3-13 目覚める者達
-西暦2079年5月22日13時10分-
あの作戦から早くも五日が経過した。
情報処理センター本局襲撃の件はマスコミにより、大々的に報道されている。
センターの局員は全員テロリストにより殺害。
テロリストを全滅寸前まで追い込むも、残った最後の一人が大掛かりな自爆攻撃を行った。
それにより前線で指揮を取っていた第一連隊第三大隊の首脳陣及び、施設奪還の為のオブザーバーとして参加していた機構職員が死亡したとのシナリオが作られている。
卑怯なテロリスト共め! という政府側の一方的な声など聞いている暇など無く、郁朗達のアジトは新たな喧騒に追われている。
技術班の唐沢が新たに開発した脳パルス解析技術により、覚醒した適合者が数名増えた事が原因であった。
唐沢の理論によると、EOへの転化手術の項目である遺伝子改造を受けた際に、脳の自己防衛本能と言うべき物が働き出してしまうらしい。
転化の際に本来繋がっていた元の人体のセンサー……つまり五感は勿論、心拍や生体電流も含む人体として持っていた情報の全てがいきなり遮断される訳である。
その上、従来のセンサー類では無く別の物……つまりEOのパーツや循環液をセンサーとして認識する様に遺伝情報自体を書き換えられてしまう事も、この事象の大きな要因なっているのだそうだ。
驚いた脳は全ての情報の流入をシャットダウン、ご丁寧に特定の波形を鍵としたロックを掛け、昏睡状態に陥り覚醒に至らないのだ、という結論で報告書は結ばれている。
このロックが自然に解除される確率というのが、実に1%程の低確率であるとの試算が出ているとの事だ。
なんともオカルト臭い話ではあるのだが、唐沢の開発したロックのとなっている波形を解析する機器が実際に成果を上げているのだ。
それにより数人のそれが外れた事からも、この話の信憑性が高まりつつある。
「つまり僕達は運が良かった……って事だよね?」
訓練の合間の休憩中、そんな話題になったのだろう。
数名の適合者が目覚めた事と、その概要を聞かされた郁朗が内容に感心しながらそう言った。
「戦争に放り込まれるって事を考えりゃあ、運が良いとはとても言えたもんじゃねぇな。色んな意味で我が強く据わった人間程、覚醒しやすい傾向にあるらしいって事だが……実際見てみろ。こうやって動いてる俺達が、その話のまんまじゃねぇか」
片山の言葉に納得しているのか、環が首を縦にウンウンと振っている。
「馬鹿言わないでよ。団長とタマキならともかく、僕のどこが我が強いって言うのさ? こんなアクの無い人間もそうは居ないと思うよ?」
「「ねぇな」」
即答である。
「なんだよ! 僕をそっちのカテゴリに入れるのは止めてよね!? こんな小市民捕まえて何て事言うんだ」
「小市民は怒りに任せて命令無視からの突撃なんてしねぇよ」
「だな。イクローさんを作戦中に間近で見てる俺がそう思ってんだもんよ。収容所襲った時のあの名演説はどっか据わってなきゃ出来ねぇよな。戦闘班の中じゃもう伝説になってるぜ?」
またその話なのかと郁朗は頭を抱える。
前回の作戦であれだけ不安定な精神状態を晒した人間なのである。
そんな人間にに向かってそれは無いだろうと当人は思っているのに、どうも悪い意味で買いかぶられている様でいい気がしないのだ。
「まぁ、そんな訳でだ。うちらの部隊も頭数が増える事になる。どんな特性を持った奴が来る事になるか判らんが、ちゃんと面倒見てやんだぞ? 特にタマキ。お前はそういうの面倒臭がりそうだからな」
「それも査定に入るって聞いてるぜ? だったらちゃんとやるに決まってんじゃねぇか。こういうのも給料の内ってよく言うもんな。貰えるもん貰えるんならちゃんとやるさ」
「おー、言うようになったじゃねぇか。訓練の的が増えたからって、単純に喜んでんじゃねぇぞ?」
「あん? 何だったら団長さん、あんたから的にしてやってもいいんだかんな?」
「ハハッ」
片山に鼻で笑われてカチリときたのだろう。
ギャンギャンと環が喚き始めるが、片山は意に介さない。
「ねぇ…………団長。あの木村って人は?」
頭を抱えていたはずの郁朗が急に頭を上げて、環をあしらっていた片山に問う。
木村という存在はこの組織の懸念材料であり、仲間の安全に関わる事なので敏感に反応したのだろう。
