ中条くん、やろうか」


「アキラでいいッスから……全力で……やった方がいいんスよね?」


「そうだね。素手でどれだけ戦えるかの確認をしとかないと色々と怖いからさ」


「ウッス……出しきるつもりで……いくッス」


 お互いに向かい合い構えを取る。

 アキラの構えは間違いなく武道経験者のものだ。


「アキラ君……なんか武道やってのかな?」


「呼び捨てでいいッス……自分、年下ッス」


「じゃあそうしようかな。で、アキラは武道経験者なんだよね?」


「ウッス……オヤジに無理矢理……やらされてたんスけど……今となっては有り難いッス」


「そうか……じゃあ遠慮無くいこうかな」


 どうやらアキラのやっていた武道は後の先を取るものの様だ。

 一向に掛かってくる気配が無い。

 本人の性格が慎重なのもあるのだろう。

 そう思った郁朗は構わず突進していった。


 ゴッ!

     ガガッ!

  ガギッ!


 互いに腕を取ろうとして装甲を掠めあい、硬質な音が演習場に響き渡る。

 アキラは生身の時との感覚の違いに戸惑っている様だ。


(呼吸が判らない……そうか、息してなかったんだな……ならリズムで……)


 それなりに格闘を修練している彼は、本来なら自分の呼吸と相手の呼吸で機を図る。

 機械の身体となり、呼気を出さなくなってしまったからにはその手法は使えない。

 だが郁朗の攻撃リズムのいくつかのパターンを、アキラは数合いのやり取りで既に掴んでいた。

 そのうちの一つを無警戒に繰り出した時に郁朗の腕を取る。

 ――瞬間、彼が宙に舞った。

 その所作は綺麗なものであり、粗雑な環ですらその美しさに息を呑んだ。

 郁朗を床に叩きつけたその後も、アキラは油断なく腕を捻じり彼を制しにかかる。


「いやいや、お見事。合気道かぁ……凄いね。こんなあっさり投げられたのは久し振りかも知れない。団長よりも技がキレてる感じがするよ……でもちょっと甘いかな」


 キィィィィィィィィィィィィィィィィ


 郁朗がアキラへと賞賛の言葉を吐いたと同時に、彼の身体の各部のモーターが唸りをあげた。

 捻じりあげられていた腕をパワーの差であっさりと振り解くと、アキラの腕を取り返して背後に回る。

 そのまま腕を後ろに捻じり上げ、背骨に垂直に圧力をかけていく。

 想定外……いや、知識としてなかった郁朗のフルパワーに逆らえなかったのか、アキラは尻もちをついてしまう。

 その様子を見ていた環が、


「あちゃー、やっちまった」


 と呟いた時には既にその技は完成していた。


 ストレッチプラム。

 1990年代、まだ極東が日本と呼ばれていた頃。

 とあるプロレス団体に所属するレスラーが、この技を代名詞の一つとしてその団体のリングを席巻した。

 尻もちをついた相手の股に片足を差し込み固定。

 片腕で腕を、もう片腕で首を極める。

 とどめに差し込んだ片足を軸足として胴体を捻る。

 片山になんとか対抗していく為に、色々と格闘技の映像媒体を研究した結果……ついつい身に付けてしまった技の一つ。

 イクローのこの身体での痛みの原体験は、彼と最初期に行ったあの命懸けの模擬戦である。

 つまり関節をいかに破壊するか、という方向性で勝てる策を模索したのだ。


 このストレッチプラムは一対多の実戦では全く役に立たないのだが、一対一ならば恐らくこの技がかかった時点で相手EOは詰む事になる。

 同じパワーの持ち主ならいざ知らず、郁朗の膂力は機構側のEOは勿論、片山達と比較しても規格の少し外側にいるからだ。

 現にアキラは唯一自由になっている腕をあちこちに動かして脱出を試みるが、その腕は虚しく空を切るだけであった。


 余談ではあるが、先日環の体中の関節を破壊したのもこの技である。


「ギブっス……」


 アキラが郁朗の右腕を動く腕で叩き、ギブアップを宣言する。


「すごいッスね……きっちり極めたと思ったのに……あの状況から……振りほどかれるなんて……えげつないッスよ」


「アキラ、覚えとくといいよ。対EO戦ではね、制するより壊す事を優先で考えなきゃダメだ。動きを止めたとしても、相手がどれだけのパワーを持ってるかなんて未知数なんだから。拘束から抜ける為のそういう技術だってあるのも、君なら知ってるだろ? ただし、打撃は痛覚の関係から、ほとんど効かないと思っておいた方がいいね」


「ウッス……そこまで訓練でやっていいんスか?」


「ある程度までなら、って条件はつくかな。お互いに無理はしちゃいけない事くらいは判ってるしね」


「嘘言うんじゃねぇよ! こないだあの技で俺の関節を漏れ無くバッキバキにしてくれたのは誰さ!」


 環が演習場のフェンスをガタガタと揺らし、乗り越えんばかりの勢いで抗議を開始し始める。

 側に居た大葉は彼の様子とその話の内容で一人ワタワタとしていた。


「あれは仕様が無いじゃない。タマキがバカな事をしたから自業自得だよ」


「何したんスか?」


「その辺りの話はこれまでの部隊の経緯を話す機会にでもするさ。アキラは少し休んでていいよ。さて、次は木村さんですね。どうぞ」


 郁朗に促されて木村が郁朗の前に立つ。


「…………」


「……来ないならこちらから行きますよ?」


 木村は返答をしない。

 仕方が無いので今回も郁朗は無警戒に腕を取りにかかる。

 しかし木村の身体は触れる直前に柳の様に揺れ、彼の接触を許さない。


「木村さん……凄いっスね……」


 アキラは感嘆し、思わず声が出てしまった。


(ほんと凄いや……まったく触れない……これも機体特性の一環なのかな?)


 攻勢を強める郁朗。

 手数を先程の倍近くまで増やしてみる。

 するとあっさりと捕まった木村はそのまま投げ飛ばされる。

 半身を翻した彼はそのまま綺麗に着地した。


「……本気を出しては貰えませんか?」


 確かに適性の数値というのはあくまでも数値だ。

 だがAプラスという異常に高い数値がついているのだ。

 あの程度の実力でAプラスならば片山などSSSになってしまう。


「さっきのが私の本気だが? 何か問題でもあったか?」


「……今はそういう事にしておきましょうか。今はね」


 郁朗が挑発する様にそう言うと、一瞬だけ木村の視線の温度が上がった気がした。


(おー、怖い怖い。手札を切らないって事は絶対にそのうち何かやる気でいるよね)


 こうして第二期覚醒組との"最初の関門"は、表向きには何事も無く終了したかに見える。

 だが間違いなく木村は何かを孕んでおり、それが今後の火種になるのは間違い無いだろうと郁朗は確信を持つ。

 いつ暴発するか判らない木村を監視する日々が続く……その事を想像するだけで、郁朗の気分はどことなく沈んでいくのであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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