「まぁ……忘れるわきゃあないか。あいつも起きたクチだ。火種にならなきゃいいんだがな」
「マジかよ……あのネチネチ野郎、起きやがったのか。どうすんだ? ヤっちまうか?」
「あのね……タマキ、自分が火種になってどうすんのさ。まずは様子見で監視。変な動きを見せだしたら実力行使でいいと思う」
「まぁ、そんな所だろうな。下手につついて想定外の動きをされるよりも、監視だけで泳がせとく方が建設的ってもんだ。まぁまるっきり無視って訳にもいかんのが……問題といえば問題なんだろうよ」
「そうだね。でも彼に対しての危機感だけは持ったままでいれば、多分大丈夫かなって思うんだ。ネチっこそうだけど、小物っぽいし。人間的には得体の知れない怖さは無いから、いざとなったら全力で潰すだけだよ……怪我人でも出したらまともなままじゃ済ませないけどね」
((ホラ見ろ。据わってんじゃねぇか))
そんな郁朗の反応に二人は、やっぱり郁朗はこちら側だなと心から思うのだった。
第二期覚醒組とも言える新規に覚醒したEO達は、ようやく四肢との結合が終わって動作訓練を始めたばかりである。
整備班などのスタッフがその事で多忙を極めようとも、実際に活動が出来る様になってから関わりだす郁朗達と言えば……今の所なんとも暢気なものであった。
「ン……団長、そろそろ唐沢さんのとこ行かなくていいの? 技術班の人に聞いてるんだけどさ、機体特性絡みの研究だって?」
「そういや団長さんの機体特性ってまだ教えて貰ってねぇよな。そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇの?」
「こういうのは黙ってるから切り札になんだよ。何べんも言わせんなって」
休憩用の椅子から立ち上がった片山は、身体を一つ伸ばすと郁朗達に背を向けた。
「うっし。そんじゃあ俺は行ってくっから、お前ら訓練サボんなよ?」
彼は今日も今日とてノシノシと通路を闊歩して、技術班の待つラボへ向かって行ったのである。
(相変わらず歩き方がコングなんだもんなぁ……)
片山を見送った郁朗は巨大な猿の怪獣を思い出しつつ、昼からの訓練の内容を環に打診した。
「さて、タマキ。午後の訓練なんだけどさ……」
「ここは俺の為に狙撃訓練をだなー……」
その結果がこれである。
どうも最近の環は格闘系の訓練から、どうにかして逃げ出そうとする傾向が強かった。
彼なりに思う所はあるのだろうが、片山から隊の留守を預かる以上、そう簡単に首を縦に振ってやる事も出来無いのである
「何言ってんだよ。昨日も散々付き合っただろ? 今日は格闘訓練やんないとバランスが取れないじゃないか」
「えー、やだぜ。最近のイクローさん容赦ねぇんだもんよ」
「手を抜いたら訓練にならないだろ? ……確かに一昨日、肩のモーター焼いちゃったのは悪いと思ってるけどさ……」
「な? やっぱりやり過ぎは良くねぇよ。だからよ……」
「だからって無条件でってのはダメだよ。僕が団長や千豊さんに叱られるんだからさ……んー……しょうがないなぁ。また長瀬さんにアミダでも作って貰うかぁ」
「そうこなくっちゃな! 早く行こうぜ、イクローさん!」
喜び勇んで長瀬の居るであろうオペレータールームへ向かおうとする環。
現金だなぁと思いながらも、狙撃訓練になった場合の反撃方法を模索しながら彼に追従する郁朗。
彼等の給料を賭けた壮絶な戦いは、まだまだ当面は続いていくのである。
オペレータールームへの道すがら、昼食を終え午後の訓練へと向かう戦闘班の面々と出会くわした。
「よーう。藤代に雪村じゃねぇか。元気に訓練してっか?」
その集団に居た間崎が郁朗達に声をかけてきた。
「間崎さん達もこれから? 今日は何やるんです?」
「俺達はフィジカルだな。片山団長考案・地獄のサーキットトレーニングだ。軍時代にやってたメニューらしいがな、これがキクんだわ」
同行していた班員達がゲンナリしながらもそれに頷く。
「傍で見てて気持ち悪くなる位の運動量ですもんね。疲れとか残らないんですか?」
「ウチはその辺のケアはしっかりしてっかんな。ちゃんとしたマッサージ受けて寝ちまえばなんて事はねぇよ。まぁ身体もまだまだ若いって事だ」
「オッサン達もあんまり無理すんなよな。自分の事を若い、なんて言い出したらもう歳だってな。ウチの祖母ちゃんもそう言ってたし」
「あのなぁ……雪村よォ。判っててもそういうのは黙っとくもんだって。オメーみたいな十代のツヤツヤの若造と違ってな、傷つきやすい年頃なんだぞ? 俺達の年代ってのはよ」
「カカカッ。そのツラで傷つきやすいって説得力ねぇよ」
違いない、その通りだな、この髭、等々戦闘班の面々が環の言葉に乗り、間崎をこき下ろした。
「やかましいッ! オメーらも乗っかってねぇで早く演習場に行けッ! とっとと準備だ、準備ッ!」
間崎は班員達の尻を叩き演習場に追いやると、これまでとは全く違う雰囲気を纏い、郁朗達に小声で話しかけてきた。
「木村が起きたって話は聞いてるな? うちらの小隊で奴と一緒に保護した連中を見張ってる。何かあったらお前らにも知らせるから、そういうつもりでいてくれ」
「判りました、元々そのつもりでいますから何時でもどうぞ。それより……小隊って事はとうとう?」
「……ああ。荷が勝つって散々断ったんだがな。新見さんに出てこられちゃどうしようもねぇからよ、受ける事にした。まぁ……中尾さんみたく上手くはやれねぇとは思うが……よろしく頼むわ」
(そうか……間崎さんも次に進む覚悟が出来たんだな……)
この話になると、郁朗の胸はまだほんの少しだけ痛む。
だがそれを無様に曝け出してしまう程、郁朗の心はもう弱くなかった。
「そうですか……頼りにしてます、副班長」
「おー、間崎のオッサンが副班長かよ。出世して良かったのか悪かったのか判んねぇよな? ここ人使い荒ェしさ」
「そうね。でもそれだけの口を利く余裕があるって事は……タマキ君の仕事の分量、もっと増やしても問題無さそうね?」
郁朗と環がその声に振り返ると、千豊と新見が少し笑みを浮かべながら立っていた。
「冗談は勘弁だぜ、千豊さん。これ以上コキ使われてたまるかっての。イクローさん、先に長瀬の姉ちゃんとこ行ってるわ」
「判った。イカサマ禁止だからね? ちゃんとしたの作って貰うんだよ?」
「あいよー」
環はそそくさと逃げる様にその場を立ち去った。
「タマキ君は相変わらずなのね……今月は誰が勝ってるのかしら?」
「昨日の狙撃訓練でタマキがトップですよ。なのにまた今日もやるって言うんですから。さすがにそろそろあいつのワガママの紐を締めないといけないんですけどね」
「フフ、まるで先生みたいなのね……でも今月はイクロー君が勢いあるって聞いてたのに、ちょっと残念ね」
「残念?」
「千豊さんダメですよ、その話は……藤代君は知らないんですから」
「あら、そうだったの? 今のは聞かなかった事に……ね? ダメかしら?」
ちょっと小首を傾げる所作が彼女らしからぬ雰囲気、つまり可愛らしいという表現が似合う動きだったので、そのギャップに郁朗は少し戸惑う。
「よく判りませんけど……その方がいいんならそうしますよ」
「助かりますよ。でも藤代君には頑張って頂かないと私も困ります。特に片山さんにだけは何としても……」
「新見さん?」
「いや、ホントそうだぜ。藤代には俺の今月の……いやいや、部隊の安定がかかってるからな」
「間崎さん?」
どうにも怪しい言動を見せる千豊達を訝しむが、推し量ろうにも郁朗には判断材料が足りなかった。
「あら、もうこんな時間ね。新見さん、そろそろ行きましょうか」
「そうですね。それでは間崎君、藤代君。訓練頑張って下さいね。藤代君はトイレ掃除もですね。あと二日ですから」
「おっと俺も行かなきゃな。藤代、またな」
何が言いたいのかよく判らないまま、千豊達は煙に巻く様にその場から姿を消していった。
ポツンと一人残された郁朗は、何か碌でもない事が自分達の知らない所で行われているんだろうなと予感する。
予感はするもののそれが何かと言うのははっきりとは判らず、環を待たせ過ぎるのもいけないだろうと、仕方無しにオペレーター室へ首を傾げながら向かうのだった。
「…………だから頼むって。姉ちゃんだって俺に賭けてんだろ? 俺はポイント稼げる、姉ちゃんは賭けに勝つ。それでいいじゃねぇか」
イクローがオペレーター室に到着すると、ドアが開きっぱなしになっている。
確かエアコンの調子が悪いとオペ班の人間がボヤいていたのを憶えている。
室内からは環と長瀬の少し抑えた声がくぐもって聞こえてきたので、イクローは集音機能を全開にして中の様子を伺った。
「そうは言ってもです、タマキ君。相手はあのイクローさんなんですよ? バレたらどんなお仕置きされるか判らないじゃないですか。わたしはそんなリスクまみれの危ない橋を渡りたくないですよ?」
「だけどよォ……月末にオペ班みんなで資材発注のついでにウマイメシ食いに行くんだろ? ここで稼いでおけばイイもん食えるんじゃねぇの?」
「ぐ……た、確かにそうなんですけど。だからって……ねぇ?」
「もう一押しか……ここにあるのはなんだろうな? 姉ちゃんよ?」
そっと部屋を覗き込むと、環が何か紙の様な物をヒラヒラさせていた。
「そ、それは……」
「一人一ヶ月一枚限定配給の特Aデザートチケット、それも三枚出すぜ……こないだオイチョカブで整備班の連中から巻き上げた虎の子だ。どうよ? 姉ちゃん?」
長瀬がフラフラと環に近寄りチケットをふんだくる。
「しょ、しょうがないですね。人間生きてれば黒く染まる事だってあるんです。ええ、そうなんです」
「話はまとまったな。じゃあ早速イクローさんにバレねぇ様に細工してだな……」
「誰にバレない様にだって?」
二人の背後にヌッと現れた郁朗は、部屋の入口を塞いで仁王立ちになった。
「「…………」」
「まぁ話は全部聞いちゃったんだけどさ。どうしようか……まずは正座かな。ああ、当然長瀬さんもね」
「「ハイ…………」」
二人の言い訳を要約すればこうだ。
先月辺りから郁朗達をウマとした賭け事が行われているらしい。
訓練で稼いだポイント数で順位が決まり、投票券は単勝と連勝単式が用意されているそうだ。
今回EOが増員された事により、胴元は規模の拡大を目論んでいるとの話もあった。
部隊内でこの事実を知らないのは郁朗と片山を含んだ一部の人間のみで、環は先月逃した勝ちをなんとか取り戻すべく暗躍を続けていたらしい。
彼にたっぷりと絞られた二人は台車に仲良く乗せられると、郁朗によって千豊の元へと運搬されて行く。
「しょうがないじゃない。私が言うのもなんだけど、ここのアジト勤務は退屈なんですもの」
「退屈って……」
事実を知っていた事を隠そうともせず、ある意味で開き直ってそう言い切った千豊に、郁朗は呆れ切った声をそっと浴びせた。
「娯楽はあるべき所から提供されて然るべきものだものね。だから賭けの対象にされる事は諦めて頂戴。ただし、八百長はダメよ。新見さん、胴元を捕まえて貰えるかしら? 説得しないとね」
「了解です、ただちに」
そこからの千豊の電撃的な対応は神速と呼んでいいものだった。
まずは新見に台車に乗せられ連行された整備副班長から事情を聴取、胴元の交代を一方的に要求し、本部預かりとした。
つまりアジト内での公的なギャンブルとして運営していくと宣言したも同義だ。
八百長は発覚次第、労働で奉仕する罰が容赦無く与えられる運びとなった。
「これで安易な八百長は出来なくなったでしょう。新見さん、新規に運営と懲罰を担うメンバーの選出をお願いします」
「はい、迅速に」
「あの~」
そのあまりの対応の早さに事態に付いていけなくなっていた郁朗が、ようやく言葉を挟む事に成功する。
「二人共忙しいんですよね? なのになんでそんなノリノリでこんな事やっちゃってるんです?」
「それはそれ、これはこれ。切り替えは大事よ? ね? 新見さん」
「そうですね。何も我々の投票券が無駄になるから頑張りました、という様な事では決してありませんよ?」
「…………」
(買ってたんだな……それも僕か団長の券を……)
一気に脱力した郁朗はそれ以上追求する事をせず、腑に落ちない感情を抱えたまま演習場へ向かった。
その後三時間程ではあるが演習場から環の悲鳴が響き渡る。
その場にはコイルの焼けるきな臭い匂いと、身動きの取れなくなった彼だけが残されていたそうだ。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.05.13 改稿版に差し替え
第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。